悪用する動物 ― 2008年11月17日 23時51分51秒
たくさんの貴重な書き込み、ありがとうございます。なるほと、司令塔をつぶして迷惑メール激減ですか。皆さんも、迷惑メールから解放されて快適でいらっしゃることでしょう。最近は、ネットの問題が、ニュースでもひんぱんに採り上げられますね。種を売っているとか、人を轢いたら逃げた方が得だと書いてあるとか。本当に人間は、悪用する動物です。
美学の入門書というと、佐々木健一さんの『美学への招待』(中公新書)、今道友信先生の『美について』(講談社現代新書)を挙げてきました。ところが最近、超入門書というべき本が出版されました。『爆笑問題のニッポンの教養』というシリーズに、佐々木健一さんの『人類の希望は美美美』という本が加わったのです。
インタビュー形式の本文にコラムを配したような形で書かれていますが、軽い外見の中に、深い内容が含まれています。「人間にとって『美』とは何でしょうか。私は、人間の精神には限界があるのだと教えてくれる現象が、美しさではないかと考えています」と始まる講義の格調の高さは、さすがに佐々木さん。この命題に、私はまったく同感です。
しかし、それなら美を生活の、また社会の原理として確立すればよいかというと、それもまたむずかしい問題ですよね。先日話題にしたトロイア戦争が物語るのは、美がいかに人間に災いをもたらすかということです。美もまた、悪用できるというか、人間の対し方ひとつで、災いの源泉になる。明日の音楽美学概論では、そのあたりの関係について考えてみようと思います。
今さらですが・・今月のイベント ― 2008年11月19日 22時47分28秒
書きそびれていました。大きなことのない月だったためでしょう。朝日カルチャー新宿の「新・魂のエヴァンゲリスト」(1日)、芸術祭の《冬の旅》(2日、既報)、楽しいクラシックの会の「バロック音楽百花繚乱」(15日)、いずれも終了しています。
あとイベントと呼べるのは、22日(土)13:00の朝日カルチャー横浜(「バッハの協奏曲とカンタータ」)ぐらいですね。コンサートにはいくつか行きますが、29日(土)のいずみホール16:00は、いいコンサートの続いたベートーヴェン弦楽四重奏曲シリーズのトリとして、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団が登場しますのでご期待ください。曲目は、第6番、《大フーガ》、第13番という、「変ロ長調つながり」です。
その前の木曜日にはヴィンシャーマン指揮の大阪フィルでバッハのコンサートがあり、解説を提供しました。前半が《音楽の捧げもの》、後半が《フーガの技法》という盛りだくさんなプログラム。もちろん、彼自身のオーケストラ編曲版です。《フーガの技法》は、バッハの絶筆のところまで演奏したあと、最後に第1コントラプンクトゥスを反復して締めとするそうです。
明日は日生劇場のヤナーチェク、あさっては加納悦子さんのリサイタルを聴きに行きます。
挑戦の価値 ― 2008年11月20日 23時40分57秒
久しぶりの日生劇場で、開場45周年記念公演《マクロプロス家の事》(ヤナーチェク)を見てきました。今日が初日で、ダブル・キャストの3回公演。ということは、チェコ語のこのむずかしい作品を、22日出演の人は1回だけのために覚えるわけですね。20日の人でも、2回。もったいないなあと思いますが、人生と同じで、1度かぎりだからこそ、貴重なのかもしれません。でもこういう作品に挑戦することには、計り知れない価値があります。賛美を惜しみません。
初めて見る作品で、解説を読んでも、筋がまったく頭に入らない(←超複雑)。幕が上がってからもさっぱりわからず、もう少し整理して作れるんじゃないか、などと閉口していたのが、前半でした。もちろん一貫して、細胞のブロックを延々と繰り返すヤナーチェク様式で綴られています。
しかし後半になり、演奏にノリが出てくると、のめり込むように見てしまいました。338歳の女性主人公が死を迎える最後のモノローグなど、〈ブリュンヒルデの自己犠牲〉さながらの迫力。持ち前の知性に貫禄を加えた小山由美さん、すばらしい舞台でした。
日の出の勢い ― 2008年11月22日 23時27分28秒
21日の金曜日は横浜のみなとみらいホール(小)まで足を伸ばし、加納悦子さんのリサイタルを聴きました(ピアノ・長尾洋史さん)。このところ頂点をきわめるかのような勢いで上昇中の加納さんですが、リサイタルでもの勢いはそのまま出て、ちょっと例を見ないほど中身の濃い、充実したリサイタルになりました。
まず選曲がすごい。ウェーベルンの《ゲオルゲの詩による5つの歌曲》 op.4から始めて、シューベルトの4つの歌曲、ヒンデミット初期の2つの歌曲。後半はスコット『湖の麗人』によるシューベルトの《エレンの歌》3曲と、ゲーテ『西東詩集-不満の書』による、シュトラウスの3つの歌曲。高い文学性をもった詩に付された深い内容の曲がずらりと並べられ、それだけで圧倒されてしまいます。こういうプログラムを見ると、選曲だけでレベルがわかるというのは本当だ、と思わざるを得ません。若い方々、心にとめておいてください。
