名人芸2010年07月01日 11時47分57秒

今日の木曜日。久々の在宅日にしようかとよほど思いましたが、今日を逃すと「髪を切る」チャンスがありません。自分を激励して、三越前の「イガラシ」に出かけました。マスターはいつもながらの名人芸、家族的なもてなしも、とてもうれしい床屋さんです。終了後、三越で「服」を購入。「服」の購入には全然情熱がもてませんが、他の男性の方々、どうなんでしょう。

次いで、マッサージへ。最近、とてもいいお店を見つけたのです。新橋の「アルファ・ウェーブ」。最初に診察してくださった女性がとても良かったので、私には珍しく、指名でお願いしています。指名の理由を曲解されたあなた。すべて、技術と誠意の問題です。誤解のないように。

私のように身体が凝る人間は、どうしても、強くもみほぐしてくれることを望みます。痛さに耐えて、実感を得る。ところがこの方は、それではゆるまない、というお考え。無理を避け、痛さを感じさせずに、ほぐしていきます。軽く当てても、指はかならずツボに来ている。痛くないのに終わるととても軽くなる、というのが、指圧の極意であるようです。これまた、名人芸ですね。

こういう専門的な店の領収書は、医療控除で落ちるのだそうです。皆様、ご存じでしたか。

ヴォルフもいいですね2010年07月02日 23時48分01秒

7月ですね。今までは7月の声を聞くと「学期末」という雰囲気でしたが、最近は7月下旬まで授業が及ぶようになりましたので、まだまだです。

「ドイツ歌曲作品研究」の授業はシューベルト、シューマン、ブラームスと来て、今日はヴォルフの《メーリケ歌曲集》を取り上げました。ヴォルフを専攻する博士後期課程の山崎法子さんにヴォルフの紹介と模範演奏をしていただき、その後学生と、2曲を勉強。山崎さんの話と演奏はヴォルフに注ぐ情熱、作品と作曲者への理解、演奏に盛り込まれる共感において出色のもので、私はこれだけの話と演奏のできる人が何人いるかと思い、じつに感動してしまいました。この力量が、将来の論文に生かされて欲しいと思います。

ヴォルフの歌曲には、私の好きなワーグナーのエッセンスが凝縮されていますね。〈庭師〉は〈ワルキューレの騎行〉のミニチュア版の趣がありますし、〈彼〔春〕だ!〉の、「お聞き!遠くからかすかなハープの響きが!」のくだりの和声も、ワーグナーそのもの。でもそれが、マクロの芸術に対するミクロの芸術になっているのが、じつに洒落ています。

午後の「音楽学研究」(3年生)の授業は、11月の研究発表会に向けて、準備をしています。交互に司会し、レポートを提供し合うチームワークはなかなかで、テーマとなる「ポロネーズ」に関する情報も、蓄積されつつあります。次いで、「西洋音楽研究」の授業(2年生)。「小さな主張」を盛り込むという課題のもとに持ち回り発表をしているのですが、学生の意欲がきわめて高く、相互啓発もあって、教室に行くのが楽しみです。

放課後、博士論文関係の指導2人。着実に進歩が見えたのは何よりでしたが、さすがにこれだけやると限界。もう仕事はできませんので、夜は巨人戦など楽しみ、今はワインを飲んでいます。あと1年半で、教師生活完遂です。人生、あとはどうなるのでしょうか。

楽しい発見2010年07月04日 10時39分17秒

「バロックの森」では、結構マニアックな曲をかけています。もう少し親しまれている曲を増やした方がいいかな、と思ったりしますが、そういうマニアックな曲を、私が全部知っているわけではない。買い集めては勉強しているわけで、その過程で、思わぬ出会いがあります。

4月にコラール《心からあなたを愛します、おお主よ》の特集をしました。そのときに集めたCDの中に、アンドレーアス・ハマーシュミットのモテット集がありました。曲は似て非なるもので使えませんでしたが、たいへん美しい作品が集められており、1回特集しようと考えて、器楽曲も購入しました。

生涯を調べてみると、20代の頃は、フライベルク(ザクセン)の聖ペトリ教会で、オルガニストをしている。ちょうどこの教会のジルバーマン・オルガンを使ったCDの仕事をしたばかりでした。ただし、ジルバーマン・オルガンが建造されたのは、ハマーシュミットよりあとの時代のことです。

