今月のCD2016年02月26日 09時31分45秒

今月は、ジョージアの若手女性ピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリの「カレイドスコープ」題する一枚です。(ソニー、2,600円+税)

メインが、ムソルグスキーの《展覧会の絵》。まず深沈とした弾き始めにびっくりしました。これ見よがしなところがまったくなく、多くの部分がじっくり省察的に演奏されていて、「地を這う悲しみ」のようなものが湧いてくるのです。すごい洞察力だな、というのが第一感。

ところが、続くラヴェルの《ラ・ヴァルス》、ストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》の方は、ヴィルトゥオジティ全開なのですね。この変わり身をどうとらえるべきか戸惑い、《展覧会の絵》を都合3回聴きました。しかし一聴に値する個性的演奏という評価は変わりませんでしたので、推薦することに。注目していきたいと思います。

小菅優さんのベートーヴェン/ピアノ・ソナタ集が、今回の第6巻「極限」をもって完成しました(ソニー)。最後の3曲を含む7曲がふところ深く再現されていて、早くも大家の風格が漂っています。

今月のCD2016年01月24日 08時41分43秒

今月は、久元祐子さんの「優雅なるモーツァルト」(コジマ録音)を推薦しました。いつも競演している方なので近距離から推薦するのはどうかなと思い、かなり考えましたが、本当にいいものを推薦するのを遠慮する必要はないと割り切りました。ただ新聞記事は、字数の調整のためでしょうが少し手が入っていて、私の文章と異なります。ですので本来の文章を載せておきます。

歴史ピアノと現代ピアノを弾き比べて「優雅」を引き出す試み。トルコ行進曲付きのソナタにシュタイン、変ロ長調ソナタにはヴァルターの同時代モデルが使われ、それぞれベーゼンドルファーと併録されている。慈しむようなタッチで綴られた演奏は潤い豊かで目配りが行き届き、エキスパートの貫禄十分だ。シュタインの繊細な響きを明晰にとらえた録音もいい。新風を吹きこんだのは、渡邊孝らのアンサンブル・リクレアツィオン・ダルカディア。野の花のようなガルッピのトリオ・ソナタを、卓抜なコンセプトで面白く聴かせる(ALM)。

付け加えますと、新発見のイ長調ソナタ自筆譜の異同も聴き比べられるようになっており、楽譜もブックレットに掲載されています。変ロ長調ソナタというのはK.333です。

17日に久元さんのモーツァルト全曲ソナタ演奏会その1が、ブルーローズで開かれました。作品理解がすみずみまで行き届いた音楽的な演奏で、潤いにはじけ感も加わり、200番台のソナタを再認識。新聞で取り上げて間違いなかったと思いました。

朝日カルチャーのレクチャーコンサート2つ、今週です。どうぞよろしく。(水曜日 小林一男+久元祐子、土曜日 加藤昌則+住谷美帆)。

ヴォルフ著『モーツァルト 最後の4年』日本語版のWEBサイトはこちらです。  http://composed.webcrow.jp/

今月のCD2015年12月28日 08時37分37秒

いつも月末にやっているこのコーナーは、毎日新聞の特選盤コーナーのために選んだものを、少し幅を拡げてご紹介しているものです。原則、送っていただいている国内盤の中から選びますが、世に広くお薦めするものなので、好事家向けのものや、入門的なアルバムは避けています。レパートリーや演奏者はなるべく散らしていますが、選者が3人いますから、古い方を少し厚くさせていただいています。

自分の選び方を観察していて思うのは、新しいコンセプトで取り組む演奏家に共感する度合いが高い、ということです。ただしそれは新奇を求めるという意味ではなく、作品の本質に迫るために過去の常識をカッコに入れ、独自の探究を通して、作品を新しい光の下に提示するということです。

そんな観点から、二度目になりますが選んだのは、クルレンツィス指揮、ムジカエテルナによるラモーの《輝きの音》。同時発売で《春の祭典》のめざましい演奏がありますが、ラモーにしたのは、《春の祭典》を選んだことが過去に複数回あることと、ラモーのオペラこそ、これから輝くべき作品群である、という思いからです。

