私のシルバーウィーク(4)~出雲の巻2015年10月02日 17時22分11秒

22日(火)。最後の目的地は、出雲です。松江から乗った快速電車は、宍道湖の南岸を西へ走り、30分ほどで、出雲市着。たくさんある見どころは出雲大社と日御碕に絞り、便利な方を先にしようと思っていました。すぐ出雲大社経由日御碕行きのバスがありましたので、躊躇なく、日御碕(ひのみさき)へ。

ここは、最高でしたね!海の自然景観が好き、灯台が建っていると感激、という私のためにあるようなところでした。立派な神社もありましたよ。


灯台のてっぺんまで登るのはかなりのアルバイト。でも苦にならないのは、昔山登りをやっていたからに違いありません。快晴、広大な日本海を望みました。



早お昼で海鮮丼をいただき、水のきれいな海水浴場地域を歩いて、さあ帰ろうと思ったら、バスまで時間が空いています。行けるところまで歩こうと思ったのが、元気な証拠。人まれな山道を抜けるとそこは車道で、クルマがひっきりなしに行き交っています。道路は狭く、出会い頭の衝突もありうる雰囲気です。そこで、半分ほど歩いたところであきらめ、バスを待ちました。こちらは反対側、出雲方面の景観です。写真には写っていませんが、伯耆大山がひときわ立派でした。


これだけの自然を満喫してしまうと、大混雑の出雲大社は辛いものがあります。一応お参りしましたが、ご本殿は改装中なんですね。

混み合う電車で出雲市に戻ったのが、午後3時頃。岡山行きの急行を調べてみると、なんと夜まで、指定が取れません。しかし幸いしたのは、出雲市が始発駅だったことでした。ところが、着いた岡山で、新幹線の指定が取れない。最終まで、全滅です。連休の終わり近くですから、当然でもありますね。ネットを調べると、岡山のホテルも満杯。しかし、姫路で部屋が取れ、旅行は1日延長と相成りました。

それにしても、島根県の観光価値はすごいです。隠岐もあるわけですから。

私のシルバーウィーク(3)~松江の巻2015年09月30日 13時24分26秒

米子から松江は、遠くありません。中海の南岸をアクアライナーという快速で走って、30分ちょっとです。合唱連盟に予約していただいた駅前のホテルに荷物を置き、さっそく、世界遺産に決まったという松江城を訪れました。立体感をもって聳える、立派なお城です。千鳥城とも言うとか。


高いところへ高いところへと吸い寄せられ、天守閣に登ってみると、夕陽を浴びた松江の町が広がっていました。


どんどん暗くなり、宍道湖畔にたどりついた時には、星がまたたいています。松江もまた、水豊かな都会なのです(宍道湖は面積第7位だそうです)。水に引き寄せられるのはなぜか、という質問を優さんからいただいていますが、私、湖や小川が好きなのはむしろ女性だと思っていましたよ。

湖畔を延々と歩いて駅前に戻り、合唱連盟中国支部長の末広先生に教えていただいた、駅前のイタリアンに入りました。Al Sole(日なた)というお店です。前後、ずいぶん入れないお客様がいましたので、するりと1席いただいたのは幸運でした。

ワイン好きの私が、旅に出て、気が大きくなっている。コンクールの疲れを癒したいと願い、かつ、ほとんどお金を使っていない。といった条件から、おいしいのを飲もう!と勢いが出て、バローロ(イタリア/ピエモンテ)のBorgognoという、身分不相応な品種を注文してしまいました。するとオーナー・シェフがお出ましになり、緊張する、と2度もおっしゃりながら開栓して、デキャンタしてくださいます。心なしか、手が震えていたような(笑)。


このおいしかったこと、筆舌に尽くせません。1999年のヴィンテージが、ずっと私の注文を待ってくれていたようなのです。いいワインを置いている地方都市のお店は、東京より安いですから、訪れて損はありません。

