8月のイベント2009年08月01日 23時17分57秒

ついに8月に入りました。余裕のもてる、うれしい月ではありますが、もう1日経ってしまったので、喪失感に悩まされる月かもしれません。そこで、今月のイベントです。

1日(土) 10:00~12:00 「新バッハ・魂のエヴァンゲリスト」 朝日カルチャーセンター新宿校  これはすでに終了。今日は「マタイにおける慈愛の熟成」の部分でしたので、モノグラフィ研究以前の自分の《マタイ》観を見直しました。未熟はぬぐえませんが、これは自分が研究を進めたから気がつくこと。他の部分も未熟なのに、研究を進めていないから気がつかない、という可能性もあります。

15日(土) 10:00~12:00 「ハイドンでリフレッシュ」 楽しいクラシックの会

22-23日(土、日) 埼玉県合唱コンクール審査

27日(木) 19:00~21:00 ロレンツォ・ギエルミ オルガン・コンサート「ライプツィヒの巨匠バッハ」 いずみホール ライプツィヒ・バッハ・アルヒーフとの提携によるシリーズの第5回。ライプツィヒ時代、すなわち円熟期の諸作品が、バッハ自身のプログラミングを模倣する形で集められたコンサートです。解説とインタビューを担当します。

29日(土) 13:00~15:00 「夭折の天才、ペルゴレージ」 朝日カルチャーセンター横浜校

30日(日) 14:00~16:30 「バッハ最先端第10回」 《マタイ》の連続講座は「流れ下る愛」(ソプラノ・アリアとその周辺)、「この1曲」はコーヒー・カンタータです。

以上、よろしくお願いします。あ、別館もよろしく。http://groups.google.co.jp/group/alt-prof-i

自分向きの新マシン2009年08月02日 23時16分17秒

ついに、新マシンを購入しました。私にとっては最初で最後の、Vistaプリインストール機です。

私のメイン・マシンは、デル→フロンティア神代→ソニー→エプソンダイレクトと無定見に変遷。今度も直販にしようと思ってネットを見ていたのですが、今までのようにハイエンドなものは、まったく必要がないような気がしてきました。そこで、せめてCPUはCore i 7に、ということにし、ヒューレット・パッカードの中クラスを候補として、ビックカメラに行きました。

コーナーでスペックの比較をしていたら、隅にあるものが、イメージにぴったり。店員を呼んでわかったのですが、HPでなく、Acerなのです。マシンの上に、「ゲーム向き」と大書してある。何となく恥ずかしい気持ちです。でも、性能を下げられないのは、ゲームをやるからに違いありません。

最近、前マシンが遅く、フリーズを起こすようになっていました。ということは、すべてをインストールし直すべきなのかな、とも思ったのですが、「パソコン引っ越し」というソフトを見つけて購入。一気に、環境の移行を図りました。

新旧マシンにソフトをインストールし、転送に挑戦。しかし相互認識がうまくゆかず、らちが明きません。そこで付属していたケーブルでつなぐことにし、2時間半ほどかけて転送を行いました。終了5分前にフリーズが起きたのには肝を冷やしましたが、あらかたのところは、移し替えることができました。

このOS、64ビットなのですね。ドキュメントスキャナが使えないじゃないの。等々、いろいろ起きてきそうですが、12万円という安さの割には、とりあえず快適なスタートです。

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せっかくの名著が・・・2009年08月03日 22時45分55秒

仕事の関係で、受験生が読むのに適当な、クラシック音楽のいい本を選ぶ必要が生じました。新書、文庫の中から、という条件がついています。そこでいくつかの本屋をハシゴし、最後に、新宿紀伊國屋書店の文庫階まで到達しました。

そこで感じたこと。第1は、新書、文庫の種類はこんなにあるのか、ということです。しかしそれは今日は置いておくこととし、第2の実感は、候補が本当に少ないなあ、ということでした。

少ないというのは、生きている、すなわち棚に置いてある本が本当に少ない、という意味です。続々と新刊が出て、そのたびに旧刊が押し出されていく、という仕組みの中で、あったはずの名著が、棚になくなっています。ひとつだけ例を挙げれば、柴田南雄先生の岩波新書『グスタフ・マーラー』。ネットで見たら「品切れ重版未定」という扱いで、この分類に、たくさんのクラシック本が入っていました。重版のシステムがどういうものか知りませんが、ぜひ復活してほしいものです。

今日、書斎と物置の連動を図ろうとして蔵書の整理を始めました。いい本、なつかしい本、多くを教えられた本が山のようにありますが、そのほとんどは、今本屋で見かけることはなく、手に入れることもできないものです。死屍累々と言ってはたとえが悪いかもしれませんが、本を書く作業というのは案外寂しいものだなあ、という感慨にとらわれてしまいました。演奏家の方も同じでしょうけれど・・。