これはラモーのオペラ・バレから舞曲を並べて構成したもので、上記の「入門的なアルバム」に該当するのですが、アリアも上手に挟まれていて密度が高く、じつに見事な「いいとこ取り」になっています。ここから、たとえば前に月に出たビション指揮の《カストールとポリュックス》全曲盤に進まれるのも、いいプランです。

対抗馬として考えたのは、イーゴル・レヴィットが、《ゴルトベルク》、《ディアベリ》、ジェフスキ《不屈の民》の3変奏曲をセットにしたもの(同じくソニー)。こんな大きな企画をこなすほどに、進境著しいという印象を受けます。「どれもが骨太の構成力と現代感覚によって貫かれ、自分の音楽になりきっている」からです。

《ゴルトベルク変奏曲》のラッシュが続いていますが、瀬川裕美子さんの録音も楽しめました。演奏にもエッセイにも、多彩なイメージが豊かに詰まっています。

今月のCD2015年11月30日 06時59分13秒

駆け込みで、今月のCDです。

今月新聞でご紹介したのは、福間洸太郞さんの「モルダウ~水に寄せて歌う」という1枚(デノン)。 《モルダウ》の自編曲から始めて、「水」にちなむ古今の小品を18曲並べたアルバムです。平素こういう作品集は優先的に扱わないのですが、これは構想と選曲に福間さんの個性とセンスが光っていて、感心しました。「爽やかな流れに心洗われる思いで聴き通す。格調高く、技巧も確かだ」(引用)。

今月は、ピアノに個性的なものが集まっていました。藤井一興さんのドビュッシー《前奏曲集第1巻》他(フォンテック)は、磨き抜かれた美音による幻想的な表現に、最近の境地が示されています。

アンヌ・ケフェレックのスカルラッティ・ソナタ集(ミラール)も良かったですね。「タイトル通り『影と光』が交錯するが、あでやかに洒落たその演奏で聞くと、影もまた、ひとつの光となる」(引用)。紙面では取り上げませんでしたが、メナヘム・プレスラーによるシューベルト/ベートーヴェンのソナタの味わい深さも、天下一品です。

今月のCD2015年10月27日 10時34分14秒

冒頭のチェロの旋律を聴いたとたんになつかしモードに入ってしまい、情緒にひたって聴き通したのが、ビエロフラーヴェク指揮、チェコ・フィル演奏によるドヴォルザーク交響曲第8番+《新世界より》のCD(デッカ)。チェコ・フィルの人たちにとっては何度演奏したかわからない曲でしょうが(私も第8は演奏したことがある)、細やかな連携はみごとで、作品への、また郷土への愛が伝わってきます。その自然さが、何より。

もうちょっと新しい曲が聴きたい、ということであれば、ショスタコーヴィチの第10交響曲はどうでしょう。アンドリス・ネルソンスがボストン交響楽団を使って開始したシリーズの1枚目です(クラモフォン)。ショスタコーヴィチの交響曲というと「晦渋」という言葉が浮かんできますが、この演奏ではすべてが明晰な意味をもって聞こえてきて、教えられるところ大です。

もっと新しい方がよければ、ルトスワフスキのピアノ協奏曲があります。ソロを弾くツィメルマンのセンスはさすが。オケはラトルとベルリン・フィルで、やはりグラモフォンです。

8月のCD2015年08月21日 09時21分07秒

《イタリア歌曲集》はロマン的オペラ風ではなく古楽の様式で聴きたいと常に思っていますが、波多野睦美さんの最新録音は、まさにその領域(ソネット)。さっそく選びました。

カッチーニの《アマリッリ》に始まり、モンテヴェルディの《死なせてください》、スカルラッティの《すみれ》等を経てヘンデルの《泣かせてください》に至る選曲がまずいいですね。有名どころがもれなく入っています。

演奏は、曲とピュアな向き合った印象のもので、「多彩な情感をしのばせる歌唱が、しみじみと心を温めて」くれます。西山まりえさん、懸田貴嗣さんらが顔を揃えた器楽との交流もよく、とても楽しみました。

もうひとつ感心したのが、ブルーノ・カニーノがイタリアの美術館(もと教会)で録音した「プレイズ 西村朗」(フォンテック)というピアノ曲集。西村さん特有の宗教的幻想が光溢れるイメージで再現されていて秀逸。いい出会いだなあと思います。

