史実は大切2010年09月03日 23時48分50秒

職業柄、本当には知り得ないことをいかにも見てきたように書いてある本には不信感を抱きます。「これは推測だが」とでも断りがあれば、もちろんOK。後世の創作なのに同時代の証言を騙るなどというのは、まったく賛成できません。

念頭にあるのは、『アンナ・マクダレーナ・バッハの思い出』という本。学生の頃感激して読み、だまされました。「小説」とでも銘打ってくれていれば何でもないのですが、訳者からも、何の断りもありませんでした。じつに不誠実(当時)。今はもう、そんなことはないのでしょうが。

あらためてこのことを書くのは、マリーア・ヒューブナー編『アンナ・マグダレーナ・バッハ 資料が語る生涯』(春秋社)という本を手に入れて、喜んでいるからです。この本には、資料の上から本当はどこまでのことがわかるかが、最新の研究に基づいて、正確に、精密に書いてある。伊藤はに子さんの訳も第一級のものです。

当然、内容は地味です。脚色してあった方が面白い、という見方もあるかもしれません。しかし、わかることを基礎に書けることだけを書き、推測を推測として加え、あとは読者の想像力に委ねるH-J.シュルツェのエッセイは、まことにみごと。これが学問というものです。

【付記】『思い出』(1925)の作者はエスタ-・メイネルという英国女流作家だそうです(本著より)。

コメント

_ NAK-G ― 2010年09月04日 04時16分16秒

お邪魔いたします。
先生は以前、レオンハルト氏主演の「年代記」にも解説を寄せておられましたね。あの映画も物語としてのわかりやすさや面白味には幾分欠けるところもありましたが、資料への忠実さにおいては好ましいものであったと思います。
アンナ・マグダレーナ・バッハといえば、言うまでもなく晩年のバッハを知る上でのキーパーソンの一人でもあります。これまで様々な文献から、あるいは一冊の本のあちこちから、資料を見出さなければならなかったのが、一冊にまとまったとなればうれしい限り。先生のお墨付きとあらば迷うことはありません(早速注文しました)。

_ まさお ― 2010年09月05日 00時04分06秒

おお、そんな本が! Amazonでさっそく発注しました。明日には届きます。

_ a_o ― 2010年09月05日 00時45分34秒

それは買わねば! 早速注文しました。

_ Dr. ミニーナ ― 2010年09月07日 12時36分51秒

この記事を読んでまもなく,私も注文しました。今朝手元に届きましたので,早速開けてみると,貴重な資料が並んで,何か訴えているかのようです。資料をそのまま,できるだけ正確に伝える,という著者の姿勢を感じました。
礒山先生の賛辞によれば,「最新の研究に基づいて,正確に,精密に」とのことですので,重要文献として大切に拝読します。
何より,素敵な女性のことを女性が執筆し女性が訳した,女性的で繊細で上品という印象を受けました。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック