歩き方 ― 2008年12月06日 23時31分42秒
今日は、朝日カルチャーの講義を終え、サポセンこと齋藤正穂君と食事をしてから、打ち合わせのため、相模原文化財団に向かいました。相模大野の駅に着くと、後ろから、「礒山先生!」と呼びかけられます。いま助手的役割を務めてくださっている永田美穂さん(←弟子)が、同じ電車で到着したのでした。
ひっかかったのは、次の「お疲れのようですね」という言葉。たしかに自分でもわかるほど、足を引きずるように歩いていたのです。超過密スケジュールで、休んでいませんでしたから。
年齢って、どこにあらわれるのかなあ、と思います。どうも、歩き方のような気がするのですね。私の場合、新宿駅に到着(=目的地に緊張して向かっている)して歩くのと、国立駅に着く(=帰路でほっとしてる)のとでは、歩き方がまったく違ってしまう。後者は、とぼとぼ、よろよろになっていると、自覚しています。座席から立ち上がったときに、身体が動かないのです(笑)。数年後は、後者への統一が実現すると思います。
相模原市民文化財団の方々は何もそこまで、というほどの、いい方ばかり。「バッハの宇宙」のシリーズを、成功させなくてはいけません。意外でもあり、嬉しかったのは、18日の宗教音楽のコンサート(くにたちiBACHコレギウム)が、順調に売れている、ということでした。「ガラガラ」という副詞が、頭の中を回っていたからです。皆さん、よろしくお願いします。
初体験 ― 2008年11月07日 20時44分59秒
笠原潔さんのお通夜で、弔辞を頼まれました。故人の意思だそうです。お受けしましたが、正式に弔辞を読むのは、初めて。まさか、後輩の葬儀で体験しようとは思いませんでした。
内容を考え始めてしばらく、葬儀はキリスト教式であることが判明。失礼があってはいけないので、ネットで心得を調べてみました。すると驚くことに(よく考えればなるほどなのですが)、「ご愁傷様です」や「お悔やみ申し上げます」は、禁句であるとのこと。普通使いそうな言葉や表現がいくつもリストアップされており、どうやって書いたらいいやら、途方に暮れてしまいました。
もうひとつの違いとして書かれていたのは、普通の葬儀では祭壇の遺影に向かって語りかけるが、キリスト教式の場合には(遺霊に対する考えの違いから)客席に向かって語りかける形になる、ということです。そこでこの方式を採ることにし、筆ペンと式辞用紙を用意して書き始めました。しかし、疑問が次々と浮かんできます。名前は言うのか、言うとしたらいつどのように言うのか。式辞の封筒には名前を書くのか書かないのか、書くとしたら表か裏か内封筒か、等々。むずかしいものですね。
細部は会場で確認しましたが、当日の牧師さんの方針では、遺影に向かって朗読する形になる、とのこと。まずいなあ。ともあれ、「笠原潔さんの安らかなお眠りをお祈り申し上げます」で始まり、「笠原さん、どうぞゆっくりお休みください」で終わる文章を、複数回の中断(←涙)を克服して、心を込めて読み上げました。途中に、バッハのカンタータ第106番の一節を引用。気の付かない失礼もあったかも知れませんが、気持ちを込めて読めば、多少の慣例違反は許してもらえるのではないかと思いました。息子さんの挨拶が洗練されていてすばらしく、男の子がいる家庭もいいものだなあ、と感じた次第です。
少し高いワイン ― 2008年10月26日 21時43分40秒
日本音楽学会の全国大会、無事終了しました。とてもなごやかな学会だったと思いますが、いかがでしょう。ほっとして、ああ疲れた、と感じています。でも、もっとほっとし、もっと疲れた方がたくさんいらっしゃるはず。多くの方に支えていただき、最高責任者の職責を全うできました。
私がやったのは、金曜日夜の全国役員会の主宰、開会挨拶、総会の主宰、懇親会での挨拶、最後のラウンドテーブル「J.S.バッハとC.P.E.バッハ」の司会でした。ラウンドテーブルはパネリストにエースを揃えていましたので、世界の先端に立つ「息詰まる討論」(フロアより)の舵取りをするだけて済みました。その前、ワーグナーのランドテーブルもすごかったですね。三宅幸夫さん率いる日本ワーグナー協会の水準をまざまざと見せつけられる思いで、とくに、若手を前面に据えた構成には感心しました。たくさんの発表やラウンドテーブルが並行していましたので、一部しか出席できず、申し訳ありません。
少し高いワインを1本だけ買ってきました。これから飲みます(笑)。
