8月のイベント2011年08月01日 23時35分18秒

もう8月ですね。夏休みという実感のない昨今ですが、休みに入ったことは確かです。ゆっくり、夏を楽しもうと思っています---と言えるといいのですが、少しでも能率を上げて平素できないことをやらなければ、といきり立つこの1日でした。最重要課題は、《ロ短調ミサ曲》の翻訳完成です。

さて、今月のイベント。6日(土)は、いずみホールの人気シリーズ、「バッハ・オルガン作品連続演奏会」です(16:00から)。今回はスウェーデンの第一人者、ハンス・オラ・エリクソンが登場し、「究極のバッハ」と題して演奏します。パッサカリア、ピエス・ドルグといった著名曲に加えて、《音楽の捧げもの》の6声のリチェルカーレや、《フーガの技法》の最終フーガなどの聴けるのが楽しみです。いつもの通り、解説とインタビューをします。詳細はこちらhttp://www.izumihall.co.jp/bow/kouen_110806.htmlをどうぞ。

20日(土)は、久元祐子さん、武田忠善さん、澤畑恵美さん、黒田博さんら、大学の仲間たちと、福岡にコンサートに行きます。国立音大と福岡同調会の共催コンサートで、「モーツァルトにとって”3”とは?」というテーマの、マニアックなコンサートです(汗)。前半に変ホ長調のディヴェルティメント抜粋と、《ケーゲルシュタット・トリオ》、後半に《ドン・ジョヴァンニ》の三重唱場面を中心に演奏します。バリトン、バスが3人参加します。あいれふホールで、16:00から。

21日(日)は、立川楽しいクラシックの会。《魔笛》第2幕についてです。終了後はビヤ・パーティが予定されています。10:00から、錦町地域学習館です。

27日(土)は、10:00から朝日カルチャーセンターの新宿校で、《ロ短調ミサ曲》講座の第2回。「グローリアをめぐって」というテーマです。高速移動し、13:00から朝日カルチャー横浜校で、バッハ講座(汗)。テーマはケーテン時代の第2回で、「長男の楽譜帳--インヴェンションと平均律」です。

28日(日)は14:00から、須坂メセナホールで「すざかバッハの会」の入門講座第10回です。今回は、「音楽の中の女性--作曲家たちの求めたもの」というテーマで行います(なぜか汗)。よろしくお願いします。

富士山?2011年08月03日 22時51分02秒

2日~3日と河口湖で音楽学の合宿があり、中央本線と富士急を乗り継いで向かいました。本を読んでいてふと気がつくと、列車は「富士山」という駅に停車しています。あれ、こんな駅あったっけ、新しくできたのかな、と思って見回すと、そこは大きな町。富士吉田駅が富士山駅と改称されたのだとわかりました。車内には「富士登山鉄道」という掲示板も出ています。

たいへん違和感を感じたのですが、皆さん、どうでしょう。河口湖から乗ったタクシーで運転手さんに聞いたところでは、7月1日からそう改称されたとか。しかし地名は富士吉田市のままで、富士山市になったわけではないそうです。しかしここは富士山ではないし、せっかくの由緒ある地名がもったいないと思うのですが・・・。

宿は、河口湖を俯瞰するすばらしいロケーションのところ(大石地区の峰山荘)。客扱いもよく、多くの参加者ともども、満足しました。合宿で飲み、しゃべり、朝辛い思いをすることもずいぶん数を重ねましたが、これで最後。ほっとしています。幹事の皆さん、ありがとうございました。

晩節2011年08月05日 23時55分32秒

松田選手が亡くなりましたね。若くして亡くなるのは本当にお気の毒ですが、私はサッカーのことはよく知りませんので、それ自体に感慨があるわけではありません。ただ、オッと思ったのは、松本のサッカーチームが「「山雅」という名前であること。これって、私の名前の後半と同じですね。松本は、ご承知の通り私が思春期を過ごしたところですので、この一致には因縁というか、結構感じるところがありました。

なんとか翻訳原稿をお盆前に入れてしまおうと、今日は猛烈に作業しました。翻訳していてなるほどなあ、と思った一端をご紹介します。最新の「蛍光分析」を用いた自筆譜研究によると、《ロ短調ミサ曲》は厳密には完成されておらず、歌詞振りなど、細部に仕上げられていない部分があるのだそうです。ヴォルフ先生によると、バッハが危険を承知で実験段階の目の手術を受ける決心をしたのは、もう一度仕事のできる環境を取り戻そうとしたからであり、そのひとつの理由に、《ロ短調ミサ曲》にさらに手をかけたいという気持ちがあったからではないか、とのこと。視力を失ったバッハの気持ちはどうだったのか、あまり考えたことがないことに気づきました。

