千里眼のバッハ2012年02月13日 08時05分57秒

日曜日は朝早く出て、松本へ。こんなに天気のいい日はありません。大月から甲府へ向かう途中、トンネルを抜けたところに、甲府盆地を一望できるところがあります。この日は白銀の南アルプスが甲斐駒から赤石岳までずらりと連なり、すばらしい眺め。冬晴れた日の中央本線の眺望は、一等地を抜いているいと思います。北アルプスも全部見えました。それでいて、暖かい。非の打ち所のない前提で、不吉な予感がしてきました。

道中、慣れない楽譜ソフトの作業を継続。つながってしまっている音符を分けたり、小節を削除したりする作業を覚え、やっとファイルを完成させて、松本に着きました。でもこれで疲れてしまった。相当の疲労を覚えつつ、「わかると楽しい《フーガの技法》」というレクチャーを開始しました。もちろん、そんなにすぐわかるものではないのですが。

分析に入り、作った音源を鳴らしてみると、2つのフーガで、まったく調子が狂っている。これには気が動転してしまいました。いろいろな楽器を指定してみようとした結果、うっかり移調楽器を含めてしまっていたのです。ちゃんとチェックしておかなくてはダメですね。

そこで昼の部のコンサートは前半を休み、打ち込み直し。ますます疲労してしまいました。昼の部終了後には対談が入り、二度目のレクチャーもありましたので(今度はちゃんと鳴りました)、やっと音楽に打ち込めたのは、夜の部も後半になってからです。

曲が《フーガの技法》ともなると、演奏者もたいへんです。演奏効果を発揮できるところがまったくなく、終始、張り詰めた正確な演奏を求められるからです。ですからみな、真剣そのもの。先般の《ロ短調ミサ曲》は若々しい情熱がほとばしる演奏でしたが、今回の《フーガの技法》は、思索的・静観的で、小林道夫先生の千里眼がバッハ晩年の世界を見通すような趣がありました。桐山さんの編曲も卓抜。最後の〈私はいま御座の前に〉のコラール定旋律が、木管の重ねによりオルガンそのもののように響いたのにはびっくりしました。

こういうコンサートを成立させ、ザ・ハーモニー・ホールの小ホールを一杯にしたスタッフ、中澤秀行さんの情熱はすごいです。終了後松本バッハの会の方々と二次会、三次会を過ごし、時と共に疲労が癒されていきました。佳きかな、友人。

楽譜写し2012年02月11日 00時16分46秒

もうあと何回あるかという忙しさのピークが、この1週間です(もう一度、3月中旬にクライマックスがあります)。急ぎの仕事が立てこんでいるのですが、そのひとつが、松本での《フーガの技法》講演の準備。今回はパソコンのプレゼンテーションに凝りたいと思い、MIDIファイルを作成しているのです。

ひところ、フィナーレに凝ったことがありました。でもだいぶ時間が経っていまい、パソコンも代替わりして、昔のバージョンをインストールしようにも、レジストレーションコードがわからない。仕方ない、また買うか、と思っていたら、ネットのフリーソフトにもずいぶんいいものが出回っているのに気づきました。そこでいくつかダウンロードし、とりあえず今回は、MuseScoreというソフトで乗り切ろうと思い定めました。

とてもいいソフトですが、やはり使いこなすまでには、いろいろルールを知らなくてはならない。こういうことが、苦手なのですね。手でやればなんでもない1つのことがどうしてもできず、本当は簡単にできるのに、時間を費やしてしまう。こうしたことがよく起こります。

桐山建志さんが自筆譜から起こした楽譜をもとに打ち込んでいるのですが、これがすごい。Scoreという、20年も前のMS-DOSソフトで、半年がかりで打ち込まれたとおっしゃるのです。全曲がきれいに再現されていますから、当時のソフトで、これだけのことがすでにできた、ということですよね。

楽譜を写す時間がもったいない、というのは、コピー時代の感覚です。写譜はじつに面白く、勉強になる。バッハの写譜をしていたのは主としてトーマス学校の生徒で、家族も手伝いましたが、貴重な勉強の機会になったに違いありません。私もドイツの図書館でバッハの蔵書を勉強していたときには、極力複写を頼まず、ノートに書き写すことを中心にしました。反面、コピーをしたがそのままお蔵入り、という資料もたくさんあります。

桐山さんの準備作業を見て、日曜日のコンサートは必ずいいものになるだろうと確信しました。近くの方、ぜひお出かけください(松本ザ・ハーモニー・ホール、午後と夜の2回公演です)。

《ロ短調ミサ曲》コンサート写真2012年02月08日 15時08分43秒

1月15日の写真ができてきました。5点選んで公開します。場所は国立音大講堂小ホールです。まず全体写真から。

右側には木管楽器、中央には通奏低音が布陣し、後ろに男声が立ちました。各パート4人ずつ。後半のチェンバロは、渡邊順生さん。

左側は弦楽器、女声。この写真は、島田俊雄さんをトップに好演だったトランペット・グループが拍手を受けているところです。

満場が涙した〈神の小羊〉。加納悦子さんの絶唱。

最後、指揮者の大塚直哉さんと握手。皆さん、ありがとう。






十年目の須坂2012年02月07日 01時22分27秒

「すざかバッハの会」の、第10年度が始まりました。子供の頃を過ごした地域であるためか、行くたびに、一種の高揚感があります。長野駅で助手のまさお君と待ち合わせ、「豚のさんぽ」でソースカツ丼。ますます高揚し、お出迎えの大峡会長と合流しました。なぜかいつも晴れていて、今日は北信三山(飯綱、黒姫、妙高)と北アルプス(鹿島槍を中心とした後立山連峰)が美しく見えます。もう、登れないかもしれませんが。

今年は《ロ短調ミサ曲》オンリーの講座ですから、コアなファンの方がごく少数、というイメージで出かけました。ところが、熱心な方が多く来てくださり、予想の2倍の入り。やっぱり、自分の知識の突き詰めた部分を開陳することで受講生は集まってくださるのだということが、よくわかりました。《ロ短調ミサ曲》についていろいろなところでお話しし、その度に話のまとまりが増してゆくのは、ありがたいことです。もっと向上させたいと思います。

須坂名物のひとつは、お雛様。会場のロビーにも、豪華なお雛様が飾ってありました。しかしお雛様の文化って、衰えましたね。昔、夢をもってお節句を迎えていたのが嘘のようです。お雛様のもっていた宗教的なオーラが失われ、単なる人形になってしまったようで、残念です。

ガラ・コンサートを最前列で2012年02月04日 23時57分26秒

今日(土曜日)は午前中朝日カルチャー新宿校で、現代音楽論。時間が来ましたので、次回は音楽とは何かの話をします、とアナウンスして終了しました。すると受講生の方が、「今日で終わりですよ」とおっしゃるのですね。てっきり、3月もあるものと思っていました。予定にも書きこんであるんだけどなあ・・・。

午後はNHKホールに、日本音楽コンクールの80周年ガラ・コンサートを聴きに行きました。いただいた席についてみると、なんと、最前列の中央なのです。同列の方々の中で、明らかに私は浮いています(汗)。よく知っている方もステージに出てくるのですし、困りました。嬉しく思う人はいないことが、わかっているからです。最後、清水和音さんのラヴェルの協奏曲のときには、ピアノの向こう側に客席に向けたカメラが置かれ、その方向に、まさに私がいるのです。皆さん、放送は見ないでください(と言ったら、営業妨害になっちゃいますね)。

でもオーケストラの演奏が内声に至るまでよくわかり、面白くもある席でした。N響、さすが。

6人の、世代もさまざまなアーティストが出演されました。今年の声楽1位、テノールの西村悟さんの歌うカヴァラドッシとカラフに、まず圧倒されましたね。コメンテーターの池辺さんが「甘さと男らしさを兼ね備えた」とおっしゃっていましたが、まさにその通り。すばらしい高音と、容姿を兼ね備えた方です。

ヴィオレッタを歌われた澤畑恵美さんの芸術性には、いつもながらうっとり。言葉の表現が、本当にしっかりしているのです(大喝采)。若手ヴァイオリニストの成田達輝さんの明澄な美意識にも感心しました。そして、司会の黒柳徹子さん。プロとしか言いようのない、若々しいエネルギーを発散しておられました。明日は、須坂に行きます。

司馬遼太郎2012年02月02日 23時32分53秒

私は歴史小説というものにまったく興味を抱かず、これまで読みませんでした。ミステリーであれば結末がどうなるかわからりませんから、期待して読み進められますが、歴史が題材では、結末がわかっている。それでは面白くないように、思っていたわけです。

周囲で大の歴史好きが、渡邊順生さん。司馬遼太郎は面白い、と力説されますので、1回ぐらいは読んでみようと、駅のキオスクで『関ヶ原』を書い、読んでみました。

いや、こんなに面白いとは思いませんでした。武将たちの性格付け、心理描写、あったかもしれぬ会話の妙が、絶妙の文章になっています。しかも本当によく調べられており、けっして講談調ではなく、記述に客観性があるのですね。すばらしい。感心しました。

