女性は若い2017年01月12日 22時43分42秒

毎年思うことですが、年末年始というのは、ゆっくりできるという印象のみあって、実際にはすぐ仕事になってしまいますね。年賀状も後追いで、ようやく処理しました。私は原則、返信オンリー。しかし今日も返信を書きました(笑)。

仕事がおしなべて好発進しているのは、年の全体から見て、いいのか悪いのか。でも先を考える余裕はありません。

日本指揮者合唱協会での講演(6日)は、重鎮がずらりと並んだ客席にちょっとびびりましたが、ミサ曲テキストの話に深く入ってきていただき、合唱の世界との距離がいちだんと縮まった、という思いがあります。どこかで食事しようと思っていたら(←懇親会の席では「飲む+話す」のみで、食べない主義)、偶然の流れで、2人の女性とご一緒することになりました。

ここだけの話ですが、お二人とも、私より10歳以上年長でいらっしゃるのですね。でも、活躍しておられる方は、本当にお若い。ついつい昔の感覚で70代、80代と考えてしまいますが、昔と今は、本当に違います。とくに、女性が違うと思います。

朝日カルチャーのオペラ史の講座も好発進しました。《オルフェオ》から入っていますが、モンテヴェルディ熱が再燃しています。皆さんにぜひ見ていただきたいモンテヴェルディ映像があるのですが、新聞に掲載されてから発表します。

最大目標と公言している《ヨハネ受難曲》の研究は、第2稿について、一通りのたたき台を作りました。毎月編集者に渡す日取りを決め、それに向けてがんばるという流れを作っています。編集者様には本当にありがたいサポートで、感謝あるのみです。

明日は授業の後大阪を往復し(《冬の旅》)、土日は埼玉県の合唱コンテストになります。皆様も、よいご週末を。

今月の「古楽の楽しみ」2017年01月07日 07時55分21秒

1月は、宗教改革の記念イヤーにちなんで、ルターのコラール7曲とその編曲でプログラムを組みました。ちょうど、有名コラールを合唱編曲、オルガン編曲をちりばめてメドレー風に編集したCD(M.グリューネルト指揮のドレスデン聖母教会室内合唱団)を入手していましたので、これを活用し、適宜、補っていくという方針を取りました。

9日(月)は、 《異邦人の救い主》と《来たれ聖霊、神なる主よ》です。

〈異邦人の救い主〉は、メドレー(シャイト、プレトリウス、グリム、シャイン、パッヘルベル)と、テキスト全節を用いたベームのカンタータ(ラルフ・ポプケン指揮)、加えて、ブルーンスのコラール幻想曲(オルガン:塚谷水無子)。

《来たれ聖霊、神なる主よ》の方は、メドレーのみとしました。内容はシャイト、ヴァルター、プレトリウス、シュッツ、アムスドルフのオルガン曲・声楽曲です。

10日(火)は、《天にいますわれらの父よ》と、《あなたに賛美あれ、イエス・キリストよ》。

《天にいます》は、メドレー、ハスラーとシャイトのオルガン編曲(ハラルト・フォーゲル演奏)、ブクステフーデのコラール変奏曲(ベルナール・フォクルール)。同じ旋律が、こちらでは《われらより取り去りたまえ》と題されています。

《あなたに賛美あれ、イエス・キリストよ》の方は、メドレーの後に、このコラールに基づくバッハのカンタータ第91番を加えました。演奏はガーディナーです。

11日(水)は、《神はわがやぐら》と、《高い天から》。

《神はわがやぐら》は、メドレーとフランツ・トゥンダーのコンチェルト(=カンタータ)。後者の演奏はヘルマン・マックスです。

《高い天から》は、メドレー+シャイデマンのオルガン編曲(ヨーゼフ・ケレメン演奏)+バッハのカノン風変奏曲。これには、自筆譜バージョンを遣っているジャン=クロード・ツェーンダーの演奏を遣いました。

