カウントダウン13--暗転2009年06月01日 22時17分30秒

6月ですね。さんざんな出発になりました。

まず夢が前例のないほどいやな、重い夢でした。ならず者集団が周囲に入り込み、拉致のような状態になってしまうのですが、その集団には、親友のドクターやロイヤーの顔があります。目がさめるとうっすら汗をかいている。ああ、これは夢だったのか、それなら良かった、と胸をなで下ろすまでに時間がかかりました。

連想したのは、シューマンが晩年に見た夢です。天使の美しい演奏を楽しみ、楽譜に書き取るほどであったのが、明け方にそれが悪魔に変わって、苦しめられること、はなはだしかったそうですね。昨夜私は「天使のピアノ」のCDを2枚聴き、授業のために、あの天国的に美しい〈めでたし海の星Ave maris stella〉の下調べをしました。このことと夢とは、関係があるのでしょうか。

急いで支度をして家を出ましたが、何か周囲が変なので、すぐに引き返しました。メガネをかけていないことに気がついたのです。ところが、どこを探しても、メガネが見つかりません。書斎、寝室、洗面所など、あらゆるところを探しましたが見つからない。まったく不思議です。「皆さんお揃いで、会議が始まります」という電話がかかってきました。「メガネが見つからないので・・・」というのは理由になるのか、ならないのか。

1時間探してあきらめ、つなぎでいいからどこかで買おう、と決心しました。今週は学会の講演通訳などもあり、メガネなしではとうてい乗り切れないからです。幸い、立川のある店が短時間で作ってくれることになりましたので、待つことしばし。午後の授業に遅れて駆け込むことができました。

「13」の数のめぐりに出現したこうした1日をどう解釈すべきか、考えていることろです。

カウントダウン12--今月のイベント2009年06月02日 23時39分31秒

5日(金) 18:00~20:00 ジョシュア・リフキン講演「バッハの苦闘・私の苦闘--《ロ短調ミサ曲》校訂記」 日本音楽学会 東京芸術大学5号館401室(通訳をします)

6日(土) 10:00~12:00 朝日カルチャー新宿「新・魂のエヴァンゲリスト」~「音楽による修辞学」の章から、《ヨハネ受難曲》の項目を採り上げ、最近の考えを加えて論じます。

7日(日) 12:40~14:40 早稲田エクステンションセンター「バッハのカンタータ」 最終回なので、聖俗関係の整理と、カンタータの演奏についてお話しします。

9日(火) 18:00~20:00 国立音大のバッハ演奏研究プロジェクトで、リフキン先生に《マタイ受難曲》の声楽公開レッスンを開いていただきます。SPC-Aで行いますので、大勢のお客様は収容できないかもしれません。私が通訳をします。

14日(日) 14:00~ 《マタイ受難曲》公演その1 杜のホール橋本

16日(火) 18:00~ 《マタイ受難曲》公演その2 同上

18日(木) 18:00~ 《マタイ受難曲》公演その3 いずみホール

20日(土) 14:00~ 《マタイ受難曲》公演その4 須坂メセナホール

27日(土) 13:00~15:00 朝日カルチャー横浜 バロック音楽講座 《マタイ受難曲》続講、第2部について

以上、よろしくお願いいたします。

カウントダウン11--強い挑戦者2009年06月03日 21時23分59秒

今日は、リフキン先生の講習会に出演してくれる学生さんたちとの試演会。《マタイ受難曲》のアリアを特集するのですが、皆さん、意気込みの伝わるいい歌を歌ってくれました。それにしても、《マタイ受難曲》を周囲の学生さんたちといっしょに勉強する日が来るとは思っていませんでした。とてもうれしいことです。

将棋の名人戦が進行中ですね。挑戦者の郷田九段が勝ち、3勝2敗で王手をかけました。ネットで見たり、一部中継を見たりしていると、ここ数局、郷田九段の強さが並々でない、と感じます。大長考の末に指した手が誰も予想していない手で、それに対して羽生名人が対応に苦慮する、という場面がしばしばあるからです。

たいへんな激闘が続いていますが、今局が郷田九段の圧勝であったということは、羽生名人の次局にとってはかえって良かったのかもしれません。あ、これも、ツキの理論ですね。

カウントダウン10--リフキン来日2009年06月04日 23時27分05秒

リフキン先生がついに来日されました。少し太られたようですが、お元気で、魅力的な人当たりもそのままです。新宿の「響」で食事をしましたが、同行したスタッフも、お人柄にすっかり魅了されたようです。いよいよ、大事な日々に突入しました。皆様、ご支援をよろしくお願いいたします。

