謝罪考2009年09月07日 22時03分42秒

熊本で挨拶にいらした3人の方が、私が初めて国立音大で授業(音楽美学)したときの思い出を語られました。それによりますと、私は、「たくさん用意してきた資料のごくわずかしかお話できなかった、申し訳ない」と言って、授業を終えたのだそうです(記憶なし)。私の教員活動が謝罪とともに始まったということが、われながら興味深く思われました。

ダブルブッキングなどを繰り返す報いとして、私は日常生活において、ひんぱんに謝ります。頻度はどうかなと思っていろいろな人を観察してみると、さかんに謝る人がいる反面、けっして謝らない人も、ある程度いることに気づきました。謝らない人のメンタリティはどんなものかなあと考えましたが、よくわかりません。

かくいう私にも、謝りにくい時や、謝りたくない時というのがあります。謝って当然だと周囲が思っている時にはかえって謝りにくく感じるのは、私だけでしょうか。謝れ、と言われている時に謝るのは、もっとむずかしい。メンツがからんでくるからでしょう。ですから、一般に謝罪の要求というのは、人間関係を損ねると思います。

さらに考えるうち、私は家庭でめったに謝らないことに気づきました。外では謝るが、家では謝らない人。外でも家でも謝る人。外でも家でも謝らない人。外では謝らないが、家では謝る人。皆さんはどちらでしょう。また、望ましいのはどのタイプでしょうか(笑)。

コメント

_ Clara ― 2009年09月08日 19時05分31秒

謝る/謝らないは、結構難しい側面がありますね。
電車の中や道路で、人にぶつかったとか、不注意で相手の物を壊したとか、因果関係がはっきりしたことは、理屈抜きに謝るべきだと思います。すれ違いざまに、物をぶつけられて、謝らない人が案外多いですが、「済みません」とひと言で済むようなことが、何故出来ないのかしらと、人格を疑ってしまいます。
約束を忘れたり、時間に遅れたりは、私も時々ありますが、言い訳より、まず、率直に謝ることにしています。
逆の立場に立ったとき、ホントかウソか判らない言い訳を聞かされるくらい、腹立たしいことはないですから。
ただ、悪意でなく、人に不快感を与えるようなことをうっかり言ってしまったときなどは、謝るタイミングが難しいですね。以前、親しい人に対して、そのようなことがあり、2,3日経ってからですが、お詫びメールを出しました。
すると、「アナタは直ぐ謝るけど、謝るくらいなら、最初からしないでよ」と、逆に非難され、愕然としたことがあります。
確かに、その人は、人に不実を働いても、滅多に謝ることはありません。人付き合いは広く、薄くをモットーにしている人にとっては、こちらが誠実に謝ることも、かえって煩わしく感じるのだと、悟った次第です。
家族、友人、長く良い付き合いを続けたい大事な相手とは、その都度、謝るべき処は謝り、解決しておく、そうでない相手には、一応礼儀を尽くして、深追いはしないことを、心がけています。
やはり、謝る場面でキチンと謝れる人の方が、私は好感が持てますし、それをした人の気持ちを評価したいと思います。

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