《トスカ》、いいですね!2011年09月26日 22時43分56秒

プッチーニのオペラが大好きなのですが、私のイチオシは《トゥーランドット》。「10大名曲」にも数えています。次が、バランスのいい《ラ・ボエーム》でしょうか。

しかし、《トスカ》もいいですね!数々の美しい旋律が、ドラマティックこの上ない構成のうちに配置されている。第1幕の構成が考えぬかれていて効果的なのは、プッチーニの常とは言え、すごいと思います。

第1幕は、場が教会。政治犯が逃れて来るところから始まります。緊張した雰囲気を、コミカルな堂守がなごませる。堂守は、マリア像を描くカヴァラドッシのアリアにも、文句をつけてからみます(←絶妙)。かくまわれる政治犯、登場した歌い手、トスカとカヴァラドッシの、甘美な愛の二重唱。マリア像のモデルを察知して嫉妬するトスカ。こうしたやりとりのあとに警視総監のスカルピアが登場します。政治犯を探す彼は教会に目を光らせ、トスカの嫉妬を煽って、情報を聞き出そうとする。ナポレオン敗北を祝う礼拝が始まり、聖歌隊の歌うテ・デウムに、スカルピアが声を合わせる・・・。

古い話をしますと、トスカは第3次イタリア歌劇団(1961年)が大歌手レナータ・テバルディを主役に公演した作品で、高校生だった私はすっかり魅了されていました。しかし当時は、恋人同士の甘美な音楽しか、耳に入っていなかった。本当にすごいのはスカルピアの音楽であることに気がついたのは、最近のことです。出現を示す強烈な和音にも鳥肌が立ちますが、大きなクレッシェンドをなす幕切れで、至純なるテ・デウムに彼が黒い声を合わせるところの効果は圧倒的。感動(!)に打ちのめされてしまいます。

今度出たデッカのDVDは、2009年のチューリヒ歌劇場の録画。カウフマンのカヴァラドッシが売りなのですが、なんと、トーマス・ハンプソンがスカルピアで出ています。え~、ノーブルなハイ・バリトンのハンプソンがスカルピア?と首をかしげつつ見始めました。

たしかに最初は「悪」のイメージが出ないのですが、そこは声楽的なレベルの高さで、次第に迫力を増してくる。とくに第2幕に入り、トスカに悪人なりの思いを打ち明けるあたりは真情がこもって、見事な歌になっています。この役って、こんなにすばらしい音楽が与えられていたんだなあ、と、あらためて実感しました。

というわけで、パオロ・カリニャーニの指揮も、エミリー・マギーのトスカもいいこの映像が、今月のCD/DVD選の1位です。演出を含めてちょっと北方風の感覚なのは、がまんしてください。2位は、シュテファン・フッソングのアコーディオンによる、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》。1989年の録音ですが、新たに輸入盤が出たタイミングで推薦しました。切れ味よいポリフォニーが、じつにあざやかです。

3位は、野平一郎さんのモーツァルト/変奏曲集。鳴り始めたとたんに、明るい輝きに魅了されてしまいます。「音楽の文法に則った清潔・正確な表現だが、輝きと魅力にあふれている」(新聞から)。

8月最後の週末2011年08月27日 23時12分09秒

今、テレビのニュースでモーツァルトの《ケーゲルシュタット》(!)を、皇后陛下がシュミードル(元ウィーン・フィル)らと演奏している情景が流れました。皇后陛下、ピアノお上手ですねえ。

8月も最後の週末になりましたが、今年ほど息が抜けないというか、ずっと焦っている8月はそうなかったんじゃないか、などと思っています。今日は午前と午後、朝日カルチャーの新宿校と横浜校をハシゴし、夜はサントリーホールへ。今週ずっとサマー・フェスティバル(現代音楽祭)をやっていて、今日が、私の聴く3つ目のコンサートでした。今年のテーマは映像、テーマ作曲家は中国のジュリアン・ユーで、たいへん面白いです。よくこうした超硬派なコンサートを大々的にできるものだと、感心します。

帰り道タワー・レコードに寄り、放送用、講演用に、またあれこれと購入しました。ドイツ・ハルモニア・ムンディの「~エディション」というコレクションが安いので、ルネ・ヤーコプスのもの(10枚組で2490円)、カントゥス・ケルンのもの(10枚組で3190円)、フライブルク・バロック・オーケストラのもの(やはり10枚組で3190円)などを購入。どれも半分以上手持ちしていますが、それでもお買い得、と判断しました。演奏者にとっては、こうした集成はありがたいのではないかと思います。

