「善き志」の発見、秩序の建設2013年04月05日 23時56分36秒

〈グローリア〉部分は、すでにして統一されています。それは、中世の絵画にあるような、天使がラッパを吹き鳴らす光景です。3/8拍子は〈グローリア〉で唯一のもの。軽やかに演奏しないと、天使が地上に落下してしまいます。

バッハの時代の3拍子は3/8、3/4、3/2の3種があり、それが同時に、テンポを指示していました。速く軽快なテンポを、3/8は要求します。これを1拍子に取って、弱拍を抜くのが、古楽の感覚。弱拍を等価に、克明に演奏すると(それがモダンの感覚なのですが)、音楽の推進力が失われてしまうのです。

さて、100小節が過ぎたところで、〈エト・イン・テッラー〉の部分に入ります。バスにある唐突な下降音型は、地上の情景への、強引な切り替え。神の3拍子は人(地)の4拍子になり、音域は低く、楽器は休止して、すべてが別世界に入りこみます。

ため息モチーフの突然の氾濫は、あたかも地上の人々が救いを求めてあえぐかのよう。音楽はしばらく、方向性を失います。歌詞も「そして地上では平和あれ、人々にEt in terra pax hominibus」で行き止まりになる。罪深い人間たちに、そのまま平和が恵まれるはずはないのです。

12小節目に至って、先を模索していた諸声部は、ようやく停滞を打開し、「善き志のbonae voluntatis」という言葉にたどりつきます。不安定だった音楽は、ここでホ短調のカデンツを構成し、安堵する。平和の前提として人々のもつべき「善き志」が、ここで発見されるわけです。

すると7小節の間奏をはさんで、フーガ(フガート)が起こってきます。フーガ主題は、「善き志の」を含めた、すべてのテキストを歌い込んだものです。これは、善き志の人々が、地上に「秩序」を建設しはじめたことを示すものではないか。秩序の建設は進み、フーガは盛り上がってきます。するとこの段階で、トランペット群が加わってくる。ここで地上と天は奏楽において一体化し、異次元を包み込む、壮大な絵が完成するわけです。

コメント

_ taisei ― 2013年04月06日 01時01分28秒

ブラヴォー!こんな「解説」を待ってましたぁ!ぞくぞくして何度も聴きながら読み返して体感するまで聞き返しました。グロリアから始めるところがまたいきなり核心を突く感じで・・。まいりました。直接教授の講義をなかなか聴きに行けないものにとっては全くこの「解説」は宝物です。ぜひ折に着けて続けてください!

_ NAK-G ― 2013年04月06日 07時02分00秒

お邪魔いたします。
taiseiさんのおっしゃるとおりです。音楽を聞きながら頭の中に絵画が浮かんできました。
フガートがカノン風なのが「秩序」を、43小節からのフガートの反復に金管が主題を重ねるあたりが「地上と天の一体化」を、まさに感じさせます。
音楽って知れば知るほど楽しめるものなのですね。

_ taisei ― 2013年04月06日 10時08分05秒

少しでも勉強しようと「井形ちづる・吉村恒一訳『宗教音楽対訳集成』(国書刊行会)」を借りてきて訳を見ながらと思って聴きましたが必ずしも一般的なミサ曲の「歌詞」と一致しているわけでは無いようですね。「バッハのロ短調ミサ」の対訳本は出ているのでしょうか?歌詞付けまで理解しようとしたら結局総譜を買う方が早いでしょうか?1日にかかれていたバッハアルヒーフから入って自筆婦を見る?(ほどの研究者でもありませんし・・・)

_ レーズンサンド ― 2013年04月06日 21時43分32秒

たしかに文章の背後から音楽が聞こえてくるような見事な解説ですね。思わずCDを引っ張り出して聞きました。以前からロ短調ミサは大好きなのですが、改めて聞き直すとほんとうにすばらしい。
バッハの世界観、それもキリスト教と彼の生きた時代の中で培われた世界観が具現されているというのは、なるほとど頷かされました。当たり前のことですが、作曲とはただ曲を付けるということではないのですね。

_ I招聘教授 ― 2013年04月06日 23時15分40秒

皆さん、ありがとうございます。こうしたコンセプトで今作っているCANTUS ANIMAEの《ロ短調ミサ曲》、聴いてくださったらうれしいです。1年先ですけど。

_ taisei ― 2013年04月07日 00時28分43秒

思わず、早速CANTUS ANIMAEのホームページに入って来年のコンサートのこと聞いてしまいましたがな~。場所も時間も大体しか決まってないと。でも今から予定開けときます。翌日日曜日ですから東京観光兼ねて行きます!(つもり)

_ mari ― 2013年04月07日 22時02分45秒

taisei様 CANTUS ANIMAEにお問い合わせいただき、ありがとうございました。場所と曜日は決定ですが、開演時間は「夜」ということしか決まっておらず、ご迷惑をおかけいたします。ご期待に添える演奏ができるよう、じっくりと取り組んでまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

_ taisei ― 2013年04月16日 13時17分55秒

とうとうロ短調ミサの総譜を買ってしまいました。大阪駅前第2ビルのSASAYA書店でベーレンライター版の原書(?)洋書を買いました。SASAYA書店は凄いですねぇ何どんな楽譜でもありそうでしたよ~もう一度教授の「解説」や吉田秀和氏の私の好きな曲の中のロ短調ミサの項など見ながら楽譜をつきあわせてCDを聴くという至福の時間過ごさせて頂きました。現代音楽に比べたら複雑でない楽譜を演奏するとあんな至高の音楽がなり響くとは・・・。今の私にとっては魔法の書です。

_ I招聘教授 ― 2013年04月17日 08時25分07秒

taiseiさん、走ってますね!「現代音楽に比べたら複雑でない」というのはまったくその通りですが、同時代で考えれば、きわめて複雑ですよね。音楽における複雑とは何か(逆に単純とは何か)も、考えてみたいと思います。

_ taisei ― 2013年04月17日 23時54分56秒

なるほど!当時にしたら「ゲンダイオンガク」か「前衛音楽」だったのでしょうね。そうか・・。逆にだからこそ、そこに民衆の歌っていた世俗歌曲を入れる必要もあったのか(今で言うと歌謡曲みたいなものか)などと考えていくと興味が尽きません。

_ taisei ― 2013年05月20日 23時47分19秒

先日の別府アルゲリッチ音楽祭!発売当初に頑張って早々とF列30番の席を確保し、当日は車を飛ばして700Km行った甲斐がありましたぁ!マイスキーとのデュオ。ストラヴィンスキーのイタリア組曲、ベートーベンのソナタ2番、アルペジオーネソナタ、ショパンの序奏と華麗なるポロネーズ。一曲ごとにあまりの凄さにどよめきが起こり、最後はスタンディングでした。私ももちろん立ち上がって、目の前なのにブラヴォーと声をあげたら、アルゲリッチが会釈をしてくれた(気がした)!アンコールが3曲もあり本当に堪能しました。この近さで聴いたからこそでしょうが、室内楽もいいなぁと改めて思いました。
 話変わって、6月6日いずみホールでイェール大学スコラ・カントールム合唱団とジュリアード音楽院古楽オーケストラ指揮が鈴木雅明でロ短調ミサのコンサートがあるのを新聞広告でで発見!6日は元から定例の会議の日でノーマーク。すっかり見逃していて、翌々日の8日の芸文ホールのタリス・スコラーズのチケットを買ってしまっていました・・・。今から調整出来れば、何とか行きたいものです!ライプチヒの良い予習になるかも。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック