やるべきか、やらざるべきか2013年07月26日 23時23分26秒

地方ではあまり見かけませんが、東京の駅で必ず出会うのは、署名活動、募金活動です。皆さんは声をかけられても、別にどうとも思われませんか?私は相当ストレスです。「やるべきかやらざるべきか」を自問するのが常であること、声をかける側に、対応しない人に対する非難の心を、つい感じてしまうためです。考えすぎかもしれませんが・・・。

芸大に行くおりの、上野駅。若い二人連れが、いつも声をからして叫んでいます。動物愛護関係。私は犬好きですから、やるべきかやらざるべきかいつも考えてから、こそこそと通り過ぎます。

驚いたのは、痴漢冤罪の署名活動を、ご本人がなさっていたこと(国立駅)。これはとても勇気の要ることですし、私だって間違えられない保証はないわけなので、やるべきか、とかなり思いました。結局しませんでしたが、皆さんならどうされるでしょうか。

どの活動も、大義名分は立派です。でも人生経験からして、全部が善意のものではないだろう、という推測が働くわけです。いかにももっともらしいものが必ずしも善意のものではない、ということも、しばしば経験します。また、いかに気の毒に思えても、裁判にかかわるような事柄に、事情もわからずに署名していいのか、と思うわけです。そう考えると結局署名も募金もできず、こそこそと通り過ぎてしまうのがいつものことです。

コメント

_ マダムやよい ― 2013年07月30日 05時19分17秒

ずいぶん以前ですが 福岡に出張した時『水俣病患者認定署名』という機会が有り 躊躇せず署名しました。 署名後『カンパBOXに献金をお願いします!』の声で 若干怯んだのですが やはり幾ばくかの献金をいたしました。同行していた友人は 『何処に行くか判らないお金を よく献金したね』と 呆れ顔でしたが たとえどのように使われようと そこに『水俣病』の文字が有った事が署名 献金のモチベーションです。 施した、 署名に参加したという 高揚感はさらさら無く このような機会に接した時 私は自分の意識が啓発された証としています。

_ I招聘教授 ― 2013年07月30日 09時28分12秒

なるほど。しかしそれは事柄が社会的に広く報道され、こちらに知識があるから可能なことですよね。「こうしたことがあるのを知って欲しい」という形で始まっているものに対しては、どうでしょうか。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック