お客様に脱帽2014年03月15日 09時59分59秒

12日(水)は、いずみホールでアンドラーシュ・シフのベートーヴェン・アーベント。大ピアニスト、シフの人気がいかに高いといっても、完売で大入り袋が回ってきたのにはびっくりしました。なぜならこの日のプログラムは《ディアベリ変奏曲》をメインに、《6つのバガテル》、ソナタ第32番という、晩年の渋い曲を並べたものだったからです。

私はシフを、必ずしもベートーヴェン弾きだとは思っていません。私の中にある精神主義的、人格主義的なベートーヴェン像とシフのアプローチはだいぶ違っていて、ソナタにはあまり馴染めないうちに、前半が終わりました。

しかし後半、《ディアベリ》の面白さはすごかった。エネルギーに溢れる奔放な演奏が最高のピアニズムで展開されて、満場を圧倒。その最後、音符的には短い音を、シフは名残を惜しむかのように長く引き延ばしたのですが(鍵盤に手を置いたまま)、お客様は静寂の中、その響きが消えるまでじっと耳を澄ましていました。盛大な拍手が湧き上がったのは、その後シフが、ゆっくり身を起こしてから。コンサートの最後はかくありたい、という願いが、理想的に実現されていたのです。

シフもそのことを嬉しく受け止めていたようで、傍目にも満足感をたたえながら、《ゴルトベルク変奏曲》のアリアを演奏。それで終わりだと思ったら再びピアノに向かって、さざ波のようなアルペッジョを弾き始めました。《月光》です!

第1楽章で終わるのかな、終わらないのかな、と思っていたら、鍵盤から指を離さぬまま、拍手をそれとなく制するように、メヌエットへ。さらに、フィナーレへ!圧巻の演奏で、場内の興奮は最高潮に達しました。

辛口の後期作品をずっと聴いた後でしたので、若い頃の作品に残る甘さが何とも好ましく、《月光》ってこんなにいい曲だったのかと、あらためて思いました。お客様とシフがいっしょに作ってくれたコンサートだと思っております。