長野県周遊(3)--別所温泉~松本2014年09月01日 16時42分50秒

26日(火)。戸倉から上田に出て、別所温泉を往復することにしました。父が昔ときどき宴会に行っていたのを覚えていますが、私は初めて。ローカル列車はそれなりに本数がありますし、キャラクター衣装の女性駅員さんもいる。どうやら、相当な大観光地のようです。

名所の印象は、温泉地に足を踏み入れて、確かなものになりました。長野県最古の温泉地にふさわしい風格があり、歴史的な建造物にも恵まれているのです。折からの雨は、この日も歩き始めたとたんに猛烈化。国宝の安楽寺八重塔もびしょ濡れでした。


北向観音に接して、大木があります。この大木、映画と歌謡曲で有名な「愛染かつら」なのですね。写真を失敗してしまったのが残念です。公衆浴場につかり、上田に戻って昼食を摂りましたが、泊まりがけで訪れたら、さぞいいことでしょう。

この日の夜は、松本。篠ノ井まで戻り、松本行きの鈍行に乗り換えました。篠ノ井線は南西に向かって斜面を登っていくのですが、駅から、いかにも景色の良さそうな高台が望めます。そこが遠足にも行った姨捨だということは、現地人であるにもかからわず、認識していませんでした。列車は、ホーム自体が善光寺平の展望台という、すばらしい景観の駅に泊まります。ホームから望める三大景観の1つだそうですが、じつに気持ちのいいところです。


松本では久しぶりに、サイトウキネンフェスティバルを鑑賞しました。ヴェルディの《ファルスタッフ》。なにぶんの超名曲。ファビオ・ルイージ指揮のもと、ずらりと揃った外来スターが習熟した舞台を繰り広げていて感動しました。同時に、この贅を尽くした堂々たる音楽祭を支える地元はさぞたいへんだろうなあ、という思いもいつも以上に湧く、今年の公演でした。

長野県周遊(4)--信濃境2014年09月02日 16時53分26秒

27日(水)。松本駅から甲府行きの鈍行に乗ったとき、どこで降りるか、まだ決めていませんでした。とにかく、どこか降りたことのない駅で降りよう、という無計画な乗車です。

降りようと思っては思いとどまること、数回。標高がもっとも高い富士見の次は長野県最後の駅、信濃境。次は山梨県に入り、小淵沢になります。そこで、どことなく旅愁を誘う信濃境駅で下車しました。降りた人は、2人だけ。天気は曇りで、ときおりパラッと雨が落ちてきます。


でもここが、一番良かった。静かで、空気がおいしくて。有名な観光地より、こうした落ち着いた田舎が、私、好きです。


釜無川の谷を少しくだって、井戸尻遺跡へ。縄文の住居跡、水車小屋、湿原が、こぢんまりとまとまっていました。


そこに咲く、純白の蓮の花。ちょっと感動しましたね。


次の列車まで時間があったので、駅前の食堂で砂肝とビール。最近テレビ番組のロケ地となり、信濃境も少し知られるようになった、とのことでした。高尾行きの鈍行を塩山で下車し、知る人ぞ知る「平和園」でラーメン。独特の旨みのある、おいしいラーメンでした。夏の終わりです。

今月のイベント2014年09月04日 16時30分40秒

信州行の連載をしているうちに、大事なイベントが始まってしまいました。いま、いずみホールで、今年のモーツァルト企画へのプレイベントのリハーサルが終わったところです。シュタインとワルターのフォルテピアノを比較して使い分けながら、ピアノのソナタや変奏曲、ファンタジー、ヴァイオリン・ソナタを聴こうという企画です。

演奏とお話は久元祐子さん、ヴァイオリンは須賀麻里江さん。早く言ってよ、という方もおられるかと思いますが、満席でチケットはずっと前に締め切られていました。ごめんなさい。

