高貴なるバッハ2018年01月26日 08時34分27秒

24日、25日と、いずみホールでイザベル・ファウストのバッハ無伴奏全曲。1日目がソナタ1番、パルティータ1番、ソナタ2番。2日目がパルティータ3番、ソナタ3番、パルティータ2番というプログラムで、どちらも休憩なしでした。

演奏は自我の露出を慎み、作品をもって語らせるというやり方。すみずみまで高貴に磨かれており、ポリフォニーになるところの声部共在の美しさ、発信力には驚かされました。人間的にも明るく温かい方で、お客様の反応をとても喜んでおられます。ホールの大事なアーチスト、また戻ってきていただきたいです。

昨夜ゲームをやって就寝したら、ゲームの先々で蛇がたくさん湧いてくる夢をみました。こういう夢、縁起はどうなんでしょうね。

今日は博士論文の口述試験です。これでもう試験はないなあ、と喜んだのはどのぐらい前だったでしょうか。意外の機会を得て、気持ちはとても前向きです。専門の先生方から、いろいろお教えを受けてまいります。

今年最後の「古楽の楽しみ」2017年11月09日 23時42分32秒

「古楽の楽しみ」、12月は出番がないので、11月が最後になります。そこで、年末恒例のバッハの新録音紹介を、11月にやることにしました。今年のリリースでここ2~3年の録音、という原則で選びました。15年、16年の録音を中心に、17年もいくつかあります(古いものも少し)。今月、来月にもいいものが出そうですが、それは来年ということにします。

20日(月)は、鍵盤特集。クリストフ・ルセによる《平均律》第1巻から2曲、リチャード・エガーによるパルティータ第1番、以上がチェンバロ。そしてブレハッチのピアノで、パルティータ第3番です。

21日(火)は世俗音楽特集。管弦楽組曲第3番をゼフィロで、カンタータ第204番《満足について》の後半を、ドロテー・ミールツのソプラノとオルフェオ・バロックオーケストラで、ブランデンブルク協奏曲第4番を、フェリックス・コッホ指揮のノイマイヤー・コンソートで。勢いのある古楽アンサンブルが、次々と出てきますね。

22日(水)はジャンル混淆です。鈴木雅明さんのオルガンによる前奏曲とフーガハ長調(BWV547)で始め、BCJの最新リリースから、クォドリベトBWV524。これはすごいと思います。次にヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第1番を、レイラ・シャイエのバロック・ヴァイオリン、イェルク・ハルベックのチェンバロで。次にアポロズ・ファイアというクリーヴランドのアンサンブルによる《ヨハネ受難曲》から、最初の2つのアリア。今評判のテリー・ウェイがカウンターテナーを歌い、アマンダ・フォーサイスというソプラノがまた、すばらしいです。最後は、椎名雄一郎さんのトリオ・ソナタ第2番から、フィナーレ。私の大好きな曲の、いい演奏です。

23日(木)は、オール日本人になりました。もちろんレベルが高いです。準備中ぎりぎりのタイミングで届いた若松夏美さんの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番が、トップバッター。次は大友肇さんの無伴奏チェロ組曲第1番から。最後に野平一郎さんの《インヴェンション》からで、これもぎりぎりに入ったものです。

24日(金)は、ルッツ指揮、ザンクト=ガレンバッハ財団の《ロ短調ミサ曲》からニカイア信条と、小山実稚恵さんの《ゴルトベルク変奏曲》の第25変奏以降で、脱帽の思いを抱きつつ、今年の放送を幕引きしました。

バッハの新しい名演奏をたくさん聴けて、充実の録音でした。皆さんもお楽しみください。

小山実稚恵、前人未踏の《ゴルトベルク変奏曲》2017年05月05日 10時29分09秒

これは本当に驚きました。小山さんを尊敬します。

小山さんと私はバッハを通じて結構接点があり、コンサートをお願いしたこともありますし、対談したり、プレイベントにお邪魔したこともあります。そのためでしょうか、30周年記念として《ゴルトベルク変奏曲》を録音されるにあたり、一度聴いてくれないか、というお誘いをいただきました。都内の立派なリハーサル室です。

