録音、不便では?2008年11月08日 21時52分43秒

いろいろな事が比較にならぬほど便利になった、現在。私もパソコンを中心に、その便利を享受しています。しかしひとつだけ、すごく不便になったと思うことがある。それは、録音です。

授業などで、部分的に音を聴かせたいことがあります。今は楽譜を映写することもあるので、そこだけ、音を出したい。昔なら、レコードからカセットに録音して、簡単に教材を作れました。しかし今はCDにしなくてはならないので、面倒ではありませんか?皆さん、どうしておられるのでしょう。「カセット並み」に簡単な方法があれば、教えてください。

初体験2008年11月07日 20時44分59秒

笠原潔さんのお通夜で、弔辞を頼まれました。故人の意思だそうです。お受けしましたが、正式に弔辞を読むのは、初めて。まさか、後輩の葬儀で体験しようとは思いませんでした。

内容を考え始めてしばらく、葬儀はキリスト教式であることが判明。失礼があってはいけないので、ネットで心得を調べてみました。すると驚くことに(よく考えればなるほどなのですが)、「ご愁傷様です」や「お悔やみ申し上げます」は、禁句であるとのこと。普通使いそうな言葉や表現がいくつもリストアップされており、どうやって書いたらいいやら、途方に暮れてしまいました。

もうひとつの違いとして書かれていたのは、普通の葬儀では祭壇の遺影に向かって語りかけるが、キリスト教式の場合には(遺霊に対する考えの違いから)客席に向かって語りかける形になる、ということです。そこでこの方式を採ることにし、筆ペンと式辞用紙を用意して書き始めました。しかし、疑問が次々と浮かんできます。名前は言うのか、言うとしたらいつどのように言うのか。式辞の封筒には名前を書くのか書かないのか、書くとしたら表か裏か内封筒か、等々。むずかしいものですね。

細部は会場で確認しましたが、当日の牧師さんの方針では、遺影に向かって朗読する形になる、とのこと。まずいなあ。ともあれ、「笠原潔さんの安らかなお眠りをお祈り申し上げます」で始まり、「笠原さん、どうぞゆっくりお休みください」で終わる文章を、複数回の中断(←涙)を克服して、心を込めて読み上げました。途中に、バッハのカンタータ第106番の一節を引用。気の付かない失礼もあったかも知れませんが、気持ちを込めて読めば、多少の慣例違反は許してもらえるのではないかと思いました。息子さんの挨拶が洗練されていてすばらしく、男の子がいる家庭もいいものだなあ、と感じた次第です。

よき友人の死2008年11月06日 10時52分15秒

美学の後輩でよき友人だった笠原潔さん(放送大学教授)が亡くなりました。想い出が、たくさんあります。

笠原さんははじめ東大の教養学部でフランス語・フランス文化を専攻しておられ、卒業論文はバッハの《フーガの技法》に関するものだったと記憶しています。したがって本来バッハ研究者のひとりであり、バッハに関する論文やエッセイも、折に触れて書かれていました。しかし美学の大学院に入られて以降の研究の広がりは目覚ましく、中国の古典音楽、音楽考古学、洋楽移入史といった世界的視点の研究に、指導的な役割を果たされました。そうした超幅広い研究がこれから大きくまとまってゆくという時期に逝去されてしまい、残念でなりません。

放送大学の番組をご覧になった方も、きっとたくさんいらっしゃるでしょう。才気に富んだ構想をもとに進められる解説は弁舌さわやかで、テレビ写りもたいへん良く、魅力的でした。そんな笠原さんのお世話で、私もバッハの聖と俗に関する番組を作らせていただき、それはまだ、オンエアされています。

お人柄は洗練されていて明るく、サービス精神にあふれ、どんなに忙しいときでも、学会の仕事であれ大学の仕事であれ、快く引き受けてくださいました。2年間闘病されたのですが最後まで徹底して明るかったというご遺族のお話を伺い、驚嘆しています(彼ならそうかもしれない、と思いつつ)。もう少し親密にお付き合いをしておくのだった、と心残りです(続く)。

青春の燃焼2008年11月04日 09時06分20秒

学生4組の合同による芸術祭《冬の旅》、無事終わりました。

お客様が入らないことには、確信をもっていました。私以外に何人来られるか、いずれにしろ、ガラガラだろう、と。そうしたら、次々と入場されるお客様で椅子が足りなくなり、演奏者の椅子を全部提供して、それでも数人が立ち見。これには驚きましたが、芸術祭を楽しみに訪問される市民の方が少なからずいらっしゃることがわかりました。