明日は須坂です。長野で大きなイベントがあるらしく、新幹線の指定が全部アウト。前途多難です。

今月のCD/DVD選2011年08月24日 23時43分04秒

本日の夕刊に、今月のCD選が出ました。

私の1位は、輸入DVDですが、リュリの最高傑作歌劇《アルミード》 の、シャンゼリゼ劇場における上演映像です。クリスティの自信みなぎる指揮(演奏はレザール・フロリサン)、魔女役を熱唱するドゥストラックら歌手たち、モダン・バレエを駆使した新鮮なステージ、いずれもが最高の魅力にあふれ、優雅流麗なフランス様式を堪能させてくれます。カーセンの演出は、寓意的が人物がルイ14世を賛美するプロローグを現代の観光ツァーに設定していて、観光客がバレエを踊ります。私はこういうのを基本的に歓迎しないのですが、幕が空いてからは正統的な舞台になるので、許容範囲内としました。

ジェローム・ローウェンタールというピアニスト、有名ですよね。「師事」したと経歴に乗せている日本人もたくさんいます。しかし演奏は、まったく聴いたことがありませんでした。今回窓口のできた輸入レーベルからリストの《巡礼の年》を届けてもらったのですが、78歳での録音にもかかわらず、明晰かつ若々しい演奏にびっくり。一聴に値すると思い、2位にしました。「ブリッジ」というレーベルです。

オノフリとヂパング・コンソートのライヴもすばらしかったのですが(とくにコレッリ)、1位がバロックなのでこれはあきらめ、3位には、「ある旅路で」と題するドイツ・リートのCD(含むリストのイタリア語歌曲)を入れました(フォンテック)。茶木敏行というテノール歌手、ご存知でしょうか。言葉が生き物のようにすっと入ってくるのに魅了され、聴き通しました。詩を慈しむ姿勢が、手に取るように伝わって来るのです(目の不自由な方だそうです)。ベートーヴェンからシュトラウスまで、というと定番のプログラムが思い浮かびますが、そういう曲はほとんど含まれておらず、じつに渋い選曲。そこにも求道精神を感じます。

崎川晶子さんによる『アンナ・マクダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集』を、西原さんが2位、梅津さんが3位に挙げておられました。私は解説者なので、申し合わせにより選外としています。

バッハの命日!2011年07月28日 23時49分47秒

今日、7月28日は、バッハの命日でしたね。3月21日の誕生日にはコンサートをやったりするのですが、命日は毎年、つい気がつかずに過ぎてしまいます。今年、私はバッハの享年と同い年なので、もう少し感慨を抱いてもよかったのですが、やっと気がついたところです。バッハより年上になると彼の音楽がどう見えてくるか、興味があります。

今日は、NHKでバッハの録音をしてきました。オブリガート・チェンバロ付きのソナタの回と小ミサ曲の回です。放送は9月なので、またご案内いたします。

ついでに、今月のCD選。1位には、すでにご紹介した、プルハール指揮、ラルペッジャータのモンテヴェルディ《聖母マリアの夕べの祈り》を推しました。2位は、 ミシェル・プラッソン指揮、パリ国立歌劇場によるマスネの歌劇《ウェルテル》(DVD、デッカ)です。高級なエンターテインメントとしてのマスネ・オペラの魅力がよく生かされていますし、人気テノール、カウフマンの幅広い表現力がなかなかです。3位は、小泉惠子さんの「木下牧子を歌う」(ライヴノーツ)。小泉さんのすばらしさには本当に感心させられるばかりですが、このCDにも、「品格あふれる高雅な芸境」が示されています。ピアノは、名コンビの花岡千春さんです。

6月のCD2011年07月03日 23時30分51秒

7月ですね。ご案内もあるのですが、6月のCD情報を忘れていたので、そこから補います。以前は「ベスト3」という言葉にとらわれていましたが、最近はむしろ、見えにくい宝の発掘を心がけています。