そのことをある会食の席で話したら、「そのお年で司馬遼太郎を読んだことがない人がいるとは信じられません」と言われてしまいました。これから読みます!私は日本史を選択しなかったので、幕末から明治にかけてのことを、よく知りません。そこで『翔ぶがごとく』を読み始めました。明治を勉強したいと思います。

2月のイベント2012年02月01日 09時26分57秒

今年は寒いですね。寒いのは平気、と公言している私でも、寒くていやだな、と思う日があります。2月は、どうでしょうか。

というわけで、今月のイベントご紹介です。3日(土)10:00からの朝日カルチャーセンター新宿校が最初。「クラシック音楽こだわり入門」のシリーズで、「現代音楽をどう聴くか」という話をします。私にとっては大冒険のテーマなのですが、サントリーの仕事をしてきたおかげで、最近、少しわかるような気がしているのです。どうなりますやら。

4日(日)から、すざかバッハの会の新シリーズ(14:00~16:30)が始まります。偶数月6回の年間企画で、《ロ短調ミサ曲》を取り上げます。総集編のつもりで、充実させたいと思っています。

12日(日)は松本のザ・ハーモニー・ホールで、《フーガの技法》の講演。12:30からと、17:00(←訂正済み)からの2回、1時間ずつ。なぜ2回やるのかというと、その後に、小林道夫先生率いる「松本バッハ祝祭アンサンブル」の公演があるからなのです。自筆譜に準拠し、桐山建志さんが編成に工夫を凝らした、面白そうなコンサートです。《フーガの技法》は解説がものをいう作品なので、フィナーレで「音による幾何学」の様相をプレゼンテーションしようかと思っています。

14日(火)は13:00から大学の小ホールで、門下生阿部雅子さんの博士後期課程《修了リサイタル》。お得意の《ポッペアの戴冠》の抜粋を、平尾雅子さん、金子浩さんらと共演されます。博士号のかかった審査の日なので、私も大いなる関心と期待をもって待ち受けています。どなたでもお聴きになれますので、応援してあげてください。16日(木)(←訂正済み)にはピアノの和田紘平君(きわめて優秀)の同リサイタル。こちらは私も審査員です。

18日(土)は、「楽しいクラシックの会」の25周年記念パーティが、立川グランドホテルで開かれます。アトラクションに演奏をというお話が発展して、セレモアの「武蔵野ホール」で午前中に小さな記念コンサートをしようということになりました。このホールにはスタインウェイ、ベーゼンドルファー、プレイエルといった種々のピアノに加えてクラヴィコードまでありますので、久元祐子さんに楽器の紹介を兼ねて演奏していただきます。私は入学試験を終えてから駆けつける予定でしたが、その科目の試験がなくなったため、10:00の開始からお付き合いします。須坂で好評だった小堀勇介君、種谷典子さんも出演されます。最後はもちろん《トゥナイト》です。

入学試験を経た25日(土)13:00からは朝日カルチャーセンター横浜校の「エヴァンゲリスト」講座。前回から持ち越したフランス組曲の鑑賞(すばらしい映像あり)と、バッハがライプツィヒに転任したいきさつについての講義です。

お別れ会もいくつか入っており、2月はすぐに過ぎ去ってしまいそうです。

今週の「古楽の楽しみ」2012年01月30日 12時22分10秒

ご案内しようと思っているうちに日が経ち、もう放送が始まってしまいました。今週の月曜日から、私の担当で、「バッハとその周辺」という特集をお送りしています。

月曜日と火曜日が、偽作の特集。今朝は、第142番(作曲者不詳)、第141番(テレマン作曲)、第15番(ヨハン・ルートヴィヒ・バッハ作曲)の3つのカンタータを聴きました。第142番は学生の頃レーデルのレコード(《マニフィカト》とのカップリング)を聴き、いい曲だなあと思っていたのですが、偽作ということでその後まったく聴くことができず、ようやくCDを見つけて放送にもちこみました。素朴ながら、やはりとても美しい曲だと思いました。

第15番は、古いバッハの本では「最初のカンタータ」とされているものです。これもまったく聴く機会がありませんでしたが、今回調達。壮大な復活祭カンタータで、かなりの曲です。

31日(火)は、オルガンのプレリュードとフーガ(BWV571、576)を両枠に、第53番(ホフマン作曲?)とマニフィカト(ホフマン)、第217番(作曲者不詳)を並べました。鐘の音がじっさいに響く第53番がチャーミングですし、まず聴く機会のない第217番も、悪くないと思います。

2月1日(水)は、フリーデマン・バッハのハレ時代のカンタータ2曲を、オルガン・コラールをはさんで。思いの外立派な曲で、長男の頼りないイメージを見直します。抒情的なデュエットの美しさが、なかなか。研究上でも脚光を浴びている領域です。