12日(木)のコラールは、《キリストは死のとりことなられても》のみ。メドレー、ヨハン・ショープのコンチェルト(=カンタータ、演奏はハンブルク・ラーツムジーク)、そしてやはり、バッハのカンタータ第4番を入れました。以前BCJを一度出しましたので、今回はバッハ・プレイヤーズ(2011年録音)です。これもいい演奏だと思います。

最後のコーナーは、宗教改革100年祭(1617年)のために作曲されたアルテンブルクの《ガウディウム・クリスティアーヌム》から、〈ルター派の歓呼の叫び〉〈ルターの預言〉の両楽章。珍しい曲ですが、時代はよく反映されています。演奏は、ズザンネ・ローン。

ずいぶんごちゃごちゃしたご紹介になりました。しかしコラール自体は民衆的で素朴なものですから、軽く楽しんでいただけると思います。どうぞよろしく。

今月のイベント2017年01月04日 22時24分28秒

今年は、宗教改革500周年、モンテヴェルディの生誕450周年ですね。私のイベント、放送も、それらと関わっています。順番にご案内します。

6日(金)、日本合唱指揮者協会の講演で、今年が始まります。コンクールでミサ曲を採り上げる合唱団がとても多いところから、ミサ曲のテキストについて、演奏に役立つ形でご説明しようと思います。

朝日カルチャーセンター新宿校は、イレギュラーな予定になっています(水曜日の出講は変わりません)。11日から、終了したワーグナーに変えて、「オペラ史初めから」という講座を始めます(10:00~12:00)。ここで、モンテヴェルディ・イヤーをフォローしようというわけです。

11日は歌劇《オルフェオ》全3回のその1。会場の都合で、この日はこれのみで、18日が《オルフェオ》その2と、バッハの最新録音紹介講座(13:00~15:00)の継続となります。バッハでは、無伴奏チェロ組曲の第3番を扱います。無伴奏チェロ、新譜のラッシュが続いています。

13日(金)は、いずみホールのシューベルト企画第4回。いよいよ《冬の旅》で、ユリアン・プレガルディエンと鈴木優人さんの顔合わせです。いずみホールのフォルテピアノ(ナネッテ・シュトライヒャー)のコンディションがこのところとても良くなってきているので、ご期待下さい。

私はとんぼ返りで、14~15日と29日、埼玉県合唱コンテストの審査を務めます。

21日(土)は、立川の「楽しいクラシックの会」。30周年のイベントになります。10:00から12:00まではムソルグスキー《ボリス・ゴドゥノフ》について学び、午後は記念パーティという計画です。この日からのご参加も、歓迎いたします。お申し込みは渡辺公子会長までどうぞ(violine@wf6.so-net.ne.jp)。

28日(土)は、朝日カルチャーセンター横浜校のモーツァルト講座です。ウィーン時代のピアノ・コンチェルトに入ります。盛り上がってきている講座なので、伺うのが楽しみです。

放送については別途ご案内いたします。今月は宗教改革の特集です。

おめでとうございます2017年01月02日 22時51分18秒

皆様、明けましておめでとうございます。全国的に好天のようで、つつがないお正月をお迎えの方が多いのではないでしょうか。今年もよろしくお願いします。

駅伝も見ましたが、今年の初体験と言えるのは、歌舞伎中継でした。歌舞伎座の『松浦の太鼓」です。有名な出し物なのでしょうが、私は不案内。昔から俳句が好き、中でも宝井其角は結構好きなので、その其角が舞台に登場し、彼の句に赤穂浪士の付けた七七の解釈をめぐってストーリーが進んでいることに興味を持ちました。

いやあ、迫真のドラマになっている上に主演・染五郎の華が並々でなく、歌舞伎のすばらしさを満喫しました。伝統芸能に、もっともっと親しみたいと思います。

今年の目標は、たった一つ。《ヨハネ受難曲》の論文を完成させることです。専門的な論文を書き、そこから一般書を作る二段構えにしましたので、第一優先でこれに取り組みます。新年早々、気持ちの焦りを感じています。

変わらぬお付き合いのほど、心からお願い申し上げます。

2016年を送る2016年12月30日 23時11分26秒

今まだ、30日です。皆様には今年もお世話になり、ありがとうございました。恒例の1年のまとめをしますが、ダブルブッキングを何回とかそういうことではなく、来年に向けて前向きに総括させていただきます。

今年は、(1)途中から年齢が大台に乗りました。未知の世界に踏み込む不安がありましたが、昔予想したように般若心経を筆写して心を清めるという人生には、まったくなりませんでした。定年後5年にして、今年が一番仕事をしたという実感があります。(2)体調が落ち込まず、人間ドック、ペット検診もクリアできたためでしょう。ワインも相変わらず飲んでいます。

(3)出した本はありませんが、自分としては勉強も、今年が一番したと感じています。周辺的なものがそぎ落とされ、勉強に集中性が出てきたように自分では思います。対象の一角が神学であるのは、《ヨハネ受難曲》の研究を、いま最大の課題としているからです。

(4)講演、カルチャーなどの仕事は、2:1ぐらいでモーツァルトが多かったです。28日の仕事納めも、モーツァルトでした。今年は交響曲の研究から、とくに得るものがありました。

(5)いま3つの大学に出講していますが、すべて、今年度で終わりになります。聖心女子大と國學院はあと2回、ICUは第3学期担当なのであと8回あります。大学もカルチャーも、すべてしっかり準備し、詳細なレジュメを配布して行えたのは良かったなあ、と思っています。専任の雑用がなくなったからこそ、できることです。

(6)去年から会長を務めている藝術学関連学会連合では、6月に最初のシンポジウムを催しました。国や関連団体の文化関係の仕事にも、見えないところで時間を使っています。

(7)合唱の分野とのかかわりもいろいろな形で続いていますが、4日間を費やした福島のコンテスト審査は、とりわけ印象深いものでした。まこと至りませんが、合唱とのお付き合いは続けることになりそうです。

(8)6月のライプツィヒ・バッハ祭に今年も行きました。その大きな楽しみは、人の輪の広がりです。旅行のみならず、今年はとくに出会いが多く、それ以上に、意味深い再会を多く経験しました。これはぜひ、(9)とさせてください。

連続しているものを、(10)にまとめざるを得ません。いずみホールのスタッフは、皆様にご支援をいただいてたいへん力をつけてきており、今進行中のシューベルト企画に、それが反映されていると思います。引き続き、よろしくお願いします。また、サントリー芸術財団の仕事で現代音楽に接してきたことは、私の大きな財産になっています。以前と違う理解を、自分の中に感じるからです。NHK「「古楽の楽しみ」のスタッフ、楽しいクラシックの会、すざかバッハの会など、お世話になった方々に、心から御礼申し上げます。

皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

懇親会第二弾2016年12月28日 10時30分39秒

近況報告の続きです。

18日(日)は、長野駅構内にある「長野長寿食堂」でめでたく始まり、「すざかバッハの会」へ。これについては、近々ホームページができると思いますので、そのときにご案内します。

19日(月)、20日(火)は、大学の授業のあと会議へ。話は、21日(水)に移ります。この日は、朝日カルチャーセンター新宿校のバッハ講座の本年最終回でした。

先日、横浜のモーツァルト講座で懇親会を催したお話をしました。公表した以上、新宿でもやるべきだと思い、先回の新宿講座で、やりたいと思います、と意思表示したのです。同じビルに適切な場所がないかどうかあたってみたが見あたらない状況だ、ということもお話ししました。

横浜の話は受講生から出てきたことですが、こちらは、私からのご提案。皆さんがどのぐらい賛同してくださるか、わかりません。ですので、それはいい、楽しみにしています、というような声かけを期待していました。

ところが、声をかけてくださる方はどなたもなく、皆さん、硬い表情(?)でお帰りになってしまったではありませんか。私の方は振り上げた拳の下ろしどころがなくなり、ここは、あきらめることにしました。