朝日カルチャー新宿校も、昨日から始まっています。午前中ワーグナー講座は《神々の黄昏》の第二幕で、ショルティの録音風景の映像を見ました。昔熱い血をたぎらせて聴いた録音ですが、なぜか感動は戻って来ませんでした。17日にもう一回、第二幕を扱います。

午後の《ヨハネ受難曲》講座は、ついに最終コラールに到達。17日の最終回には、リレー演奏で全曲を聴く予定です。

朝日カルチャー新宿では、一回講座も開きます。15日(月)の10時から12時まで、ワーグナーの《バルジファル》入門。新国立劇場期待の公演に合わせた企画です。いかにも時間が足りませんが、傾倒している作品ですので、エッセンスを伝えられるよう、がんばります。

朝日カルチャー横浜校は、27日(土)の午後。「今が旬の演奏家たち」というお話で、ずっと続いてきたバッハ・エヴァンゲリスト講座に幕を降ろします。来月からは新企画ですので、あらためてご案内します。

その前の土曜日、20日の午前は、立川「たのくら」ワーグナー講座。《マイスタージンガー》が、いよいよ第三幕に入ります。

奇数月に変則ですが、28日(日)の午後は「すざかバッハの会」を開催します。《ヨハネ受難曲》を取りあげていますが、イエスの死とそれに続く場面が、今月のテーマになります。

13日(土)16時からのいずみホール「和の音を紡ぐ」にも、ぜひお出かけください。今藤政太郎先生の人間国宝認定記念公演で、長唄《勧進帳》その他が、豪華な顔触れにより上演されます。

フォルテピアノの醍醐味2014年09月05日 22時48分12秒

4日、いずみホールにおけるレクチャーコンサート「ウィーンを駆け上がるモーツァルト」は、司会をした私にとっても、この上なく楽しいものになりました。

今年のいずみホール企画はモーツァルトのウィーン時代前半を「充溢」と題して特集しています。すなわち、それは、モーツァルトがピアニストとして大成功した時代。ではモーツァルトはどんな楽器を弾いていたのか、というのがこの日のテーマでした。

移住当初使っていたのは、アウクスブルクで衝撃的な出会いを経験したシュタインの楽器。やがて購入し、メインに使ったのがヴァルターの楽器。ということで、シュタイン・タイプの楽器とヴァルター・モデルの楽器を舞台に並べ、聴き比べるというコンセプトで、プログラムを組みました。

やってみて痛感したのは、2台置いて聴き比べると、1台だけの時よりもフォルテピアノの面白さや可能性がずっとよくわかる、ということです。コンサート後、楽器の近くに集まった方が大勢おられたのが、その証明でした。

曲ごとに楽器を変え、トルコ行進曲では両方の楽器を比較し・・・というといかにも簡単なようですが、デリケートな上に操作環境のまったく異なる楽器を今度はこちら、次はあちらと弾き分けるのは、演奏者にとっては大負担。危険な綱渡りです。こうした無茶振りを安定感をもって音楽的にこなしてくれる久元祐子さんは、レクチャーコンサートの、この上ないパートナーです。構成の原案も久元さんにお願いしましたので、まこと久元さんあってこそなし得た、今回の企画でした。

シュタインとヴァルターを比べると、シュタインはよりチェンバロに近く、軽く、かつ華やか。ヴァルターは中音域の響きがぐっと充実して、奥行きと厚みがあります。ですから、ウィーン時代も進むにつれてヴァルターがふさわしくなっていくわけですが、変ロ長調K.454のヴァイオリン・ソナタを演奏するにあたって試行錯誤した結果、シュタインを採用することになったのは、意外でもあり、興味深いことでした。クラシック・ボウで弾くバロック・ヴァイオリンの響きにシュタインはとてもよく融合するが、ヴァルターはピアノ的に充実している分だけ、ガット弦との融合から遠ざかっているように思えたのです。こうしたことを実験しながら本番へ向けて作っていけるのも、レクチャーコンサートの楽しみ。無茶振りのついでに、アンコールでは、楽器をヴァルターに変えてソナタの最終楽章を演奏していただきました。

