多難な1日2011年02月22日 15時10分24秒

21日(月)は、今月一番忙しい日のひとつでした。なぜなら、いま進行中の入学試験の、学科科目の日にあたっていたからです。8時50分に集合し、国語、外国語、楽典3科目の監督をします。私はいつも、会場の責任者です。

試験の緊張と監督の退屈が重なりますので、これまでこの日は、1年のうちもっともいやな日に数えていました。でも、ずいぶん楽になりましたね。慣れたことも大きいが、受験者の減少も一因です。大教室で見渡す限り受験生というのと、小さな部屋で人数がまとまっているのとででは、ストレスが大違い。ずいぶんやりましたが、あと1回でお役御免です。

終了後、井の頭線の駒場東大前へ。昔ここには東大前と駒場という2つの駅があり、私が学生の頃統合されました。もうそれをご存知の方も、少ないことでしょう。なぜ来たかというと、カフェアンサンブルという駒場の素敵な空間で、「名曲探偵アマデウス」へのコメントを収録したのです。《マタイ受難曲》篇が目下作成されており、スタッフの方々が、粘り強く勉強しておられます。もちろん私の出番はわずかですが、じっくり時間をかけて収録してくれました。

そのあと、某合唱団の方々と、打ち合わせを兼ねて「響」で会食。すばらしい夕食でしたがちょっとオーバーワークで、帰りついたときはふらふらでした(笑)。今週は、ペースを立て直します。

本当ですか?2011年02月23日 22時24分17秒

時代と共に趣味は変化する。若い人たちの好みは、私の世代とはまったく違う。それは了解しているつもりでいましたが、不覚にも認識していないことがありました。でも、本当でしょうか。

いまの若い人たちは、暗いものを好まず、明るいものを好む。楽しいものを喜び、悲しいものを忌避する。その結果として、短調の音楽が好まれず、メジャー王国がマイナー王国を滅ぼすというアニメ(?)まであるというのです。私は、日本人の短調好きは今でも変わらない、と思っていましたが。

短調と長調が歴然と異なるのは、17~8世紀(バロックから古典派)の音楽です。皆様は、たとえば知らないバロック音楽がかかっているとき、一般的に言って、どちらに魅力を感じられるでしょうか。私の個人的な経験では、平均レベルのレパートリーの場合、短調の曲は、2割ぐらいアドバンテージをもっていると思う。バロックの組曲とか、コンチェルトとかいう場合、短調の曲の方が魅力的に思えます。

先日、「バロックの森」のウィーン宮廷音楽特集で、ハプスブルク家の皇帝に捧げられたヴィヴァルディの《ラ・チェトラ》 op.9のコンチェルトを1曲含めました。どれにしようかと迷いましたが、 op.9の諸曲はヴィヴァルディの代表作とは思われず、そのアドバンテージを考慮して、第12番ロ短調を選びました。

「バロックの森」では知られていない作品をご紹介することが多いですから、短調の曲をやや優先しながら、長調の曲でバランスを取る、という形で選んでいます。ただし、大作曲家の傑作レベルになると長調の名曲が増え、いい勝負になるというのが、私の印象です。

小林秀雄の『モオツァルト』のように、モーツァルトの短調曲を偏愛するのが日本人だとばかり、私は思っていました。そういえば、最近あまり短調曲が目立たないなあ、とうすうす感じていましたが、まさか、短調嫌いの人が増えているとは気が付きませんでした。選曲を考えなければ・・・。

自虐PR2011年02月25日 14時31分09秒

自虐PRが人気だそうですね。島根県のカレンダーとか。私も自虐ネタが好きだと、よく言われます。島根県と私、共通点はなんでしょう。

入学試験などで疲れていたため、昨日思い立って、タイ式古式マッサージに行きました。私の体が硬いのは既報の通りで、情報をキャッチした複数の学生さんから、「先生、硬いんでしょう?」と言われました。でも嬉しそうに言うのは、なぜなんでしょうか。

