10月のCDプラス2016年11月01日 23時42分25秒

サントリーホールのウィーン・フィル公演、今年は聴かなかったのですが、ルドルフ・ブーフビンダーのピアノ、ズービン・メータの指揮でブラームスの協奏曲第1番がありましたね。

そのDVDとCD(第1番+第2番)が届きました。私はDVDを先に見たのですが、映像からウィーンの香りがむせかえるように漂ってきて、気持ちがよくなりました。何でもウィーンというわけではない。しかしブラームスにウィーンの味わいが出ると、魅力倍増ですね。この組み合わせならではだと思います。

いま「味わい」と言いましたが、ウィーンの人たちは雰囲気で音楽をやっているわけではなく、見るところ、音楽の論理にとても忠実です。ブーフビンダーにしても、愚直に正統派の道を歩んできて、今、立派な巨匠になった、という印象。堂々たるブラームスです。

サントリーホールと言えば、10月28日(金)にあった「作曲家の個展」、いかがでしたか。西村朗さんと野平一郎さんが相互乗り入れで作曲し、野平さんの超絶的なソロで演奏されたピアノ協奏曲、じつに面白かったですね。この組み合わせでなくては実現できなかったという点で、ウィーンのブラームスと同じです。西村さんには、管弦楽の魔術師、という尊称を差し上げなくてはいけませんね。どうやったら、ああいう響きが出せるのでしょうか。

今月のCD/フランス、すごい!2016年09月27日 23時18分20秒

旧い録音はよりどりみどり、新しい録音はほとんど紹介されず・・・というのが市場の現実とあきらめかかっていましたが、その思いを一気に吹き払う、すばらしいCDが出ました。力を入れてご紹介します。

それは「夜の王のコンセール」と題する2枚組(ハルモニアムンディ)。少年ルイ14世(昨年没後400年)が太陽に扮して踊った有名な「夜の王のバレ」(1653年)の音楽を蘇生させたものです。

フランス・バロックはリュリから、とつい思ってしまいますが、これはリュリ以前。作曲家の名前がない、と思って調べると、何人もの合作なのですね。それなら平凡か、というとさにあらずで、目がさめるほど生き生きしていて、宮廷音楽の優雅が満載なのです。フランス、すごいなあ。

踊りと歌の趣向がまた、じつに凝っています。「夜」に始まり4つの「刻」を経て、最後に太陽(=ルイ14世)が昇る。それぞれの刻では、神話的人物がさまざまな愛憎の情景を繰り広げます。

となると、どうしても歌詞訳と日本語解説が必要ですよね。それがしっかり付いていて、情報価値十分。演奏(ドセ指揮、アンサンブル・コレスポンダンス)も絶品ですから、値段(8400円+税)も十分元が取れます。よくこれだけの冒険をしてくれました。敬意を表します。

今月のCD2016年08月30日 09時24分26秒

リオからラテンの感覚が届いていた今月。夏の終わりに、南米、中米から北米までをギターで巡る旅はいかがでしょう。

それが、スペインのギタリスト、パブロ・ヴィレガス(ビレガス?)の出した「アメリカーノ」という新譜です。ホローポ、サンバ、タンゴといった心地良く躍動するリズムに乗せて、ブラジル、ベネズエラ、パラグアイ、アルゼンチン、メキシコ、アメリカのギター曲、ギター編曲が演奏されています。ヴィラ=ロボス、バーンスタインもあり。私は歯切れのいいリズムが好きなので、楽しく聴きました(ハルモニアムンディ)。

他の新譜で印象に残ったのは、パーヴォ・ヤルヴィの好調さです。フランクフルト放響とのブルックナー第2、N響とのシュトラウス《ドン・キホーテ》、どちらも鮮度の高い演奏です(ソニー)。

古楽関係の新録音については、放送と朝日新宿の講座で随時ご紹介してまいります。

こんなCDが買えました2016年08月02日 06時32分23秒

放送やカルチャーのためにたくさんCDを購入していますが、その中から2点ご紹介します。

モーツァルトの《レクイエム》冒頭2曲がヘンデル作品に基づくというお話は、ここでもしましたね。〈キリエ〉の原曲である《デッティンゲン・アンセム》が市場に出ていましたのでさっそく購入し、カルチャーでも紹介しました。演奏は、サイモン・プレストン指揮のイングリッシュ・コンサート。手持ちのLPを処分してしまって、後悔していた音源です。

そのフィナーレ、”We will rejoice"というのが該当曲。ニ長調の二重フーガで始まり、途中からハレルヤ・コーラスと入り混じります。聴けば関係はすぐにわかりますが、モーツァルトでは短調に移されハレルヤ素材も取り除かれているため、まったく別の世界になっています。こういうことができる時代だからこそ、たくさんの名曲が生まれたのだと思います。

《さまよえるオランダ人》の全曲を3つ買いました。うち1つが、1960年バイロイトの実録リマスター(サヴァリッシュ指揮)。『バイロイト百年』という映画に少女の面影を残したアニア・シリアが神がかり的にゼンタを歌っている映像が出てきますね。あの衝撃デビューの録音です(61年のも売っていました)。

少し聴いてみましたが、シリアもさることながら、オランダ人を歌うフランツ・クラスのすばらしさは驚くほど。この人が声を痛めて早く引退してしまったことの損失を、あらためて思いました。とにかく熱気あふれる上演で、第2幕の二重唱は感動的です。明日、カルチャーで紹介します。

今月のCD2016年07月27日 10時56分10秒

いつも中旬に原稿の締め切りが来ますので、「今月」は、事実上「先月」かもしれません。悪しからず。

サイトウ・キネン2011のバルトーク《青ひげ公の城》が、すごいですね。扉を開くごとに心の深い闇に導かれるというスリリングなストーリーが、鮮烈な迫力で音になっています。小澤さんの指揮がなにしろ気迫満点で、オーケストラが熱烈に、かつ精妙に、それに応えている。ゲルネの青ひげ公はどこまでも陰影深く、エレーナ・ツィトコーワのユディットは毅然としてプライド高く・・・。すばらしいです。

私は舞台を見ていませんが、バレエが入って、ストーリーを進めたのだそうですね。そうなるとまた、別の印象が生まれそうです。DVDも出るのかもしれませんが、しかし音だけで、作品の真価は十分に伝わっています。フェスティバル運営の苦労が大いに報われる成果だと思います。

今月の「古楽の楽しみ」2016年07月05日 23時23分35秒

 合唱コンクールに行くとじつに多いのが、〈グローリア〉による自由曲です。賛美のテキストが、現代でなおたくさん作曲され、歌われているんですね。バッハ周辺の探訪を兼ねて、今月は「ドレスデンのグローリア」という特集を組みました。

11日(月)
 グレゴリオ聖歌 キリエ&グローリア ソレム聖歌隊
 シュッツ リタニア ラーデマン指揮 ドレスデン室内合唱団
 ハスラー ミサ《ディクシト・マリーア》から ヘレヴェッヘ指揮
 ハイニヒェン ミサ曲第11番から、第12番から ラーデマン
  2つのオーボエのための協奏曲ホ短調 フィオリ・ムジカーリ 
(〈キリエ〉が先行してこその〈グローリア〉ですので、まず〈キリエ〉から出発しました。ちょうど、ソレム聖歌隊の全集を安く入手。これを使いました。シュッツはラーデマンの全集に含まれるもので、典礼グローリアではなく、リタニアです。偽作説もある曲ですが、美しさにうっとりしてしまいます。
 ハスラーはドレスデンで最後を飾った人ですが、ドレスデン・グローリアの盛期は、まさにバッハの時代。その先陣を切ったハイニヒェンのグローリア2曲と、器楽曲を最後に置きました。なかなかの曲で、バッハに似ているところがけっこうあります。)

12日(火)
 ロッティ 《聖クリストフォリのミサ曲》から パーマー
       《叡智のミサ曲》から ヘンゲルブロック
 ヘンデル トリオ・ソナタト短調、同ホ長調から アンサンブル・ディドロ
 (ハイニヒェン時代の花形は、ヴェネツィアからやってきたロッティでした。彼のミサ曲は、ゼレンカの編纂によってドレスデンに伝えられています。ヘンデルの作品は、ドレスデンの祝祭のために書かれたのではないかと推測されているもの。ヘンゲルブロック以外は最新録音です。)