お料理もすばらしく、ご夫妻ともしだいに打ち解けて、思い出に残る晩餐となりました。松江に行かれたらぜひ立ち寄ることをお勧めしますが、私のジンクスだけは告げ口なさらぬようお願いします(汗)。

最後に感謝を込めて、小田川シェフと奥様の写真を。お店の前で撮りました。



私のシルバーウィーク(2)~米子の巻2015年09月29日 09時31分40秒

28日の月曜日から、聖心女子大の後期がスタートしました。まず、前期にかかわる質疑応答をしばらく。次いで、「聖母マリアの音楽史」という授業テーマの継続に入ります。この日はモンテヴェルディの《ヴェスプロ》から〈天よお聞きくださいAudi coelum〉を取り上げたのですが、私の得意技が劇的なタイミングで出て、「九仞の功を一簣に虧く」形になってしまいました。

まずガーディナーのCDを聴き、テキストの意味と出典、音楽の趣向などを細かく説明しながら進めました。このレファレンスには、カントゥス・ケルンのものを使用。いい曲ですねえ。残り10分になりましたので、ガーディナーの映像を切り札として、感動的な仕上げを志しました。そうしたら、ケースはもぬけの殻。私はうろたえ、教室の士気は目に見えて下がって、戻りませんでした。こういうことが多かったので最近はしっかり確認し、家を出てからも持ち物をチェックするぐらいにしていたのですが、この日は、それをしていませんでした(泣)。

話は戻って、シルバーウィーク。合唱コンクールが終わり、月曜日の早朝に目覚めた私は、快晴の中、山陰本線を西に向かいました。目的地はまず、鳥取県西部の中心、米子です。

鳥取は砂丘が有名ですが、米子は中海に面する、水の豊かさが魅力。さっそく湖畔まで歩いてみました。面積第5位の大きな湖で、日本海から海水が入ってくるために水には塩分が混じっているとか。湖畔は公園になっています。


米子城への道を見つけ、登ってみました。知らない町を訪れたら、水のそばにいく、高いところに登る、というのが、私の鉄則なのです。吉川広家が基を築いたというお城は部分的にしか残っていませんが、中海と米子の眺めは一望できました。


お昼は境港でお魚を、と思い立ち、ローカル線で45分。行ってみると、なにぶんの休日で、たいへんな数の家族連れが訪れています。「水木しげる記念館」を始めとして家族向けの施設やお店がずらりと並び、私の脳裡に描く昼食のイメージと相違。いずれにしろどのお店も、行列になっています。

そこで食事を諦め、米子に戻ってお店を探しましたが、タイミングを逸したので選択肢がありません。やむなく駅の食堂でピラフを食べ、松江に向かいました。島根県は、私が足を踏み入れていない唯一の県。いよいよ来ました。松江、出雲の観光が楽しみです。

〔付記〕私の翌日、佳子さまが境港に行かれたことを知りました。

私のシルバーウィーク(1)2015年09月25日 09時27分51秒

「シルバーウィーク」というのは聞き慣れない名前だなと思っていました。今調べたところ、秋分の日が9月21~23日のいずれかでしかも水曜日になる場合に発生する大型連休なんですね。敬老の日が月曜日、はさまれた火曜日が「国民の休日」となるため、連休が成立するのだとか。皆さんはもうご存じでしょうが、私はずっと旅行中で、知らずにいました。気になるのは、「老けた」ネーミングであること。でも、敬老の日がはさまれているのでは仕方ありません。

18日(金)に家を出て、列車を乗り継ぎ、鳥取着。私はなるべく飛行機に乗らない、という主義なのですが、それだとさすがに、山陰は遠いです。福知山経由とか、取りたいルートはあったのですが、夜の懇親会に間に合わせるために、あきらめました。

19日(土)、20日(日)の全日本合唱コンクールは、中国支部の地区大会でした。各県の代表が出てきますからレベルは高く、特徴としては、ハーモニーを追究する演奏が多かったように感じます。以前一度お邪魔したことがあり、島根県が突出していたと記憶していますが、今回はそれぞれの県になかなかの有力団体があり、聴き応えがありました。