それとも重なりますが、人間大切なのは、引き際です。やめる人間が今のうちに国の将来を決めておこう、人事を発令しておこう、というのは、私は絶対におかしいと思う。それは、次の人にまかせるべきです。いろいろな人の引き際を見てきましたが、影響力を残そうという気持ちほど、晩節を汚すものはないと思います。

大盛況のオルガン・シリーズ2011年08月06日 23時45分31秒

朝6時に家を出て、大阪へ。降り立つとカッと明るい夏の天気で、空気が澄んでいます。気持ちのいい朝。いずみホールの周辺は、蝉の大合唱でした。本日のオルガニスト、エリクソン氏もこれには驚き、何の音だ、と言われたそうです。

ライプツィヒとの提携によるバッハ・オルガン作品演奏会シリーズの好調についてはおりおりにご報告してきましたが、そう長続きするものではない、という気持ちももっていました。シリーズというのは先細りするものですし、出演者も、このところ一般には知られていない人が続いているからです。最近4回の出演者は、ジェイムズ・デイヴィッド・クリスティ、ハンス・ファギウス、ヴォルフガング・ツェーラー、ハンス=オラ・エリクソンですが、そのうち、ご存知の方は何人いますか?複数いたら、相当のオルガン通であると思います。

ところが今回はとりわけ券売が好調で、ほぼ満席とか。ほっと安堵しました。しかし、コンサートにお客様を集めることがどれほどむずかしいかを経験し続けてきた身としては、とても不思議にも感じます。オルガン曲は地味ですし、このシリーズを始めるまでは、ずいぶん継続に苦労もしていたからです。

分析はいろいろしてみたいと思いますが、間違いなくあるのは、芸術監督クリストフ・ヴォルフ先生の人選の確かさと、選ばれたオルガニストたちが最高の演奏でつないでくれているところから生まれる、信頼性。コンサート前から次回の予約に大勢の方が並ばれるというのは、それなくしてはあり得ないと思います。私自身、次々と登場する世界的オルガニストたちの力量に、驚いてしまっているのです。

エリクソンさんの演奏も、すぐれた造形感覚と時間を大きくとらえる発想をもつ卓越したものでした。とりわけ、難曲《天にましますわれらの父よ》の明晰な表現と、《パッサカリア》の凝集力が圧巻。《パッサカリア》はご承知の通り、ループする低音の上にゴシック教会のように荘厳な空間を築いてゆく作品ですが、やがて主題が低音から解放され、各声部に振りまかれますよね。フーガになるところです。その部分が、教会空間から重い扉を空けて自然の中に踏み出したような開放感を伴っていて、印象に残りました。

演奏そのものに劣らず印象深かったのが、プログラム作りの見事さでした。いいプログラムだと思ってはいましたが、リハーサルを聴いているときにその狙いがわかり、電気に打たれたようになりました。バッハの音楽と同様、それ自身幾何学を内包していると思われるようなその見事なプログラムについては、長くなりますので明日書くことにします。

卓抜なプログラム2011年08月08日 23時07分23秒

たくさんの嬉しい書き込み、ありがとうございました。では、エリクソンさんの「究極のバッハ」のプログラムがどれほど考えぬかれていたのか、その分析をしてみましょう。

【前半】
1.《音楽の捧げもの》から〈6声のリチェルカーレ〉
2.コラール・パルティータ《喜び迎えん、慈しみ深きイエスよ》BWV768
3.《フーガの技法》より〈未完の4重フーガ〉
4.コラール《汝の御座の前にわれ今ぞ進み出で》
【後半】
1.プレリュードとフーガト長調(ピエス・ドルグ)BWV572
2.《クラヴィーア練習曲集第3部》からコラール〈天にましますわれらの神よ〉BWV682
3.《オルゲルビューヒライン》からコラール〈おお人よ、汝の大いなる罪を泣け〉BWV622
4.パッサカリアハ短調

すぐわかるのは、前半に後期の作品が集められ、後半に初期の作品が集められていることです。前半は純粋なオルガン曲とは言えない超越的な作品が2曲含まれ、未完のフーガから遺作のコラールに向けて、バッハの最後期の音楽をたどるようになっている。これに対して後半には、若々しく聴きやすい、オルガン・プロパーの作品が並んでいます。