その後生涯を過ごしたのがツィッタウで、職場が聖ヨハネ教会だったというのには驚きました。結婚カンタータBWV216の研究のためにナイセ河畔のツィッタウを訪れた話は『救済の音楽』に書きましたが、ドイツの最東端、ポーランドとの国境にあるこの都市の、さいはて感も含む静かなたたずまいは、強く印象に残っています。その中心に聳えている聖ヨハネ教会のこともよく覚えていますが、17世紀半ば、そこにハマーシュミットというオルガニストがいて、美しいモテットを書いていたということは知りませんでした。感動しましたね。

モテット集を演奏しているのはウェーザー・ルネサンス・ブレーメンという団体ですが、透明感のある演奏で、ソプラノの美しさがきわだっています。名前を見るとズザンネ・リュデーンさん。まさに結婚カンタータを歌ってくださった名歌手です。いろいろなことがつながってくるものだなあ、と思うことしきりです。

責任2010年07月05日 21時53分31秒

先々週の阿部雅子さん、今日の高橋織子さんと、博士後期課程声楽の方々の研究発表が上々の成果を収めました。これだけやってくれれば指導者としての責任を果たせたかなと、ほっとしています。

責任をもつ、責任を果たすというといい意味ですが、責任を感じる、責任を取る、責任を追及する、などと言うと、まったく違う意味になりますね。ニュースになるのはほとんど後者です。日本相撲協会をめぐってとか、最近多いですね。しかし行動規範の一般論として言えば、他人の責任ばかりあげつらうのは、どうかと思います。まず考えるべきは、自分の責任です。

具合の悪いことが起こり、下の人に「困った。どうしようか」と相談しました。するとその人は躊躇なく、自分に責任がないことを立証しようとするのです--過去に、複数回経験したことです。これほど白けることはありません。私が非難がましく話を向けたのならともかく、知恵を借りようとしただけなのに、一抜けた、と返されたことになるからです。

「どうしましょうか」と一緒に考えてくれるのが望ましい対応で、幸い、今周囲にいる人は、皆そうしてくれます。責任逃れを押し出すのは、損をするまいとして、じつは一番損な対応だと思います。

今度も、私がうっかりしていたことがあり、どうしようかと下の人に相談しました。するとその人は、私の責任です、気がつかずに申し訳ありません、と謝罪し、すぐ対応してくれるではありませんか。こういうのを、「親身な」対応というのですね。感謝しつつ、勉強しました。

スマートフォン使い心地2010年07月07日 10時35分12秒

10日ほど使ってみてのご報告です。

Google人間の私からすれば、G-mail やニュースなどのGoogle系サービスにメインから直接入れるのは、大きなメリット。web 閲覧や検索も楽々で、もう携帯には戻れないと感じます。

感心したのは、地図機能。現在地をセットすると、A 列車で行こうさながらの、鳥瞰ビューを得られるんですね。かな漢字変換も、ずいぶん進歩していると思います。慣れれば、Googleドキュメントで作業することもできそうです。

慣れれば、と言ったのは、キータッチに習熟を要するため。狭いところに選択肢が密集していますから、すぐ、隣のキーに触れてしまう。web を閲覧していても、リンクを避けてスクロールするのが困難です。

というわけで四苦八苦しながらですが、マイ・ スマートフォンで更新を作成しました。これから投稿します。

〔追伸〕 投稿されないので調べてみると、ファイルが消えています。どうやら、修正ボタンの隣にある削除ボタンに触れてしまったようです。四苦八苦しながらですが復元稿を作りましたので、これから投稿します。

〔追伸〕 投稿されないので調べてみると、ファイルが消えています。どこかのボタンに触れてしまったのかもしれません。四苦八苦しながらですが復元しましたので、三度目の正直として投稿します。よろしくお願いします。

〔追伸〕 投稿されないので調べてみると、ファイルが消えています。四苦八苦しながらですがもう一度復元しましたので、改めて投稿します。よろしくお願いします。ああ疲れた。

