というわけで、12月はハインリヒ・シュッツの特集です。2日(月)からすぐ始まりますので、ご案内しておきます。
シュッツの作品、少しずつ取り上げてはいたのですが、豊富な作品数、増加する新録音に対応できていませんでした。放送する全34曲のうち既出は3曲のみ、それらも演奏を変えてお届けします。
2日(月)は比較的初期の作品を集めました。《イタリア・マドリガーレ集》 op.1から3曲(ユングヘーネル)、《カンツィオネス・サクレ》 op.4から6曲(ラーデマン)、《シンフォニエ・サクレ》 op.6から4曲(メッソーリ、ウィルソン)です。《シンフォニエ・サクレ》に、器楽が入ります。
3日(火)は、中期の《クライネ・ガイストリッヒェ・コンツェルテ》 op.8から選んだ4曲(レミー)に、ポピュラリティのある後期の《クリスマス・オラトリオ》(クイケン)を組み合わせました。
4日(水)は盛りだくさんです。まず《シンフォニエ・サクレ第2集》 op.10、同じく《第3集》 op.12から1曲ずつ(ヤーコプス、ベルニウス)。次に昨年初録音された受難モテット《私を憐れんでください、神なる主よ》(ラーデマン)。さらに晩年の《ヨハネ》《マタイ》《ルカ》3受難曲から、導入曲と終曲(フレーミヒ、ヒリアー、ラーデマン)。締めが《十字架上の七つの言葉》(ラーデマン)です。
5日(木)は、《ガイストリッヒェ・コーアムジーク》 op.11から7曲(ラーデマン)、および《白鳥の歌》からの〈メムとヌン〉、〈ドイツ語マニフィカト〉(ヒリアー)で構成しました。
準備し、録音する間中、シュッツの音楽はなんとすばらしいのだろう、と思っていました。放送でも述べたことですが、三十年戦争の苦難の時代にこうしたシンプルかつ高貴な音楽が生まれ、衣食足りよろず民主的になった現代の音楽がしばしばとげとげしいのはなぜだろう、と思ってしまいます。
救い主が寄り添っていたから。
物質・生物・精神(心)のあらゆる世界、万物を創世したとされる神(なるもの)、絶対的他者が、人々と社会に奥深く根付いていた時代だから。
民主的と言えども、過酷な競争に身が晒されているから。
際限無い欲望競争の激化、経済のグローバル化が、民主主義の基盤となるべき相互信頼に根ざした人間関係を掘り崩すに至っているばかりか、地球環境の悪化が、社会や人々の日常にまでも押し寄せ、人間の生存を脅かしつつある時代だから。
さらには、両刃の刃のテクノロジーが片や、人間をじわじわと凌駕しはじめ、生と死の尊厳に踏み込みはじめ、命を軽んじ、それを拡張・分解・解体するかの様な気味悪さが漂う時代だから。
このコメントを書き終わってから、録画しておいた日本音楽コンクール(作曲部門)の上位3人の作品を聞きました。作品についての本人の言葉がナレーションされたのですが、重なるものを感じました。