二人称代名詞2017年10月14日 22時55分57秒

承前。厳格な表記を行うには、指標が必要です。おそらく多くの人がそのために役立てているのが、ドゥーデンの発音(Aussprache)辞典なのではないかと思います。

これにはドイツ人だけでなくたくさんの人名が収録されています。しかしそこで記号指示されている発音は、理に適ってはいても、現実にはそぐわないのではないか、という思いが募ってきていました。そこで起こったのが、次のエピソードです。

いずみホールの仕事をするようになってから、ウィーン楽友協会の現芸術監督、トーマス・アンギャン夫妻の知己を得ました。ウィーン関係のイベントには欠かさず来日してくださるのですが、さすがの高貴なご主人であり、奥様で、卓越した社交術をお持ちです。多くを学ばせていただいています。

仕事上のお付き合いですからもちろん丁重に会話していたのですが、相当仲良くなってきて、これはもう友達づきあいに脱皮してもいいのではないか、と思うに至りました。すなわち、二人称をduで会話する(dutzen)よう、提案するということです。しかし貴族的な方々ですから、ためらいを感じます。

二人称代名詞がSieからduに変わるのは、旧世代の地位ある方々にとっては、1つの儀式なのです。ヴォルフ先生との間で交わされたその儀式については、本ブログでもご報告しました。リフキンさんとも会話はドイツ語ですが、これはどこからduに変わったか思い出せません。アメリカ人だからだと思います。また、福島でお会いしたピーター・フィリップスさんは、できればドイツ語で、とお願いしたらいきなりduで振ってこられ、これは面くらいました。もちろん、ありがたくdutzenしましたが。

「これからはduで話しましょう」という古来の儀式は、目上から言い出すのが鉄則です。アンギャンさんと私の場合、国際的な地位は先方が上、年齢は私が上、という関係です。まあ年齢が大事だろうと判断し、食事の席で隣になった時に、思い切って切り出してみました。すると、「それは嬉しい、ありがとう」というお返事です。儀礼的にそうおっしゃった可能性もあり心配しましたが、翌日どんどんduで話して来られたので、ほっとしました。

といういうわけで、左からトーマス(・アンギャン氏)、その奥様(後述)、私です。


さて、その奥様は、Eva Angyanとおっしゃるのです。この「Eva」がまさに読み方問題のよき実例。「E」を伸ばすか否か、「v」を濁るか否か、それが問題です。

子音1つの前の母音は長音、という原則からすると、「エーファ」か「エーヴァ」となります。そしてまさにその2つが、この順序で、Dudenの辞典に示されているのです。(もしかすると、最近の版では改められているかもしれません。)

「v」は、濁る場合と濁らない場合の両方があり、案外濁らないことが多いです。地名では「ハノーヴァー」ではなく「ハノーファー」、人名では「クサ-ヴァー」ではなく「クサーファー」が、私の知るかぎり普通です。

しかし奥様の言葉が「エヴァと呼んでね」と聞こえたので、「エーファ、エーヴァのどっち?」と聞き返したところ、「エヴァよ」とおっしゃるのですね。長年の疑問が氷解した瞬間でした。「エヴァ」なんて呼んでしまい、罪深い心境です(笑)。

おまけは、水もしたたる美音・美男のチェリスト、タマーシュ・ヴァルガさんとのツー・ショットです。どうぞご覧ください。



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