理念の優先2011年10月12日 00時12分22秒

マッキーさんのコメントにあった、《ロ短調ミサ曲》の〈キリエ〉がヴィルデラーのミサ曲を手本としていたという問題について、若干フォローします。

この曲とバッハの〈キリエ〉が共通しているのは、短いアダージョの序奏がついていることです。そこで合唱とオーケストラが一緒に入ること、〈キリエ・エレイソン〉のテキストが3度にわたって唱えられること、ドミナント上にフリギア終止することも共通です。主部はどちらもフーガで、同音反復を伴う主題が用いられています。〈クリステ〉が平行長調を取り、ヴァイオリンと通奏低音に伴奏された二重唱になること、第2キリエが古様式によるモテット楽曲になることも同じです。

こうした類似に加えて、バッハがヴィルデラーのミサ曲の筆写譜を作成し、ライプツィヒで演奏しているという事実が、「引用」を疑い得ないものにします。もちろん、結果はまったく異なっているわけですけれども。

わからないのは、そのことと、〈キリエ〉の3曲がおそらく旧作のカンタータ楽章の転用(パロディ)であることとが、どういう関係に立つか、ということです。原曲が見つかっていませんので、バッハが両者をどう折りあわせたのかは、不明のままです。

〈クリステ〉のファクシミリを見ていて、あることに気づきました。それは、第2ソプラノのソロが最初の2段(休符)はアルト記号で書かれ、声部の始まる3段目から、ソプラノ記号に変わっている、ということです(当時はどちらもハ音記号で記譜)。これは明らかに、原曲はソプラノとアルトの二重唱であったが、《ロ短調ミサ曲》においてソプラノ同士の2重唱に改められた、ということを意味しています。ヴォルフの指摘する「神人の同一性」が、変更の理由であろうと思います。

ここからわかるのは、バッハが時として理念を優先した作曲家であった、ということです。第2ソプラノのソロはたいへん音域が低く、普通のソプラノで響かせるのは、至難の業です。しかしバッハがこの曲をあえて2人のソプラノの二重唱としたということは、低い音のよく出るアルトの歌い手をここで使うべきではない、ということを指し示しているように思われます。

訳書、26日配本と決まりました。よろしくお願いします。