今月のCD2015年07月30日 10時21分01秒

クラウディオ・アバドの晩年の録音が、途切れずに発売されていますね。大きな尊敬をもって耳を傾けていますが、今月のモーツァルト オーボエ協奏曲/ハイドン 協奏交響曲は、特選盤に選ばずにはいられないものでした。2013年、スペインでのライヴですから、まさに最晩年です。

次は、新聞からの引用です。「ハイドンの協奏交響曲の、澄みわたるような気高さはどうだろう。4つのソロ楽器が力みも思い入れもなしに歌い交わし、穏やかなぬくもりが、全体を覆っている。神話に言うパルナッソス山が実在するとすれば、その頂上での合奏はこんなものではないか、と空想する。モーツァルトの協奏曲もソロと合奏が霊的に会話する趣で、L.M.ナバロのしなやかなオーボエがすばらしい。」

モーツァルトのオーボエ協奏曲をフルートのイメージからまったく解放されて聴いたのは、自分として初めてでした。

6月のCD~シフのシューベルト2015年07月02日 16時07分50秒

押せ押せになっております。

6月のCD特選盤は渡欧前に選んだものですが、アンドラーシュ・シフのシューベルト・ピアノ曲集(ECM)です。2枚組で、ピアノ・ソナタ第18番ト長調と第21番変ロ長調、楽興の時、即興曲 op.142などが収録されています。

とてもくすんだ響きで始まりますが、これは、フォルテピアノ(ブロートマン1820年)が使われているから。じっと耳を傾けていると、あたかも「洞穴のような深い奥に向けて、計り知れないほど多様な響きが、霊的なニュアンスを帯びて」広がっていることがわかります。

こうした深く幽玄な響きを、私はかつてフォルテピアノから聴いたことがありません。さすがにシフ。「改宗の告白」というエッセイを読むと、この楽器でこそ表現できるシューベルトの世界が熱く語られています。プラス、シフだからこそできる、です。たいへんな境地に到達したものだと、戦慄さえ覚えます。

今月のCD2015年05月29日 09時08分04秒

CDをかけたとたんに流れてきた、潤いのある音。ああ、やっぱり手で弦をはじく楽器はいいなあ、と惚れ込んでしまったのが、福田進一さんのギターによる「ノクタナール~イギリス音楽集」(マイスターミュージック)です。
ダウランドの《涙のパヴァーヌ》に始まり、ブリテン、ウォルトン、パーセル、デュアードと進んで《グリーンスリーブス》でしみじみと終わる構成は、いにしえと今を往復して絶妙。福田さんならではの芳醇なサウンドと配慮の行き届いたフレージングで、イギリス音楽の品格を伝えてくれます。

もう一つ、ぜひ推したいと思ったのが、ユリア・フィッシャーがピアノのヘルムヒェンと組んだシューベルトのヴァイオリン作品全集(キングインターナショナル)。小作りではありますが親密なアンサンブルの、なんと温かいこと。これこそシューベルト器楽の魅力だと思います。フィッシャーはヴァイオリン/ピアノの二刀流なので、ヘ短調幻想曲の連弾まで弾いていてびっくり。

4月のCD2015年04月29日 23時27分36秒

今朝アマゾンからメールがあり、「次のような商品はいかがでしょうか」と。その商品は、小菅優さんのベートーヴェンのピアノ・ソナタでした。え~、これ、私が新聞で紹介した特選盤ですよ。それを当人への「おすすめ商品」とは・・・。

このシリーズ、今回の第4巻には、作品10の3曲(第5~7番)と第11番、第29番《ハンマークラヴィーア》が収められ、「超越」と題されています。「超越」とは驚きです。なぜなら、初期のソナタ4曲にも超越性を認めているという視点が、そこに示されているからです。

でも演奏を聴いて、なるほどと思いました。ふところが深く、多様性がめざましく追い求められています。つねに一歩ゆとりを残して音楽と向き合い、力演に走らないので、曲ごとに豊かな景観が印象づけられ、初期ソナタ各曲の創意とユーモアが伝わってくるのです。後期の超大作《ハンマークラヴィーア》も、潤いをもって、美しさを失わずに探究されていると思いました。たいしたものです。