採点は困難で、反省もあります。しかし全国大会にも呼ばれている手前、予習のための絶好の機会として、勉強させていただきました。主催の皆様には本当によくしていただき、頭が上がりません。

日曜日の夜は、もはや移動の余地なしで鳥取泊。打ち上げに参加させていただき、翌朝から、お駄賃の旅行に入りました。なにぶんのシルバーウィークですから、鳥取も島根も、空き部屋は皆無。松江で1泊できたのも、連盟事務局のおかげです。

ご挨拶2015年09月24日 07時52分40秒

皆様、シルバーウィークはどのように過ごされましたでしょうか。私は金曜日から水曜日までの6日間、山陰を中心に過ごしました。鳥取で3泊(中国合唱コンクール関係)、松江で1泊、最後に、予定外でしたが姫路で1泊。島根県を訪問して、全県制覇達成です!

皆様が期待されるようなことが起こったかどうかは別にして、写真など別途ご紹介します。連休明けの今日から、國學院大學が後期に入ります。前期はオペラ史でしたが、今期はバッハを取り上げます。とりあえず、つなぎをさせていただきました。

分ければ太陽2015年09月18日 07時36分17秒

いずみホールには、「ランチタイムコンサート」というシリーズがあります。同名のシリーズもちらほら見かけるようになりましたが、いわば、その草分け。平日の11:30から13:00ぐらいまでコンサート、そのあとは、ホテルニューオータニその他で、ゆっくりお食事していただこうという趣向です。

幅広いジャンルにわたる多彩な出演者を、日下部吉彦先生がまとめてくださり、楽しいコンサートが続いてきました。この15日(火)は先生がお休みでしたので、私が代わりに司会を。嬉しいことに、大谷康子(ヴァイオリン)、藤井一興(ピアノ)という豪華な出演者です。

早朝のリハーサル。ヴァイオリンの最初の1音がオルガンのようにホールに響きわたったのにまず驚嘆。ストラディヴァリ「エングレマン」の威力はこれか、と思いました。大谷さんの演奏は純粋にしてスケールが大きく、造形力が並外れています。ベートーヴェンのソナタはシンフォニーのごとく響きますし、ロマ系の技巧曲は、快刀乱麻で盛り上げる。それを藤井さんのピアノが、一体感のある音色(注:ふつう一体化しない)で完璧にサポートしてゆく。会場は爆発的に盛り上がりました。

大谷さんとはサントリーの復興支援事業でご一緒していますが、何事にも全力投球される献身的な方だと痛感していました。このためひっぱりだこのご多忙で、いつ眠るのだろうか、ということが、音楽界の七不思議に数えられるとか。サイン会など当日のファンサービスも、体当たりでやっておられました。

太陽、月、星に分ければ、太陽のタイプ、お人柄の印象は明るく純真、天真爛漫、というのが衆目の一致するところだと思います(音楽と同じ)。しかし驚くのは、マイクを向けたときのお話が理路整然としていて、演奏と同様、しっかり筋が通っていること。すごいですね。脱帽の気持ちを抱きつつ、お別れしました。

よく尋ねられること2015年09月17日 11時13分01秒

オリンピックの話題にからめて、著作権のことを尋ねられることが多くなりました。音楽ではどうなのか、昔はどうだったのか、といったことです。全部は論じられませんが、こういうこともある、ということをお話しします。

ことが重大になるのは、大きなお金が動く場合です。ある人のアイデアを使って他の人が大もうけするというのは、誰しも許容できない。もうひとつは、名誉にかかわる場合です。学位を取る、受賞する、といったことに盗用がからむと、ことは重大になります。コピペが何十ページもある博士論文などは、弁護の余地なしです。

