校正に突入2011年09月06日 11時28分13秒

今日、《ロ短調ミサ曲》のゲラが出てきました。これから校正に入ります。しかしざっと見たところ、固い直訳調がまだまだ多く、簡単ではなさそうです。

すべてが順調にいったときには、10月20日ごろ出版できるとのことです。なんとかこのスケジュールで行きたいのですが、そのためには、2週間でゲラを戻さなくてはいけません。ちょうど学校も始まりますし、その時間があるとは思えないのですが、とにかくがんばります。

9月の初めに、書類をようやく整理していたときのこと。紀要論文の諸規程が出てきて、全身の力が抜けました。《ロ短調ミサ曲》に関して紀要に論文を書くことを約束し、それをすっかり忘れていたことに気づいたからです。え~、無理だよ~、と思いましたが、何とかがんばろうと思い直しました。過日イギリスの学会で発表したペーパーは日本では公開していませんので、それをベースに、今回の翻訳で学んだことをプラスして、私論に仕上げます。ご明察の通り、公表することで自分を追い込もうという作戦です。

コメント

_ てんし ― 2011年09月08日 02時13分20秒

ロ短調ミサと言えば、「穴の糸」が思い出されます。
あの大傑作をもう一度読むことは出来ないでしょうか。。。

_ T.K. ― 2011年09月09日 04時41分08秒

「公表(公言)することで自分を追い込む」のは良い作戦ですが、御健康を損なわないようにして下さい。(絶対)後で疲れが出ます。

亡くなられた元検事総長の伊藤栄樹氏が、その随筆集『だまされる検事』(立花書房)の中で「新春・大風呂敷のすすめ」というエッセイを書いておられ、これは参考になります。とどのつまり、公言・公表することで、自分を追い込んで目的を達成しようと‘大風呂敷を広げる’作戦です。
どこかの政党のように、広げた風呂敷が大きすぎて「やっとの思いで包んで、しばってみたが、どうにも持ち上がらない」ということになっては、広げた風呂敷に意味はなくなってしまいます。
伊藤氏は「自分に合った、しかもちょっと大きめ目の風呂敷を広げるのがコツ」と、同著ですすめておられます。

凡人以下の自分などは、小さな風呂敷をひろげても失敗することが多く、目標を公言・公表することは憚られるので、この作戦には向いていないようです。

ちなみに、伊藤栄樹氏とは、法務省刑事局長時代に発生したダグラス・グラマン事件(昭和54年?)で国会答弁に立ち、「初めに5億円ありき」という名ゼリフを残し‘ミスター検察’とまで言われた人物です。
やはり昇りつめる人物の仰ることは、一味違うなぁと思いながら、自分の意志の弱さを感じています。

I教授のことですから、きっと目標を達成なさるでしょうが、後で疲れが出ないようにして下さい。

_ I教授 ― 2011年09月10日 13時03分46秒

「穴の糸」は本当にすばらしい作品でしたね。ちなみに篠塚雄三さんの作で、芥川龍之介の小説のパロディです(主人公は国際線のビジネスクラスに乗った私)。

T.K.さん、ありがとうございます。無理をしてはいけない、もう無理はできない、と思うこともひんぱんですが、先輩で無理をしておられた方が短命かというとそうとも限らず、高齢でたいへんお元気な方もおられます。また考えてみますね。

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