重なる面影2011年09月22日 23時34分26秒

連続講義「ルターとその時代」第3回は、宮谷尚美さんの「ルターとコラール」というものでした。宮谷さんは国立音大でドイツ語を教えておられますが、ルター研究を専門とし、 T.カウフマン 著『ルター 異端から改革者へ』(教文館)という訳書も出しておられる方です。

アイゼナハ、ルターの生涯、ルターの神学、そのコラール、《神はわがやぐら》などなど、完璧に準備されたお話が密度高く展開し、じつにすばらしい講義になりました。中でも、ドイツで指導された老教授が《神はわがやぐら》のテキストを朗読された映像は感動的でしたが、それはこの講義のために、わざわざドイツで収録されたものでした。

言葉に力のある、熱意にみなぎるそのお話を聴いているうちに、私には、これはどこかで聴いたことがあるなあ、という思いが兆しました。20歳の頃に駒場で聴いた、杉山好先生の講義です。若い私をゆさぶったのと同じ、ルターに関する熱烈な講義が、半世紀近くを経た今、私の眼前で展開されているのです。

杉山先生の訃報に接したばかりの時に、先生の精神が乗り移ったようなこうしたお話を聴く偶然とは何たることだろうと、私は思い、宮谷さんは杉山先生が亡くなったことをご存知なのだろうか、という思いが湧いてきました。

終了後そのことをお尋ねすると、お返事は、「先生のブログで知りました」というものでした。杉山先生とは孫弟子にあたり、面識はないとのことです。今日のことをお話したら、先生は涙を流して喜ばれるに違いない、と思いました。受け継がれてゆくものですね。

《トスカ》、いいですね!2011年09月26日 22時43分56秒

プッチーニのオペラが大好きなのですが、私のイチオシは《トゥーランドット》。「10大名曲」にも数えています。次が、バランスのいい《ラ・ボエーム》でしょうか。

しかし、《トスカ》もいいですね!数々の美しい旋律が、ドラマティックこの上ない構成のうちに配置されている。第1幕の構成が考えぬかれていて効果的なのは、プッチーニの常とは言え、すごいと思います。

第1幕は、場が教会。政治犯が逃れて来るところから始まります。緊張した雰囲気を、コミカルな堂守がなごませる。堂守は、マリア像を描くカヴァラドッシのアリアにも、文句をつけてからみます(←絶妙)。かくまわれる政治犯、登場した歌い手、トスカとカヴァラドッシの、甘美な愛の二重唱。マリア像のモデルを察知して嫉妬するトスカ。こうしたやりとりのあとに警視総監のスカルピアが登場します。政治犯を探す彼は教会に目を光らせ、トスカの嫉妬を煽って、情報を聞き出そうとする。ナポレオン敗北を祝う礼拝が始まり、聖歌隊の歌うテ・デウムに、スカルピアが声を合わせる・・・。

古い話をしますと、トスカは第3次イタリア歌劇団(1961年)が大歌手レナータ・テバルディを主役に公演した作品で、高校生だった私はすっかり魅了されていました。しかし当時は、恋人同士の甘美な音楽しか、耳に入っていなかった。本当にすごいのはスカルピアの音楽であることに気がついたのは、最近のことです。出現を示す強烈な和音にも鳥肌が立ちますが、大きなクレッシェンドをなす幕切れで、至純なるテ・デウムに彼が黒い声を合わせるところの効果は圧倒的。感動(!)に打ちのめされてしまいます。

今度出たデッカのDVDは、2009年のチューリヒ歌劇場の録画。カウフマンのカヴァラドッシが売りなのですが、なんと、トーマス・ハンプソンがスカルピアで出ています。え~、ノーブルなハイ・バリトンのハンプソンがスカルピア?と首をかしげつつ見始めました。

たしかに最初は「悪」のイメージが出ないのですが、そこは声楽的なレベルの高さで、次第に迫力を増してくる。とくに第2幕に入り、トスカに悪人なりの思いを打ち明けるあたりは真情がこもって、見事な歌になっています。この役って、こんなにすばらしい音楽が与えられていたんだなあ、と、あらためて実感しました。

