極美の《コシ・ファン・トゥッテ》 ― 2008年10月22日 00時11分44秒
今日は大学を早じまいして、エクソンモービル音楽賞の授賞式へ。邦楽部門の今藤政太郎先生、洋楽部門奨励賞の幸田浩子さんから、招待をいただいていました。挨拶した幸田さんが頭を下げたらマイクにぶつかってしまい、アイタタとなったのが、絶妙のボケでした。〈ホフマン物語〉のアリア、じつにみごと。お二人とも、おめでとうございます。
申し訳ないながらコンサートを中座して、ウィーン国立歌劇場の初日公演へ。ムーティの驚嘆すべき円熟の指揮ですばらしい《コシ・ファン・トゥッテ》となり、大いに感動しました。バーバラ・フリットリ以下の超弩級のキャストが誰も抜け駆けせず、オーケストラと細やかなアンサンブルを織りなして、美しいモーツァルトを奏でているのです。明日起きてから、腕によりを掛けて批評を書きます。帰宅が12時を過ぎ、更新が1日遅れになってしまいました。
身振りの術 ― 2008年10月19日 23時56分04秒
今日は「三善晃作品展」の2日目のために、オペラシティに足を運びました。三善先生の生誕75年を兼ねたこのイベント、この日は合唱曲特集で、演奏担当は栗山文昭指揮の栗友会諸合唱団でした。
合唱コンクールによく出かける私ですが、三善先生の作品のすばらしさは桁違い、とかねがね思ってきました。その思いで結ばれた合唱人が、本当に、たくさんいるのですね。コンサートはそうした人たちが結集して先生に思いを届ける場となり、どのステージも、いくつもの合唱団が相乗り。最後は500人ほど(?)の壮大なコーラスが、会場をゆるがせました。
繊細、鋭利を特色とする三善作品にとって、相乗り方式は必ずしもプラスだけではなかったと思いますが、音楽を介して広がる人の輪の実感は、この上なく強いコンサートでした。先生には、ぜひお元気でご活躍いただきたいと思います。(先生はたいへんな料理通だそうですが、軽井沢の中華料理店で、偶然ご一緒したことがあります。)
ところで、合唱のステージを見るとき、皆さんは、どこをご覧になりますか。今日わかったのは、内容と一体になって歌っている人に、眼が吸い寄せられるということです。必ずしも、美貌の女性ばかりを見るわけではない。今日の歌はすべて日本語なのであまり違いは目立ちませんでしたが、外国語の歌だと、内容を理解して表現している人と、外目にそれがわからない人とでは、大きな違いがあります。逆に言えば、内容への共感を身振りで示すことも、演奏家の大切な技術だということです。マッテゾン(18世紀)はそれを、「身振りの術」と呼んでいます。
雑用ではないのでしょうが ― 2008年10月18日 22時54分07秒
報告書やレポートを書くのに忙しい思いをされている先生方、たくさんいらっしゃると思います。この手の仕事が、格段にたいへんになってきた昨今です。それを雑用、と規定してはいけないのでしょうけれど。
ああついに来たか、と思ったのが、研究業績一覧の作成。著作や論文、学会発表のようなことについてまとめるのは当然の義務と理解していますが、最近はそこに「その他」の欄が加わり、社会活動のようなことまで記載するようになりました。ですから、講演、カルチャー、レクチャーコンサート、批評、解説やエッセイの執筆などを皆書く。今回はこの3年分をやりましたが、なにぶん膨大なので、手間のかかることおびただしい。放送出演のように、まったくわからなくなってしまっている分野もあります。それでも再現できるかぎりを再現して、きのう提出しました。遅れがずっと気にかかっていたので、一安心です。
そんなこんなで、しばらくゲームをしていません。最近体調が下降し気持ちもふさぎ気味なのはゲームをしていないからかもしれないので(多分そう)、ヨーロッパ・ユニバーサリスⅢの「ナポレオンの野望」でも始めようかと思っています。長いことやってきたのは「シビライゼーション4」でしたが、ものすごいゲームで、やれどもやれども、熟達にはほど遠い状況です。
温存の術 ― 2008年10月16日 23時20分39秒
《トゥーランドット》、すばらしい作品ですねえ。「なんていい曲なんだろう」と嘆声を上げながら長いオペラを聴き続けるということができる曲は、オペラ史においても、わずかだと思います。プッチーニが死んだあとは、ダメですけど。
高校の頃から、エレーデ盤でこの作品に熱中していました。高校の図書館で〈泣くなリューよ〉の楽譜を見つけてその流麗な書法に感嘆し、楽譜に書き写したことも覚えています。当時はこれと、〈誰も眠らぬ〉(←超名曲)のテノール・アリアが当初のお好みでしたが、最近は、第2幕のトゥーランドットのアリアが一番好きです。第1幕から第2幕の第1場まで、絶えず指し示され、仰がれながら声を出さないトゥーランドットが、ここで初めて歌う。しかし最初はレチタティーヴォの連続(ローリンの物語)で少しずつ、少しずつ盛り上げ、後半に至ってようやく、感動的な旋律が湧き上がってくる。このじらしというか温存の術が、プッチーニの真骨頂です。
《トゥーランドット》の公演では、トゥーランドットが突出して輝いていなくてはなりません。リューが場をさらってしまってはダメで、しかも、そうなりやすい。先述のエレーデ盤などは、テバルディ/デル=モナコの前で、ボルクがすっかりかすんでいました。しかし今度の新国の公演では、見事にトゥーランドットが君臨していましたね。イレーネ・テオリンというデンマークのソプラノ、すごいです。他のキャストも皆よかったですが、感心したのは合唱。オペラのドラマにガッと食い込む歌いぶりで、今や、新国の目玉になりつつあります。
《トゥーランドット》を素材に、ドラマトゥルギー論を作ろうと思いたちました。火曜日の「音楽美学概論」で披露します。
トゥーランドット ― 2008年10月15日 23時56分51秒
今日は新国立劇場のプッチーニ《トゥーランドット》最終公演を見に行き、感激して帰ってきました。感想は、あらためて。
オンライン・ストレージ ― 2008年10月14日 23時43分19秒
何でも、ネット上でできる時代になってきました。ファイルを共有したり、アプリケーション・ソフトを使ったり・・。オンライン・ストレージのサービスも急速に拡大されているようです。
私はもう長いこと、ジャストシステムの「インターネットディスク」を使っています。私の場合、自宅のパソコンと研究室のパソコンで大量の情報を共有する必要があり、旅行先にもっていくノートパソコンからも、それを参照できると便利。そのため、ネット上の空間に大量のファイルを置いておけるオンライン・ストレージは、なくてはならないツールになっています。そこでインターネットディスクの容量を次第に増大して、今日に至りました。
ところが、ギガ単位を無料で提供するサービスが、たくさん出てきたというじゃありませんか。そこで、まさお君の推薦により、Dropboxというのを試してみました。これがすごい。2GBまで無料で、操作が簡単。こんなものがなぜ無料で提供できるのか、不思議でなりません。
ジャストシステムのユーザーとして不用意に書きたくはないのですが、インターネットディスクの問題点は、有料ということ以上に、アップロード、ダウンロードに時間がかかることでした。容量が大きくなるほど、そうなります。それがDropboxだと、バックグラウンドで瞬時に同期してしまう。新たに立ち上げたとたんに最新情報を共有でき、自宅と職場の両方で更新してしまった、ということも起こりません。どうやらこちらにシフトしそうな流れですが、一長一短、あるのかもしれません。ご意見のある方、お願いします。
大補強&先見の明 ― 2008年10月12日 23時41分23秒
やはり、私を巨人ファンだと思っておられる方がいたのですね(コメント参照)。でも皆さん。おおぐまさんのような、気品を売りにされる方がアンチ巨人だという事実を、よ~く噛みしめてください。アンチ巨人の人間は性格に問題がある、という、絶えず言われていることが事実に反することが、これでわかるはずです。
「アンチ巨人」というのは、よく分析すると、「アンチ巨人ファン」というべきかもしれません。それは、巨人が連覇を重ね、日本中の野球ファンが巨人を応援していた頃に形成されたメンタリティです。ですから、今の若い方は、ぴんとこない可能性がありますね。
優勝直後に、産経新聞に「金で買った優勝」という記事が載りました。まさに、私が考えていた通りのことが書かれていました。ヤクルトからエースのグライシンガーを取り、これが最多勝。四番のラミレスを取り、これがチーム三冠王。そして、弱くなったヤクルトに連戦連勝。また横浜からは守護神のクルーンを取り、これが最多セーブ。そして、弱くなった横浜に連戦連勝。狙い通りですが、それでもぎりぎりの優勝だったわけですから、優勝はまさに、この大補強のおかげだったことになります。「金はいくらでも出す」と豪語しておられた会長さんのお顔が目に浮かびます。巨人ファンの方は、強い味方がいていいですね。
毎日新聞には、こうした補強(強奪?)が、オリンピックを見据えての計画的なものであったと書かれていました。なるほど、阪神や中日がオリンピックで深手を負ったことを考えると、先見の明があったわけですね。巨人ファンの方、会長さんと並んで、星野さんにも感謝してくださいね。
『戦力外通告』という、角川の新書を読みました。クビになった選手たちの再挑戦や職場替えの姿、それを支える家族たちを綴ったノンフィクションで、面白く、時として感動的でした。こういう人たちが土台を築いて、野球界があることがよくわかりました。
王さんを惜しむ ― 2008年10月11日 22時17分33秒
「最近更新がないのは巨人にマジックが出たことと関係があるのですか」というコメントを書かれた方がおられます。これはまあ、一部当たっていますね。更新が途切れたのは、更新の時間(夜12時が期限)になると疲れてしまって翌日送りにしていたのが原因ですが、勇退された王監督のことを書こうと思ったら、その日に巨人・阪神戦があり、書きにくくなってしまったことがありました。
ブログを読まれる複数の方から言われたのは、私の書き方を見ると巨人ファンだとしか思えない、ということ。違うんだなあ(切歯扼腕)。深く悪意を潜めて巨人のことを書いているのですが、どうやら潜め方が深すぎて、善意に見えてしまうようです。私は小学校3年生からのアンチ巨人で、巨人さえ負ければどこが勝ってもいい(きっぱり)。その明快なスタンスで、野球ファンを続けてきました。・・・なんでよりによって今日、こんなことを書かなくちゃいけないの?
ですから私は、巨人の選手はすべて忌避し、敵視しております。その場合困るのが、応援していた他球団の選手が続々と、巨人に行ってしまうこと。でもそういう選手たちに×印を付けるのにも、ほとんど時間はかかりませんでした。清原も西武を離れた時点で、×にさせてもらいました。
その中で唯一の例外が、王さん。さまざまに報道される、また画面からも納得されるその高貴な人徳を敵視することができず、私は心からの尊敬をもって、時には感動さえ抱きながら、王さんを眺めていたのでした。
病気をされ、チームも連戦連敗となってしまっては、勇退もやむを得ませんね。でも、清原に対する「生まれ変わったら同じチームで」というコメントは、気になるなあ。自然に出た言葉なんでしょうけど・・・。
え、大逆転優勝についてのコメントを早く書け、とおっしゃるんですか?書きますよ、次回に、きっと。
iBACHコレギウムお披露目コンサート ― 2008年10月10日 22時09分40秒
ここしばらく毎日切り抜けるのがやっとという状態で過ごしていましたが、その中で楽しみにしていたのは、「楽しいクラシックの会」の主催する、9日のコンサートでした。既報の通り、「くにたちiBACHコレギウム」が、晴れのお披露目を迎えるからです。
立川アミューでの入念なリハーサルを終え、腹ごしらえしようと、カレー屋に入りました。浮ついた気持ちではいけませんから、気を引き締めるために、平素より辛さのグレードを上げ、ウン倍を注文。そうしたら、のどを通ったとたんにしゃっくりが出て、止まりません。おまけに気分も悪くなって、控え室で横になったまま、オープニングを迎えました。
でもまあ、これが厄落とし。コンサートは大過なく進み、終了しました。プレ・バッハの名曲、それも私も好きな曲ばかりを並べたプログラムに仲間たちが真剣に取り組んでくれている姿を見るのは、感無量です。もちろん演奏にはこれからの課題もたくさん見えたわけですが、コンサートがあったからこそ、この10月にここまで盛り上げられたのだと思います。ありがとうございました。
アンコールは、お客様のリクエストで、という趣向を立てました。選ばれた席に座っておられたお客様が、曲を特定する権利をもつのです。女性のお客様が選ばれたのは、シュッツでもブクステフーデでもバッハでもなく、トゥンダーのカンタータ《ああ主よ、あなたのいとしい天使に》でした。そこでソプラノの小島芙美子さんが、神戸愉樹美さん率いるヴィオラ・ダ・ガンバの合奏でこの曲を再演。北ドイツのしみじみした調べがもう一度、ホールに広がりました。
次の公演は12月。それまで、バッハのカンタータ第150番を勉強します。今後とも、よろしくどうぞ。
女性ばかり ― 2008年10月05日 23時49分26秒
このごろ毎日のように、カレーを食べています。今日は学会の会議の前に御徒町の「デリー」で食べようと思ったら、若い人たちが、長蛇の列。いつのまにか、人気沸騰しているのですね。
大阪でのお昼に、カウンターでカレーを食べさせる店に飛び込みました。看板はスープカレーの店です。ところが、ふと左右を見回すと、全員、若い女性。帰る人の代わりに入ってくるのも、OL風の女性です。私は、自分が痴漢でないことには自信があるのですが、その判定は女性の主観によるとの説も聞きますので、「この人痴漢です」と言われるのではないかと思い、震え上がってしまいました。
それに近い感覚のあるのが、JRの女性専用車です。朝の9時まで限定ではありますが、カラフルに大書されていますので、きわめて居心地が悪く、10時を過ぎていると確信はしていても、何回も時計を確認してしまいます。周囲を見回すと、のんびり乗っている人もいらっしゃる。きっと、大物なんでしょうね。
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