分野によって常識が異なることはあるでしょうし、小さくないかもしれません。たとえば、創作と研究です。

私は研究の側ですから、正確な事実を知り、まっとうな考え方を発見したいと思って、つねにやっています。仮にそれが多少できたとして、正確な事実やまっとうな考え方というのは、私の所有物ではないですよね。少しでもそれが広がれば嬉しいし、そこに私の存在がからむ必要はない。これは誰それの考え方だ、という注釈が必要なのは、むしろ検証されていない新説や、特殊な考え方に対してです。(もちろん、専門的な論文執筆の場合は、出典の記述等、細心の注意が必要になります。)

創作は、どうでしょうか。権利の問題が、ずっとシリアスにからんできそうです。とはいえ、たとえばある旋律がパクリかどうかの線引きは、とてもむずかしい。歴史上の音楽を見ればわかるように、よく似た旋律というのは掃いて捨てるほどあるからです。音階とかドミソとか、音楽の基本ルールに従うなら、ある程度の類似は、当然発生します。しかしほんのわずかの違いが印象をがらりと変え、まさにそこに創意工夫が見てとれることも少なくありません。その中には、既成のモデルから出発した、という場合が隠れている可能性があります。

でもそうした場合に、もとのものと同じだからけしからん、ということが言えるかどうか。また、他と似ないように、という意識が先に来ることが、創作にとってもプラスであるかどうか。もっと根本的に言えば、名旋律があるとして、それはすべて作った個人の誉れなのか、あるいは才能を含めて、神様からいただいたものなのか。こうしたことが全部からんできますから、著作権の問題は複雑なのです。

心地良い眠り2015年09月14日 13時11分27秒

起床11時。ゆっくり寝られたのは、昨日の疲労が大きく、しかも快いものであったからです。家族が「もう起きてこないのでは」という心配をしていたことは、言うまでもなし。

昨日は、埼玉県合唱コンクールの最終日、彩の国部門・大学職場一般部門でした。審査委員長であった私が部分的な感想を述べるのはいいことかどうかわかりませんが、採点は公表されていますので、個人ブログの私論ということで、少し書かせていただきます(「故人」と出てしまい、「個人」に変換)。

いい演奏が多かったです。感動して2回、涙が出ました。1つは、女声合唱団の「La Mer」。大竹教子さんの指揮のもと、いつも芸術性の高い優雅な演奏を聴かせてくれる団体ですが、今回はラテン語の宗教曲3曲が選ばれ、Ave maris stella(めでたし海の星)の大好きなテキストが、眼前に生き生きと展開しました。じーんと感動。

もう1つは、混声合唱団「あべ犬東」です。いつも創意に溢れた解釈に惹きつけられる団体ですが、まさに合唱の概念を覆す演奏だったと思います。先日「名伯楽の司るマスゲーム」という合唱タイプについて書きましたが、この日もその方向でぶっちぎり、という演奏が複数。それはそれで、すごいです。

しかし「あべ犬東」さんの合唱は、ひとりひとりが内側から湧き上がる感興によってハーモニーが共々作られていくという趣のもので、その自主性がすばらしいのですね。こういう音楽を引き出す中尾一貴さん(指揮者)の音楽観に共感します。ブルックナーの美しさは心に残るものでした。審査員の先生方からも大きな支持を得て、総合一位に。

紹介はこれにとどめますが、とてもいいものが多かったです。私は合唱コンクールの審査にいつも大いなる負担を感じ、毎度「できることならこの杯を過ぎ去らせてください」という気持ちなのですが、今回、自分なりの審査というものに少し光明を得た思いがしています。週末の鳥取で、さらに勉強したいと思います。

今月の「古楽の楽しみ」2015年09月12日 07時05分43秒

未明の地震に、飛び起きてしまいました。水害とか噴火とか本当にいろいろあり、地球が怒りだしたのではないかと、不安になります。思うことはいろいろですが、被害の少なからんことを祈りつつ、標記のお知らせへ。