13日(水)
 バッハ 《ロ短調ミサ曲》から ラーデマン
 (ドレスデン・パート譜によるラーデマンの演奏をご紹介し、残り時間に、自筆スコア版との比較を入れました。二重唱のスコア版はラーデマン盤の付録から、バス・アリアと最終合唱は、ガーディナーです。)

14日(木)
 ゼレンカ 《御子のミサ曲》から ベルニウス
       《父なる神のミサ曲》から〈ドミネ・フィリ〉 ベルニウス
 ナウマン ミサ曲第18番から コップ指揮 新ケルナー歌唱協会
 (締めはやっぱりゼレンカ。最後に、古典派のナウマンを加えました。)

6月のCD2016年07月04日 03時29分16秒

後追いになりましたが、先月のCDから目についたもののご紹介です。

私はバッハに入る前、ロマン派のスタンダード・ナンバーを、レコードを買っては聴いていました。その中にあったのが、オーマンディとフィラデルフィア管による、チャイコフスキー《白鳥の湖》の抜粋版でした。覚えるほど聴いたものです。

それをありありと思い出した新譜が、クリスティアン・ヤルヴィ指揮、グシュタード音楽祭管弦楽団による《白鳥の湖》組曲(ソニー、2,600円+税)です。売り出し中の指揮者、クリスチャン・ヤルヴィが開始したチャイコフスキー・プロジェクトの第2弾で、彼自身が編集・編曲を行っています。

いささか強引なダイジェストなのでバレエをやる方にはお薦めできないでしょうが、名旋律がことごとく網羅されていて起伏豊か。バレエの軽快な感覚が伝わってきて、楽しさ満点です。

もう《白鳥》は卒業したよ、という方もいらっしゃることでしょう。そうした方々には、同プロジェクト第1弾の劇音楽《雪娘》があります。あまり演奏されない初期作品ですが(歌も入る)、ロシア情緒に満ちており、ヤルヴィが意欲的に再現しています。

古楽ファンには、渡邊順生さんが新たに録音された「フレスコバルディ/フローベルガー・チェンバロ作品集」(ALM)をお薦めしましょう。深い作品理解で弾かれたフローベルガーの詠嘆が、日本人の心に染みてくるはずです。

今月のCD2016年05月29日 07時47分17秒

今月は鮮度とびきりという新譜が3つあり、どれを選ぶか、決心するまでかなり時間がかかりました。最後は、互角なら邦人アーチストを、という原則に則りました。

選んだのはベートーヴェンの《ラズモフスキー》全3曲、クァルテット・エクセルシオの演奏したもの(ライヴノーツ)です。絶好調ですね、このアンサンブルは。ロータスのような本場と見まがう、というスタイルではなく、日本人の繊細な感性が張り巡らされて、しなやか、かつ一体感に秀でています。視界が遠くまで開けている、という感じの、爽快なベートーヴェンです。

チューリヒのトーンハレ管弦楽団ではジンマンが第一線を退き、後任の若手(リオネル・ブランギエ)がとてもいい、という話を、ウィーン筋から聞いていました。そしたら、なんとラヴェルの4枚組、6000円というセットが出ました(グラモフォン)。管弦楽作品全曲に加えて、2つのピアノ協奏曲と《ツィガーヌ》まで入っている。色彩の豊かさに親しみをもって聴き入ってしまう、魅力的なラヴェルです。少しずつ聴いていくのが本当に楽しみでした。

「黄昏に」と題する北村朋幹のピアノ・アルバム(フォンテック)。これがまた良かったのです。ブラームスの第3番から入り、晩年のリスト5曲の後でベルクのソナタ、という通人向きの選曲ですが、並々ならぬ思索力・構想力が示されており、無意味な音符が1つもない。たいしたものですね。

