スピーカーの話2010年10月15日 11時38分31秒

それなりのオーディオ装置を使っていますが、悩まされていたのはスピーカーでした。ケーブルの接触が悪く、左チャンネルの音がしばしば出なくなるのです。修理しようと試みましたが、素人ではうまくいかず、輸入メーカーもなくなっている。コネクタを交換すればいいのですが、コネクタ自体が昔とはまったく違うものとなっていて、思うに任せません。

そこでほどほどのスピーカーを買い直そうと思い、リサーチを始めました。そのことを「たのくら」で話したところ、会員の斎藤隆夫さんが救いの手を差し伸べてくださったのです。斎藤さんのご紹介で、オーディオユニオンのセカンドハンズ新宿店に、視聴に行きました。

すると担当の方が、私のもっているスピーカーは現在なかなか及ばない逸品なので、修理した方がいい、というのです。集配もしてくださるとか。たしかに視聴したスピーカーには限界があるように思えたので、一度お預けすることにしました。とても良心的なお店です。

すると、すばらしい音がしているので大丈夫だ、コネクタを交換し、若干の修理をした、とのお話。出費らしい出費もしないうちに、スピーカーが送り返されてきました。それだけでは申し訳ないので、お薦めいただいた村田製作所のスーパーツィーター(ハーモニックエンハーサー)を購入しました。

鳴らしてみると、驚くほどいい音がするのです。電源部の劣化が、音質の大幅な低下を招いていたようで、自分のもっているスピーカーの性能を再認識しました。そのスピーカーとは、ロジャースのPM510というモデル。これは、私が自分の理想とするオーディオシステムを構築する、という趣旨の連載(『レコード芸術』)で選び、安価に譲っていただいたものです。スピーカーがフェニックスのごとくよみがえり、CDを聴くことが、またとても楽しくなってきました。

9月のCD選2010年09月23日 09時48分45秒

昨日の夕刊で今月のCD選が出ましたので、こちらでも。

1位は、平尾雅子さんを中心としたメンバーによるディエゴ・オルティスの『レセルカーダ/典礼曲集』(ALM)です。新聞から引用します。「①は名著『変奏論』の訳業を終えた平尾とその仲間たちによる、16世紀スペインの音楽。行き届いた研究によって心に染みいるような美しさが醸し出され、すばらしい」。ぜひお聴きください。

DVDとしては、ユリア・フィッシャーのサン=サーンス ヴァイオリン協奏曲第3番/グリーグ ピアノ協奏曲(デッカ)を2位で取りました。CDのパガニーニもすばらしく、どちらにしようかと思ったのですが、別途お話しするような経緯で、DVDの方にしました。同じ人がヴァイオリンとピアノのソロを弾き、両方とも国際的なコンクールを取っている、というのはすごいですが、比べるとピアノが落ちるのは否めないところ。しかしヴァイオリンの造形力は突出しています。音楽に対してこれだけ確信をもって接することができるからこそ、複数の楽器に熟達できるのでしょう。

3位は、プレートルの「コンダクツ・ビゼー」です。最近のプレートル再評価はめざましく、熟年に勇気を与えるものだと思いますが、このビゼー曲集は1980年代のバンベルク響との録音が、新たに発掘されたもの。「洒落も高揚もある、魅力的な2枚組」(引用)で、《アルルの女》に感動しました。

8月のCD選2010年08月31日 09時23分39秒

毎月のCD/DVD選、新聞に載ってからこちらでご案内しようと思っているうちに、まぎれてしまうことがあります。久しぶりになってしまいましたが、8月分を。

ラトル指揮、ベルリン・フィルにいつも共感するわけではありません。でもチャイコフスキー《くるみ割り人形》はよかったですね。バレエ全曲版への挑戦は初めてだそうですが、うまさが先行しない、やさしく夢のあるアンサンブルになっていて感心しました。2枚組にDVDがついて3,200円というのは安いですね。売れるものの強みでしょうか。ともあれ、平素組曲で聴いている音楽も、全曲で聴くと、いろいろな発見があります。