ヴァイオリンの須賀麻里江さんはひじょうによく勉強してくれて、本番が最高の出来になりました。何というか、天照大神のようなキャラでいらっしゃり(笑)、満場大喝采。ツーショットの右は、ヴァルターのフォルテピアノです。


既報の名店「ヴィヴァーチェ」で打ち上げ。今日(5日、金)は帰るだけでしたので、「降りたことのない駅に降りる」ことを東海道新幹線で実践しようと思い立ち、「こだま」に乗り換えて、掛川駅で下車。お城をめぐり、名物のとろろを食べました。その写真を、最後にお目にかけます。




【付記】
スリーショットを撮ったのでぜひ載せて欲しい、というご要望をいただきました。自分の写真は載せない主義なのですが、ご要望にお応えして。


達成感満点のお二人に比べて、私はクールに見えます。演奏者と司会の差かもしれませんね。でも内心は達成感があり、すこぶるハイテンションでした。

必読の「論文論」2014年09月09日 23時59分40秒

私がもっとも尊敬する先輩にして友人、佐々木健一さんが、すばらしい本を出されました。題して『論文ゼミナール』(東京大学出版会、2300円+税)。第一部「論文を書くとはどういう経験か--原理篇」、第二部「論文を書く--実践篇」から成り、「卒業論文を書く人」が、主要な読者としてイメージされています。

抜きんでた力量をもち、たくさんの良質な論文を書いて来られた方が、円熟の境地に至って綴る、論文論。それは当然、論文をどう書くかを超えて、論文とは何か、学問はどうあるべきかの、学問論になっていきます。

ですから著者は、この本を「自由な哲学的エッセイ」と呼んでいます。積み重ねられた経験と、透徹した大局観と、なにもそこまでと思うほど誠実な態度によって綴られたこの本を、私は大きな感動をもって読みました。私は、この本に書かれている知見のすべてを、実感をもって理解することができます。なぜ著者がこの本をお書きになりたかったかも、理解したつもりです。そして、記述のほとんどすべてに、心から共感します。しかしそれは、私の書くものが佐々木さんの要求をすべて満たしている、ということではありません。きっと、それは私の限界だろうと思います。

こういう方と学問領域において出会い、個人的な交遊も賜ったことは何と幸せなことだったのだろうかと思います。そこまで言うかとお思いになった方は、どうぞ本を手にとってお読みください。これから論文を書こうとされる方は、もちろんのことです。




外国語を打つキーボード2014年09月12日 23時56分46秒

世の中で起こることには、すべて、理由がありますね。

あるときから、なぜか、パソコンが立ち上がると同時にソフト・キーボードが立ち上がるようになってしまいました。このため、最初に行う仕事は毎日、ソフト・キーボードの終了。いずれ、ちゃんと処理しようと思っていました。

ところで、Windowsは、世界の諸言語をダウンロードして、キーボードで打つことができます。私の場合はドイツ語のキーボードをよく使い、イタリア語、フランス語、そしてギリシャ語のキーボードを切り替えて使えるようになっています。ウムラウト、アクサンなどを便利に使うには、その国のキーボードに限ります。

ただ問題は、キーボードの配列が違うことです。記号はとくにまったく違いますので、いろいろ試してみて、探せたり、探せなかったりということを繰り返していました。だから使わない、という方も、いらっしゃるのではないでしょうか。

ところが、ふとしたことから、言語設定に対応してソフト・キーボードも変化する、と気付いたのですね。それなら、ソフト・キーボードを立ち上げれば何をどこで打つかわかりますし、プリント・スクリーンで画面を保存し、それをプリントアウトすることで、マニュアル代わりにすることができます。