理想の人2009年08月04日 22時33分50秒

「人格者」という言葉で、皆さんは誰を思い浮かべられますか。もちろん、私を思い浮かべる人が皆無であろうことは承知しております。でもこれから述べる人であれば、どなたも異論がないのではないでしょうか。

平素見ることのない「徹子の部屋」を見ました。ゲストは、王貞治さん。王さんの思いやりのある人格を物語るエピソードはいろいろに聞き知っていましたが(ここだけアンチ巨人を返上します)、本当に高貴な方で、涙が出ますね。

あれだけの方なのに自分優先のところがなく、まず、人のことを考える。周囲に求める前に、自分がもっとできたのではないか、と反省する。自分がいい時に、置いていってしまった人のことを思いやる。誰もまねができないほどの成果を挙げているのに、誇るより前に、もっとできたのではないか、と考える・・・。

こんな人もいるんだなあと思いつつ見ているうちにふと気がついたのは、バッハの《マタイ受難曲》が求めている内省的な人間像というのはこういうものではないかということです。バッハを天国から呼び出して紹介してあげられたらいいのに、と思いました。

古橋さんを悼む2009年08月05日 22時52分02秒

私は仕事上のつながりから、住友生命健康財団の理事をやらせていただいています。毎年3月に帝国ホテルで理事会があるのですが、会議のあとの昼食がいつも楽しみです。というのは、各界の一流の方々が集まるので、普段聞けない面白いお話を、その道の名士の方から直接伺えるからです。

ローマで亡くなられた古橋広之進さんも、そうした名士のお一人でした。スポーツマンらしい素朴さとカリスマ的な人間的魅力を兼ね備えておられ、斯界における人望のほどが偲ばれました。そして、水泳にまつわる四方山話が豊富にあって、とても面白いのです。そういうお話がもう伺えないのは、とても残念です。

でも水泳競技の現場で亡くなるというのは、失礼な推測を許していただければ、本望だったのではないでしょうか。周囲がたいへん、という面もあるかとは思いますが、できれば自分の最後はこのように、とおっしゃる方によく出会いますから。ご人徳を偲びつつ、ご冥福を祈りたいと思います。

別館では、バッハとリュートの話題が出ております。http://groups.google.co.jp/group/alt-prof-i

スペースのための投資2009年08月06日 22時22分13秒

夏休みの重要課題のひとつが、部屋の整理です。今回は、物置の収納を減らし、書庫のような働きを与えることができないかと考えて、取りかかりました。当然、たくさんのものを処分しなくてはなりません。

2つの分野を処分することに決めました。ひとつは、音楽会のプログラム。バイロイト音楽祭やバイエルン歌劇場などの立派なプログラムがたくさんあり、開くとキャスト一覧などがはさんであって、なつかしさがこみ上げてきます。役に立ちそうな解説や論文も、たくさん入っている。でも、いらない!と決めました。年をとってからますますなつかしく思う可能性は脳裏をかすめましたが、これまで活用したわけではなし、これからも活用しないだろうと瀬踏みして、一掃を決意しました。

もうひとつは、レコードです。以前レコードを大処分したとき、思い切れずに残したものがそれなりの枚数、ありました。初期に繰り返し聴いたもの、古楽に目を開いてくれたもの、かつて膨大に書いた自分の解説が載っているもの・・。昔書いた原稿は手書きですから、パソコンには残っていません。

それでも今回、そのすべてを処分することにしました。自分を納得させた理由は、スペースという貴重なものをいわば購入するために、ある程度の投資は必要だ、というものです。過去をなつかしむより、いつまでも前向きに、音楽を聴いていきたいと思います。

有利なはずが・・・2009年08月07日 23時08分15秒

これだけ一日中放送されると、芸能ネタに乗らざるを得ませんね。酒井法子さん、けっして嫌いなタレントではなかったので、残念です。あれだけきれいならば人生相当有利だと思いますが、それを活かせなかったのはもったいないですね。「清純派がなぜ?」(某紙)というように、意外という受け止め方がもっぱらのようです。でも考えてみれば、麻薬と容姿は関係ありませんよね。

「清純派」という言葉に関心があるのですが、酒井さんに関して、私自身には、この言葉は浮かんで来ませんでした。「清純派」って、外国語ではなんて言うんだろう。日本にのみある、今なら流行語大賞になるような造語なのでしょうか。ラファエロの描くマリア様は、究極の清純派なのか、あるいは、そう呼んでは失礼なのか。