こうした曲を輝きのある線のはっきりした声で、簡潔に歌うのが加納さんです(長尾さんのピアノがその意味でぴったり)。雰囲気作りのような遠回りをせず、核心に直接切り込んで密度高く歌うスタイルのため、聴く側もうかうかできません。私も、対訳を見ながら集中しました。言い換えれば、聴衆にも多くの要求を課したコンサートであった、ということです。これだけの芸術を、私を含めて聴く側が、もっともっと理解し、応援してあげなければいけません。ドイツ・リートの啓蒙に、私なりに励みたいと思いました。
今日も横浜へ。朝日カルチャーの後中華街で食事をし、マッサージのあと、県民ホールで「アート・コンプレックス2008」という諸芸術の実験的コラボレーションのコンサートを聴きました。こちらの方は、いろいろなことをやり始めている若い人たちがいるんだなあ、という程度の感想です。
譜例 ― 2008年11月24日 22時36分29秒
東京は、ひどい雨でしたね。今日私は、2つの面談をこなしてからボストリッジのコンサートに行く、という予定を組んでいました。最初の面談に合わせて支度をし、出がけに(4時)チケットを見たら、なんと5時からではありませんか。
そうか、休日ね。7時だとばかり思い、5時と6時に面談を入れてしまっていました。もうコンサートには間に合わない時間でしたので、ボストリッジはあきらめ。きっとすばらしかったことでしょう。彼は、楽譜をじつに正確に、深く読む人です。
その楽譜なのですが、皆さんは、音楽書にはどの程度譜例があっていいと思いますか。昔よく言われたのは、楽譜を入れると本が売れないから、楽譜はなるべく使わないで欲しい、ということでした。斯界の通説、と受け止めています。私がそれでも結構使ってきたのは、専門性の上でどうしても必要な場合が多かったからです。
楽譜を読める人にとっては、言葉であれこれ説明するより、譜例を出せば一目瞭然、ということが多い。この文章をお読みの方も、多くはそういう方ではないでしょうか。一定の予備知識を必要とする本を書く場合には、むしろ譜例をたくさん入れた方が読みやすく、面白いと思うのですがいかがでしょう。あるいは、それはまだ時期尚早で、そうすると多くの読者を置いていってしまうことになるのでしょうか。このあたりが見極められれば、これからの音楽出版が変わってくるように思います。
陶酔のひととき ― 2008年11月26日 23時26分12秒
譜例に関するご意見、ありがとうございました。音楽書における譜例というのは、理系の本における数式のようなものかも知れませんね。われわれが数学や天文学の本を読みたいと思っても、数式がたくさん使ってあったら、きっと買うのをやめてしまうでしょう。ただ数式と違うのは、楽譜には図形としての美しさを眺める楽しみがある、ということです。バッハの楽譜に、とくにこのことは当てはまります。
今日は、1年ぶりに胃カメラをやりました。そのことをメールで知人に書いたところ、「がんばってください」という返信。あのね、今は胃カメラ、がんばらなくても大丈夫なの。それは、希望すれば軽い麻酔を使ってもらえるからです。私は過去に50回ぐらいは胃カメラを飲んでいると思いますが、どうしても苦手を克服できなかったので、これは本当にありがたい。歯医者が痛くなくなったのと並ぶ、現代医学のありがたみだと感じます。
軽い麻酔なので、異物が入ってくる緊張感がまったくゼロになったわけではありません。しかし十分に対応できるし、終わった後の気持ちがいい。麻酔が抜けるまで30分ほど休ませてくれるのですが、それが天国的な気持ちのよさで、この時間が終わらなければいいなあ、と思うほどなのです。おかげで最近は、胃カメラが楽しみになってきました。陶酔のひとときです(笑)。
万雷の拍手 ― 2008年11月29日 23時35分34秒
昨夜はつくば泊まり。今日は大阪に行って、いま戻ってきました。「ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会」全8回の最終回が、今日だったのです。出演は、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団。第6番、《大フーガ》、第13番の変ロ長調作品3つが採り上げられたのですが、落ち着いた響きによる格調高い演奏で、内容本位。とりわけ第13番( op.130)の曲の良さが際立ちました。
自分の関係するホールがお客様の「万雷の拍手」で埋め尽くされるのは、うれしいものです。決して派手な演奏ではないのに、そして全8回のうちでもとりわけ地味な選曲なのに、お客様の受け止め方には最初から熱気があり、文字通り量より質の磨き抜かれたアンサンブルに、惜しみない賞賛を送られています。最近の大阪の室内楽理解は、すごいですよ。
もちろんそのことは演奏者にも伝わっており、4人は高揚した面持ちで、初期の作品から3つの楽章をアンコールしました。挨拶に伺うと、ドイツ風の率直さで、「今日のお客様はすばらしいですねえ」と。その前に足裏のマッサージを受けていたこともあり、軽い足取りで帰ってきました。弦楽四重奏、本当にいいですね。
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