で、21日の講座にあきらめる旨を申し上げたところ、場がざわつきます。今日あると思っていた、という人もあれば、わざわざ時間を作った、という人も出てたのです。そこで急遽、カルチャーの担当者に場所を探していただき、隣のハイアット・リージェンシーのロビーで、横浜と同数の懇親会が実現しました(汗)。

新宿は月2回ですし、古い方もいらっしゃいます。それだけに、本当にやってよかった、というのが実感。ただロビーでは離れたところとの会話がむずかしく、カラオケの密室で開催した横浜の効果を、あらためて確認しました。

24日(土)に、横浜の講座がありました。雰囲気が一変し、なごやかかつ、生き生き。やっぱり人のつながりが、一番大事ですね。

今月のCD2016年12月27日 10時50分25秒

今月の新譜は、どうしたものか、ロシアものに集中した印象です。「たのくら」でやっているムソルグスキーの《ボリス・ゴドゥノフ》に、なつかしいNHKスラヴ・オペラの録音(マタチッチ指揮)が出ましたし、ゲルギエフのプロコフィエフ・シリーズ(ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第4番、第6番、第7番)も、まとめてきくと変遷がよくわかります。

でも今月はやはり、チャイコフスキーでしょう。ユロフスキ指揮、ロンドン・フィルのライヴ(エイベックス)で、久しぶりに後期三大交響曲を楽しみました。軽めの音作りですが、爽やかではつらつとしています。曲として私が好きなのは、第5番。演奏としては、《悲愴》がとりわけいいように思いました。

で、特選盤は、リサ・バティアシュヴィリのヴァイオリン、バレンボイム指揮 シュターツカペレ・ベルリンによる、チャイコフスキーとシベリウスのヴァイオリン協奏曲です。

ヴァイオリンは幅の広い楽器ですが、バレンボイムはバティアシュヴィリの趣味の良さに惚れ込んで起用しているらしく、繊細さは特筆もの。独走したくなる曲を独走せず、オーケストラをしっかり聴きながら溶け込み、アンサンブルを作っていく配慮が、演奏を格調高いものにしています。大好きなシベリウスのコンチェルトとの組み合わせは何より。

ロマンティスト2016年12月25日 22時02分07秒

「ホールを奏でる」という形でお示しした価値観について、補足しておきます。

演奏が聴衆に響きを届けて成り立つものであるとすれば、音響体としてのホールを味方につけることが、演奏家には大きなアドバンテージになると思います。ホールの響きを体感することで、演奏家と聴き手が一つに結ばれるからです。

でも演奏家には、それを大切にしている人と、あまり関心をもたない人がいるように思うのですね。2000人のホールでも200人のホールでもまったく同じに演奏する人が、案外少なくないように思えるのです。これは損だというのが、私の意見です。

さて、大阪から名古屋まで戻ってきた、先週の金曜日。朝6時に起きて新幹線に乗ろうとタイマーをかけましたが、乗り遅れたらたいへんだ、タイマーは鳴らない可能性もあるぞ、と思ったらと気が気ではなくなり、結局、まんじりともせずに朝を迎えました。

ホテルを出、余裕をもって名古屋駅に向かいました。ところが駅は人であふれ、6時台の東京行き普通車が、全部満席なのです。旅慣れない家族連れが長蛇の列をなしていてなかなか新幹線エリアに入れず、危ないところでした。こういう中継ぎは、やらない方がいいようです。

10時からの「たのくら」を立川で終えると、さすがに疲労を実感。会食をパスして家で休み、多少の準備をしてから、夜のレクチャーコンサートに臨みました。朝日カルチャー新宿校の音楽室で、敬愛するピアニスト安井耕一さんと、音楽におけるロマンについて語り合おう、というのです。

旧同僚の安井さんを私はロマンティシズムの権化のように思ってきたのですが、ご本人は、いや、自分は職人だ、とおっしゃいます。そこで、安井さんがロマンティストか職人か、という見極めをサブテーマに設定し、コンサートを進行させることにしました。

最初緊張しているようにも見えた安井さんですが、持ち前の音楽に対する愛は抑えるべくもなく、シューベルトに、シューマンに、ブラームスに、ロマンの溢れる会になりました。それが濃厚でも主観的でもなく、透明な響きの中でおおらかに立ち上がるのが、安井さんの職人芸です。

終了後はご夫妻と、ネットで探しておいたお店へ。風俗街のど真ん中を通ることになって肝を冷やしましたが(通らずにも行けます)、ようやく新宿に、おいしく雰囲気もよくて話しやすい、とてもいいお店を見つけることができました。いずれご紹介します。

盛り上がった会話の中で、そういう先生こそロマンティストではないか、という反撃が・・・。どうなんでしょうね(笑)。

北村朋幹、ホールを奏でる2016年12月23日 21時51分55秒

思ったより忙しかった「師走」。やっと余裕が出ましたので、心に残る出来事の多かった1週間を、少しずつ振り返ります。

大学の授業を終えて大阪に向かった、16日(金)。翌日10:00に立川にいなくてはならないので、名古屋に中継ホテルを予約しました。チェックインして荷物を置いていこうと、名古屋で下車。スマホを見ながら、ホテルへと歩きます。

途中、おいしそうな台湾ラーメンの看板を掲げたお店があります。通り過ぎてしばらく、実際とは反対方向に歩いていたことに気づきました。かなり時間を無駄にして、ホテルに到着。ホテルとラーメン店は駅を挟んで離れていましたが、間に合うと踏んで夕食へ。

私、台湾ラーメンが大好きなのです。そうしたら、そのお店が、台湾ラーメン発祥の地だというではありませんか!道を間違えたから来られたわけで、これは幸運。マイナスはプラス、という持論を再確認しました。

夜は、いずみホールで、シューベルト・シリーズの第三夜。出演は北村朋幹さんで、ベートーヴェンのバガテル、クルターグの《遊び》を経てシューベルトに進むという、凝ったプログラムが組まれています。シューベルトは、《楽興の時》全曲と幻想ソナタです。

高い構想力をもつ北村さんのことだから何かあるのだろうと思っていましたが、前2曲がシューベルトへの絶妙の道程になっていることに感嘆。かぎりない弱音で弾かれたクルターグから、そのままシューベルトが立ち上がって来たのです。

北村さんの連ねる繊細なソノリティに、会場が水を打ったように聴き入っています。私には、ピアノというよりいずみホール自体を北村さんが楽器として奏でているような気がしてきました。こんなコンサートができて、本当に幸せです。別のホールでは、きっとまったく違う演奏をなさることでしょう。

歌集『ゆき』より私撰2016年12月19日 00時31分19秒

阿部久美さんの歌集『ゆき、泥の舟にふる』。北海道新聞短歌賞をとられたというこの歌集から、私の好きな歌を6つ、選んでみました。何段階かかけて絞り込みました。分類はオリジナルとは別に、私の独断でさせていただきました。横書きになっちゃってすみません。

(住み処)
人を待ち季節を待ちてわが住むは昼なお寂し駅舎ある町

(叙景)
夏終わるうずくまりたる砂浜のかもめは群れてみな海をむく

(旅)
旅の荷を解いて思えばふるさとは実(げ)に暗々と海に抱かれる

(言葉)
群生のこの黄の花の名を尋ねそれきり今日の言葉が尽きる

(情念)
弱い雪ためらいながら降りてくる熱(ほとぼ)りのある男女の世へと

(音)
蝋燭が尽きてみずから消ゆる音(ね)はこの世にそっと美しきひとつ

オビにも選ばれている「わがうなじそびらいさらいひかがみにわが向き合えぬただ一生(ひとよ)なり」という歌のページに挿入されている後ろ姿、ご本人でしょうか。きっとそうですよね。

たまっている諸々のご報告、もう少しお待ちください。