演奏が未熟であることは、言うまでもなし。しかし気合いはすごく、どのペアからも、ほとばしるものがあったと思います。歌曲の演奏会は、歌の学生がピアノの学生を頼んで、という形になるので、ピアノは、ふつう助っ人。しかし今回はピアノの学生の意気込みと水準が並々でなく、歌がずいぶん助けられました。

後半になるにつれ思ったのは、このように燃焼の時間をもてる青春は幸せだなあ、ということ。今後《冬の旅》でステージをもてる人がこの中に何人いるかわからないのですが、今回挑戦したことが音楽とかかわる人生において大きな意味をもつに違いない、と感じつつ聴きました。

終了後、思いがけなくも、私に花束をくださるイベント。すばらしいご指導をいただいて、と言う言葉に嘘はないように思えましたので、ありがたくいただいておきます。今回の経験を通じて、《冬の旅》が相当理解できるようになりました。やはり後半になるほどよく、〈道しるべ〉から〈宿〉にかけて、大きな頂点がありますね。今度批評が回ってきたら、今までよりよく書けると思います。

〔付記〕作品に対する学生の共感に一種特別なものがあったのは、多くが4年生で、先行きの不安を感じていることと関係があったようです。音楽性の高いピアノを弾かれたある方も、音楽とは別の方向に向かわれるとか。残念ですが、これが一生の思い出になりますね。

モザイクを聴く2008年11月01日 20時07分42秒

昨日、10月31日は、大阪いずみホールで進行中のベートーヴェン弦楽四重奏曲シリーズを聴きに行きました。8つの弦楽四重奏団がリレー式で出演するシリーズも、最後から2つ目。今回はモザイク・カルテットの出演です。これは、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのメンバーで構成されている、ピリオド楽器の四重奏団。バッハ《フーガの技法》抜粋で始まり、ベートーヴェン作品は第4番ハ短調と第8番ホ短調でした。

ガット弦、ノン・ヴィブラートの響きはいいですねえ。中声がしっかりしていて、素朴な味わいに骨格というか、構成感が与えられています。地味と言えば地味なのですが、音楽のよさがお客様によく伝わり、熱気のある反応。大阪にも室内楽文化が本当に根付いてきた、という気がします。ホ短調(ラズモフスキー第2番)の主題は、いくつも休符を含んでいますよね。耳を静寂へとすうっと引き込む始まりです。その「静けさに耳を傾ける」という室内楽ならではの感覚が、こういう演奏だと触発されるのです。

気持ちよく聴き終えて飲みにでかけたら、財布をホテルに忘れてきて大騒ぎ。「ツキの量は一定」という法則を立証しました。今朝は早く出て、新宿で、ワイマール時代のカンタータの講義をしました。大阪も東京も、めっきり秋の雰囲気です。

冬の旅2008年10月30日 23時48分28秒

学生たちが、《冬の旅》を芸術祭で合同演奏したい、という企画をもってきました。声楽の4年生と、学部・大学院のピアノ科の学生計8人で、《冬の旅》を分担演奏したいというのです。とりあえず指導は引き受けましたが、果たしてどういうものになるか、半信半疑でした。

数回に分けて指導しましたが、8人の意欲がすばらしい。演奏的にはもちろん未熟なところも足りないところもあります。しかしこれなら、と私も本気になりました。今日はそのゲネプロでしたが、まあ聴いていただいていい水準には来たかな、と思います。とくにピアノは、かなりのものです。

というわけで、11月2日(日)、16:30から国立音楽大学SPC-Bでコンサートを開きますので、よろしくお願いします。《冬の旅》は梅津時比古さん、三宅幸夫さんの良書もありますが、私も練習を通じていろいろな発見をし、この作品のすばらしさをかなり理解できるようになりました。これからは、この作品に入れ込んで生きていけそうです。

日本流2008年10月29日 23時04分35秒

昨夜の富田庸さんの講演を聴かれた方は、至福の印象を抱かれたことでしょう。資料、とりわけ自筆譜研究の深さ、すばらしさ、そして恐ろしさを、参加の方々に、また私にも実感させて下さった2時間でした。

その富田さん、もうイギリスが長くなられましたので、日本の学生の性質に戸惑われたご様子。どんどん問いかけ、考えさせ、質問させ、意見を言わせ、という流儀でなさるのですが、学生の方は引いてしまい、最初は、誰も発言しない。当てられても黙っている(笑)。偉い先生だという刷り込みがあったのでよけいそうだったのでしょうが、ご本人は、やさしい、癒し系の方です。