リフキン先生は日本の食事がお好みで、おいしいものが食べられることが、喜んで来日されるひとつの理由であるとのこと。それが、私がアメリカに行こうと思わない理由でもある、と申し上げたところ、そんなことはない、ボストンに来ればわかる、というお話しです。酒量はそう多くありませんが、デザートへの情熱はなかなか。「真正甘党」のレッテルを貼らせていただきました。

カウンドダウン9--学会講演2009年06月05日 23時53分47秒

今日は18:00より、日本音楽学会関東支部の特別例会として、リフキン先生の講演会が行われました。演題は既報の通り、「バッハの苦闘、私の苦闘--《ロ短調ミサ曲》校訂記」というものです。

来日後たくさん消化すべき予定の内で、私がもっとも大きな山と思っていたのが、今日の講演でした。それは、私が司会のみならず不得意の英語の通訳をしなければならないという、個人的な事情によります。学会ですから、公演終了後の質疑応答は通訳なしのフリー・ディスカッションにしてもらっていたのですが、それがしっかり機能するかどうかはわかりませんでしたので、気の重いハードルとして、今夜が存在していました。

講演は、区切りごとに通訳を入れる形で、1時間半にわたり、ぴしっと進行。ハードワークではありましたが、無難に進み、最後の部分は感動的でさえありました。先生のお薦めをいただきましたので、どこかに発表できればと思います。

残り25分の段階で、ほぼ満員のフロアに、質疑応答を振りました。最初の質問が出るまでに時間がかかりましたが、口火が切られると次々と手が上がり、充実のディスカッション。やはり講演の正否を決めるのはフロアからの質問ですね。

驚いたのは、会員、一部非会員の方々の語学力です。英語とドイツ語が半分半分でしたが、そろって流暢に、意を尽くした質問をされます。それをリフキン先生が丁寧に、わかりやすくお答えになるので、通訳なしでも充分に意思疎通の図れる形で、議論を全うできました。今日は本当に、会員の方々のお力に支えられた会でした。

上野で回転寿司を食べ、先生をホテルまでお送りして帰宅。疲れましたが、充実感が残っています。

カウントダウン8--感動の初練習2009年06月06日 23時14分24秒

学会講演は、私個人としてはもっとも緊張を要するものでした。しかし全体として考えれば、本当に重要なのは今日です。なぜなら今日芸大で、第2グループ(日本側)の最初の声楽リハーサルが行われたからです。日本側の演奏をリフキン先生がどう受け止めるか、また、しっかり噛み合った練習ができるかどうか、事前には予測できませんでしたので、さまざまに異なる結果を想定しながら、練習に赴きました。

お人柄を反映したなごやかな練習の過程で、今回の《マタイ受難曲》がどんなものになるかが見えてきました。それは、荘厳な《マタイ》でも強烈な《マタイ》でもなく、思いやりのある、やさしい《マタイ》です。先生が要求することの中心は、音楽が自然な流れをもつこと、言葉が明晰に、会話のように生かされること、お互いがよく聴き合って、自発性のあるハーモニーを作ることなどでした。そうすると本当に、見違えるように美しくなってゆくのですね。細部までていねいに吟味されてゆく練習に立ち会いながら思ったのは、この公演でステージに乗る4人の歌い手は、なんと幸せな人たちなのだろう、ということでした。

いい始まり方をして、ある程度の自信が出てきました。第1グループ(アメリカ側)の歌手たちも、今日、元気に来日です。

カウントダウン7--方向音痴2009年06月07日 23時40分36秒

《マタイ》、今日は第2グループが、オーケストラ付きでリハーサルをしました。私は顔を出さず、昼は早稲田のカンタータ講座の最終回を行い、夜は急ぎの原稿。明日から、両グループの合同練習が始まります。授業の合間を縫って顔を出す形になりますので、本番がどんどん迫ってきてしまいそうです。

人間の土地勘というのは、どんな要素から構成されているのでしょうか。私はまったくの方向音痴で、われながら、自己嫌悪です。

昨日、芸大でのリハーサルを抜け出し、遅い昼食を食べに行きました。教室を忘れないようにしっかりチェックし、店を探しに上野駅の逆方向へ。そうしたらみつからないまま歩いて、地下鉄の千駄木駅のそばまで行ってしまいました。当然かなり時間を費やして戻ってきたわけですが、ちょうとそのタイミングでアルモニコ四重奏団の人たちと出会い、挨拶。そうしたらそれを聞きつけて来てくださったのが、さる大新聞の記者さんです。取材に来てくださったのはいいが、教室が変更になったのを知らず、迷子になっておられたのでした。

