富田庸さんの名講演2010年07月14日 10時35分41秒

13日(火)、バッハ演奏研究プロジェクト・ピアノ部門で、富田庸さんが《ゴルトベルク変奏曲》について講演されました。オリジナル資料の研究を長年続けておられる富田さんならではの博識と洞察が、穏和で実直な語り口の中に満ちあふれる、すばらしい講演になりました。

《ゴルトベルク変奏曲》は、ドレスデンの宮廷音楽家たちとのバッハの交友の中で、彼らから種々のアイデアを取り入れつつまとめられていったものだ、というのが、富田さんの考え。いくつかの具体例が示され、現存する初稿断片や資料の相互関係などについてもご教示がありました。年度末発行の『音楽研究所研究年報』にまとめていただきますので、詳細については、それを楽しみにしていただきたいと思います。

ディスカッションの過程で私に取り憑いた考えがあります。それは、冒頭と末尾で演奏される〈アリア〉が、こんにち見るような形では最後に作曲されたのではないか、ということです。

〈アリア〉は《アンナ・マクダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集》に出ていますから、ついわれわれは、美しい〈アリア〉が先に存在し、そこから大きな変奏曲が発展したのではないか、と思ってしまいます。しかし変奏に用いられるのは低音旋律だけで、右手の優雅な楽想は、変奏曲とはなんの関係ももっていない。この右手部分は、変奏曲がさまざまなプロセスを経て今日の出版譜に見るような形を得た段階で、いわば装飾された表紙のように書き上げられたものだ、と見ることはできないでしょうか。おそらく第30変奏のクォドリベットも、それと連動して導入された。もちろん、それ以前に、もっとシンプルなアリアが置かれていた可能性はあると思います。

当否はわかりませんが、ひとつの可能性として否定できないことは、富田さん、渡邊順生さんも認めてくださいました。こんな想像をいろいろめぐらすのも、作品に近づくひとつの方法かもしれません。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック