偉大なる若者2017年04月06日 15時59分02秒

4日(火)、冨田一樹さんのバッハ国際コンクール優勝記念のコンサートを、いずみホールの「バッハ・オルガン作品全曲演奏会」の特別企画という位置づけで行いました。

ヴォルフ先生のリストに基づいて来日するオルガニストが毎回すごいものですから、オルガン演奏における本場の環境や伝統の強みをついつい感じてしまっていた、私。その意味でハードルが高いと思われるオルガン部門を、日本人の青年が、どのように制覇したのか、それはどんな演奏だったのか--。

私は半信半疑に近いほどの不思議な思いで、大阪に向かいました。このコンサート、ありがたいことに早々に完売になったのですが、同じ思いでチケットを買って下さった方も多かったのではないかと思います。

リハーサルにお邪魔し、演奏が始まってからこう思うまで、ほとんど時間はかかりませんでした。「こりゃあ、一位だあ」と。くだんのコンクールの審査員を調べてみると、委員長がラドゥレスク、委員にベーメ、ロト、リュプザムと、いずみホールのシリーズに出た一流の方々が並んでいて、加うるにわれらが松居直美さんと、ヴォルフ先生(+ロシア人一人)。この顔ぶれでの一位はすごいです。

バッハは18歳でアルンシュタットの教会オルガニストになりましたが、当時、これはすごいヤツが出てきた、と思われたわけですよね。私が冨田さんから受けた印象も、それと同質のものだったように思います。内側からほとばしるものがあり、ペダルの迫力は圧倒的。どの作品にも、正面から思い切りよく、まっすぐに切り込んでいるという印象です。

初めからこうではなかったでしょうから、何か飛躍のきっかけがあったのですか、と、舞台上のインタビューで伺ってみました。すると冨田さんは少し考えて、バッハの作曲技法を研究したからかもしれない、と答えられました。作品分析を怠らずやっている、という意味でしょう。

聡明なまなざしで爽やかにそうおっしゃる冨田さんに、私は舌を巻いてしまいました。そう思って後半を聴いてみると、まさに、バッハがその音符をそこに置いた理由が全部わかるように演奏されているのですね。

名オルガニストであるが、それ以上に総合的な音楽家として卓抜な冨田一樹さんでした。これほどの方が日本を中心に活動してくれるのは嬉しいことです。通奏低音奏者としても、指揮者としても成功されるだろうと思います。

4月のイベント2017年04月02日 09時58分40秒

新年度ですね。気分一新、どうぞよろしくお願いします。といっても、3月の予定が消化しきれず、仕事が遅れていて申し訳ありません。

今月は、朝日カルチャーセンターの仕事が合計7つもあります。

新宿校が4つ。定例の水曜日は5日と19日で、10:00~12:00の「オペラ史初めから」は、モンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》全3回の、1と2です。13:00~15:00のバッハの新録音を比較紹介する講座は、今回(最初にして最後ですが)バッハ以外を取り入れました。今月は《メサイア》を2回でやります。

「宗教改革と音楽」という講座を頼まれていましたので、2回で組みました。20日(木)10:00~12:00に、その第1回。「旧約聖書とルター派音楽」というタイトルでやります。メインはシュッツです。(来月、「新約聖書とルター派音楽」になります)。

26日(水)19:00~20:30に、レクチャーコンサートをやります。出演者はウェーベルン+ハンマークラヴィーア・ソナタのCDで大ブレイク中の瀬川裕美子さんです(ブレイクのほどは、日経の動画入り記事をどうぞhttp://style.nikkei.com/entertainment/DF280120166611)。曲はバッハの《ゴルトベルク変奏曲》です。ウェーベルンに隠れてしまいましたが、彼女のCDは、日本人がピアノで弾く《ゴルトベルク》として、有数のものだと思います。ナマ瀬川をご体験ください。

横浜校のモーツァルト講座は、22日(土)13:00~15:00。20番台のピアノ協奏曲に入っていますが、今度は「短調の後は」と題して、第21番ハ長調」を採り上げます。