ハーディング指揮、ミラノ・スカラ座によるシュトラウス《サロメ》(2007年のライヴ)のDVDも特筆ものです。頽廃しきったヘロデの宮殿に朗々と響くヨカナーン(シュトルックマン)の声、「聖」の侵入におびえる人々の中で、それを「性」に置き換えてわがものにしようとするサロメ・・。ボンディの演出による諸人物の対比的造形がみごとで、新星ミヒャエルが女豹のように魅惑的なサロメを演唱しています。こういう「観せる」路線に比べると、先日実況されたバイロイトの《ワルキューレ》は、(音楽はともかく)見た目に、ちょっと古めかしくなかったでしょうか。

3位は、エンリコ・オノフリの「バロック・ヴァイオリンの奥義」です。バッハの《トッカータとフーガ》の編曲から始めて、タルティーニ、テレマンなどを並べたプログラムを聴き進めると、無伴奏ヴァイオリンの可能性に驚かされること必定です。

主の恵みにより2010年06月05日 12時25分06秒

オペラ専攻の学生たちの修士論文(研究報告)の指導をしています。今年は7人なのですが、なんとうち3人が、フランスのグランド・オペラをテーマとしました。マイヤベーア、オッフェンバック、マスネのオペラについて、彼らは研究しているのです。

先日話題にしたベルリオーズの《トロイアの人々》もこの系列ですが、今日はアレヴィの《ユダヤの女》を買ってきて、鑑賞しました。ウィーン国立歌劇場における2003年公演のライヴで、ニール・シコフが主演しています。

全5幕の壮大な構成、華麗な管弦楽、人海戦術のごとき合唱、といったグランド・オペラの特徴を典型的に備えた作品ですが、ストーリーが陰惨なのに驚きました。ユダヤ教徒がキリスト教徒から受ける迫害が主要テーマになっており、最後はユダヤ教徒の父娘が火刑にされてしまう。作曲者のアレヴィはユダヤ人ですから、きっと彼自身にとって、切実なテーマだったのでしょう。この救いのない内容で人気作となったことは、当時の社会背景を指し示しています。

《ユダヤの女》で唯一有名なのは、〈主の恵みにより〉というテノールのアリアですよね。私も、若い頃マリオ・デル・モナコのアリア集で親しんで以来、大好きな曲でした。これって、処刑を待つ牢獄で主人公が、やはり処刑を待つ娘を思いやって歌う歌なんですね。ニール・シコフの歌は、精魂込めた、感動的なものでした。内容のある歌い手です。

歴史への夢2010年05月24日 10時28分53秒

ベルリオーズの超大作と聞くだけで、腰が引けてしまう、ということはありませんか?私が、そうでした。今月の1位にした歌劇《トロイアの人々》(2003年、パリ・シャトレ座のライヴ)の場合、全5幕で、合計4時間。なんとなく、誇大妄想のイメージを感じてしまいます。

でも、そうではないのですね。ガーディナーの名演奏の貢献によるところが大きいと思いますが、明快で、焦点が決まっている。エキゾチックなバレエなど、サービス精神満点の見せ場が、いくつもある。娯楽としても楽しめる、華やかな作品なのです。いつもながら、合唱には感心させられます。

全5幕が2つに分かれていて、第1幕、第2幕は、トロイア落城の物語。第3幕から第5幕はカルタゴ女王ディドンの物語で、一見、継ぎ合わせのよう。しかし鑑賞すると、一貫した太い柱があることに気がつきます。作曲者であり台本作者でもあったベルリオーズは、トロイアを落ち延びた勇将エネ(アエネーイス)がディドンとの愛を乗り越え、ローマの建国を見据えてイタリアへ向かう流れを強調しているのです。

敗れたトロイアがじつはローマとして生まれ変わり、ギリシャに対抗する形で世界の覇権を得てゆくこと。西欧の文化の源流が、じつはトロイアに発していること。それをベルリオーズは一晩のうちに表現したくて、5幕もの大作を書いたのでしょう。背後に、歴史への壮大な夢があります。

このことを理解することによって、パーセルの《ディドとエネアス》を見る目が変わってきました。今度、私の好きなピノックの演奏で、「バロックの森」に取り上げます。

この1日2010年05月19日 23時21分21秒

今日は聖心女子大で、私が死ぬほど好きなモンテヴェルディの《聖母マリアの夕べの祈り》の、中でも一番好きな〈天よお聞きください〉を、雅歌のテキストとの関連をふまえて講義しました。聖心でマリア崇敬の音楽を講義するのは、とてもぴったり来るのです。廊下にはマリアの絵画が飾られていますし、ホールの名前も「マリアン」。学生さんも、なんとなくそっち向きの品格があるのですよね。モンテヴェルディの音楽にも、よく入ってきてくれていると感じます。

午後はNHKで、「バロックの森」を3本(!)収録。今日は6月21~23日放送分で、1日目がブルーンス特集、2日目が《ゴルトベルク変奏曲》、3日目がジェミニアーニ特集でした。《ゴルトベルク変奏曲》は渡邊順生→スコット・ロス→アンジェラ・ヒューイット→アンドラーシュ・シフ→マレイ・ペライアのリレーで聴いていただく形にしました。でもこうやってみると、ヒューイットが弱いですね。他の4つはすばらしいです。

夕刊に、今月のCD選掲載。私が選んだのは、ガーディナー指揮のベルリオーズ《トロイアの人々》のDVD、サヴァリッシュ指揮のシュトラウス《影のない女》のDVD(愛知県立劇場収録)、アルミンク指揮のフランツ・シュミット《7つの封印の書》のCDでした。ベルリオーズは、作品といい、演奏といい、すごいですよ。

今日もよく働きましたが、ものすごく疲れました。明日、大腸の検査なので、準備しています。

圧巻の《カルメン》2010年05月03日 23時06分45秒

「すざかバッハの会」のサブ企画として、オペラの鑑賞会があります。私が選んだ10曲を鑑賞しておられるのですが、今回はビゼーの《カルメン》。いつも通り、いい映像の推薦と「5つの聴きどころ」情報が依頼されてきました。

まず視聴したのが、オブラスツォワやドミンゴなど大型歌手の出ている、クライバー指揮、ウィーン国立歌劇場のもの。演出はゼッフィレッリです。顔ぶれからして、これが随一だろうと予測しました。

しかし、どうもしっくり来ない。常時「躁」状態、とでもいうような派手な演奏なのですが、あまりにもグランド・オペラ風になっていて、原作の味わいから遠ざかっているのではないか、と思われました。

そこで、ハイティンク指揮、グラインドボーン音楽祭1985年のものを買ってきました。そうしたらこれが、信じられないほどすばらしいのです。オビに「映画を見ているような演出」と書いてありますが、演出家のピーター・ホールがすべての要素を統制して、細部に至るまで作り込んでおり、作品の世界をほうふつとさせる、完成度の高い舞台となっている。兵士も、女工も、酒場女も盗賊も、すべてぴたりと決まっていて、いったいどのぐらいのリハーサルを繰り返したのだろうか、と思うほどです。

歌手も適切に人選されていますが、なんといっても主役のマリア・ユーイングのすばらしさは筆舌に尽くしがたい。女性の色気の、まさに究極の表現です。皆様、ぜひご覧ください。彼女を中心とした緊密なドラマに接するうちに、当初ずいぶん地味に思われたハイティンクの指揮も作品に貢献していることがわかってきました。やはりオペラの価値は、スターの数では決まりません。

ギエルミさん2010年03月25日 11時23分32秒

今日は外の仕事がなかったので、3日分がんばろうと思っていたのですが、1日分ぐらいでくたびれてしまいました。だめですね、翌日回しです。

今日やった仕事は、「バロックの森」の第2回担当分。一週間の選曲を固め、月曜日、火曜日の下書きをしました。月曜日がパッヘルベルの特集、火曜日がヨハン・ヨーゼフ・フックスの特集です。

水曜日に予定したのは、ロレンツォ・ギエルミがソロと指揮をとった、ヘンデルのオルガン協奏曲 op.4でした。ご本人からいただいていたCDを使うのですが、この演奏が、すばらしい。雄大、パワフルな演奏をするオルガニストは多くとも、清潔ですっきりした、古楽的なオルガンを弾く人は、ほかにそういません。こういうCDを紹介していくことも、「バロックの森」の大事な仕事かな、と思っています。

そういうタイミングでしたので、驚きました。ギエルミさんから、メールが入ったのです。《フーガの技法》を録音したので、CDを送る、住所を教えて、というメール。いやじつはいまヘンデルのコンチェルトを聴いていたんだ、と返したことは、いうまでもありません。こうしたお付き合いも、いずみホールのオルガン・シリーズがあればこそ。最高のオルガニストを送ってくださっているクリストフ・ヴォルフ先生には、足を向けて寝られません。昔は難解に思っていたオルガンが、本当に面白いと思える昨今です。

バロックの森その32010年03月11日 13時29分39秒

火曜日、「バロックの森」の3回目の収録をしました。4月2日(金)、3日(土)の放送分です。

4/2は今年の聖金曜日ですので、バッハの《マタイ受難曲》をぶつけました。普通の演奏、普通の抜粋ではつまりませんから、CDは、ジョン・バット指揮、ダニーデン・コンソート&プレイヤーズ(英)のものを使いました。これの売りは、リフキン方式であることと、1742年頃とされるバッハ最後の上演を復元していることです(第2グループの通奏低音にチェンバロを使っているとか、ガンバを第2グループにも含めているとか、まあ部分的な違いです)。第一級の演奏とまではいきませんが、面白いと思います。

《マタイ受難曲》では2つのグループの応答する楽曲に重要なメッセージが込められている、というのが私の作品理解ですが、今回の抜粋では、対話曲ばかり集めてみました。一度やってみたかったことです。1つのパースペクティヴには、なるかと思います。

4/3は復活祭を先取りしました。教会暦の原則からするととんでもないことでしょうが、日曜日は放送がありませんので、フライングさせてもらいました。曲は、ビーバーの《ロザリオのソナタ》の第11番と、シュッツの《復活祭オラトリオ》です。

ビーバーはトラジコメディアとマンゼのどちらにしようか考え、トラジコメディアを選択しました。こちらの方が、通奏低音が多彩に編成されているのです。それと、オルガニストのモロニーの解説が面白く、それを紹介しました。モロニーによれば、第1楽章の〈ソナタ〉は日曜日の朝の美しい日の出であり、第3楽章のアダージョは、イエスがマグダラのマリアに出現する、神秘的な場面であるというのです(第2楽章は古い聖歌〈キリストは今日よみがえった〉によるもので、これは楽譜に明記されています)。ひとつの読み方ですが、演奏者自身によるものなので、紹介する価値があると考えました。

シュッツは、フレーミヒ、ベルニウス、ヤーコプスを比較して、ヤーコプスに決めました。

というふうに楽しくやっていますが、なかなか時間がかかります。雨模様のNHKを出て大学に行くと、雪に変わっていて驚きました。

JJ(イエスよ、助けたまえ)2010年03月01日 23時00分05秒

今日は、3つの会議のあと、『魂のエヴァンゲリスト』の初校を編集者に渡しました。4月10日の出版を目標にしているようです。夜は、明日収録の「バロックの森」原稿書き。私、本当に最近よく働きます。

今日、《偽の女庭師》の新聞批評が出ました。そういえば、もう3月に入りましたね。2月のCD/DVD選のことを書いていませんでした。2月は、談話室でご紹介した《ロ短調ミサ曲》(ネルソン指揮)と《メサイア》(クレオベリー指揮)のDVDを1位、2位とし、3位にフォン・オッターとウィリアム・クリスティの共演による「愛する人の影~フレンチ・バロック・アリア集」を選びました。ちょっと偏りましたが、それによって取れるバランスもあると思い、このようにさせていただきました。

この3月も予定目白押しですが、弟子たちのコンサートが中旬に並んでいるのが楽しみです。またご案内します。

追加の話題。『エヴァンゲリスト』の図版をいくつか入れ替えるのですが、いい発見をしました。バッハはしばしば楽譜の冒頭に「JJ」(=Jesu juva、イエスよ助けたまえ)、終わりに「SDG」(=Soli Deo Gloria、神にのみ栄光あれ)と記入します。この記入はルター派の教会音楽に限らない、と本文で記述しているのに、図版には《マタイ受難曲》のそれを使っていました。しかし大学の所蔵するファクシミリを調べ、世俗カンタータ《心地よきヴィーデラウよ》BWV30a冒頭に、「JJ」を発見。これと、《平均律第1巻》の「SDG」を使うことにした次第です。バッハがジャンルを問わず、同じ気持ちで五線紙に向かっていたことがわかります。