ちょうど良かった、とご案内したら、教室をしっかり忘れて到達できず、紆余曲折を経て、やっと到達。前夜のことを思い出しました。夜、上野で回転寿司を食べて新宿までお送りしたら、なんと、新宿駅西口から京王プラザホテルまでの道が、わからなくなってしまったのです。リフキン先生が英語の案内を見つけて、こっちだ、とナビゲートしてくれて助かりました。

これって、どういう能力なんでしょうね。何か、重大な欠落があるように思えます。

カウントダウン6--祝・辻井さん優勝2009年06月08日 23時15分00秒

今日は、アメリカ・グループと日本グループの、声楽合同練習が行われました。私は大学でしたので聴いていませんが、信頼すべき筋からとてもうまくいって先生もご満足、という情報が入りました。本当だといいのですが・・・。

辻井伸行さん、クライバーン・コンクールに優勝されましたね。おめでとうございます。かつてCDの演奏にたいへん感心し、新聞に推薦した記憶がありましたので調べてみましたら、2007年の11月(1位)。対象は「debut」と題するCDでした。私はこんな風に書いています。

「ピアニスト辻井伸行は19歳、目が不自由だという。だがこの音楽の輝き、確信にあふれた表情の豊かさはどうだろう。ショパン、リスト、ラヴェルも大したものだが、カップリングされた詩的な自作品にも、盛り上がる力が秘められている。目を離せない才能だ。」

これから、ますます楽しみですね。

カウントダウン5--マスタークラス2009年06月09日 23時53分10秒

リフキン先生のマスタークラス、驚くべきすばらしいものでした。たくさんのことを学びましたが、ちょっと体調を崩してしまったので、明日更新します。演奏してくださった方々、聴講してくださった方々、ありがとうございました。

カウントダウン4--「上から」でなく2009年06月10日 22時10分56秒

リフキン先生のレッスンは、「くにたちiBACHコレギウム」に属する6人の歌い手に対して、各1つの(レチタティーヴォ+)アリアを指導する形で行われました。チェンバロ伴奏と通訳を大塚直哉さん、ヴァイオリンのオブリガートを大西律子さんに付けていただいて進めたのですが、大塚さんの英語通訳は完璧無比のすばらしいもので、私がやらなくてよかったと、胸をなでおろしました。さまざまの意味で、大塚さんのお力なくしては成立しえない、今回の企画です。

リフキン先生の指導は、指揮者にありがちな「こう歌え」という「上から」のものではなく、「下から」といいましょうか、演奏者の内側から、その人自身の温かい音楽を引き出すことを目指して行われました。こう書くと何でもないようですが、これは驚くべきことで、私見によれば、じつに感動的なことであると思います。

まず通して歌わせたあと、曲ごとの問題を投げかけて、歌手に考えさせる。どうすべきかの案が出されるとそれを実践させ、それに対する評価を、歌手自身に行わせる。そして、「いろいろ変えて歌ってみてください」と要求してその場でヴァリアントを試させ、どう歌うべきかの考えを、歌い手自身の内に育てていく。こうして、バッハと演奏者を接近させ、両者の間に、人間的な共感を作り出していくわけです。

最後に千葉祐也君が、〈来たれ、甘い十字架よ〉を歌いました。このアリアでは、峻厳な付点リズムを繰り返す器楽(ガンバ)と優美な歌のラインが、交わらすに進んでいきます。そこである小節を例にとり、「甘い」の言葉を2つのヴァリアントで実験しました。イエスに倣う意思を押し出したヴァリアント(千葉君が最初に提案したもの)と、音色をやわらげて「甘い」にこだわったヴァリアント(リフキン先生がサジェストしたもの)です。その結果、「甘い」を的確に表現することで、音楽がいかに効果的になるかが確認され、満場が納得。意欲と品格を備えた千葉君の歌も、いちだんとすばらしいものとなりました(彼は実演のユダです)。

時間を惜しまず、忍耐を惜しまず内なるものを育てようとするリフキン先生の姿勢に接するうち、私の心には、これほどの音楽家といっしょに音楽できる幸せがあふれてきました。そして、このような方向性が「リフキン方式」の本質とまったくひとつであることに、あらためて思い当たった次第です。