雑用ではないのでしょうが ― 2008年10月18日 22時54分07秒
報告書やレポートを書くのに忙しい思いをされている先生方、たくさんいらっしゃると思います。この手の仕事が、格段にたいへんになってきた昨今です。それを雑用、と規定してはいけないのでしょうけれど。
ああついに来たか、と思ったのが、研究業績一覧の作成。著作や論文、学会発表のようなことについてまとめるのは当然の義務と理解していますが、最近はそこに「その他」の欄が加わり、社会活動のようなことまで記載するようになりました。ですから、講演、カルチャー、レクチャーコンサート、批評、解説やエッセイの執筆などを皆書く。今回はこの3年分をやりましたが、なにぶん膨大なので、手間のかかることおびただしい。放送出演のように、まったくわからなくなってしまっている分野もあります。それでも再現できるかぎりを再現して、きのう提出しました。遅れがずっと気にかかっていたので、一安心です。
そんなこんなで、しばらくゲームをしていません。最近体調が下降し気持ちもふさぎ気味なのはゲームをしていないからかもしれないので(多分そう)、ヨーロッパ・ユニバーサリスⅢの「ナポレオンの野望」でも始めようかと思っています。長いことやってきたのは「シビライゼーション4」でしたが、ものすごいゲームで、やれどもやれども、熟達にはほど遠い状況です。
女性ばかり ― 2008年10月05日 23時49分26秒
このごろ毎日のように、カレーを食べています。今日は学会の会議の前に御徒町の「デリー」で食べようと思ったら、若い人たちが、長蛇の列。いつのまにか、人気沸騰しているのですね。
大阪でのお昼に、カウンターでカレーを食べさせる店に飛び込みました。看板はスープカレーの店です。ところが、ふと左右を見回すと、全員、若い女性。帰る人の代わりに入ってくるのも、OL風の女性です。私は、自分が痴漢でないことには自信があるのですが、その判定は女性の主観によるとの説も聞きますので、「この人痴漢です」と言われるのではないかと思い、震え上がってしまいました。
それに近い感覚のあるのが、JRの女性専用車です。朝の9時まで限定ではありますが、カラフルに大書されていますので、きわめて居心地が悪く、10時を過ぎていると確信はしていても、何回も時計を確認してしまいます。周囲を見回すと、のんびり乗っている人もいらっしゃる。きっと、大物なんでしょうね。
車内通話 ― 2008年09月25日 23時11分33秒
先日、比較的空いた昼間の中央線に乗っていたときのこと。向かいの席に、30代の主婦とおぼしき方が二人、座っておられました。そのうちの一人が、携帯電話をかけている。大きな声で、冗談を言ったり笑ったり、天真爛漫です。隣の方も--私ならいたたまれないでしょうが--悪びれたところがありません。大物というか、なんと言うか。
考えてみると、同じ電車に乗り合わせた方は、ほとんど、携帯電話をお持ちのはずです。その方以外に通話する人がいないのは、要請されたルールを守っているから。できることなら使いたい、と思っている人も、たくさんいるだろうと思います。にもかかわらずほとんど通話する人はいないわけで、これってなかなか、たいしたことではないでしょうか。
それいう状況ですから、遠慮なく通話する人には、みんな、とても冷たい目を向けていると思う。そう考えると、天真爛漫に通話することの剛胆さがわかります。こういう人はいつでもそうしているのでしょうから、トラブルも起こるんじゃないかと思いますが、どうなんでしょうか。30代の主婦というと、周囲に気を遣って生活する人が多いだけに、印象の突出する出来事でした。
松本も変わる ― 2008年09月21日 20時58分42秒
20日(土)は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲に関する講演のために、松本へ。8年間暮らした想い出の土地ですが、列車を降りたとたんにどっちに行ったらいいのかわからず、まごついてしまいました。新駅舎が完成し、方角が変わっているのです。街も再開発が済んで、相当な変貌。路地だったところが広い道路になり、一口で言えば、クルマの走りやすい街になっています。サイトウキネンのおりなどには渋滞しますから、必要とされたのでしょう。でも昔を知る者にとっては、街の味わいが薄らいだようで、ちょっと残念です。