7月のイベント2010年07月08日 22時28分06秒

遅いご案内になりました。今月はいろいろあります。それぞれの詳細は各ホームページでご確認ください。

10日(土) 日本音楽学会の特別例会。14:00から明治学院大学で、皆川達夫先生が箏曲《六段》の成立に関する新しい発見について報告されます。勉強を続けておられるばかりか、発表もしてくださるお姿に頭が下がります。

13日(火) 18:00から国立音大で、富田庸さんが《ゴルトベルク変奏曲》の成立に関する講演をされます。音楽研究所ピアノ部門のイベントです。

14日(水) ご好評をいただいている、いずみホールのバッハ・オルガン作品連続演奏会。今回はスウェーデンのオルガニスト、ハンス・ファギウスの出演で、2曲のトリオ・ソナタを含む、精緻なプログラムが組まれています。私も、たいへん楽しみにしています。19:00からです。関西の方、ぜひお出かけください。

16日(金)は梅津時比古さんの「日本記者クラブ賞」受賞を祝う会があります。私は発起人をさせていただいており、祝辞も差し上げることになっています。おめでとうございます。

18日(日)は立川の「楽しいクラシックの会」(10:00から)。今月はテレマンの特集でいくことにしました。最近急激に増えている手持ちCDを活用します。

20日(火)は18:00から国立音大のSPCで、「くにたちiBACHコレギウム」のメンバーによる中間発表のコンサートがあります。事実上、メンバーによるアリア大会で、いま準備が盛り上がっています。ぜひお聞きいただければと思います。

24日(土)は朝日カルチャー横浜校の講座(13:00から)。今月は《ゴルトベルク変奏曲》です。放送でもやった聴き比べの、映像を含む拡大版を披露します。

以上、よろしくお願いします。

研究に評価を2010年07月11日 09時46分28秒

10日(土)は酷暑の中、皆川達夫先生の研究発表が、明治学院大学で行われました。キャンパスに入ると、観光バスが止まっています。まさか学会に団体が、と思いつつホールにたどりつくと、立錐の余地もない盛況。ほとんど全国大会並みです。さすがに長年スター的存在を保ってこられた皆川先生だなあと思い、すっかり感心してしまいました。

先生が披露されたのは、箏曲『六段』が16世紀スペインの「ディフェレンシアス」という変奏曲形式に基づくもので、具体的には、グレゴリオ聖歌の〈クレド〉を下敷きにしたものである、という仮説でした。このロマンさえ感じさせる壮大な仮説の裏付けと当否に関しては、状況証拠の評価という専門的な事柄がありますので、会員の今後の討論に委ねたいと思います。イベントはさらに、久保田敏子先生(日本音楽研究)の研究発表、野坂操壽さん、神戸愉樹美さんらの演奏と続きました。音楽の「研究」が、華やかな脚光を浴びた一日。皆様、ありがとうございました。

かねてから感じ、昨日もまた思ったのは、音楽の「研究」というものが、もっと世間に評価されるようになって欲しい、ということです。理科系の研究を不要だと思う人はいないでしょうが、文化系の諸学、ことに芸術系の諸学、中でも音楽の研究は、重んじられていない現状があります。先日政府系のある会議に出席したとき、議長が「このプロジェクトの予算は一部の研究者のためでなく、一般の方々のために使うのが原則だ」という趣旨の発言をされ、驚いたことがありました。研究に予算を投じることが長い目で見るとその文化、芸術にとってプラスとなる、という視点が、世の中にはないようです。研究者の側に責任がある、とも言えますが、研究の必要性と意義を訴えることも大切だ、と痛感しました。

一寸先は闇2010年07月12日 17時23分49秒

このことわざがとくに好きというわけではないのですが、そう思わざるを得ない、世間の流れです。鳩山さんが「友愛」の理想を携えてさっそうと登場したとき、その未来は、前途洋々たるものに思われました。しかしその人気が渋谷の地下鉄のように急降下したのは、ご承知の通り。こうした結末を予感できた人は、ほとんどいなかったのではないでしょうか。

同じことは、菅さんの場合にも起こりました。いまのうちに選挙を、という作戦が、みごとに裏目に。それにしても、運命が変転するスピードの、なんと速いことでしょうか。ほんの数日で、がらりと風が変わってしまうのですから。