マッサージする側にとっては、笑い事ではありませんよ。若い施療師の方が扱いかねているのは、一目瞭然。途中から揉むのを諦められたようで、ずっとストレッチになりました。まあ、人間の体というより、物体がそこにあるようなものですね。

終了後。彼女に申し訳ない気持ちが募り、お礼のあと場をなごませようと、「歩く死後硬直と言われているんですよ」と言いました。すると、「え?」と聞き返されるのです。もう一度「死後硬直!」というと、また「え?」。話が通じていません。

そこで、「ほら、死ぬと体が硬くなるじゃありませんか」とつとめて軽妙に言ったところ、彼女は深刻な表情で、「そんなこと、誰が言うんですか」と尋ねる。私は、脳裏にまさお君を思い浮かべつつ、「悪いのが周りにいますからね」と答えました。もちろんネタ自体は思いつきです。

「お大事になさってください」の声を背に帰ってきましたが、それなりのネタがなぜ通じなかったのだろうと、考え込んでいます。

私のせい?2011年02月27日 16時43分21秒

運気が下降しています。

木曜日の朝、家中のテレビが映らなくなっていることが判明。これって、困りますね。いかにテレビに頼って生活しているかがわかりました。第一、家族の機嫌が悪くなってかないません(笑)。

手に負えないので翌朝NTT東日本に電話すると、何もそこまで、というほど親切な応対。午後には修理の青年が訪れ、再び映るようになりました。因果関係はわかりませんが、AVアンプが故障してしまっており、これは使用年数からみても、買いなおさなくてはなりません。

オーディオ。修理のプロセスについては本欄にも何度か書きましたが、要するに、左チャンネルの音が出たり出なかったりする、というのが発端でした。まずスピーカーを修理しましたが、左チャンネルの音が出ないことは、変わらず。次に、プリアンプとパワーアンプを両方オーバーホールしました。新品同様になりましたが、左チャンネルの断続性は変化なし。これはケーブルだというので、お薦めの新しいケーブルを購入しました。しかし左チャンネルの断続性は、相変わらずです。

アンプの再修理を薦められましたが、あんな重いものを再度運ぶ気にはなれず、あきらめ半分に、スピーカー・ケーブルをBの端子につないでみました。Aの端子の陰でつなぎにくいところにあったため、試していなかったのです。そうしたら、左からも出るではないですか、音が。結果的にはオーバーホールだのケーブル交換だのが生きて、歪のないやわらかな音になりましたが、長いこと振り回された左チャンネルではありました。

土曜日。谷保から南武線に乗って横浜に向かいます。武蔵小杉から長い通路を経て湘南新宿ラインに乗り換えるのですが、今日は事故で遅れている、とのアナウンス。そこで安全策を採り、武蔵小杉から東横線に乗り換えました。そうしたら、病人が出て動かせないので、しばらく止まります、というアナウンス。安全策が裏目に出てしまいましたが、なんとかわずかの遅れで、朝日カルチャーセンターに着くことができました。

私は、最近の運気の悪さを述べ、これをみなさんにさし上げて運気向上を図るつもりだ、と宣言して、講義に入りました。準備は万端なので、順調に進みます。

ところが小休憩に入ると、受講生の方が近寄ってきて、左チャンネルの音が出ていない、とおっしゃるのです。あわてて確かめてみると、たしかに、音が出たり出なかったり断続的で、聞き苦しい。これって、私の自宅とまったく同じ現象ではないですか。

自宅が治ったことと、こちらが故障したことの間に、因果関係はないと思います。ないと思いますが、絶対にないかと言われると、大きなところでつながっているような気が、しないわけでもない。私が自宅から悪いツキを持ち込んできた、と指摘されても、仕方ないような気も、ちょっとですがするわけです。そんなところにまで責任を感じていたら、きりがありませんが・・・。