演奏が始まると、小山さんの演奏と私が日頃温めている考えの間に、一定の乖離があることがわかりました。それは当然のことで、もちろんそのままでもご立派なのですが、せっかくこの場があるのだから、小山さんがどう思われるか、私なりにいろいろ提案してみようと思い立ちました。

イメージを伝えると、それをすぐ音にされます。実験し、可能性を吟味するうちに、乖離がいつのまにか、すーっと消えていったのですね。一緒に音楽をする楽しさに、文字通り時間を忘れました。用意した2時間をずっと過ぎてしまい、次の予定地へとあわてて向かったことを思い出します。

というわけで貴重なひとときだったわけですが、私の役割はそれで終わり。後をどう作り、どんな録音を作られるかは、小山さん次第です。基本的には、ご自身の解釈に、ある程度の変容を含みつつ戻られるのではないかと予想していました。

さて時間が経ち、今日発売されました、との報告をいただきました。CDはすでに届いていたので、おそるおそる、聴いてみました。

それでわかったのは、あの時間に湧いてきたものを小山さんが温めて先へ先へと究められ、高い完成度へともたらされた、ということです。

演奏は潤いがあり、軽やかな踊り感覚にも満たされて、優雅。やや抑えたテンポから、行間の味わいがにじみ出てきます。洒落た利かし、ちょっとした発見が、あちこちにちりばめられている。3声曲が多いですが、その3声がすごく丁寧に弾き分けられていて、どの声部にも、命が吹きこまれている。バッハのポリフォニーをして、自ら語らしめるという行き方なのです。小山さんの新境地を伝える、稀有の演奏と申し上げましょう。

ライナーノートにはご自身の挨拶や美しい写真の数々が載せられています。解説は私ですが、音が仕上がる前にお渡ししましたので、演奏について触れることが出来ませんでした。この場をもって、代えさせていただきます。ぜひ、広く聴かれますように。

偉大なる若者2017年04月06日 15時59分02秒

4日(火)、冨田一樹さんのバッハ国際コンクール優勝記念のコンサートを、いずみホールの「バッハ・オルガン作品全曲演奏会」の特別企画という位置づけで行いました。

ヴォルフ先生のリストに基づいて来日するオルガニストが毎回すごいものですから、オルガン演奏における本場の環境や伝統の強みをついつい感じてしまっていた、私。その意味でハードルが高いと思われるオルガン部門を、日本人の青年が、どのように制覇したのか、それはどんな演奏だったのか--。

私は半信半疑に近いほどの不思議な思いで、大阪に向かいました。このコンサート、ありがたいことに早々に完売になったのですが、同じ思いでチケットを買って下さった方も多かったのではないかと思います。

リハーサルにお邪魔し、演奏が始まってからこう思うまで、ほとんど時間はかかりませんでした。「こりゃあ、一位だあ」と。くだんのコンクールの審査員を調べてみると、委員長がラドゥレスク、委員にベーメ、ロト、リュプザムと、いずみホールのシリーズに出た一流の方々が並んでいて、加うるにわれらが松居直美さんと、ヴォルフ先生(+ロシア人一人)。この顔ぶれでの一位はすごいです。

バッハは18歳でアルンシュタットの教会オルガニストになりましたが、当時、これはすごいヤツが出てきた、と思われたわけですよね。私が冨田さんから受けた印象も、それと同質のものだったように思います。内側からほとばしるものがあり、ペダルの迫力は圧倒的。どの作品にも、正面から思い切りよく、まっすぐに切り込んでいるという印象です。

初めからこうではなかったでしょうから、何か飛躍のきっかけがあったのですか、と、舞台上のインタビューで伺ってみました。すると冨田さんは少し考えて、バッハの作曲技法を研究したからかもしれない、と答えられました。作品分析を怠らずやっている、という意味でしょう。