さらに、立川校があるのです。今度から、2回ワンセットで私の「名曲探訪」シリーズをやることにしました。15日(土)と29日(土)の13:00~15:00で、テーマは「モーツァルトの三大交響曲」です。まだ触れておられない方、立川までどうぞ。

このうち15日(土)は、10:00~12:00に同じ立川で「たのくら」があります。テーマはオッフェンバックの《ホフマン物語》。「怪奇なる娯楽その1」と題しています。

恒例の早稲田大学エクステンションセンター中野校の春講座が、13日(木)から、毎週計5回で行われます。時間は15:00~17:00。前期に「32歳のモーツァルト」をやりましたので、今期は33歳、34歳を採り上げます。題して「モーツァルト、最後の高みへ」。テーマは13日が「北ドイツ訪問の足跡、クラリネット五重奏曲に示された深まり」、20日と27日が「愛の賛歌としての《コジ・ファン・トゥッテ》」です。

「すざかバッハの会」は、ワーグナー《神々の黄昏》その2。《ニーベルングの指環》の最終回となります。須坂駅前のシルキーホールで、23日(日)の14:00~16:30です。

最後に。いずみホールに、私の出番が2回あります。4日に、ライプツィヒのオルガン・コンクールで優勝された冨田一樹さんの凱旋コンサート。バッハ・オルガン作品全曲演奏会の特別企画として催しますが、すでに完売と伺っています。

18日(火)は、ウィーン楽友協会との提携企画で、マルティン・ハーゼルベック指揮のウィーン・アカデミー管弦楽団(ピリオド楽器)による、ベートーヴェンの《運命》《田園》。企画についてハーゼルベックさんがぜひお話ししたいというので、プレトークをすることになりました(19:00から)。要旨を簡潔にご紹介する形で考えています。

17日(月)から21日(金)までの「古楽の楽しみ」は、別途ご紹介します。今月はぜひ、楽しみになさってください。

離宮公園2017年03月31日 00時16分43秒

松風村雨堂から北に坂を登っていくと、「須磨離宮公園」がありました。入場券を買おうとすると「兵庫県にお住まいですか」との質問が。いいえ、と答えて右側を見ると、「県内の65歳以上は割引」という掲示が出る。当然、訊かれますよね。


高台に登ると、海が望めます。現代の須磨の浦です。


みごとな木。「よオありげなる」感じもあるが、松ではありません。


ここが、在原行平の月見の松跡だそうです。どこまでも風流。


なかなか広い公園です。


下り道は梅園になっていました。春ですね。


こんなにいい公園があって、須磨がますます好きになりました。千鳥が通うのもむべなるかな。月見山駅から阪神電鉄に乗り、大阪に戻りました。シフを聴く、いい気分転換になりました。

よォありげなる・・2017年03月28日 23時41分41秒

シフのコンサートのあった金曜日、私は大阪のホテルで目を覚ましました(前日に会議)。気分は、やや鬱。最近、先の予定が立て込んでいて、その中に緊張を要するものが含まれており、こなしていけるか確信がもてない、というときに、暗くなる傾向が出てきたのです。はい、老化現象です(笑)。

この日は、夕方までオフ。急ぎの仕事はありますが性質上ホテルではできないので
、どこかに行こうと思い、決めずに電車に乗りました。そう遠出もできませんから、神戸方面に。とりあえず、山好きなのにまだ未経験の六甲ケーブルに乗ってみようと思い立ちました。


急角度に運んでもらいましたが、上がったところは諸方向への起点という感じで、さほど雰囲気なし。早々に切り上げて、須磨明石方面に向かいました。

私、この辺の海が大好きです。それは、私が和歌が好きなことと無関係ではないと思います。昔の歌詠みはどんなに寂しい自然の中を歩んだのだろう、と思わずにいられないのです。

明石には何度も行き、お寿司屋事件もありましたが、須磨をゆっくり歩いたことはないことに気づきました。そこで須磨で下車。いまはここも神戸市なんですね。駅の近くで昼食にしましたが(珍しく日本酒にお寿司)、とても安く、おいしかったです。食事を終え、待望の砂浜へ。心が安まります。