かつてはセクシーの反意語のように思っていた私ですが、少し考えが変わってきました。秘められた色気、というのが重要な条件であることに気がついたのです。それに対して、男のあこがれが発生するのだと思います。

レス急増に当惑2009年08月08日 23時04分02秒

逮捕報道に見入ってしまい、時間を浪費しました。マネージメントとの関係とか、まだ話題が続きそうです。

「このような話題になると俄然レスが急増」(隠居老人さん)したわけですが、ありがたい反面、当惑しております。なぜなら、こうした話題は私、概して避けるようにしておりまして、いつぞやの「叱ってくれる人」という発言が出たおりにも、私は興味深く耳を傾けるのみで、自分からは口を閉ざしていたからです。いろいろなタイプの女性が周囲におられるため、発言は慎重にしているのです。

一度、今は亡き「ドルチェ」で、うっかり清純派の話題に踏み込んでしまったことがあります。周囲の反応は冷たく、しかも翌日には、その話が広く回っていました。少なくともこの件をリセットしないと、新たに論じられないのですね(笑)。

皆様の意見はたいへん興味深く、また含蓄が深いものです。ですから充分に整理してから態度表明したいと思いますが、とりあえず具体例の出ているものに対して、いくつか。

エマ・カークビーですか。気がつきませんでしたが、どんぴしゃりですね。声、人品ともに。マーガレット・オブライエンというのは『若草物語」の四女をやった人ですよね?中学生の頃見て、魅惑されたのを憶えています。ジュディ・ガーランドというのは、映画の冒頭で〈虹の彼方に〉を歌っている人でしょうか。あれは感動的です。

中三トリオについては、たいへん失礼ながら、タイプと美しさの両面でハードルを設けるとすると、該当者なしではないでしょうか。タイプの方はおられますが。

隠居老人さんの定義はじつに的確で、すでに考えておられたのではないか、と思うほどです。一点を除き、同感します。隠居老人さんの定義で脳裏に浮かんだのは、将棋の矢内理絵子女王(前女流名人)なのですが、いかがでしょう。

自分の傍らにいる歌い手さんを判定せよ、と強要(?)する方がおられます。有資格者と認めざるを得ませんが、隠居老人さんの定義とは、若干反するところがあります。このあたりが議論のポイントになるかも・・・。

私としたことが、取り乱して散漫な文章になりました。書きにくいんですよ(笑)。

〔付記〕この文章を読むと、困るから書き込まないでくれ、と言っているように見えますか。そうではないですよ。興味深い話題なので、どんどん書き込んでいただければ、私も、書きにくさと乗り越えて参加します、という趣旨です。遠慮なくどうぞ。

「清純派」7つの条件2009年08月09日 23時44分40秒

昨日は失礼しました。嬉しい書き込みをたくさんいただきながら、話題への環境作りをしたいという気持ちが裏目に出て(←この言葉好き)、コワモテの反応になってしまいました。ぜひぜひ、気軽な書き込みをお願いいたします。

「清純」と「清純派」は違う、というのは卓見ですね。「清純派」というのはイメージですから、中味はどうかを問わないわけです。でも、性別は関係なくないんじゃないですか、N市のNさん!私は、美しい女性に対する分類のひとつ、と理解しています。ただ、昔ほど今は言われない価値で、言われたとしても、多分、内容がかなり変わっている。その意味で、隠居老人さんの定義には、昔懐かしい思いがしました。そこで、隠居老人さんの定義を吟味してみます。

隠居老人さんのコメントが挙げている条件は7つあります。必須なのは4つで、「清潔感」、「細面」、「色白」、「控えめな雰囲気」。加えて、「爽やかさ」、「地味な身なり」、「静かさ」の3つ。う~ん、考え抜かれていますね。古きよき時代の邦画を見るようです(笑)。

私が矢内理絵子さんを連想したのは、このうち6つがぴったり当てはまる、と思ったから。ふっくら顔なので第2条件が異なりますが、吉永小百合だってふっくら顔でしょ?私の周囲には、細面の人、少ないですよ。幅があった方が、いい声が出やすいのです。あとの6つは、矢内さん、ぴったりです。(続く)

お騒がせしました2009年08月10日 23時34分02秒

書き込み、ありがとうございます。しかし、「差別」という言葉が出ては、もう続けられませんね。本来なら、隠居老人さんの7条件を吟味し、2つほど修正して、今風の案を提示しようと思っていました。あ、言葉を使われた方に悪気がないことは、よくわかっております。

〔付記〕遠慮なく書き込んでくださいと言いながら矛盾した反応になり、申し訳ありません。次の更新でお詫びかたがた、ご説明させていただきます。