聡明なまなざしで爽やかにそうおっしゃる冨田さんに、私は舌を巻いてしまいました。そう思って後半を聴いてみると、まさに、バッハがその音符をそこに置いた理由が全部わかるように演奏されているのですね。

名オルガニストであるが、それ以上に総合的な音楽家として卓抜な冨田一樹さんでした。これほどの方が日本を中心に活動してくれるのは嬉しいことです。通奏低音奏者としても、指揮者としても成功されるだろうと思います。

無伴奏ヴァイオリンの聴き比べPart22016年10月26日 14時25分43秒

演奏の聴き比べは若い頃から好きでしたが、このところ興味が再燃してきました。

朝日カルチャー新宿における無伴奏ヴァイオリン曲の聴き比べ。ソナタ第1番の意外な結果を受けて、先週、ソナタ第3番・パルティータ第3番による第二弾を行いました。

ブラインドで採点を提出というのでは、受講生方も大変だろうと遠慮したところ、なんと、一生懸命聴けて面白いからまたやりたい、とおっしゃるではありませんか。そこで、まずソナタ第3番ハ長調を、4種類で比較しました。

候補は、モダン・ヴァイオリンがチョン・キョンファの最新録音と、邦人中堅で無伴奏を得意としておられる女性(申し訳ないので匿名にしておきます)。バロック・ヴァイオリンは、前回1位のアマンディーヌ・ベイエと、シギスヴァルト・クイケン。21世紀の録音を条件にしている比較ですが、バロック・ヴァイオリンによるクイケンの古典的な名演(1999年録音)を今回入れてみました。比較は第1楽章と、フーガの途中までです。

結果はベイエとクイケンが同数でトップ。1位票の数でベイエの連覇(!)となりました。私見では、模範的な楷書として完成されたクイケンに比べて、ベイエら今台頭している世代には、自由度と味わいが増しているように思えます。以下、邦人女性、チョンの順になりました。

パルティータ第3番ホ長調の方は、プレリュードの途中までと、ガヴォットの全曲で比較。モダンの二人はそのままで、バロックの方を、ミドリ・ザイラーとエンリコ・オノフリ(最新録音)に入れ替えました。ガヴォットはどの方も弾き込んでおられ、むずかしい比較に。

結果はチョン・キョンファが1位、以下ミドリ・ザイラー、邦人女性、オノフリということになりました。オノフリは自由奔放なプレリュードに皆さん戸惑われたようで、票が上下にはっきり分かれてしまいました。ただこの自由奔放は文化を踏まえての勇気あるアプローチですから、上位でもおかしくありません。

講座のひとこまをご紹介しましたが、もちろん不充分な条件下の試みですので、演奏やCD本来の価値を左右するものではないことをお含みください。この講座、来週から《マタイ受難曲》の新録音紹介です。まず冒頭合唱曲で、比較をやってみたいと思います。

またしてもすごい人が・・・2016年10月24日 11時01分09秒

22日(土)に、いずみホールの「バッハ・オルガン作品全曲演奏会」の9回目がありました。1月16日の前回からかなり時間が空いたのは、今回の出演者、ミシェル・ブヴァールさんのご都合に合わせるためでした。

このシリーズのプログラム14種類のうち、私のかかわっていない、すなわちバッハ自身の構成による唯一のプログラムが、今回取り上げられました。それは、《クラヴィーア練習曲集第3部》です。

最高傑作というべき偉大な曲集なのにここまで残っていたのは、この全曲演奏が必然的に長大になり、演奏者にも聴き手にもハードルが高くなるためでしょう。《平均律》と同じで、1回のコンサートで演奏することは想定されていない、とも考えられます。

プヴァールさんにしても、2回に分けてやったことはあるが1日でというのは初めてで、多分最後かもしれない、大きな体験だったとのこと。それだけの課題なので、この1年というものほぼ毎日、この日のことを考えていたそうです。

このように準備されていますから、ゆるぎない安定感で全曲が演奏されました。コラールでは、曲ごとに変わる音色の定旋律が、美しく伸びやかに浮かび上がってきました。加うるに、テクスチャーの把握が強力。気のせいか、いずみホールのオルガンは、優秀なフランス人を歓迎するようです。

国際的な演奏家が続々とやってくる、このシリーズ。私のインタビュー・コーナーも、ゲストの母国語に合わせてできるといいですよね。ドイツ語でお願いせざるを得ないのが、私の限界です。

ブヴァールさんは、ドイツ語で楽に会話されますが、正確にお話ししたいのでとおっしゃり、事前に書面で質問をさしあげました。結局ステージではフランス語で話され、奥様(ヤスコ・ウヤマ・ブヴアール、日本人の鍵盤楽器奏者)に、通訳で入っていただきました。私の質問を全部頭に入れておられ、丁寧に答えてくださいましたが、このあたり、教育者としても立派だとお見受けします。

リハーサルの合間にオルガン席でお話ししていた時のこと。〈主の祈り〉BWV682がすばらしい、とおっしゃって、楽譜の41小節目を指さされました。「41」は「J.S.BACH」の数です(BACH=14の応用)。

この曲に頻出する逆付点のモチーフは人間の「罪」を象徴しているのだが、それは手鍵盤にしかなく、ペダルは終始、歩みの音型で動いている。しかしこの小節でただ一度、逆付点モチーフを奏する。それは、「私もまたその罪を背負った人間の一人だ」というバッハのメッセージだ、とおっしゃるのですね。その洞察が、使用楽譜にしっかり書き込まれていました。

楽譜を見ると見事にそうなっていますから、この解釈は間違いないでしょう。そのことをぜひお客様にもお伝えようとしてお話ししたら、「ペダル」と言うべきところを「左手」と言ってしまいました。痛恨の間違いで、「九仞の功を一簣に虧く」ことそのものです。私、肝心なところで大きな間違いをすることがままあり、お恥ずかしいかぎりです。謹んで修正させてください。

その思いも後半の名演奏で癒され、最後のフーガが圧巻の盛り上がりとなって、満場の拍手。持ち込まれたCDが、なんと60枚も売れたそうです。ワインで乾杯し、最終で帰ってきました。深夜1時、なおハイテンションで帰宅。

驚きの結果が語ること2016年10月09日 10時59分35秒

6枚のCDをシャッフルし、次の順序で再生しました。

ホロウェイ→五嶋みどり→ファウスト→クレーメル→ブッシュ→ベイエ。

どれも一流の演奏ですから、いま誰が弾いているかわかっている私から見ても、順位付けは至難そのもの。こういう場合、出てくる順序がかなり影響するのが常です。ちなみに参加者は17人、皆さん、バッハに少なからぬ関心をもっておられます。

さすがに採点は割れました。6人すべてに複数の1位があり、4人に、複数の最下位がありました(総合1位は最下位なし、総合2位は最下位1人)。予期せぬ結果に、はらはらドキドキの集計でした。

では、発表いたします(笑)。

第1位 アマンディーヌ・ベイエ
第2位 クリスティーネ・ブッシュ
第3位 ギドン・クレーメル
第4位 イザベル・ファウスト
第5位 五嶋みどり
第6位 ジェームズ・ホロウェイ

結果は、かけた順序と真逆になりました。ですので、順序を変えたら結果も変わった可能性はあると思います。この結果をもとに、少しずつ聴き直しながら、皆さんとディスカッションをして締めくくりました。

結果はある程度偶然的なものですし、私自身の個人採点と同じでもありません。しかし注目に値するのは、けっして有名とは言えない二人のバロック・ヴァイオリン奏者が、有名どころの3人を抑えて上位を占めた、ということです。これは、バッハの無伴奏ソナタという作品に対して、バロック・ヴァイオリンのもつアドヴァンテージを示すものとしか、解釈できないと思います。