ぶらぶら歩いて、さあどこに行こうかと案内板を見ると、すぐ近くに、「松風村雨堂」というのがあるではないですか。これには興奮しましたね。不肖私、能の《松風》が大好きなのです。学生時代に、詞章を暗記したことも。歌枕を読み込んだ、すばらしい日本語です。「よォありげなる松の候」という言葉が湧き上がり、勇んで向かいました。

しかし、前を指していた道しるべが、いつのまにか、後ろを指しているではありませんか。通り過ぎてしまったのです。探したら、ありましたね。本当に目立たないところに、それはありました。


「立ち別れ・・」の歌が脳裡に浮かんだのはいうまでもありません。2つの祠にお賽銭を上げ、説明板を読むと、このあたりには松風町、村雨町、行平町などがあるとのこと。なんとも風流なこの地区なのでした。(続く)

イメージは仏様2017年03月26日 22時55分53秒

土曜日にいったん戻り、放送の準備をしてから、日曜日、ふたたび大阪へ。バッハオルガン作品全曲演奏会シリーズのコンサートが月曜日にあり、日曜日にはマスタークラスが開かれるのです。

ジャン=クロード・ツェーンダーさんは、演奏家としても研究者としても著名な方で、私はドルトムントのバッハ・シンポジウムでお目にかかっていました。ちょうど先生がドルトムント大学の名誉博士を取られたときです。その後『バッハの初期作品--様式、成立年代、作曲技法』という2巻本の研究書を出され、ブライトコプフからは新校訂楽譜を出版中、という大先生です。

にもかかわらず、仏様のように柔和な笑顔の、人当たりのいいお方なのですね。私も失礼がないよう、先生の研究を逐一参照して解説を準備しました。ちなみにグレーゾーンから入れていた小さい曲が2曲、偽作としてボツになりました(笑)。

月曜日のコンサート、最後のホ短調プレリュードとフーガを除いてすべてが、初期作品というプログラムでした。ホ短調とその関係調を軸とした選曲の結果そうなってしまったわけですが、普通の演奏家だったら、もたないだろうと思います。

しかしさすがに初期作品の権威で、この曲はこうあるべきと確信を込めてお弾きになり、少しもゆるみがありませんでした。笑顔に似合わず、強靱な構成力をもった演奏なのです。最後のライプツィヒ作品では、いずみホールのオルガンが、いままで経験したことのないほど壮麗に鳴り響きました。

報告するとこうなるのですが、私は休憩前のインタビュー・タイムを仕切るという責任があるので、良かった良かったでは済みません。今回といえば、オルガン席から戻り、演奏が始まったとたん、しまったあそこを訳し忘れた、あそこはもっとこう訳すべきだった、などと反省に襲われ、いつもより、後悔が長引きました。

自己採点は70点。そのぐらいが力に見合ったところなのでしょうが、なんとか100点を取りたい、と思うたちなんですよね。それをひきずっていたら、翌日新幹線までお連れしたスタッフから、先生が昨日のインタビューは本当に良かった、彼もきっとそう思っているだろう、とおっしゃっていたと聞き、一気に肩の荷が下りました。私がどう訳したかは、先生、お分かりにならないはずですが(笑)。

先生とは、国際音楽学会の場(藝大)であっけなく再会しました。コンサート後、先生をお弟子さんたちが囲んでいる写真をお見せします。先生(左から5人目)が小さくなっちゃってすみません。



シフという体験(2)2017年03月24日 22時45分13秒

ラブラドールさんがコメントに、「そこでピアノを弾いているのがシフさんなのかシューベルトなのかわからなくなる」不思議な体験をした、と書かれています。まことに、言い得て妙。シフの存在はいつしか透明化し、ひたすら、シューベルトの音楽が流れている。「この世のものとは思われない」という言葉が、何度も心に浮かびました。

紡がれる響きはまことに多彩で、千変万化の趣。では何色か、と言われると、なぜか、黒としか答えられないのです。しかし濃淡だけがある黒ではなく、矛盾した言い方になりますが、色合い細やかな黒。時間が経つにつれ、そこに温かな色合いが見えてきました。