今月のCD2016年04月22日 09時26分59秒

今月のCD選、すでに紙上に出まして、taiseiさんのコメントが入りました。そこで、経緯をご説明したいと思います。

今月手元に寄せられた新譜は数が少なく、いいものも最近、あるいは何度か取り上げたアーチストのもの。そこで、たくさん集めている古楽の新録音から、いいものを紹介するチャンスだと考えました。

できれば《ロ短調ミサ曲》をと思い、ガーディナー、ラーデマンの2015年録音を候補に考えました。ガーディナーの新録音は本サイトのコメントで教えていただいていましたが、手に入れたのは最近です。

《ロ短調ミサ曲》ほどの曲ですから、名演奏はたくさんあります。しかし、決定盤が出るとすれば、それはガーディナーの新録音にちないない、と私は考えていました。「偉大な作曲家たち」という伝記映像の中でも、モンテヴェルディ合唱団の歌っている《ロ短調ミサ曲》はすごいですから。

ところがいざ鳴らしてみて、「えっ、これ、どうしたの?」と思ったのですね。精彩に欠ける印象で、合唱にも緩みがあります(バスが飛び出たりする)。録音にも問題がありそうだが、私の耳もおかしいかな、と思って、翌日聴き直してみました。しかし感想変わらず。そのまた翌日も、そう思いました。

一方の、ラーデマン。これはドレスデン筆写譜(パート譜)に基づく新校訂版使用(ライジンガーによるカールス版)を売りにしており、DVDには、パート譜の美麗な画像が収録されています。スコアとの有名な相違は、〈ドミネ・デウス〉の二重唱がスコアではフルートが2本ユニゾン(神人一体の象徴)であるのに対し、パート譜ではソロ。しかも逆付点リズム使用が示唆されています。

この二重唱にフルート・ソロを採用し、逆付点で吹かせている演奏は、ままあります。しかし新盤では声楽も逆付点で歌っていて、なんとノリのよいこと。〈クォーニアム〉のはつらつ狩猟モードがその延長線上にあり、厳粛な宗教音楽の枠を超えています。

では〈グローリア〉だけが売りかというと、その先がいい。曲ごとに集中力が高まってきて、じつに立派です。そこで、こちらを推薦しようと決心しました。

ラーデマンは日本でまだ知られていませんが、ドレスデン室内合唱団とともにシュッツの合唱作品全曲を初録音した実力者です。彼がゲヒンゲン聖歌隊とフライブルク・バロック・オーケストラを指揮した《ロ短調ミサ曲》は、まさに、昨年の「ライプツィヒ・バッハ音楽祭」のトリを摂ったもの。私は聴きませんでしたが、すばらしかったと聞いています。

新旧交代という言葉がちらりと頭をよぎりますが、どうなんでしょうか。

3月のCD2016年04月04日 07時58分21秒

遅ればせながら。

新譜が出てくるたびに感心して聴いているのが、ロータス・カルテットです。日本人女性3人+ドイツ人男性1人という構成ですが、響きがドイツそのもの。渾然として一体感があり、深い森の雰囲気と香りが伝わってくるといって、誇張ではありません。ドイツにすっかり根を下ろした、ということですね。

今度の新譜は、シューベルトの弦楽四重奏曲第15番ト長調です(ライヴノーツ)。これは晩年の名曲ですが、表現は木目の肌触りで、和声の精妙さも十分。聴き応えがあります。

併録されているのは《アルペッジョーネ・ソナタ》の弦楽五重奏版で、編曲とソロはミハル・カニュカです。これもしっとりとして美しいのですが、ソロがとてもクローズアップして録音されていて、カルテットが後景に退いているのが残念。もちろんソロの旋律を埋もれさせないための工夫ですが、せっかくのからみが生きず、もどかしいです。

ちょっとびっくりしたのが、ウィーンの巨匠、ルドルフ・ブーフビンダーのバッハ・アルバム(ソニー)。このところ世評の高いピアニストですが、パルティータ第1番、第2番とイギリス組曲第3番が明晰に、きらめき豊かに演奏されていて、いいバッハになっています。近いうちに放送でイギリス組曲をやりますから、とりあげましょう。