そう言えるまで、古楽のレベルが向上しているのです。バッハの無伴奏を聴きたいんだが、という方に、それならバロック・ヴァイオリンで聴いてご覧なさい、と言える時代になった、ということです。ささやかなサンプルではありますが、私には重く感じられる出来事でした。

朝カル新宿校、改装成る!無伴奏聴き比べ2016年10月06日 22時38分45秒

新宿住友ビルの4F、7Fに住んでいた朝日カルチャーセンター新宿校が、10F(と一部11F)に移転しました。じつは移転前最後のイベントの仕切りが私だったのですが、その報告は追ってすることにし、先に移転後のお話しを。

新しい教室、事務室は当然気持ちがいいのですが、特筆すべきは、音楽教室の再生音が良くなったことです。ようやく、本格的な演奏比較ができるようになりました。そのことを知らずにですが、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番の聴き比べを、5日の水曜日に行いました。

コンクール方式でやろう、と思い立ったのは、私のいたずら心。第1番の演奏6種類を順不同で(すなわちブラインドで)かけ、採点を順位で出してもらい、それを集計することにしました。聴くのは冒頭のアダージョと、フーガの初め少し。4つの着眼点を提示して、それぞれの点を合計してもらいます。順位は、印象によって変更していいことにしました。

もちろん、慣れない受講生に予告もなく行って乱暴でしたが、合唱コンクールにおける私の苦しみを経験してほしい、という気持ちがありました(笑)。持参した候補は、21世紀の録音6つ。次の通りです。録音順に記します。

・ギドン・クレーメル(モダン、ラトヴィア)2002年
・ジェームズ・ホロウェイ(バロック、イギリス)2004年
・イザベル・ファウスト(モダン、ドイツ)2009年
・アマンディーヌ・ベイエ(バロック、フランス)2010年
・クリスティーネ・ブッシュ(バロック、ドイツ)2011年
・五嶋みどり(モダン、日本)2013年

さあ、どうなったでしょうか。皆さんも考えてみてください。結果は、次回に。

知の交差点2015年11月01日 16時30分35秒

10月31日(土)は松本の、深志教育会館へ。私の出身校である松本深志高校が、標記のタイトルによる講演シリーズを行っていて、私を呼んでくださったのです。

一応「J.S.バッハの人間と音楽」というタイトルを立てましたが、単にお話をするのではなく、生徒さんや先生の演奏といっしょに作り上げていこう、ということになりました。選んだのが、《平均律》のハ長調プレリュード、《捧げ物》の蟹のカノン、《フーガの技法》の第9対位法、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番のアルマンド、カンタータ第147番のコラール。統一されたリハーサルがありませんでしたので、どんな流れになるか予想できないままに、本番を迎えました。

まず写真や絵をごらんいただきながら、生涯と活動を概説。これは簡単にとどめ、さっそく実演に入りました。1年生女子によるプレリュード.。きれいな音で、とても見事です。しかし右手の表情が勝っているように思われましたので、曲のコンセプトを、映写した楽譜をもとにご説明し、バスを十分に響かせること、右手にはさまざまなアーティキュレーションが可能であること、大きなカデンツの流れをとらえて演奏することなどを申し上げました。生徒さんが即座に趣旨を理解し、適切な様式の演奏を仕上げてくれたことにびっくり。

以後、弦の二重奏、四重奏、ソロ、合唱と合奏、と進むうち、私は、一生懸命演奏している生徒さんたちが、半世紀ちょっと前の自分と重なるように思えてきました。深志高校音楽部における情熱を注ぎ込んだ部活こそ、今の私を作っているものです。

