学会終わる ― 2011年11月07日 22時44分07秒
日本音楽学会の全国大会が無事終り、ほっとしました。東大駒場のもろもろ完備した環境を使わせていただいての、充実した2日間でした。
種々の研究発表やラウンド・テーブル、総会における諸々の部署からの報告を聞いていると、なんと多くの人の時間と努力が、こうした学会を支えているのだろうと思います。そんな上に私などが乗っかっていていいのかなとも思いますが、実行委員会をはじめ関係されたたくさんの方々には、感謝でいっぱいです。
若手研究者の着実な台頭を実感するのも、こうした大会においてです。私が接した発表は平行して置かれた分科会の一部に過ぎませんが、たとえばヴィヴァルディの音楽を演奏したヴェネツィアの救貧院の女性たちがどんな制度の中でどんな生活をしていたのかの資料研究は、誰でも知りたいがなかなかわからないことに対する、勇気ある切り込みだと思います。また、よく発表してくださる重鎮の方が今回の発表を、過去の発表に対する率直な自己批判から開始されたのには驚きました。大いに感銘を受け、信頼をもって発表に聞き入りました。
こんな大事な時間の中で、私が犯したことといえば、ダブルブッキング。全部空けていたはずの予定にキャンセルし残した部分があったことが偶然発覚し、天を仰ぎました。なんとか帳尻を合わせたのですが、その詳細は内緒です(汗)。
今日はさすがに疲れが出ました。いま、京都の近くを走っています。
種々の研究発表やラウンド・テーブル、総会における諸々の部署からの報告を聞いていると、なんと多くの人の時間と努力が、こうした学会を支えているのだろうと思います。そんな上に私などが乗っかっていていいのかなとも思いますが、実行委員会をはじめ関係されたたくさんの方々には、感謝でいっぱいです。
若手研究者の着実な台頭を実感するのも、こうした大会においてです。私が接した発表は平行して置かれた分科会の一部に過ぎませんが、たとえばヴィヴァルディの音楽を演奏したヴェネツィアの救貧院の女性たちがどんな制度の中でどんな生活をしていたのかの資料研究は、誰でも知りたいがなかなかわからないことに対する、勇気ある切り込みだと思います。また、よく発表してくださる重鎮の方が今回の発表を、過去の発表に対する率直な自己批判から開始されたのには驚きました。大いに感銘を受け、信頼をもって発表に聞き入りました。
こんな大事な時間の中で、私が犯したことといえば、ダブルブッキング。全部空けていたはずの予定にキャンセルし残した部分があったことが偶然発覚し、天を仰ぎました。なんとか帳尻を合わせたのですが、その詳細は内緒です(汗)。
今日はさすがに疲れが出ました。いま、京都の近くを走っています。
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