今月は、テレマンの《ターフェルムジーク》特集です。大学生のときに無理して買ったヴェンツィンガ-指揮のアルヒーフ盤(6枚組だったでしょうか)は、私をバロック音楽に引き寄せた誘因の1つであったと思っています。

放送は、ちょうど連休の、21~24日。全3集を順番に聴いていくのでは芸がないので、ジャンル別に再編成しました。21日(月)が管弦楽組曲、22日(火)が四重奏曲、23日(水)が協奏曲、24日(木)が独奏曲、三重奏曲。全部を聴くには時間が足りませんでした。

演奏は、1960年代のブリュッヘン、ヴェンツィンガ-を部分的に使い、あとはゲーベル、コープマン、アーノンクール、ムジカ・アンフィオン、フライブルク・バロック・オーケストラといったところで構成しました。気軽に聴いていただけると思います。

どんなジャンルでも楽々と手がけているように見えるテレマンですが、自伝では意外にも、コンチェルトはたくさん作曲したが苦手だ、と述べているのですね。技巧を目立たせることが必要になるので、という趣旨のようです。

今回やってみて、それは確かにそうだなと思いました。テレマンらしい情感豊かな旋律、流麗な旋律の魅力は、室内楽(とくに四重奏曲)、ソロ曲にあると思います。ずらりと並べると、ちょっと甘すぎかな、という気持ちも生まれてきますが・・。

古武士の風格2015年09月08日 10時50分30秒

6日(日)は、全日本合唱連盟中信支部の合唱練習にお邪魔して、バッハ《マニフィカト》の講義をしました。お世話くださった福澤真理(しんり)さん(中学以来の友人)が翌朝クルマで迎えにきてくださり、木曽福島へ。恩師、井口利夫先生にお会いするためです。

井口利夫先生は、以前読書コーナーでご紹介した『われら在満小国民』というすばらしい本の著者。私と福澤さんが信州大学附属中学の生徒だったときに、国語と社会を教えてくださった先生です。深い木曽谷を走る車中でわかったのは、教えていただいたのが1年生のとき1年だけであること、その時先生は臨時の任用で1年だけこの中学の教壇に立たれたということでした。不思議ですね、それではなぜ、先生の印象がかくも鮮明で、心に生き続けているのでしょうか。

中学1年が13歳であったとすると、15歳年上だった先生は、28歳。繊細で優雅、しかし情熱は胸にたぎる、という方だったと記憶しています。木曽福島に近づくにつれ、私は緊張してきました。なにしろ、56年ぶりの再会。別人のようになっておられ、見分けがつかなかったらどうしよう、などという心配が心をよぎりました。

谷の中腹、神社に接したお住まいにたどり着くと、先生が外で待っておられました。すらりと背筋が伸び、お元気であることは一目瞭然。しかし、端然とした一種厳しいイメージは、その後身につけられたものかもしれません。「古武士の風格」と申し上げましょう。

きれいに片付けられた和室にお邪魔し、正座される先生を前に、私も何十年ぶりかで正座。さて、いつまでもつか・・・。昔の思い出、その後の来歴、近年取り組まれている木曽学についてなど、話題は次々に広がり、先生の知的な探究心と、地域、人間、教育を考える真剣な姿勢に、私は足の痛さも忘れて聴き入りました・・・とはいかず、しびれが極致に達して、ついに正座を放棄。子供の頃、お寺だのなんだのでよく正座し、たいへんな思いをしていたことを思い出しました。

これが私より15歳も上の方だろうか・・・そう思わざるを得ないほど、先生は気力充実し、前を向いておられます。帰り道、当地の名所、山村代官屋敷を見学。先生は、当主山村蘇門が芸術に幅広く通じた人物で、善政を施したことを説明してくださいました。じつは、その山村家の末裔が、「まつもとバッハの会」の現会長をやっておられるのです。縁はつながるものですね。



右端は福澤真理さん。中学同学年ですから、私と同い年です(注釈が必要)。