ドイツ旅行記(9)--ヴァイセンフェルス2012年06月25日 23時45分55秒

意外に実りのあった、ナウムブルク訪問。ここから北へ少し行ったところに、ヴァイセンフェルスがあります。3つの理由から、ここは欠かせません。1つは、バッハが当地の「宮廷楽長」の肩書をもち、それを使っていたこと。もう1つは、夫人アンナ・マクダレーナの出身地であること。もう1つは、《狩のカンタータ》の初演地であることです。音楽好きの領主(クリスティアン公爵)が館を構え、すぐれたトランペット奏者(ライヒェなど)を生み出していたのが、このヴァイセンフェルスでした。

Weissenfelsは、現地では「ヴァイセンフェルツ」と発音します。alsを「アルツ」、einsを「アインツ」と発音するのと同様の、理にかなった発音です。まあしかし、そのまま記述するのは勇気が要りますね。ついでですが、「オーストリア」の国名であるÖsterreichは、「エーステライヒ」が正しい発音です。かなりドイツ語のできる人でも「エスターライヒ」と言っていますので注意しましょう。礼儀にかかわります。

ナウムブルクの中央広場からタクシーで、城館(新アウグストゥスブルク)まで飛ばしました。今は改装中ですが(半分だけ磨かれている)、博物館は開いていて、バロック時代の栄華を偲ばせます。調査中と聞いていたバッハ時代の祝賀詩印刷本の展示も行われていました。


エアフルトの待ち合わせがあったのであまり時間をかけられず、下りの道を中央広場へ。振り返ると城館が立派で、お昼の鐘が鳴り渡っていました。狩のカンタータゆかりのイェーガーハウス(ホテルになっている)は、タクシーから見るだけに終わりました。ちなみに《狩のカンタータ》は、私の『カンタータの森を歩む』の第3巻に含めようと原稿を完成させながら、最終的に割愛したものです。いつか続編が出せれば、陽の目を見せたいと思います。


エアフルトで知人と会食し、身体の空いた夕方。ザンガーハウゼン(バッハが最初の就職をしそこなったところ)に行こうかと思いましたが、雨になり、断念。さすがに疲れて来ていたので、息抜きをしたくなりました。どのみち14日はミュンヘンに行きます。心に、「フランクフルトまで行って、日本食を食べたらいかが」と囁く声あり。旧西独の賑わいがなつかしく、フランクフルトに行って、駅前に宿を取りました。日本食に飛び込んだところ、そこは鉄板焼きのお店。結局、肉を食べるはめになりました(泣)。