それにしても、ラーメン屋が多いですね。駅前の区画に、おびただしくあります。というか、これも変化で、増えているのです。そのうち1軒に入り、昼食。いろいろな意味で変わっていく松本ですが、私にとっては、思春期を過ごした町。その情感からは離れられません。
人にプレッシャーをかけるのが好きだと言われる私ですが、今回は大きなプレッシャーを感じていました。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲について1時間半話し、面白く聴いていただく自信がなかったからです。それなのに担当の方が言って下さることは、「礒山効果」(まさか)でコンサート・シリーズのチケットが売れている、「礒山さんのチケットください」と買いに来る人が何人もいる、等々(コンサートとかかわるのは講演とプログラム解説のみなのに)。かなりの準備をして最善は尽くしましたが、この程度でご勘弁いただけますか、というのが正直なところでした。
休日授業 ― 2008年09月15日 23時44分30秒
今日の敬老の日、休日だった方々には、お祝い申し上げます。というのは、私の職場では祝日授業というものが始まり、今日がそれに該当していたからです。曜日のアンバランスを是正するためなので仕方ありませんが、エネルギーが何割増しになるような感じがあります。
午前中は、会議。午後は2つ授業があり、そのあと、個人指導を3人。さらにサークルに2時間付き合って、帰宅しました。サークルというのは、秋の芸術祭に《冬の旅》をグループ上演する集まりで、その歌唱指導をしているのです。みんな真剣なので、とてもやりがいがあります。
とはいえ、帰ってきたら疲れてしまい、何もできません。明日は今週でも一番たいへんな日で、授業の準備や原稿の仕上げ、プロジェクトの準備などいろいろやることがあるのですが、明日、決死的な早起きで対処することにします。お休みなさい。
8月終わる ― 2008年08月31日 23時20分28秒
山梨県の合唱コンクールから戻ってきました。昨夜の宿は、穴山の能見荘といい、『日本百名山』で有名な深田久弥さんが最後に泊まられたところです。深田さんは宿泊の翌日この宿を発ち、すぐ近くの茅ヶ岳に登る途中、亡くなられたのでした。ついこの前のように思ったら、37年も前のことなのですね。私も百名山は印を付けながら登っていましたが、47で止まったままです。
閑静な宿に、すばらしい温泉がありました。温泉のために旅行するという機会はほとんどありませんが、このようなおりに、主催者の心づくしで立ち寄れるのはありがたいかぎりです。感謝。宿の周囲をめぐる山々は、茅ヶ岳のほか鳳凰三山、甲斐駒、八ヶ岳、瑞牆山などですが、すべて登ったことがあります。
折りからの雨で、列車が大幅に延着したのが、8月の最後になりました。8月が終わると、1年は3分の2が終わったことになります。秋風とともに、今年も残り少な。でも仕事も進んだし、まずまず、いい月でした。
二分割の勧め ― 2008年08月23日 23時29分10秒
ONさんありがとうございます。ううむ、やっぱり「いらっしゃいませ~(⤴)」はお店の商策ですか。不自然なイントネーションですから、自然発生的に広まるとは思えませんでした。
でも、それでほんとにお客様の気持ちが盛り上がり、結果、財布がゆるむんでしょうかね。私なら、「ら」にアクセントがきて「せ」で下がる正しい日本語で、はきはきと言ってくれた方がよっぽど好感がもてますが。皆さんいかがでしょう。
お店がそう考えるとことには、多分理由があると思います。リーダーの思いつきかもしれませんが、それなりのリサーチを経ている可能性もある。アンケートなんか、しているんでしょうか。いずれにせよ、語尾上げが本当に売り上げに貢献しているのか否か。興味があります。
挨拶といえば、よくある「いらっしゃいませこんにちは!」というのも、変ではないですか。自然な応対ではまず出てこない日本語です。趣旨としては丁寧度アップ、お客様の好感度アップということではないかと思いますが、私は、挨拶はシンプルな方が気持ちがいいです。もし両方欲しいというのであれば、語尾上げ隊と語尾下げ隊を分けるように、「いらっしゃいませ」担当の人と「こんにちは」担当の人を分けたらどうでしょう。誕生日の偶数奇数か何かで。
市役所の窓口や大学の教務科あたりで「いらっしゃいませこんにちは!」というのを導入したら面白いかもしれませんね。空想したら楽しくなりました。
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