歳、増える2013年05月01日 11時21分10秒

5月ですね。4月30日が誕生日なので、ここでいつも、歳が増えます。

定年後、誕生日が2回来ました。去年と今年は、だいぶ様子が違います。さあ何をしようかという自由さないし迷いのあった去年に対し、今年は、過密スケジュールを懸命にこなす中で迎えたからです。

定年後「かえって忙しくなった」とおっしゃる先輩は何人もおられました。高峰秀子さんの後期のエッセイにも、まさにそのような記述がありました。現役のピークに比べたらおそらくそんなはずはなく、一種の錯覚に基づく実感のようなものだろうと思うのですが、いま自分にその感覚があることは確かです。

忙しくなっている最大の要因は、人様の前で(放送を含む)定期的にお話しする機会がまだたくさんあって、その1つ1つに時間をかけてしまうことです。定年後はそれまでの蓄積を生かしてゆっくりペースで、などと思い描いていたこともありますが、それはきわめて甘い考えであったことがわかりました。自分の蓄積など、日々更新していかなければ何ほどでもない、ということがよくわかったからです。そこで毎回調べ直し考え直し、プレゼンテーションに凝るなどして準備していますが、日々の時間は、それでほとんど過ぎていってしまいます。

思えば、歳を取ってからの人間に、明日があるとはかぎらないわけなので、日々をそうして過ごすことは理に適っているのかもしれません。しかしそうすると、まとまった仕事を残す時間がなく、そのために時間をとろうとすると、1つ1つの仕事に万全を期すことはできなくなる。それがまあ、最近つねに感じるジレンマではあります。ともあれ、67歳の私も、変わらずよろしくお願いします。

5月のイベント2013年05月02日 23時29分07秒

恒例、今月のイベントのご案内です。

すでに過ぎたものがひとつ。朝日カルチャーセンター新宿校の《マタイ受難曲》講座です。1日には「ペテロの否認」について詳しくお話ししましたが、次は15日、その次が29日の水曜日、13:00-15:00。ユダの自殺、ピラトの前でのイエスの裁判に話が進んでゆきます。皆さん、とても集中してくださっています。

5日(日)は、まつもとバッハの会の連続講座「バッハの仕事場を覗く」。今回のテーマは「古楽器の嵐」と題して、ピリオド楽器のもつ意味について、さまざまな実例から考察します。トラヴェルソは塩嶋達美さん、ヴィオラ・ダ・ガンバは品川聖さんに、楽器を持ち込んでのレクチャーをお願いしています。14:00から、松本深志高校教育会館です。

7日(火)は、朝日カルチャーセンター新宿校のワーグナー/タンホイザー講座。第2幕、歌合戦の場面の、考察と鑑賞です。21日(火)が、もっともすばらしい第3幕になります。13:00-15:00。

11日(土)13:00からは、朝日カルチャー横浜校の「超入門」講座。ヴィヴァルディの《四季》を教材に、《四季》が人気があるのはなぜなのか、わかりやすい音楽のコツとは何なのかを、ピアニカを吹きながらご説明します(汗)。

18日(土)10:00-12:00は、立川楽しいクラシックの会のワーグナー講座。《ラインの黄金》その2で、第2場以降を取り扱います。久々の《リング》への取り組みを楽しんでいます。

19日(日)が、自分的には今月最大のイベントです。伝統ある日本音楽理論研究会例会で、「ワーグナーにおけるドミナントの拡大」と題する講演をするのです。詳細についてはあらためてご案内しますが、作曲や音楽理論の専門家が集まる場所でこのような内容についてお話しすることは冒険そのもので、なんとか意義あるものしたいと、あれこれ考えているところです。場所は国立駅南口下車の国立音楽大学AIスタジオ、時間は13:30-17:40。ホームページをご覧ください。

25日は、朝日カルチャーセンター横浜校の「エヴァンゲリスト」講座(13:00-15:00)。最終章「数学的秩序の探究」から、今回は《デュエット》とリュート作品を採り上げます。

全部で10の講座・講演があることがわかりました。満足していただけるよう、がんばります。

Windows8対策2013年05月03日 23時33分48秒

皆さん、Windows8はいかがですか。私はこのところ、インターフェースにイライラが募っていました。いろいろな改良や合理化はあるのだろうけれど、やはり普段お付き合いするのは、インターフェース。評価の意識が、どうしてもそこに行ってしまいます。