当欄でご報告した「ジュゼッペ・ディ・ステーファノ/心の声」のDVDを、1位にしました。輸入盤なのに日本語字幕がついています。全盛期のディ・ステーファノの魅力は、格別。〈冷たい手を〉をパヴァロッティと比べても、きれいなフォームできれいに出すのとは違う、「宵越しの金は持たぬ」式のスリリングな高音にしびれます。もちろん専門的にはよくない出し方で、自身も、才能を蕩尽してしまったわけですが。

若い演奏家を、探しています。今月心に響いたのは、ピアノの長富彩さん。「リスト巡礼」というCDが、リストを必ずしも好きでない私の心も惹きつける、いい演奏です。 「広やかな音空間を熱い心情がたっぷりと満たし、心を打つ」と書きました。コンサートを聴いてみるつもりです。

3位は、菅原潤さんの「ピッコロ・アルバム」。軽やかな妙技で綴られた笛の小品集ですが、甲高いという通念のピッコロがこんなに心地良いとは、信じられません。昔ついたフルートの先生は、ピッコロの表現能力をまったく認めていませんでした。でも上手な方は、そういう通念を乗り越えてしまうのですね。たいしたものです。

《ヴェスプロ》の新録音2011年06月26日 23時52分42秒

「古楽の楽しみ」でモンテヴェルディの《ヴェスプロ》(聖母マリアの夕べの祈り)を取り上げることになり、新しい録音を物色しました。クイケン、アレッサンドリーニ、プルハールの3つを購入しましたが、クリスティーナ・プルハールとラルペッジャータの2010年の録音(ヴァージン)が、じつにすばらしいですね。ガーディナー以来の名演奏と呼びたいと思います。

このCDには、DVDがボーナスで付いています。それを見ると演奏の実際がよくわかるのですが、長髪のプルハール(女性)がテオルボを手にどっしり中央に座り、全体をまとめている。しかし指揮者として一手に仕切るわけではなく、歌い手と奏者の自発性に、多くがまかされています。

各パート1名の歌い手と奏者たちがそれに応え、打てば響くような鋭さで、この上なく生き生きしたアンサンブルを作り上げていく。「こう歌いたい」「こう弾きたい」という気持ちが末端にまであふれている演奏の訴えかけは、すごいです。弦楽器、管楽器(コルネットやサックバット)のレベルもきわめて高く、装飾も縦横に入って、華麗そのものです。

こうした演奏で聴くと、《ヴェスプロ》のすばらしさは格別です。密度では、《ポッペア》を凌ぐように思います。お薦めです(放送は7/18、19に全曲)。

今月のCD/DVD2011年05月23日 23時58分05秒

新聞の連載、紙面の都合で4月は休みになり、5月にまとめて処理しました。今月の1位にしたのは、「カール・ライスター・プレイズ・西村朗」です(カメラータ)。肉体を離れた魂(五重奏)、睡蓮(ソロ)、天界の鳥
(協奏曲)といった西村さんならではの作品が集められていますが、ライスターの奏でるクラリネットの、玄妙な響きに魅了されます。東洋の世界観を基礎とした日本人の作品をドイツの奏者が見事に演奏していることに、音楽が国境を超えることの新しい証明を見る思いがします。

2位には、ブラームス ピアノ協奏曲第2番/ドヴォルザーク 交響曲第7番のDVD(ドリームライフ)を選びました。クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団の1978年のコンサートに、当時36歳のバレンボイムが出演しています。両者ががっちり噛み合ったブラームスもいいですが、地味な第7交響曲の、愛を込めた演奏の美しさは格別です。

3位には、カントロフと上田晴子さんによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第6番~第8番を入れました(ALM)。お二人のていねいなコラボレーションで爽やかな流れが作り出されていて、心地良さにひたることができます。こういう交流のある二重奏が好きです。

国内盤と輸入盤2011年02月18日 23時58分50秒

新聞のCD選に、苦労しています。かつては、たくさんあるいいものの中から何を選んだらいいかで苦労していたのですが、最近は国内盤がすごく減ってしまい、逆の意味で、選びにくくなりました。しかしショップに行くと、輸入盤が目白押しで、面白そうなものも、たくさんあります。

というわけで、送っていただいた国内盤の中から選ぶ、という方針を守ることが、むずかしくなってしまいました。今月の場合、1位にリフシッツの弾くバッハ《音楽の捧げもの》を、2位にラ・ヴェネクシアーナのモンテヴェルディ《マドリガーレ集第8巻》を選んだのですが、これは新譜ではなく、私が新たに手に入れたものです。そこで来月から、一定範囲で輸入盤を公式に、選択肢に含めていただくことにしました。地方の方には不親切かなとも思いますが、ネット販売を活用していただければと思います。

それにしても、国内盤のこれからがどうなるか、心配です。やはり、解説や訳詞のある形で聴ける方がいいのは間違いなく、私も書き手の立場からすれば、それが望ましいのです。しかし価格が高くなるという問題があり、人気のあるアーチストに集中する傾向もメジャーなレーベルほどはっきりしていて、これはもう皆さんご存知だし、という気持ちについなってしまいます。

それにしても、《音楽の捧げもの》をピアノで全曲弾いてしまうリフシッツのバッハ愛は、なかなかですね。このような形で聴くと、作品のすばらしさがよくわかります。《フーガの技法》の先にある、バッハの究極の境地です。

3位には、私の尊敬するクラリネット奏者、四戸世紀さんの「ドイツ・ロマン派の光と影」を選びました。地味な曲が並んでいますが、演奏の品格は、抜きん出たものです。日本人のアーチストの録音は、これからも応援していきたいと思います。

今月のCD/DVD2011年01月27日 23時19分54秒

今月はCDの点数がとても少なかったので、輸入DVDに頼る形になりました。

入手したうちで面白かったのは、2009年のザルツブルク音楽祭オープニング・コンサートの録画です。演奏は、アーノンクールとウィーン・フィル。ウェーベルン編のシューベルトの舞曲、ヨーゼフ・シュトラウス(!)のワルツとポルカ、シューベルトの《グレート》という、一癖も二癖もある、オール・ウィーン・プログラムです。聴いてみると、観光的なイメージを拒否して芸術家の実存を掘り下げる、気迫にみちた演奏がさすが。中でも、ヨーゼフ《うわごとワルツ》の激しさに驚かされました。

逆に癒されたのは、澤畑恵美さん(ソプラノ)が谷池重紬子さんのピアノで歌った、「にほんのうた2」です。中田喜直、團伊玖磨らのよく知られた歌が心温かく透明に歌われていて、一点の曇りもありません。

三位にはベートーヴェンの交響曲全集(パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィル)を入れました。CDで定評を得た名演の映像化で、4枚セットでなんと5千円を切るお買い得なのです。分売もあるそうですが、この値段なら、全曲揃えたいですよね。

やっぱりブーレーズ2010年11月23日 11時56分48秒

毎日、がんばっています。

土曜日は、「楽しいクラシックの会」。現役指揮者の映像を見て、品定めをしました。断然すごいと思ったのは、ブーレーズ。シカゴ交響楽団を指揮した《火の鳥》ですが、人間業とは思えません。超正確、精密なのに、音楽が生きていて、しなやかなのです。いったいどのぐらい練習すればああなるのか不思議ですが、ブーレーズが指揮するだけで、かなりそうなってしまうとも思われます。指揮者の能力への、尊敬と信頼、ということなのでしょうか。それとは正反対ですが、アバドの《新世界》も情感豊かで、皆さん感動されていたようです。

今月のCD選でブーレーズのシマノフスキ《ヴァイオリン協奏曲》と《交響曲第3番》を第1位にしたところ、3人の評者が全員一致しました。ウィーン・フィルのライブですが、度肝を抜かれるすごさです。私は先月もブーレーズのマーラーを第1位にしたので、2ヶ月続きました。第2位には、ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルのシューマンの交響曲を入れました。「鳴らない」ことでは定評のあるシューマンの交響曲がこれほど新鮮に響くのは、たいしたものだと思います。

先月スクロヴァチェフスキー~読響のブルックナー《第8》を推薦したのですが、今月は別テイクが、《第9》との組み合わせでDVD化されました。「端然とした楷書の芸術に、求道の精神を聴く」と書いて推薦しましたが、やっぱり80代の指揮者、すごいです。

日曜日は、山崎法子さんのリサイタル。ヴォルフの自在な表現はこの方ならではで、後半、大きく盛り上がりました。火曜日は、皆川先生のホストによるサントリーのオルガン・コンサート。椎名雄一郎さんの演奏がすばらしかったですが、私自身は60点というところで、もうひとつ、流れに乗りきれませんでした。