ただどちらにも1曲ずつ、後期と前期の作品が紛れ込んでいる。対比の意図に違いないのですが、リハーサルを聴いて、紛れ込んでいる作品が、じつに大きな存在価値を発揮することを発見。最晩年の作品に囲まれた初期ルーツの作品の、熱い血の通い方。初期の作品に囲まれた後期のコラールの、驚くべき精緻さ。それが鮮明に浮かび上がり、あたかも、地と図のリバーシブルな関係を見るかのようなのです。しかも、前半と後半が4曲ずつ、完全に対称をなしている!前半が老若老老、後半が若老若若です。

さらに見ると、冒頭のリチェルカーレのハ短調と最後のパッサカリアのハ短調が大枠を作り、3曲目はどちらも変ホ長調になっている。前半最後のコラールはト長調、後半最初の《ピエス・ドルグ》もト長調で、そこにもつながりが設定されています。

バッハの音楽が「音による幾何学」であることはよく知られていますが、このコンサート自体がひとつの幾何学になっていて、高度な知性の目が、それを統括しています。ステージでそのことを申し上げたところ、ただ曲を並べるのではなく、曲同士の内的な相互関係に留意している、とのお答え。本当に、驚いてしまいました。

演奏家の志はプログラムを見ればわかる、とよく言われますが、その通りですね。勉強させていただきました。

《ロ短調》翻訳三昧2011年08月10日 23時17分41秒

お勤めの方も、ちらほら夏休みを取られているようですね。皆様お元気でしょうか。私は、今週は外の仕事は1つもないのですが、朝から晩まで、全力を尽くして翻訳をやっています。なんとか1日でも早く仕上げ、原稿を春秋社に入れてから、少しでも夏休みのスケジュールをもちたい、と念願しつつ。(いろいろなことを後回しにしてしまっています。関係の方、申し訳ありません。)

気力は旺盛なのですが、不思議なもので、あまり続けていると疲れて、能率が落ちてくる。しばらくがんばりますが、もうダメ、となるところがあります。今日は逆で、朝のうちは集中できず困ったのですが、午後からは上昇して、かなり進みました。今やっているのは、二度目の見直しで、原文・訳文の詳細な比較チェックと、訳のとりあえずの確定です。なんとか一両日中に最後まで行きそうなので、それから三度目の見直しに入ります。これは訳の日本語としての流れの改良と、未決定部分の熟慮、訳語の統一といった課題に対応するものです。

最大の問題のひとつは、ラテン語の発音表記です。ドイツ語発音にすべきだと思うのですが、「アグヌス・デイ」はまだしも、「キュリエ・エレイゾン」「クヴォーニアム」などとなると、違和感のある方が多いでしょうね。最終的にはヴォルフ先生のご意向も伺って決断しようと思っています。

最後モード2011年08月12日 22時29分42秒

尊敬する友人(外国在住)からメール。そこに、今年のブログは寂しいパッセージが多く、読んでいて心が沈んでしまう。と書いてありました。え!?最後だ最後だとばかり書いていますから、そう思われたのでしょうか。日々を大事に過ごそうと思っているあらわれで、悲観的になっているわけではありません。嬉しい最後、ほっとする最後もありますし。

11日の金曜日には、遅ればせながら、《ポッペアの戴冠》東京公演の打ち上げを、ウィーン留学されるお二人の送別会を兼ねて行いました。「響」新宿野村ビル店(49F)のすばらしいロケーションでたいへん楽しい会になりましたが、門下の重鎮(?)がここで二人いなくなるのは、たしかに寂しい感じもありますね。帰ってくると、私はもういないわけですから。「送別会じゃなくて壮行会じゃないの?」というご指摘をいただきました。確かに(汗)。

もうひとつ、最後モードを高める強力な材料があることに気づきました。いつも書いている、《ロ短調ミサ曲》の翻訳です。ここには、死期近いバッハの集大成という観点が、ヴォルフ先生の鋭利な分析によりいやが上にも強調されているので、ついついそれに同調してしまっているのです。時間との競争で仕上げられた最後の作品を、死んだバッハと同じ年齢の人間が、現役最後の年に、時間と競争でやっている。出来すぎのシチュエーションですよね(笑)。

明日はないと思って生きるのが最上の生き方だ、とよく言われます。ちょっと、わかった感じがします。

翻訳完了2011年08月16日 00時39分25秒

いま《ロ短調ミサ曲》の翻訳を完了させ、春秋社に送付しました。できれば土曜日まで、なんとか日曜日までに済ませたかったのですが、結局、月曜日を全部使いました。朝から晩まで連日ほとんど休みなしに作業したので、へとへとです。ちょっと安心して更新しようと思ったら、大量の迷惑コメントのタイトルが、「ヤリ過ぎに注意!」ですと(笑)。いずれにしても、ひとつの仕事だけやるのはよくないですね。能率が低下します。