千変万化というのは、シューベルトの和声--転調を内包した独特の和音運用を表現することによって、起こってくる印象です。私はかねてから、長調から短調へと「沈む」感覚がシューベルト特有のものと認識していました。しかし後期のソナタを聴くうちに、長和音も短和音も結局は1つのものではないか、という気持ちが起こってきたのです。喜怒哀楽は尽きずとも、それらは所詮、現象。それを突き抜けた一種イデア的なものが見えてきた、ということだと思います。

シューベルトの本質は「さすらい」だと言われますよね。確かに音楽には、さすらいのトーンが満ちています。しかし、シフの紡ぐさすらいは、足のそれではないように思われました。その主体は霊--あたかも、《冬の旅》の主人公が追いかける幻惑の光(第19曲)であるかのように感じられたのです。

ト長調ソナタ、イ長調ソナタ、変ロ長調ソナタからこの夜響いてきたもの。それは、さすらいの昇華された「永遠」の姿ではなかったか。でもその永遠は、たとえようもないほどの「はかなさ」と、表裏一体になっていました。永遠は超越世界のものですから、この世の人間の目には、はかなくしか映じないのだろうか。そうすると、永遠とは鏡のように、存在を映すものなのだろうか--。そういうこの世を超えた思いにいざなわれたのが、この日のコンサートでした。そこには彼岸との触れあいがあり、はかなさの中に、救いや慰めもあったと思います。

お客様の反応が、本当に熱かった。余韻を十分に楽しまれてから盛大な拍手が送られ、お立ちになる方もたくさん。立つのを遠慮される方も日本には多いので、事実上のスタンディングオベーションでした。

ついにコンサートが終わり、私は楽屋に駆けつけて、前述の通り、高揚感みなぎるシフさんにお会いしました。姿勢も表情も端正なシフさんですが、「いずみホールのお客様はすばらしいでしょう」と申し上げると大きく表情を崩し、「本当にそうですね」とおっしゃいました。またぜひ、お招きしたいと思います。

シフという体験(1)2017年03月22日 23時14分03秒

お待たせしました。

今年度のシューベルト企画、「こころの奥へ」の最後に、サー・アンドラーシュ・シフのコンサートが置かれていました。曲は、最後の2つのソナタ、第20番イ長調と、第21番変ロ長調です。

ところが、シフ氏から、《幻想ソナタ》(第18番ト長調)をぜひ弾かせてくれないか、というオファーが入ったのです。もちろんお客様への大サービスですから、ありがたくお受けしました。心配は、曲が長いのでお客様のお帰りに差し障りが出ること。チケットはすでに完売でしたから、売り上げに影響はありません。

でもこんなことができるのは、たくさんの曲が完璧に頭に入っている、シフさんならでは。シフさんは、ステージでピアノを弾くことから、もとい、名曲を弾くことから、限りない喜びを発見しておられるのではないか。その世界は「音楽の神様との語らい」としか言いようのないものですから、スイッチが入ったら長く弾きたい、その次元から離れたくない、と思っておられるのではないか。

ですから4曲もアンコールがあり、長いロザムンデの即興曲も入っていたので、終わりが10時になりました。でもイチローさん、楽屋に駆けつけたら、お疲れではまったくなかったですよ。あふれるような高揚感に包まれ、もっともっと弾きたかった、と表情が語っておられました。

話が先走りました。若いときからずっとシフさんを聴いてきましたが、受けるイメージはつねに清新。私より7つお若いし、風貌もつややかです。でも、考えてみれば60歳過ぎの、巨匠なんですよね。

演奏も、まぎれもなく巨匠のものでした。悠揚迫らぬペースで淡々と、自分の世界を作っていく。紡ぎ出される音は円熟していてナマなところは一つもなく、霊的な様相を帯びているのです。(続く)

写真速報!2017年03月19日 00時49分04秒

大阪で2泊。4連泊のはずだったのですが、放送の準備が間に合わないので、今日の午後、いったん帰宅しました。意外にがんばれて、2日分が一応準備できました。明日大阪に戻り、オルガンの公開レッスンと、コンサートに参加します。

ところで、このツー・ショットを、速報でお届けします。隣がどなたかは言うまでもないと思いますが、事の次第は急ぎでは書けませんので、追ってしっかりと。午後10時(!)、コンサート終了直後の映像です。



