存在感2013年10月09日 09時13分43秒

野球のシーズンが終わりました。発足当時は「何この制度?」という声もあったクライマックス・シリーズがすっかり定着し、三位争いの白熱を楽しむことができました。

なにしろ、私の応援しているチームが両方とも三位。とくに連勝で追い込んだ西武ライオンズの戦いぶりはたいしたものでした。「戦力豊富」と言われていますが、中島がメジャーに行き、中村が負傷して始まったのだから、若手の成長はたいしたものです。中島がいたら、ショート鬼崎の活躍はなかったでしょうし。

球場に行っていたらもちろんでしょうが、テレビのディスプレイでも、吸い寄せられるように見てしまう選手っていますよね。楽天のジョーンズって、すごくないですか。めったに打たないのだが、いかにも打ちそう。群を抜いた迫力を発散しています。いわゆる存在感ですね。それがどうやって作られるのか、興味があります。一番大きいのは自信でしょうが、それだけではないですよね。

存在感は、音楽の世界でも大きな役割を発揮します。ある方が絶対有利で、存在感のあるアーチストには、聴衆/観客が集中して耳/目を傾ける。しかしその養成講座がないのは、作ろうとして作れるものではないからでしょう。でも、もう少し、研究されてもいいテーマだと思います。

昔ミュンヘンにいたとき、何度も《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を観ました。不思議だなあと思っていたのは、12人登場するマイスタージンガーの主役が、一目で見分けられることでした。ベックメッサー役のヘルマン・プライ、ザックス役のベルント・ヴァイクル、この二人に目が吸い寄せられてしまうのです。ステージでは、つねに起こることだと思います。