ルプー、入神のシューベルト2012年11月07日 10時31分09秒

最近痛感するのは、ホールもひとつの楽器だということ。楽器が多種多様であるように、ホールも大きさや形態、音響条件によってさまざまです。ですから、演奏家がその違いに対応してホールを鳴らしてくれると、コンサートの価値はずっと高くなる。その逆もまた、真です。そんな思いを強めていたタイミングで、ラドゥ・ルプーのシューベルト・アーベントに巡りあいました(6日)。

ウィーン音楽祭4つ目のコンサートですが、3つ目の完売。演奏者と聴衆の皆様から大きな波をホールがいただいているような、ありがたい気持ちです。いつもより暗い舞台照明で、コンサートは淡々と始まりました。しかしその音の美しさには、満場驚愕といっても、過言ではないでしょう。まろやかで潤いのある音が、清水のような爽やかさで湧きだしてくる。その響きがホールとよくなじんで、客席をすみずみまで満たしていくのです。

タッチや脱力など、技術的な要因も大きいでしょうが、色合いが無限に変化するその奥行きに引き込まれると、演奏者の耳、とりわけ絶妙な和声感がそれを支えていることに、気づかないわけにはいきません。和声の天才、シューベルトの楽譜から、常人では気づかないような何倍もの情報が、引き出されているのです。天国的な長さ、あくなき反復といった特徴も、このように演奏されると、心ゆくまで味わいを楽しむ枠組みとなります。即興曲、最後のソナタには、年輪を重ねたルプーがシューベルトを慰めているように感じられるところもありました。

静かな演奏なのに、客席の盛り上がりは熱烈。高揚した表情で私に声をかけてくださる方も、いつになく多かったです。ご本人は包容力のある素朴なお人柄で、サインの長い列に、上機嫌で対応しておられました。