松本ブランデンブルク紀行(3)--諸説の紹介2010年02月02日 22時21分24秒

人気トップの第5番の成立に関しては、最近支持されるようになった新説があります。それはピーター・ディルクセンが提起したもので、その成立を、1717年にドレスデンで行われた、ルイ・マルシャンとの腕比べに求めるものです。選帝侯の臨席する注目の腕比べで先進国フランスの音楽家マルシャンを夜逃げに追い込み、バッハの名声はいやが上にも輝いたわけですが、そのおりにドレスデンの宮廷楽団と演奏した作品のひとつが、この第5番というわけです。

この説は、第5番で突出したチェンバロ・ソロのパートが、時代に先んじてあらわれることをよく説明しています。フルートの独奏パートがバッハに初めてあらわれることについては、ドレスデンにビュファルダンという名手がいたことが説明になる。なにより、美しい第2楽章の主旋律が、マルシャンの作品から取られていることが、強い裏付けとなります。従来の「ベルリンで購入したミートケ・チェンバロの性能を発揮するために」という説では、資料の初期段階を説明しにくいのです。

講演会の後半では、曲集としての、さまざまな問題を論じました。調性が偏っているのは、偶然か意図的か。6曲は何らかのプログラムに沿って並べられているのか、そうではないのか。構成を古代の凱旋行列になぞらえるピケットの説、バロックの城館を絵を見ながら経めぐるベーマーの説を紹介しましたが、どちらも、思いつきの域を出ないと思います。しかし、正しい考察が一部含まれている可能性はなしとしませんし、本当の意図がまだ見つけられていないという可能性もある。「求めよ、さらば与えられん」というのが、《音楽の捧げもの》のカノンに付された注釈だからです。