よく尋ねられること2015年09月17日 11時13分01秒

オリンピックの話題にからめて、著作権のことを尋ねられることが多くなりました。音楽ではどうなのか、昔はどうだったのか、といったことです。全部は論じられませんが、こういうこともある、ということをお話しします。

ことが重大になるのは、大きなお金が動く場合です。ある人のアイデアを使って他の人が大もうけするというのは、誰しも許容できない。もうひとつは、名誉にかかわる場合です。学位を取る、受賞する、といったことに盗用がからむと、ことは重大になります。コピペが何十ページもある博士論文などは、弁護の余地なしです。

分野によって常識が異なることはあるでしょうし、小さくないかもしれません。たとえば、創作と研究です。

私は研究の側ですから、正確な事実を知り、まっとうな考え方を発見したいと思って、つねにやっています。仮にそれが多少できたとして、正確な事実やまっとうな考え方というのは、私の所有物ではないですよね。少しでもそれが広がれば嬉しいし、そこに私の存在がからむ必要はない。これは誰それの考え方だ、という注釈が必要なのは、むしろ検証されていない新説や、特殊な考え方に対してです。(もちろん、専門的な論文執筆の場合は、出典の記述等、細心の注意が必要になります。)

創作は、どうでしょうか。権利の問題が、ずっとシリアスにからんできそうです。とはいえ、たとえばある旋律がパクリかどうかの線引きは、とてもむずかしい。歴史上の音楽を見ればわかるように、よく似た旋律というのは掃いて捨てるほどあるからです。音階とかドミソとか、音楽の基本ルールに従うなら、ある程度の類似は、当然発生します。しかしほんのわずかの違いが印象をがらりと変え、まさにそこに創意工夫が見てとれることも少なくありません。その中には、既成のモデルから出発した、という場合が隠れている可能性があります。

でもそうした場合に、もとのものと同じだからけしからん、ということが言えるかどうか。また、他と似ないように、という意識が先に来ることが、創作にとってもプラスであるかどうか。もっと根本的に言えば、名旋律があるとして、それはすべて作った個人の誉れなのか、あるいは才能を含めて、神様からいただいたものなのか。こうしたことが全部からんできますから、著作権の問題は複雑なのです。

コメント

_ 優@1&4&6&7&14&32 ― 2015年09月20日 16時56分08秒

最近どこかで「バッハもパクっていた」という記事を見ました。著作権や知的財産権について、制度としては新しいものですが、このような概念はいつ頃から生じ、顕著になってきたのか、歴史を研究する者にとっては興味あることです。

_ I招聘教授 ― 2015年09月21日 08時29分45秒

そう言えなくもないですが、もちろん同列には論じられません。次の機会に論じましょう。いま鳥取から米子に向かう車中です。合唱コンクールを終え、一日、旅行日を設けました。

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