松本ブランデンブルク紀行(7)--痛恨の思い2010年02月06日 23時26分11秒

初日、講演会の終了後。上品なご婦人が、私を尋ねて来られました。初恋の彼女の、母であると名乗られました。私と彼女は同年齢ですから、私の母でもあり得るお年のはずですが、自然なたたずまいは、到底そんな年齢に見えません。

ご婦人は私に袋を渡されました。そこには、やっと探し当てた古い写真が入っている、とのこと。そして、自分は短歌をやるので、娘が亡くなるときに詠んだ短歌を同封しました、とおっしゃいました。便箋に綴られているようです。

ありがたく頂戴しましたが、開く勇気がありません。翌日も勇気はなかったのですが、このままでは永久に開けないと思い、勇を鼓して、開いてみました。

白い紙に包まれた写真を取り出します。2枚ありました。小さい方を見たら、ああ!まさに中学生の頃そのままの面影の、彼女です。ずいぶん若い頃のようで、もしかしたら、国立音大在学中のものかもしれません。大きい方の写真は正装で、結婚式に撮ったものと思われました。2つの写真の間には、多少の年月の開きがあるようです。

達筆の書状が添えられていました。私の幼い頃の姿が今でも懐かしく浮かぶ、と書いてあります。ご存じだったんですね、私を。そのあとに6篇の短歌が記されていました。いずれも痛ましいものですが、その中にバッハが出てくるものを発見し、衝撃を受けました。

 孫娘は涙ぬぐひてその母の柩に納むバッハの楽譜

どんな楽譜が選ばれたのか、私にはわかりません。思ったことはただひとつ、ああ、万難を排してお見舞いするのだった、ということです。その日は痛恨の思いにさいなまれ、心の晴れることがありませんでした。ご冥福をお祈りいたします。