でもこれ、日本流もありだと思いますよ。私自身、どんどん問いかけられたり手を挙げさせられたりするのはいやで、静かに聞き、考えたい。ですから授業でもめったに、対話方式は採りません。それが最良とは申しませんが、日本人のメンタリティに合っている以上は、悪いとも思えないのです。この日は皆さん徐々に積極的になられ、最終的には、それなりに活発なディスカッションが生まれました。やればできる、ということですね。

数日、充実した専門の勉強が続きました。今日は疲れて、完全休養。出かけるべきコンサートもあったのですが、お許しください。

富田さん講演!2008年10月27日 23時34分15秒

最近は、疲れが遅れて出てきます。月曜、火曜と授業がありますが、問題は火曜日だと、先週の段階から思っていました。「音楽美学概論」という授業があり、そこで音楽と感情の関係について、新しい形で講義しようと思っていたからです。疲れが残ってやる気が出ないと困るな、と気にしていましたが、まあまあなんとか、準備を進めました。まだ完成しておらず、残りは明日、起きてからです。

明日の夕方、バッハ研究所で、富田庸さんが講演されます。「バッハの自筆譜からわれわれは何を学べるか。演奏者と研究者の永遠の課題」と題して、《平均律クラヴィーア曲集》第1巻を題材にお話ししていただきます。

富田さん、バッハの資料を求めて世界を飛び回り、種々の研究プロジェクトを立ち上げ、というように、きわめて精力的な活動を続けておられます。その結果は明らかで、お会いするごとに成長され、学者としての貫禄を身につけてこられました。無料でお話を聞けるのはめったにないチャンスですので、ぜひお出かけ下さい。18時から、国立音大六号館です。《平均律クラヴィーア曲集》の楽譜をお持ちの方は、持参されると役に立つと思います。

少し高いワイン2008年10月26日 21時43分40秒

日本音楽学会の全国大会、無事終了しました。とてもなごやかな学会だったと思いますが、いかがでしょう。ほっとして、ああ疲れた、と感じています。でも、もっとほっとし、もっと疲れた方がたくさんいらっしゃるはず。多くの方に支えていただき、最高責任者の職責を全うできました。

私がやったのは、金曜日夜の全国役員会の主宰、開会挨拶、総会の主宰、懇親会での挨拶、最後のラウンドテーブル「J.S.バッハとC.P.E.バッハ」の司会でした。ラウンドテーブルはパネリストにエースを揃えていましたので、世界の先端に立つ「息詰まる討論」(フロアより)の舵取りをするだけて済みました。その前、ワーグナーのランドテーブルもすごかったですね。三宅幸夫さん率いる日本ワーグナー協会の水準をまざまざと見せつけられる思いで、とくに、若手を前面に据えた構成には感心しました。たくさんの発表やラウンドテーブルが並行していましたので、一部しか出席できず、申し訳ありません。

少し高いワインを1本だけ買ってきました。これから飲みます(笑)。

全国大会迫る2008年10月23日 21時18分06秒

日本音楽学会の全国大会が、目前に迫ってきました。この土曜日、日曜日に国立音楽大学を場として、たくさんの研究発表やパネル・ディスカッションが行われます。ここしばらくスタッフの先生たちが、連日走り回って準備してくださいました。非会員でも、学生には1000円で聴ける特典を用意してあります。ぜひ覗いてみてください。

総会、懇親会に会長としての責務があるのを除けば、私の出番は最後、日曜日の14:55から2時間かけて行われるラウンド・テーブル「J.S.バッハとC.P.E.バッハ~伝承と創造的受容をめぐって」です。久保田慶一、小林義武、富田庸の3先生からもうしっかりした原稿をいただいてありますので、コーディネーターとしては気が楽。たしかに大役なのですが、日本語ですから大丈夫です(笑)。

3先生の発題要旨は学会のサイトにもあります。パネリストの議論は、富田先生が最近調査された無伴奏ヴァイオリン曲の「ウィーン筆写譜」をめぐって、父の楽譜の伝承段階における兄弟間の交渉について、晩年のバッハとエマーヌエルのかかわりについて、エマーヌエルの父作品改編の意義について、パスティッチョにおける父の作品の使用に創造性を認めうるか否かについて、などに絞り込みました。ガチンコでやりたいと思いますのでご期待ください。