熟練した方には当たり前のことなのでしょうが、私には発見でした。知らなかったとおっしゃる方、ぜひお試しください。

「和」に学ぶ2014年09月16日 14時50分08秒

13日(土)のいずみホールは、今藤政太郎プロデュース「和の音を紡ぐ」。長唄『吾妻八景』『勧進帳』を中心とする、日本伝統音楽の公演でした。

洋楽のホールにこうした公演が入ると、雰囲気ががらりと変わります。お客様に和装の方が多く、舞妓さんの姿が見えるのも、邦楽ならでは。出演の方々の礼儀正しさ、舞台上に一糸乱れず正座して気迫をみなぎらせる所作も、洋楽には見られないものです。でもこうした「礼」のありようが、本当の日本なのですね。

今藤政太郎、宮田哲男両人間国宝に率いられた演奏の透徹したみごとさは、並の洋楽では太刀打ちできないほどすばらしいものでした。私があらためて痛感したのは、日本人の音感覚・言語感覚を極限まで磨き上げたこうした芸術を、本当に大事にして、伝えていかなくてはならない、ということです。なぜなら、古いものの探究にこそ、気高さがあるからです。

今藤先生のオリジナル《舟と琴》は、古事記の一節をテキストにしています。仁徳天皇の御代に、高い樹があった。それを切って舟にしたところ、枯野(からの)という、きわめて速い舟になった。壊れたその舟を焼いて残り木から琴を作ったところ、「その音七つの里に響(とよ)みき」ということで、5行の詩が添えられています。その日本語が素朴でおおらかで、本当に心に染みる。それが多彩な和楽器の響きを交えて、写実的に音楽化されているのです。

現代文明に浮かれるだけではわからない古代の尊さを、洋楽の人たちにも知っていただきたいと思います。舞台写真がなくて残念ですが、楽屋でのツーショットを2点掲載します。


笙と竿で出演された東野珠実さん。国立音大出身。


政太郎先生から国立音大の三味線クラスを受け継がれ、学生の支持も絶大の今藤長龍郎さん。ちなみに、私の身長は170cmです。


《ヨハネ受難曲》リレー演奏2014年09月18日 10時11分59秒

1年間、牛歩のような進行に付き合っていただいた、朝日カルチャー新宿校の《ヨハネ受難曲》講座。最終回を迎えるにあたり、リレー演奏で全曲を聴こうという計画を立てました(注:《ヨハネ》に関する記事はたくさんありますが、カテゴリを新設します)。

選りすぐり、おいしいとこ取りで、5種類。レファレンスに使っていたガーディナー2003は外し、往年の演奏も外すことにして、新しい演奏の紹介を含めながら選抜することにしました。ところが、案外むずかしい。ああでもないこうでもないと、時間がかかってしまいました。

最終的な形はこうなりました。第1部はNo.1-9:ブリュッヘン1992、No.10-14:ブリュッヘン2010。第2部はNo.15-26:エガー2013、No.27-32:クイケン1987、No.33-40:レイトン(2010年代、詳細不明)。ブリュッヘン2010、エガー、レイトンは、最近購入したばかりのものです。

ブリュッヘンの旧盤は古楽のアプローチにより細部に分け入った名演奏ですが、新盤を視聴したところ好々爺然として、意外に印象が希薄。でもちゃんと聴いてみようということで、第1部を新旧の比較としました。印象は変化なしでした。

エガー~エンシェントは、今年オランダで聴いた《マタイ受難曲》の迫力がまざまざとよみがえる、渾身の演奏。来月の特選盤候補として残しておきます。このドラマ志向の演奏で裁判場面を聴き、十字架場面は、省察的なクイケンにバトンタッチ。締めは、豊かでバランスの取れた、レイトン~ポリフォニーの演奏(ハイペリオン)を選びました。

これもいいですよ。エヴァンゲリストはボストリッジなのですが、癖のある発音でときおり格調の崩れるのが残念。これは、エガー盤のギルクリストを取りたいと思います。

というわけで、充実の2時間でした。リレー演奏は音楽の聴き方として邪道、という考えもあることでしょう。CDだからこそありうる情報提供の形であるわけですが、乗り換えの違和感は、意外なほどなかったです。それぞれの演奏が、異なった角度からであれ、作品にしっかり向かっていたからだと思います。

