日常の五心2012年02月20日 08時38分28秒

4冊目を迎えた『土曜日の朝に』(「たのくら」の記念誌)を読んでいます。さすがに皆さん自分の世界をお持ちで、円熟したエッセイが多く、心を惹かれます。その中に、なるほどと膝を打つものがありました。重鎮、斉藤隆夫さんの寄稿です。

斉藤さんは、夏に法事で、曹洞宗のお寺に行かれたそうです。住職のお経に敬服し、立ち上がると壁に「日常の五心」が掲示してあることに気づかれました。次のようなものです。

一、すみませんという(反省の心)
ニ、はいという(素直な心)
三、おかげさまという(謙譲の心)
四、私がしますという(奉仕の心)
五、ありがとうという(感謝の心)

これを読んで私が反射的に思ったのは、これって、ミサ曲のテキストと同じじゃないの、ということです。同じ5章ですし、何より冒頭が、〈キリエ〉に重なります。以降も、もちろん厳密にではありませんが〈グローリア〉や〈サンクトゥス〉に類比できますよね。違うといえば、信仰箇条を列挙した〈クレド〉の存在でしょうか。宗教的な心は普遍的なものであるという《ロ短調ミサ曲》を通じての思いが、裏付けられたような気がしました。

エッセイは、含蓄深い、次のような文章で閉じられています。「私はこの古いお寺で身体も心も清められ、今後はこの『日常の五心』を心掛けて行動しようと思いつつ、小雨にけむる古寺を後にしました」。

最終講義??のお知らせ2012年02月22日 23時22分06秒

最終講義はやらないんですか、というお尋ねを、よくいただきます。私の大学ではその習慣がなく、海老澤先生以後、どなたもなさっていません。

私もやらないつもりでいましたら、音楽学(旧楽理)の卒業生たちが、「卒業生の企画する最終講義」を学外でやろう、と申し出てくれました。ありがたいお話なのでお受けすることにしましたが、相談するうちに、学術的性格のものではなく、楽しいお祝いにしたい、ということになってきました。そこで、それなら得意の三択クイズをやりましょう、とご提案しました。

音楽学の卒業生はだいたい連絡が取れるそうですが、その他の方々には、連絡するすべがありません。しかし私の場合、演奏の分野に、親しかった人がかなりいるのです。それが残念ではあったのですが、きりのない話ですから、今回は音楽学限定で、と思っていました。

ところが今日推進役の卒業生から、次のような提案をもらいました。聞きつけて問い合わせてくる演奏系の卒業生がいる、案内しているうちにみんなで楽しみたい気持ちになってきた、しかし私は知らなかった、連絡してほしかったという話になると残念なので、先生のブログで案内してほしい、という提案です。もちろん、望むところです。

ここでの情報は「3月17日(土)に都内でパーティがある」ということにとどめますので、関心のおありの方は、次のアドレスにお問い合わせください。ちょうど今朝も、声楽の卒業生の方から私のところに問い合わせがありました。景品に私の本をたくさんもっていきますので、クイズを楽しみたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

i.kyoju2012@gmail.com

今月のCD選2012年02月25日 23時27分09秒

このところ、送別会続きです。木曜日は、ドイツに留学した同僚で作っている「ドイツ語つながり」という会の、恒例の集まり。金曜日は、音楽学の「追いコン」。どちらでも送別会を兼ねていただきました。両日とも盛り上がりましたが、最近あまり密着していなかった音楽学の学生たちが示してくれた親愛の情は意外なほどで、感動をもって受け止めました。いずれも深夜におよび、疲れ気味です。

今月のCD、行きましょう。すばらしい1位があります。小菅優さんのベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集第1巻「出発」(ソニー)。第1~3番、第16~18番の6曲が収められていますが、正攻法の、じつに堂々たるベートーヴェンです。いまどき珍しい、といいましょうか。読みの深さと表現の多様性に加えて、のびやかさがあるのです。

2位は輸入盤で、ブルックナーの第3交響曲の初稿、すなわちワーグナー引用が要所で出てくる稿を、ブロムシュテットがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を指揮して録音したもの(独QUERSTAND)。
ブレンドされた響きで流れよく進められ、長さを忘れます。初稿、いいですね。

第3位は、ダニエル・ホープの「ロマンティック・ヴァイオリニスト」というグラモフォン盤を選びました。19世紀の名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの貢献を、ブルッフの協奏曲やブラームスのハンガリー舞曲など、彼のからんだ作品で追うという焦点の定まった企画で、演奏も引き締まっています。

日本文化への愛2012年02月28日 12時45分06秒

後期博士課程の入学試験が始まりました。今朝は9時に出勤しましたが、それも今日が最後です。

昔誰が読むのだろうと思っていた新聞の社説を、最近は読むようになりました。テレビでも、ニュースを中心に、討論番組や国会中継を見たりしますから、人間、変わるものですね。夜はBSフジの「プライム・ニュース」をよく見ます。そこに昨日、ドナルド・キーンさんが出演されました。

キーンさんが日本文学の優秀な研究者であられること、日本愛が嵩じて震災後の日本に永住する決心をされたことは、皆様もご存じでしょう。2時間番組なので日本文学、日本文化、日本人に関するさまざまなお話をされましたが、その造詣の深さと愛の深さにほとほと感服し、(最近の常として)涙を禁じ得ませんでした。

当初は古文から入られ、近代文学に関心を広げられたとのこと。古代から現代にわたる文学作品の中から、日本語の美しさ、通底する美意識を読み取って洞察しておられるのです。源氏物語、徒然草、日記文学、細雪・・・。和歌からは新古今集を挙げられましたが、これは私も共感。能の詞章につながる世界ですね。

こういう外国人の方がおられるのだから、われわれはもっと日本の文化、先人たちの遺した芸術や風土を大切にしなければなあと、心から思った次第です。西洋音楽を研究している私ですが、やはり日本人の目があってこその、日本における西洋音楽研究だと思います。

雪の閏日2012年02月29日 17時51分44秒

大雪の閏日になりました。通勤に不自由されている方もおられることでしょう。私の大学では昨日に続き博士後期課程の入学試験が行われましたが、今日受験した人は、その風景が一生記憶に残ることでしょうね。

終了後、研究室の仲間とのお別れ会までに、長い時間があります。そこでいよいよ、部屋の片付けに乗り出しました。3月を、片付け月間とします。なぜなら、自分の家を片付けないと、大学を片付けても処理できないからです。

今週「古楽の楽しみ」に出ています。しかし今週と3月26日からの週は再放送期間なので、去年の9月に出したバッハのトリオ・ソナタ特集と、12月に出したバッハの《クラヴィーア練習曲集》の特集を選びました。聴き逃された方はどうぞ。

閏日というと連想するのは、バッハのカンタータ第140番《目覚めよ》です。この曲は教会暦の閏日、すなわち三位一体後第27主日のために1731年に書かれたのですが、この日は復活祭が一番早くなった年にのみあらわれる日曜日で、バッハの生前には3回しか出現しませんでした。作曲前に1回、作曲後に1回です。

バッハのカンタータ中の最高傑作が、こういう珍しい日のために書かれているって、面白いと思われませんか?再演の機会がほどんどないことがわかっているにもかかわらず、バッハはこの日のテーマである終末を扱って、すばらしい作品を作りました。音楽は人間が作って人間に聴かせるもの、という発想では、説明のできないことだと思います。