実例:〈グローリア〉冒頭曲2013年04月04日 23時42分37秒

〈グローリア〉の最初の曲を例にとってみましょう。第4曲〈グローリア〉、第5曲〈エト・イン・テッラー・パークス〉は、通して演奏され、実際には一体をなしています。《ロ短調ミサ曲》前半部における名曲のひとつです。

〈グローリア〉は、ニ長調、3/8拍子で展開される神の栄光の讃美。トランペットが輝かしく鳴り渡ります。しかしト長調、4/4拍子の部分に入ると音楽は突然静まり、「ため息」のモチーフとともに、地上にうごめく人の姿が見えてくる。そこからやがてフーガが起こり、盛り上がるうちにトランペット群が回帰して、曲はクライマックスを迎えます。

以上は、よくある解説。資料や分析に関する情報はまだたくさん盛り込めますが、その記述はいずれにしろ、客観的な観察の成果になります。研究の役割はそこまで、という考えもありうるでしょう。

しかし私は、曲がなぜそうなっているのか、作曲者はどんなメッセージをそこに託したのかを考察するのも研究の範囲で、それには曲の内側に入っていかなくてはならない、という考え方です。すなわち、分析の先にある解釈の段階に、研究者は踏み込みべきだと思うのです。解釈に必要な客観的な知識を、研究者はアドバンテージとしてもっているはずだからです。

〈グローリア〉冒頭曲でまず押さえるべきことは、そのテキストが先行する3曲のような典礼文としての祈りではなく、聖書の引用であることです。出典は、ルカ福音書第2章のクリスマスの場面。野宿している羊飼いに天使があらわれ、救い主の降誕を告げる。すると天の大軍がこれに加わって、神を讃美した。その言葉が典礼テキストとなり、ここで合唱されます。それは、「いと高きところには栄光神にあれ、そして地には平和、善き志の人々にあれ」(ラテン語からの試訳)というものです。

バッハは前半と後半を時間差で対比的に作曲していますが、メッセージ自体は、1つのものです。絵を見てみましょう。「天使の顕現」を描いた絵として、フリンク(オランダ)の《キリストの誕生を羊飼いに告げる天使たち》(1639年、ルーヴル)という作品を、ネットで検索できます。地上界への聖の顕現が、光と影の効果によって、1枚の絵の中に描き込まれた絵です。

天と地をひとつの空間の中にとらえるのはバロック絵画お得意のモチーフで、エル・グレコの《オルガス伯の埋葬》(プレ・バロックですが)では、下半分に現世で逝去した伯と遺骸を囲む人々が、上半分に来世でキリストと聖母にまみえる伯の姿が、上昇する運動感をもって描き出されています。こうした異次元の共存する空間という時代好みの発想を頭に入れて、バッハの音楽を見ることにします。(続く。長くなって恐縮です。)