というわけで、パオロ・カリニャーニの指揮も、エミリー・マギーのトスカもいいこの映像が、今月のCD/DVD選の1位です。演出を含めてちょっと北方風の感覚なのは、がまんしてください。2位は、シュテファン・フッソングのアコーディオンによる、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》。1989年の録音ですが、新たに輸入盤が出たタイミングで推薦しました。切れ味よいポリフォニーが、じつにあざやかです。

3位は、野平一郎さんのモーツァルト/変奏曲集。鳴り始めたとたんに、明るい輝きに魅了されてしまいます。「音楽の文法に則った清潔・正確な表現だが、輝きと魅力にあふれている」(新聞から)。

再校終わりました2011年09月29日 23時49分22秒

毎日必死です。《ロ短調ミサ曲》の再稿、なんとか仕上げ、今日春秋社に渡しました。初稿で大幅に手を入れましたが、それでもなんとなく座りの悪い部分、つながりがわかりにくい部分が残りました。そういう部分に見直しをかけ、完全とは言えぬまでも、かなり良くなったと思います。いくつかを著者に質問しましたが、へえ、そういう意味か、わからなかったなあ、という部分もありました。そんな質問へのヴォルフ先生のお答えは、本当にかゆいところに手が届くようで、親切。なかなかできないことです。

というわけで、10月20日出版は、ほぼ確実なものとなりました。すでに本文は私の離れ、出版社に委ねてあります。春秋社の編集は第一級のものなので、その点は安心です。でもこの仕事は、本当に勉強になりました。感謝です。

「あとがき」の最後に、こんな文章を書きました:私が国立音楽大学で主宰する「くにたちiBACHコレギウム」は、初演後80年を経た今年度(2012年1月15日)にそのリベンジ公演を行うことになり、目下その準備を行っているところである。その過程で痛感するのは、総合的作品としての《ロ短調ミサ曲》の偉大さとその演奏の困難さであり、また同時に、テキストの内容、その神学的な意味への関心と理解なくしては、その真髄に達することはできない、という認識である。

まさにその「関心と理解」を、これから作りたいと思います。

10月のイベント2011年09月30日 23時21分50秒

9月、短いですね~。早速ですが、10月のご案内です。

1日(土)10:00、朝日カルチャーセンター新宿校の「こだわり入門」講座後期第1回。「大作曲家の出発--若き日の作品を聴く」と題して、才能の現れ方などを考察します。13:30からは国立音大講堂で、読売新聞との共催講座。今回は図書館の出番です。題して「音楽図書館大忙し」。しっかり準備されているようです。

2日(日)14:00 「すざかバッハの会」のクラシック講座。その第11回で、「現代音楽をどう聴くか」という、あつかましい内容を扱います(汗)。

9日(日)10:00 楽しいクラシックの会(立川)。今週から《ロ短調ミサ曲》に入ります。「霧晴れる秀峰:《ロ短調ミサ曲》」と題を付けました。

10日(月、休日)は14:00から国立一橋大学脇にある佐野書院で、11月27日に兼松講堂で予定されている《ポッペアの戴冠》公演への予備トークその1を行います。「《ポッペアの戴冠》をたっぷり楽しむ法--その”毒”への処方箋」という気張った企画で、第1回は「悪女はどう皇帝に取り入ったかの研究」。渡邊順生さんのチェンバロに、阿部雅子、内之倉勝哉が出演します。二重唱をひと通り演奏しようかと思います。

15日(土)と16日(日)14:00は、私のお教えした学生たちが大挙として出演する、国立音大大学院オペラの《フィガロの結婚》(大学講堂)。私がどちらの日に行くかは、まだ極秘です。

22日(土)がたいへん。10:00から朝日カルチャーセンター新宿校の《ロ短調ミサ曲》講座。《ニカイア信条》を扱います。この日なら、テキストが間に合いそうです。その日13:00からは、同横浜校の「魂のエヴァンゲリスト」講座。「バッハの結婚、バッハの家族」というテーマです。それから文京福祉センターに移動し、東京バロック・スコラーズの主催で新たに始まる《マタイ受難曲》講座の第1回。16:00からでよかったでしょうか?昼食が・・・。

30日(日)は、佐野書院でのポッペア講演会その2。「悪女を取り巻く人間模様・神様模様の研究」です。まだ未定ですが、歌い手も出演します。どうぞよろしく。