ちょうど『日経パソコン』に、「8」に関する満足・不満足の特集記事が出ていました。それを読み、私の感じる不満は、世の多くの方と共通であることが判明。ひとつは、自分にとって役に立たないスタート画面がどうしても先に立ち上がり、そこからデスクトップに入って行かざるを得ないこと。シャットダウンのために「設定」画面を呼び出さなくてはならないのも、面倒です。

それ以上に困っていたのが、jpgファイルをダブル・クリックすると、ストアアプリに属する「Fresh paint」というアプリが、スタート画面から立ち上がってしまうこと。これをキャンセルするのが面倒です。加うるに、たまには使いたい「ペイント」が、Windows7と異なり、どこにあるかわからない。このような、私が「なんとかならんか」と思っていたことを、多くの方が同様に感じておられたことが判明しました。

ありがたいことに、そのための指南が記事化されていました。それを頼りに、「コントロール・パネル」から「プログラム」に入り、jpgをいつも閲覧や切り出しに使っている”IrfanView”と関連づけることに成功。「ペイント」も探し出して、タスクバーに常駐させました。

なぜ「ペイント」が必要だったか。それは、楽譜などpdfファイルをダウンロードする機会が増え、特定のページをPrtScnで、ひんぱんに保存するようになったからなのです。PrtScnでクリップボードに取り込んだ画像をjpgで保存するためには、ペイント経由しなくてはならない(だから面倒だ)と思っていました。

ところが、Windows8では簡単な方法があるというのですね。WindowsキーとPrtScnキーを同時に押せば、「ピクチャ」フォルダの下に、すぐにjpgファイルが作成されるというのです。やってみたら、まことに便利。部分的な譜例の作成が、格段に楽になりました。不自由しておられる方、お試しください。

天才論2013年05月05日 08時44分41秒

車中よく読むもののひとつが、将棋の本。最近面白かったのは、加藤一二三九段による『羽生善治論~「天才」とは何か』(角川oneテーマ21)です。

オビに「天才が天才を語る」とあるのは、加藤九段が十代の頃、「神武以来の天才」と言われていたから。天真爛漫、将棋のことになると脇目もふらず、という感じでファンが多い棋士ですが、羽生さんへの分析が多角的で鋭いのには感心しました。他の同業者に対しても好悪の隔てなく温かい論評をされていて、なかなかできることではないと思います。

そもそも天才論は、美学のテーマのひとつ。作曲と将棋は頭の使い方において似たところがありますので、音楽における才能を考える上でも参考になります。いろいろな切り口のひとつに「好戦的」というのが挙げられていたのには、意表を突かれました。羽生さんの将棋は駒のやりとりが多く、チャンスがあればすかさず打って出てくる、というのです。なるほどねえ。

私も羽生さん好きですが、二大タイトル(竜王戦、名人戦)に分の悪い強者がいるので、これからが心配です。目下進行中の名人戦でも、森内名人に第1局、第2局と横綱相撲を取られ、なすすべなし、という感じなのです。連休明けの9日、10日が第3局です。

最後は確率か2013年05月08日 07時32分37秒

好天が続いていますね。5日(日)、松本へ出かけた日も、年に数えるほどしかないような、極上の天気でした。

野は新緑、花が咲き乱れているばかりではありません。アルプスが新雪をまとって、輝いている。笹子トンネルを抜けたところで左側の車窓に広がる南アルプスが真っ白なのに驚き、甲府から茅野にかけて至近距離で見られる鳳凰三山、甲斐駒ヶ岳の偉容に見とれました。松本に着いても、雪の北アルプスがすべて姿をあらわしていて、壮観なのです。

観光客であふれる縄手通りで食べたカレーが大当たり。このあたりから、心配になってきました。そもそも就寝時に朗報があり、車中読んだ新聞に嬉しい記事があるなど、この日はいいことが続きすぎていました。これだと、講演がうまくいかないとか、機械が故障するとか、演壇から転げ落ちるとか、必ず何かあるのですね。

ところがこの日は何もなく順調で、夜はワインに舌鼓。同席した旧友に「ツキ過ぎ」の不安を洩らしたところ、彼がのたまうには、「ツイている時には嵩にかかっていくべきだ」と。ツイている時ほど悲観的になる私とは逆の人生観です。

それもありかな、という気持ちも、じつはちょっと動きました。なぜなら、勝負師と呼ばれる人たちはみなツキを上手に使い、確率を度外視して成功を引き寄せるからです。よろず確率重視の私は、麻雀で小心翼々とピンフばかり作っては、勝負師派の人たちに圧倒されていました。