研究・教育の分野では、政治よりずっと、地道な積み重ねが可能です。それをありがたいと思っていますが、人生の流れは、どんなことで変化するかわかりません。評価は棺を覆ってから定まる、と言われるのは、こうしたためかもしれませんね。このように先が見えないからこそ、占いが尊ばれ、タコの人気が高まるのでしょう。

こわいことのように思いますが、だからこそ人生が面白い、というのも、確かだと思います。変転定めなき世の中を実感するのは、何よりも、選挙の時です。本音と建て前に乖離がある人たち、平素言を左右する人たちの気持ちが手に取るように顔に出ているのは、見応えがあります(笑)。

富田庸さんの名講演2010年07月14日 10時35分41秒

13日(火)、バッハ演奏研究プロジェクト・ピアノ部門で、富田庸さんが《ゴルトベルク変奏曲》について講演されました。オリジナル資料の研究を長年続けておられる富田さんならではの博識と洞察が、穏和で実直な語り口の中に満ちあふれる、すばらしい講演になりました。

《ゴルトベルク変奏曲》は、ドレスデンの宮廷音楽家たちとのバッハの交友の中で、彼らから種々のアイデアを取り入れつつまとめられていったものだ、というのが、富田さんの考え。いくつかの具体例が示され、現存する初稿断片や資料の相互関係などについてもご教示がありました。年度末発行の『音楽研究所研究年報』にまとめていただきますので、詳細については、それを楽しみにしていただきたいと思います。

ディスカッションの過程で私に取り憑いた考えがあります。それは、冒頭と末尾で演奏される〈アリア〉が、こんにち見るような形では最後に作曲されたのではないか、ということです。

〈アリア〉は《アンナ・マクダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集》に出ていますから、ついわれわれは、美しい〈アリア〉が先に存在し、そこから大きな変奏曲が発展したのではないか、と思ってしまいます。しかし変奏に用いられるのは低音旋律だけで、右手の優雅な楽想は、変奏曲とはなんの関係ももっていない。この右手部分は、変奏曲がさまざまなプロセスを経て今日の出版譜に見るような形を得た段階で、いわば装飾された表紙のように書き上げられたものだ、と見ることはできないでしょうか。おそらく第30変奏のクォドリベットも、それと連動して導入された。もちろん、それ以前に、もっとシンプルなアリアが置かれていた可能性はあると思います。

当否はわかりませんが、ひとつの可能性として否定できないことは、富田さん、渡邊順生さんも認めてくださいました。こんな想像をいろいろめぐらすのも、作品に近づくひとつの方法かもしれません。

豪華リレー2010年07月15日 11時35分38秒

いずみホール・バッハ・オルガン・チクルスの第7回、ハンス・ファギウス(スウェーデン)のコンサートが終わりました。今回もすごかったですね。作品を大づかみにとらえる構成力が抜群で、ぐんぐん、聴き手を引っ張ってゆきます。中でもイ短調BWV543、ホ短調BWV544が、まことに雄大な演奏でした。

このためお客様の拍手にも力がこもり、次回の前売りも、100枚を突破。入場者の1割売れたら大成功という前売りの世界ですが、むしろ2割に近い数で、驚きます。あ、次回というのは、2011年3月21日(バッハの誕生日)に行われる、ヴォルフガング・ツェーラーによる第8回。プログラムは、最高傑作ともいうべき《クラヴィーア練習曲集第3部》です。皆さんもいらしてくださいね。

世界のオルガン界はすごいなあ、伝統あるキリスト教国の厚みはやっぱりたいしたものだなあ、と感じつつ気づいたのは、このレベルの高さが、シリーズ音楽監督のクリストフ・ヴォルフ先生の人選に依拠している、ということです。日本でも有名というオルガニストは必ずしも多くなく、初耳という人も何人か含まれた、14人。それが、文字通り最高のバッハ弾きの人たちであることが、立証されつつあるのですね。

このシリーズが、個々の演奏家の知名度よりもシリーズへの信頼感で成り立っているように思えるのは、たいへんありがたいことです。ヴォルフ先生に感謝です。