2日(木)は、ちょうどマリアの浄めの祝日なので、バッハのカンタータ第82番を出し、シメオン老人の辞世のコラールに基づく作品をいくつか(ブクステフーデとクリスティアン・ヴォルフのカンタータ、バッハのオルガン曲など)を並べました。前後に抜きん出てしまったのは仕方がないですね。82番はメルテンスとクイケンのものを選びましたが、メルテンスが自分も1つの古楽器のようになり、楽器とコラボレーションをしながら歌っているさまには、たいへん感心しました。これぞ古楽です。

3日(金)は、バッハの弟子で片腕のような存在でもあったヨハン・ルートヴィヒ・クレープスのオルガン曲とトリオを特集しました。「偉大なる小川(バッハ)から採れたのは一匹の蟹(クレープス)だけだった」という、この人の才能を評価するジョークがあります。同じ曲は2回使わない、という趣旨でやっていますが、クレープスを使ったのは初めてです。

以上、よろしくお願いします。

「涙」再考2012年01月28日 23時49分51秒

もう一度だけ、涙を話題を。仲間も読んでいますので、ご容赦ください。

昨日校庭を歩いていましたら、作曲の先生(女性)に遭遇しました。その先生は《ロ短調ミサ曲》を聴いてくださっていて、本当にすばらしかった、涙が止まらなかった、とおっしゃったのです。その表情がいちだんと輝いて美しく思えたものですから、心から言ってくださっているんだな、と、嬉しく受け止めさせていただきました。

今日カルチャーに行くと、やはり複数の人が、涙が出た、というご感想。隣の人は嗚咽していた、というお話もありました。どうやら、多くの方が涙を流してくださったようなのです。

曲は、《ロ短調ミサ曲》です。オペラでヒロインが病死するといったシチュエーションとは、違いますよね。バッハでも《マタイ》であれば、死を悼むというモチーフがあります。最後の曲は「私たちは涙を流しつつひざまずき」という歌詞になっていますので、涙も自然だと思います。でもより思索的、超越的な作品である《ロ短調ミサ曲》に対する涙というのは、質が違うように感じます。

皆さん涙を流されたところは、同じではないかと思います。最後から2曲目、加納悦子さんが歌われた〈神の小羊〉です。でもそこがあれだけすばらしかったのは、それまで25曲の積み重ねがあったからこそで、〈神の小羊〉から始まったのでは、そうはいかないでしょう。もうひとつ、「コンチェルティスト方式」の効用もあったと思うのですね。加納さんが合唱のパートリーダーとして歌われ、自ら曲の流れを体験した上で、この曲を歌われたということです。全体がここを目指して進んできたという印象は、このような演奏形態を取ったからこそ、明確なものになったのではないでしょうか。

同じことは、バスの小川哲生さんやテノールの藤井雄介さんにも言えると思います。ソリストが座って待っているお客様方式では、なかなかこういかないのではないか。言い換えれば、ソリストの方々が献身的に協力してくださって成り立ったコンサートだったということです。合唱とソロの関係の見直しを、提案したいと思います。

真紅のバラ2012年01月27日 22時43分04秒

1月最後の金曜日は、たいてい、1日がかりの仕事になります。それは、オペラ専攻の大学院生の修了試験(アリアとアンサンブルに分かれ、今日はアンサンブル)と、その後に論文の口述試験があるからです。私の指導で論文(正式には研究報告)を書いたのは、ソプラノ6、バリトン2の8人。その全員が、声楽の先生方(著名人ばかり)の審査を受けました。今日はその前に、音楽学の修論審査も1本入りました。

ドニゼッティ、グノー、ヴェルディのオペラ名場面を、学生たちは先輩共演者(通称「助演」)の力を借りながら、全力投球でこなしてゆきます。みんながんばりましたので個別的な感想は控えますが、新国立劇場で勉強されコンクールにも入賞された先輩、高橋絵理さん(ソプラノ)の、格段にスケールを増した堂々たる歌唱にはびっくり。これから第一線に立たれることでしょう。

口述試験は、和気藹々の雰囲気のうちに進みました。先生方が立ててくださるので、私ものびのびと感想を伝えました。終了後、先生方が思いがけず別れを惜しんでくださったのには、感激。真紅のバラと好物のワインをいただき、記念写真を撮りました。「学生たちは幸せだったと思います」というお言葉は、一生忘れません。大学のオブリゲーションが終わるたびに前向きの解放感を感じて進んできましたが、今日はじめて、終わる寂しさを感じました。やっぱり、声楽魂になっているようです(笑)。