そう思っていたら、いましたね、確率重視の人が。連敗中の広島、野村監督です。無死一・二塁で、打ちまくっている四番の広瀬にバント(失敗)。昨日も似たようなシチュエーションで、堂林にバント(失敗)。かといってすべてを確率重視で徹底しているかというとそうではなく、押せ押せのところで、とたんに確率重視になる。応援ブログで歯ぎしりしている人たちの気持ちがわかります。なんとカープ、横浜DeNAに連敗(計五連敗)。どうやら、中日と最下位争いになりそうです。

現代医学2013年05月09日 08時40分43秒

寿命が延び、歳を取ってもそれなりに元気でいられる(実年齢は昔の7掛け、という説もありますね!)のは、つまるところ、現代医学のおかげ。私は以前何度か大病をしましたが、入院、手術などで克服することができ、人一倍、ありがたみを感じています。ガンもある程度までは、治る病気になってきました。

昔は、ガンは不治の病であり、最後は壮絶死、というイメージが固定していました。それが変わってきたのは、なにより医学の進歩、とりわけ早期発見、早期治療の前進だと理解しています。ちなみに、私の親族にはガン死が多く、私も一度、「早期発見」の経験があります。

ところが最近、検診は受けるな、早期治療は無意味、ガン治療は商売、ということを主張する人があり、週刊誌その他で、さかんにもてはやされていますね。その流れで、病気の治療はしない方が安らかに死ねるという、極論とも思える勧めを述べる本も出てきました。本当でしょうか。

私は、早期発見・早期治療という医療界あげての実践が無意味だとはまったく思いません。それをやめれば、以前のような状態に戻ることになると思う。しかし医学の専門的なことはわかりませんから、「思う」だけです。医学の方々には、この問題をもう少し世間に向けて、わかりやすく論争していただくことはできないものでしょうか。そうすれば、安心して治療を受けられる人も多いと思うのですが。

オルガンを知る美麗なプレゼン2013年05月11日 09時27分16秒

いずみホールに公式ホームページができたのはいつだったでしょうか。早く作るべきだと力説した記憶がかすかにありますが、現在はコンテンツが充実し、オンラインでチケットも購入できる、スグレモノになっています。

その公式ホームページに、「ヨーロッパにおけるオルガンのルーツ」という、すばらしいコンテンツがアップされました。オルガンの歴史が言語、宗教、風土などの文化とからめて論じられ、いずみホールのオルガンにも、成立経緯を含めて言及されています。美麗な絵や写真が満載されている目にも楽しい読み物ですので、興味のある方はぜひご覧ください。

この読み物、じつは、3月21日に小糸恵さん、佐治晴夫さんを交えたシンポジウムで、アルザスのオルガン・ビルダー、イヴ・ケーニヒさんが行った講演の日本語版です。ケーニヒさんが精魂込めて準備された講演だったのですが、専門的な内容のゆえに当日適切に通訳されず、後日WEBに掲載しますと、お詫びかたがた、お客様にお約束したのでした。元同僚でアルザスに留学経験のある友利修さんが、しっかりした翻訳を作ってくれました。こちらからどうぞ。http://www.izumihall.co.jp/pdf/20130321organmn.pdf

当日はケーニヒさんにもお客様にも申し訳ないと動転してしまった私ですが、こうして公開にこぎ着けてみると、ずっと多くの方に読んでいただけ、ホールの楽器紹介にもなりますので、ほっとしています。

ケーニヒさんには、氏が修復にかかわったフランス/ヴェズリーズのキュッティンガー・オルガンをジョアン・ヴェクソが演奏しているCD(AOV 002)をいただいていました。マルシャン、クレランボー、グリニー、クープラン、ギラン、セジャンにバッハを加えた選曲です。すばらしいCDで、響きの柔らかさ、高貴さにうっとりしてしまいました。様式に精通した名手の手にかかると、フランス・バロックのオルガン音楽は本当に美しいですね。いつか、こうした作品でコンサートをやりたいものです。

生活習慣2013年05月13日 07時20分10秒

長いこと「超夜型」を標榜していた私ですが、少しずつ兆していた朝型への転換が、ここへ来てはっきりしました。かなり寝たな、と思っても、まだ早朝です。

歳を取るとそうなる、というのはもちろん知っていました。そしてそれを、もっと寝たいのに目が覚めてしまう悲哀、のようにとらえていました。しかしいざそうなってみると、けっして悪いことではないですね。むしろ、ありがたい。元気のあるうちに、ゆっくり時間があるからです。これは、人生の残りが少なくなった人間への恵みとしてある現象のようにも思えてきました。

もちろん時間はすべて仕事に注ぎ込んでおり、人生でも今いちばん仕事本位かなあ、などと自己満足する毎日です。しかし私のような職業では、机に向かって集中する時間が長いほど、運動不足になり、体重も増加します。生活習慣というやつですね。