今月の「古楽の楽しみ」--バッハ2017年03月16日 07時33分15秒

1月、2月と宗教改革を特集してきましたが、3月はその仕上げで、バッハのカンタータです。宗教改革、およびルターとかかわるカンタータを、オルガン曲を交えて採り上げます。主要作品は、次のとおりです。

第1日(20日、月):宗教改革記念日(10月31日)のためのカンタータ。
・第79番《主なる神は日なり、盾なり》 レオンハルト指揮(全集から)
・第192番《いざやもろびと、神に感謝せよ》 ビラー指揮

第2日(21日、火):ルター・コラールによるコラール・カンタータ。
・第2番《ああ神よ、天からご覧下さい》 シュペーリング指揮
・第14番《神がこの時にわれらと共におられないなら》 同

第3日(22日、水):ルター・コラールによるコラール・カンタータ。
・第38番《深い悩みの淵より》 ウィルソン指揮
・第126番《主よ、われらを御言葉のもとに》 ガーディナー指揮

第4日(23日、木):ルター・コラールが複数楽章で登場するカンタータ。
・第36番《喜び勇んで羽ばたき昇れ》 ルッツ指揮
・第76番《天は神の栄光を語り》第2部 アーノンクール指揮(全集から)

オルガン曲はカンタータで使われているコラールにちなむものを挟んでゆきます。他に、プレリュードとフーガホ短調BWV548(第1日)とトリオ・ソナタ第4番ホ短調(第3日に第2楽章、第4日に第1・第3楽章)を、モード・グラットンの演奏で使います。これは、要注目です。

今回の感想。バッハの音楽に聖俗の差はない、というのが通念で私もそう申し上げていますが、違いもやっぱりありますね。世俗カンタータからのパロディである第36番の快活さは特筆もので、今回集めた古風なルター・カンタータの中では飛び抜けた印象があります。ともあれ、どうぞよろしく。

芸術の分野は広い2017年03月14日 22時49分47秒

大分調子が戻ってきました。今日はご報告です。

12日(日)は、「楽しいクラシックの会」の後に「錦まつりコンサート」が催されるという、年に一度の日。会は30周年ですがこのコンサートも28回目か29回目ということで、感慨がありました。

当初はお願いできるアーチストも限られていましたが、最近は信頼できる方が一肌脱いでくださるので、ありがたいかぎりです。とくに、弘法筆を選ばず、どんなピアノからもきれいな音を引き出してくださる久元祐子さんの存在は、絶大な安心感。井坂惠さんもお客様にベストを尽くされる方ですから、楽しい春の歌を楽しみながら、客席と一つになれたと思います。こういうコンサート一つ一つが、励みになります。

今日(14日・火)は、芸術選奨の贈呈式・祝賀会に出席しました。文部科学大臣賞と同新人賞を贈呈する、立派な式です。私は、「評論等」という部門の選考審査員でした。

この部門が対象とするのは、芸術諸分野に関する研究・評論の書籍です。一次審査を通った本を年末年始の頃に読むのですが、他分野から出てくるのは、この仕事がなかったらまず触れる機会はなかっただろう、と思う本ばかり。すごい本がいくつもあり、勉強になります。

大臣賞は梯久美子さん(「狂うひと--『死の棘』の妻・島尾ミホ」の成果)と山梨俊夫さん(「風景画考 世界への交感と侵犯」全三部の成果)、新人賞は木下千花さん(溝口健二論 映画の美学と政治学」の成果)の3人。どれも情報膨大な、渾身の大著です。圧倒されました。

祝賀会で皆さんにご挨拶しましたが、山梨さんは美学のすぐ下の後輩であるとわかり、びっくりすると同時に、なるほどと思いました。音楽部門で大臣賞を取られた小山実稚恵さん、宮田まゆみさんはどちらも親しい友人なので、さっそくお祝いを申し上げましたが、新人賞の山田和樹さんは面識がなく、お祝いしそびれてしまいました。失礼しました。

舞踊部門で新人賞を取られた米沢唯さんのスピーチがとても感動的でした。広い芸術の世界の、本当に一部のことしか自分は知らないんだなあ、と実感します。