研究と自分の関心2009年07月07日 23時52分22秒

研究はその人をあらわす、と言われることがあります。まったくその通りだと思います。自分の関心がある部分には手厚い考察が可能ですが、そうでない部分に関しては、掘り下げることもままなりません。誰もがそうである結果、さまざまに異なる研究が生まれてきます。同様な理由により、オールマイティな研究というものもないわけです。

たとえば、制度。制度が重要だと考える人は、日頃制度の改善や改革、規則の整備といったことに力を注ぎます。そうした志向の人は、研究においても制度に注目し、たとえば歴史上の制度について、こと細かな調査を行うわけです。もちろん、社会の種々のしくみを解明することが歴史研究の重要事であることは間違いありません。

私は、こうしたところがだめなのです。制度は制度、制度を変えたって人間のやることは変わらない、という気持ちがあるものですから、制度の改革には日頃熱が入らないし、歴史研究にさいしても、制度やシステムの問題を掘り下げようという気持ちに、どうしてもなりません。バッハの場合であれば、領邦の統治制度や財政システム、教会法や礼拝の規定、雇用の制度など、いろいろ考えられますよね。私に制度への情熱があれば、そうしたことを調べ、そこから学び、という風になるのだと思います。

仕方がありませんので、そういうことは関心のある方におまかせし、私は自分の関心に従って、音楽と向かい合っていくつもりです。若い方も、自分の関心を伸ばす方向で研究に取り組むことによって、結局は自分を生かす道を見つけられるのではないかと思いますが、いかがでしょう。

コメント

_ はかせ ― 2009年07月08日 08時12分18秒

先生の近著「カンタータの森を歩む3」では、バッハの時代のドイツの統治制度が詳しく書かれていて、とても理解が進みますした。先生は、あの部分は本来あまり熱が入らない分野だけれど重要だからと考えられて、苦労して研究されたのでしょうか?

その成果を簡単に読むことのできる私にはとてもありがたいことです。

_ I教授 ― 2009年07月08日 23時06分46秒

はかせさん、ありがとうございます。確かに私も一応やってはいるのですが、限界を感じることが多いものですから・・。政治家、法律家その他、もっぱら制度と取り組んでおられる方はたくさんおられるわけですよね。そんな人を見るにつけ、「もっと興味をもたなくてはいけないはずなのだが、どうしてももてない」という思いを繰り返しているのです、勤め先の会議などで。

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