小さな場でこそできること2012年12月11日 00時03分13秒

「ちらちらと粉雪の降りしきる、ある寒い冬の日のことでした」・・・幼稚園のとき、劇のコメンテーターに選ばれて、暗記した文章です。アンデルセンかな。そういう光景に、久しぶりに出会いました。9日のコンサートを終え、山田温泉に泊まり、満ち足りて迎えた宿の朝、そして長野駅での印象です。

ホールとは言っても、駅前の小さなホール。ワンフロアに椅子を並べる急造の空間で行われた「すざかバッハの会10周年記念コンサート」でした。仕切った私が良かった良かったというのもどうかとは思いますが、コンサートの良さはホールが立派かどうか、お金がかかっているかどうか、有名なアーチストを集めているかどうかということとは別だ、という気持ちが決定的になる、昨日の体験でした。

なにしろ私が話に伺って、10年も続いている会です。集まってくださる方々には、すでにしてまとまりと、音楽に集中するスタンスがある。出演者の側も、私の信頼する友人たちで、皆さん、小さな場でも全力投球してくださる音楽家です。こうした前提があるだけで、音楽会の雰囲気は、まったく違ってくる。昨日のコンサートはこうした要因がことごとく噛み合って、私としても、何事にも代えがたいひとときになりました。

今私に欠かせないアーチストが、ピアニストの久元祐子さん。この方の知的で深い芸術解釈を尊敬し評価することが第一ですが、加えてこの方はオペラや歌曲の伴奏がすばらしく、それを進んで引き受けてくださるのです。この日もベートーヴェンの変イ長調ソナタ(←じつに潤いに満ちた演奏)、シューベルトの変ホ長調即興曲のあとに、宗教音楽と歌曲、オペラのプログラムを、すべて伴奏していただきました。お客様もわかっておられ、曲ごとにがらりと変わる音楽的なピアノに、賛辞が集中しました。

長野在住のトラヴェルソの名手、塩嶋達美さんが調達してくださったチェンバロでモンテヴェルディとバッハを演奏したのは、BCJの常連である、テノールの谷口洋介さん。甘さのある美声と高度なベルカントの技巧を備えた方で、〈ベネディクトゥス〉(《ロ短調ミサ曲》)のような難曲も長いブレスで、いとも自然に歌われます。今回は《カルメン》の二重唱という「専門外」の曲を無茶振り(←得意)していたのですが、大武彩子さんとのアンサンブルの音楽性の高さには、びっくりしました。これからの大戦力です。大武さんのスーパー・コロラトゥーラが大喝采を浴びたのは、想定内でした。

これでも十分に成り立つコンサートでしたが、今回は何より、岩森美里さんの貢献に感謝しなくてはなりません。カルメン、デリラなどで示された岩森さんの歌には、底知れぬ世界の広さと、燃えさかる情熱があります。とにかく人柄のいい方なので、そのカリスマ性に、みんな魅入られてしまう。アンコールで私に捧げるとおっしゃって歌ってくださった十八番、《小さな空》(武満徹)には、涙あるのみでした。その涙は、お客様の多くにも伝染していたようです。

本当にささやかなコンサートなのですが、私としてはとても大きな出来事。こんなコンサートを、これからも積み重ねていきたいと思います。