そもそも私は出身校とか出身団体とかにはクールな方で、昔話をしながら飲むよりは先のことを考えたい、固まるよりは広くお付き合いしたい、というタチです。至らない若者でしたので、思い出がいいことばかりではない、ということもあります。そんなわけで後輩たちの活動にもあまり関心をもたずに来たのですが、今まさにその後輩たちが、私といっしょにバッハの音楽を作ってくれている。その事実が、とても重いことのように思えてきたのでした。

終了後の質疑応答の中で、お話をいままで何度も聞いてきたが、今日がいちばん良かった、とおっしゃった方がおられました。そうだとすれば、それは明らかに、深志の人たちと共同で作り上げたことの成果です。その伝統の流れに君はいるんだ、と言われれば、たしかにそうだと思います。

外へ出ると、すっかり晴れ上がった、かなり寒い夕べ。山を見たいと、城山公園まで歩いてみました。ドイツ人の観光客2人と会話したほかはほとんど人にも会いませんでしたが、心がとても満たされていて、幸福感がありました。


秋色の松本平。向こうに見えるのは美ヶ原です。


紅葉の向こうに松本の中心街、その先に、高ボッチ高原で知られる鉢伏山があります。なだらかな山容ですが、写真にすると平らですね(笑)。


夕陽が沈んだ方角。中央右は乗鞍岳です。どんどん暗くなり、お城にたどりついた時には下のようになっていました。


松本に感動した一日でした。

バッハホールで響くバッハ2015年10月23日 09時29分16秒

18日(日)は、宮城県加美町の、中新田バッハホールへ。《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》のコンサートの解説を担当するのですが、いつになく緊張しているのは、この日の出演者が大御所の前橋汀子さんで、初対面であるため。全6曲の演奏は正味2時間を超えますから、演奏者の負担はまことに大きく、お客様も楽ではありません。要点を絞り簡潔に、と心に刻んで舞台に立ちました。

前橋さんが恐縮にもサイン入りCDをもって挨拶に来てくださり、簡単な打ち合わせ。私がナビゲーションする場合にはいつも演奏者へのインタビューを試みていて、それが(いずみホールのオルガン・シリーズのように)演奏者とお客様をつなぐ役割を果たすと思っているのですが、前橋さんは、当然ながら演奏に集中したい、というご意向です。そこで、一応インタビューなしで終わることに決め、もし話てもいいというお気持ちになられたら、舞台から私を呼んでください、ということにしました。

演奏は前半4曲(ソナタ1、パルティータ1、ソナタ2、パルティータ3)、後半が2曲(ソナタ3、パルティータ2)。前橋さんはゆるみない気迫でまず1曲弾かれました。いったん舞台から下がって一息入れられるだろうと思ったら、そのまますぐ、2曲目に入られるではありませんか。とうとうそのまま4曲目まで行って、前半が終了しました。唖然とする集中力です。

後半のスピーチに出ると、客席が大きく盛り上がっているのがわかります。皆さん、集中して聴いておられるのです!長年《無伴奏》を弾き込んでおられる前橋さんですから、すべての音に神経が行き届き、それらが克明に、しかし豊かな潤いをもって届いてくる。そして全体が、高貴な美意識に貫かれています。それが手に取るように聞こえてくるのは、中新田バッハホールのすばらしい音響とバッハにふさわしい雰囲気のおかげ。それで演奏がどのぐらい引き立てられたかわかりません。

《シャコンヌ》が圧倒的な高揚のうちに弾き終えられ、万雷の拍手。さてどうなるかと思ったら、前橋さんは笑顔で私に合図してくださり(うれしい!)、私の差し出すマイクで、感動のこもったメッセージを客席に送ってくださいました。いや、私がこれまで聴いたうちでも1、2を争う、すばらしい《無伴奏》でした。


写真右端は、バッハホールを建設された本間元町長、左端は、ホールによる町おこしに力を入れられている、猪俣現町長です。このホール、本当にいいところなので、皆さん、ぜひ応援してあげてください。東北新幹線の古川から入ります。