今月の「古楽の楽しみ」2014年09月19日 22時34分58秒

今月は「古楽としてのモーツァルト」という特集にしました。朝の気分が、ずいぶん変わることでしょう。古楽様式による名演奏を集めてモーツァルトを見直す、という趣旨ですが、ちくま学芸文庫の『モーツァルト』で推薦した録音をいくつか出しましたので、それとの関連でも聴いていただけます。

22日(月)は、ピリオドのよく似合う、若い頃の作品を集めました。まずモテット《エクスルターテ・ユビラーテ》を、バーバラ・ボニー+ピノックで。次にホ短調のヴァイオリン・ソナタを、ポッジャー+クーパーで。いかにも古楽らしい、のびやかな演奏です。最後にニ長調のピアノ・ソナタK.311を、ベザイデンホウトのフォルテピアノで。モーツァルト時代より少し後の楽器を使っていて、表現力が豊かです。

23日(火)は、ザルツブルク時代の、もう少し大きな編成の曲を特集しました。フルート四重奏曲ニ長調を菅きよみ、鈴木秀美他で。次に《ポストホルン・セレナード》から3つの楽章を、鈴木秀美~リベラ・クラシカで。最後にヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調から第1楽章を、寺神戸+クイケンで。名曲ばかりですが、とくに協奏交響曲、偉大な作品ですね。全身が熱くなります。

24日(水)は《フィガロの結婚》の抜粋。もちろん、クルレンツィス指揮、ムジカエテルナの演奏です。現代的なグランド・スタイルとはまったく異なるアンサンブル重視のコンセプトで、その問題意識には、教えられること大。オペラ・ファンの方々にも、聴いていただきたいと思います。

25日(木)は、最後期の作品を中心に。フリーメーソン葬送音楽をブリュッヘンで、クラリネット協奏曲のバセットクラリネット版(新全集の復元稿)をW.マイヤー+アーノンクールで、未完の最終作、ホルン協奏曲ニ長調(従来の第1番)をモンゴメリとエイジ・オブ・インライトゥンメントで、《レクイエム》から私の好きな〈ドミネ・イェーズー・クリステ〉を、ブリュッヘンで。最後期の響きの感覚が、ピリオド楽器を通じてこそよみがえることを実感しました。とりわけ、長いこと忘れていたブリュッヘン/池袋ライヴのすばらしさに、驚かされました。追悼として捧げたいと思います。

いい演奏が、たくさんあります。モーツァルトがもっともっと、こういう演奏で聴かれるといいと思います。

今月のCD2014年09月23日 06時44分36秒

サイトウ・キネン・フェスティバルの贅を尽くした公演(《ファルスタッフ》)を久々に満喫したところへ、2013年のライヴが出ました。ラヴェルの歌劇《こどもと魔法》。とても楽しめましたので、今月の特選盤とします(デッカ)。小澤征爾さんの復帰で話題を呼んだ公演です。

舞台写真は、ディズニーの『アリスの不思議な国』のよう。音楽は明晰にしてシャープ、時にエキゾティックで、洒落とユーモアがあります。密度の高い演奏の背後には小澤さんの目が鋭く光っている感じですが、そこに「童心」と呼びたいファンタジーが豊かにたたえられているのが、さすが。キャストはいつもながら、本場の一流揃いです。

対抗盤として考えたのは、ハイティンク指揮、バイエルン放送響によるシュトラウスの交響詩《ドン・キホーテ》(ソニー)です。ロマンと気品に満ちた演奏のおかげで、この曲が好きになりました。独奏はホルヌング、彼の弾くチェロ・ソナタが併録されています。

もうひとつ、今川映美子さんのシューベルト・ピアノ曲集(ALM)を挙げておきましょう。《幻想ソナタ》以下、音楽がみごとに流れていて、心地よく楽しめます。