コンパクトな本なのですが、中身が濃いので、訳すのは相当たいへん。でも書いている方は、ケタ違いの凄さですね。世界を飛び回り、論文も次々と書く中で、よくこれだけの本を書けるものです。よほど仕事が速いのでしょうね。註で引用されている文献は、ほとんどが、21世紀のもの。つまり、ここ10年ぐらいのバッハ研究の進展がぎっしりつまった本、ということです。私も、本当に勉強になりました。

かなり完成度の高い形で入稿しましたので、9月中には、出版にこぎつけられるんじゃないかと思います。でもそれは、ゲラの直しが後期の始まりと重なることを意味しますから、9月が、殺人的なスケジュールになりそう。ともあれしばらくは、別のことをします。

一番2011年08月18日 01時59分14秒

暑いですね。これで電力が足りているのですから、我慢しておられる方が、たくさんおられるのだと思います。なにぶん情報社会の日本、今日日本でどこが暑かったか、すぐわかります。ご承知のように、熊谷と館林が争っているわけです。これなどは、知らなくてはわからないことですよね。もっと南の地域は、たくさんあるわけですから。

私は大宮にも高崎にも住んでいたので、熊谷(埼玉県)にも、館林(群馬県)にも、違和感はありません。でもそこが酷暑の地域とは、近くに住んでいた頃は思いもよりませんでした。でも皆様、一番は熊谷で、二番が館林、と思っておられませんか?私の親しい方、しかもよくコメントをくださる方が館林に住まいをお持ちのものですから、熊谷が一位、と聞くたびに、はらはらしていました。

でも今日、テレビで学んだのですが、たまさかの酷暑の日に最高記録を取るときには熊谷が一位になるが、さほどでもない時の日本最高気温は、ほとんどが館林で記録されている、というのです。だったら館林を日本一にしてもいいのではないかと思いますが、いかがでしょう。

こう書いていて、「なぜ一番じゃなくてはいけないのですか、二番でもいいじゃありませんか」という、話題の発言を思い出しました。でもやっぱり、一番を目指したいというのは、人間の大切な気持ちですよね。高校野球の季節柄、そう感じます。トータルで一番ではなくとも、かけがえのない自分を主張したい、というのでもいいわけです。

館林に行ってみたいと思いますが(高崎に住んでいた小学生の頃に一度行きました)、どういう観光の楽しみになるのかがわからず、まだ訪れていません。でも、日本最寒というよりも、ユーモアがありますよね。住んでおられる方は、冗談じゃないぞ、とおっしゃるでしょうが・・・。

千疋屋の花束2011年08月19日 00時56分47秒

久々に都内へ。推奨の「アルファウェーブ」新橋店で、マッサージに身を委ねました。ここは本当にいいです。いつもお願いしている河本先生は私の身体を熟知しておられ、本当に行き届いた治療をしてくださいます。今日は、疲れていたこともあり、陶然とした快感の別世界感が強く、なかなか「生還」(←河本先生の言葉)の実感をもてませんでした。

酷暑の中をふらふらと外に出ると、東京が、輝いて見えます。レストランを探しながら、銀座まで散歩。東京大好きだなあという実感が、湧き上がって来ました。私は4歳まで東京にいて、それから長野県に移りましたので、「東京ふるさと」の気持ちは、子供の頃から強烈にもっていたのです。もちろん当時の東京は今とはとても違い、歌謡曲に出てくるような東京であり、銀座であったのですけれど。

銀座三越で買い物と食事をしてから、三越前の理髪店「イガラシ」へ。三越と「イガラシ」の中間にある千疋屋本店で、お祝い用のアレンジメントを購入しました(待ち時間に提供してくれたレモンジュースが絶佳)。なぜかというと、今日は「イガラシ」さんの開店記念日なのです。そのことは妻に指摘され、もちろん私は覚えていませんから、なんで覚えているんだ、といぶかしむと、毎年カレンダーに書き写している、という返事に驚嘆。じゃあ花束でも、ということになったわけです。

というわけで、花束持参で散髪に行きました。お店のご家族は、「先生、覚えていてくださったんですね!!!」とひじょうに喜んでくださり、帰り際も、「覚えていてくださって」っと、重ね重ね感謝してくださいます。私は満面の笑みで、覚えていた理由は言わずに、お店を後にしました。するとまもなく、妹さんが追いすがってくるではありませんか。何ですか、もういいですよ、と振り返ったところ、まだお代をいただいていない、というお言葉。慣れない善意がこれですべてパアとなる、この一日ではありました。いつも、詰めが甘いのです(汗)。