生活習慣を改善しようという声は世の中にみちみちていますが、これぐらいむずかしいことはない、と実感しています。なぜなら、生活習慣はその人にとって心地よく、また自然な状況であるからです。できればこのままで過ごしたい。しかしここをなんとかしなければ明日がない--と思いつつ、仕事に励んでいます。

大阪人情2013年05月16日 12時10分30秒

「人情」という言葉は、やっぱり、東京より大阪にふさわしいですね。この言葉が頭に浮かんだのは、昨夜(15日)のいずみホール。解散する東京クヮルテットの、お別れ公演のさなかでした。

この日は最初から一種特別な感慨が共有され、客席に、熱さと集中力がありました。演奏者にもこのことははっきりと伝わっていて、演奏を通じて、客席にフィードバックされた。拍手はいつにも増して長く熱く、室内楽のコンサートには珍しい、スタンディング・オーベーションが起こりました。

いずみホールの聴衆が温かいとアーティストによく言っていただくのですが、私の見るところ、人間的な情愛を込めて演奏を聴かれる方が多いようです。だから、東京クヮルテットありがとう、最後、気持ちをいれて聴きますよ、という雰囲気になる。いずれにせよ、室内楽大好きというお客様がこうして集まり、ホールの空間で貴重なひとときを過ごされているさまに立ち会い、幸福に感じました。

演奏のクォリティについては言うまでもありませんが、この夜のコンサートの爽快さは、そのまま弦楽四重奏の本質に通じるものだったと思います。すなわち4人の音楽家が対等の立場で参画し、譲り合い立て合って連携を取りながら、ともどもハーモニーを作り上げていく。その姿勢が、爽快なのです。室内楽の時代がまた来ているのかもしれない、と思います。

ゼミに学ぶ2013年05月18日 23時24分36秒

毎週木曜日の、芸大ゼミ。ゴールデンウィークの恩恵にまったく浴しませんでしたので、もう6回終了しました。3回講義形式で基礎固めをし、4回目から、学生の発表に入っています。あ、テーマは《ヨハネ受難曲》です。

このゼミが、とてもいいのです。欠席者がほとんどいないし、皆、真剣そのもの。私もコアな専門部分ですから惜しみなく指導でき、それが染み通っていくように実感しています。冒頭合唱曲が、《マタイ》との比較を入れたせいもあって手間取り、同じ発表者ペアが3回継続する形になりました。しかし毎週内容が更新され、たどたどしかったのが、目に見えて向上してくる。若さの特権ですね。

一番楽しいのは、気がつかなかったような視点を、学生に教えられることです。一例を挙げてみましょう。

《マタイ受難曲》の冒頭合唱曲を、学生が、「コラール・ファンタジー」だと説明しました。何かの文献に基づいてです。私は「二重合唱の応答の中にコラールが引用される」と説明していたので、えっと思いましたが、言われてみると、確かにそうかもしれない。そう見ることによって、いくつかのことが説明できるのです。

「コラール・ファンタジー」はオルガン曲の形式ですから、バッハは最初にオルガン曲の感覚で、形式を構想したことになる。すなわち、〈おお神の小羊よ、罪なくして〉というコラールを最初に構想し、それを行ごとに提示して、合唱曲にまとめようとした。ありうることです。そうすると二重合唱を、主役というより、コラールを導き出す前模倣に当たるものと見なすことになります。まさに、地と図の転換です。

だとすれば、バッハはその構想を伝えて、ピカンダーに冒頭合唱曲を作詞させたのかもしれない。《マタイ》の冒頭合唱曲が「ゴルゴタの道行き」というあとあとの場面を提示する異例の内容になっているのは、コラールを生かすための、ピカンダーの工夫とも考えられます。

こうした発想を裏付けるのは、ホ短調の合唱曲がホ長調で終わる、「ピカルディ終止」が採用されていることです。《ヨハネ》の冒頭合唱曲は、ト短調で始まり、ト短調で終わる。それは、ダ・カーポ形式だからです。しかしバール形式に基づいて節を連ねてゆくコラールの場合は、短調なら、長調で終止するのが伝統。《マタイ》冒頭合唱曲の長調終止は、コラールが楽曲の基礎に置かれているからだと考えれば、つじつまが、ぴたりと合います(そこに復活のイメージが重ね合わされている、という解釈は、いぜん有効だと思いますが)。

こんな経験ができるのも、ゼミという形式ならでは。これからの発展が楽しみです。