豪毅な精神2015年04月16日 06時03分53秒

新田次郎の『剱岳--点の記』(文春文庫)を読みました。明治時代の測量官が、登頂不能と見なされていた剱岳の測量に挑戦し、不屈の闘志により四等三角点の設置を実現する、というノンフィクションです。

私は山登りは結構していたので、当時における剱岳の登頂がいかに困難であり、物語で行われていることがどんなに勇気のいることかが想像できます。それだけに、モデルとなった測量官、そしてそれを助けた人たちのまじめさには感嘆するばかりで、襟を正しつつ読み進めました。

実在の測量官の壮挙を書き残したいという意志が調査と執筆につながったようですが、新田さんの記述がまた客観的で、雄勁。測量作業に対する尊敬が、ひしひしと伝わってきます。藤原正彦さんのエッセイに父に対する尊敬がよく出てきますが、お父さんのまじめさは、藤原さんにも形を変えて伝わっていると感じます。

少し古い名作に接すると、昔の人のまじめさ、志の高さに打たれることばかりです。今はそれが、あまり価値とされなくなりましたよね。私にとっては、それは依然として価値です。

巻末に、新田さん自身が資料集めを兼ねて剱岳に登られたエッセイがついています。立山の室堂で、夜、一面の星が出たというくだりの次に、こんな文章がありました。「私は室堂乗越のちょうど真上に北極星を見出したとき、柴崎測量官が、ここに来たときも、何回となくこの北極星を見たことだろうと想像した」。

だから感動した、とは書かないのが新田さん。でも感動は大きかったことでしょう。私にもよく似た経験があります。ワーグナーが《タンホイザー》の舞台としたワルトブルク城を訪れたとき、周囲の山野に聖エリーザベトの気配を感じ、この自然を眺めたんだなあと思った時でした。芸術によって媒介された、中世への思いです。

コメント

_ 青春23きっぷ ― 2015年04月16日 22時12分13秒

私の場合は・・・
初の海外旅行先のヴェネチアのサンマルコ寺院でのことでした。ガイドの話しはそっちのけで、薄暗い内部に入ってゆっくりと見回したときでした。ガブリエリがモンテヴェルディがここで、と思ったら、何故かうるうるしてしまいました。

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