年が明けました2016年01月01日 07時14分55秒

明けましておめでとうございます。新年にあたり、皆様の今年のご多幸をお祈りします。併せて、お知らせがあります。

拙訳『モーツァルト 最後の四年』(クリストフ・ヴォルフ著、春秋社)の原著用ウェブサイトに、日本語版ができました!柴田文彦さんのご尽力によるものです。モーツァルトの遺した「断章」の美麗な自筆譜と貴重な音源が公開されていますので、ぜひご覧ください。http://composed.webcrow.jp/

駅伝の高等戦術2016年01月04日 06時55分43秒

新春の風物は、やはり駅伝ですね。花形はもちろん箱根ですが、そこで有名になった選手たちの集結するのが、元旦の群馬(実業団)。年末には富士山女子駅伝というのも現れて、たくさんの時間を用意しなくてはならなくなりました。

それにしても、青山学院は・・。先日ちょうど学会の全国大会を開いたばかりで、音楽の先生たちもみな友人。爽やかな若者の揃った輝きのイメージには、なんとも魅力があります。

1万メートル28分台がずらりという強力軍団が成長してきたのは、原監督の手腕のたまものでしょう。聞くところでは、自分で考えられる選手を育てるという、自主性重視の教育方針をとっているとか。共感します。どの分野も同じことです。

その監督が、山下りの6区を一年生が走るのが心配だ、とコメントし、それが報道されていましたね。後から考えると、監督は隠し球の小野田君に絶対の自信をもっていて、わざとそう言っていたのではないでしょうか。他のチームは皆、ヨーシそこを突こう、と思うはず。それが水際だった快走をされたのでは、これはダメだ、と意気消沈してしまいます。すべて想定内だったのではないかと想像します。

青学だけでなく多くのチームが、下級生をバランスよく入れてきます。ラストチャンスの四年生には気の毒にも思えますが、それは来年以降のために、絶対欠かせないことであるわけですね。参考になります。中継を楽しみましたが、美談満載の絶叫中継は、ふらふら選手に飛びつくカメラワークとともに、過剰なのではないかと思いました。

『モーツァルト 最後の四年』ウェブサイト日本語版はこちらです。http://composed.webcrow.jp/(しばらくご案内させてください)

今月のイベント2016年01月05日 22時43分08秒

定例のご案内です。

第1、第3水曜日の朝日カルチャーセンター新宿校。ワーグナー講座(10:00~12:00)はいよいよ《パルジファル》に入ります。6日は、総論と前奏曲の分析で、第1幕の鑑賞に少しは入れれば、というところです。20日に、第1幕を進めます。バッハのリレー演奏講座(13:00~15:00)は、6日がバッハのモテット《主に向かって新しい歌をうたえ》、20日がパルティータ第2番ハ短調です。

11日からの「古楽の楽しみ」はバッハのカンタータ。これは別途ご紹介しましょう。16日(修正、土)に、いずみホールでバッハ・オルガン作品全曲演奏会の第8回。ヴォルフガング・リュプザム氏の登場です。「美しきかな、コラール」と題し、《シュープラー・コラール集》など、コラールに重点を置いたプログラムになっています。こちらをどうぞ。http://www.izumihall.jp/schedule/concert.html?cid=931

いずみホールのモーツァルト特集は、いよいよ三大交響曲。《29日(金)、指揮はガエタノ・デスピノーサ、オーケストラは日本センチュリー交響楽団です。http://www.izumihall.jp/schedule/concert.html?cid=1029

23日(土)の朝日カルチャーセンター横浜校モーツァルト講座(13:00~15:00)は、《魔笛》の第3回。第2幕フィナーレについて解説し、鑑賞します。デイヴィス指揮、コヴェントガーデンのすばらしい演奏がメインとなります。〔付記:同講座はイレギュラーですが30日にもあります。テーマは「クラリネット協奏曲と最後のフリーメーソン音楽」です。)〕

24日(日)は楽しいクラシックの会(立川錦町学習館)。オペラ・シリーズに入っていますが、今度は、先日「古楽の楽しみ」で展開したグルックになります。《オルフェオとエウリディーチェ》のウィーン版とパリ版を比較して取り上げるというのが、目下の計画です。いつもより30分早く、9:30~11:30となります。

27日(水)と30日(土)に、朝日カルチャーセンター新宿校のレクチャーコンサートがあります。「名テノールの歌うベルカントの真髄」が延期された結果、ここに集まってしまいました。27日については既報の通りですが(19:00~20:30、https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/ca620344-3b17-c36d-e639-55c2f15e4289)、30日(土)は、友人の作曲家・ピアニスト、加藤昌則さんとのコラボです。題して「名曲は即興から生まれる?」(16:00~17:30)。https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/f11a0475-004a-29ac-b532-56388d57e222。加藤さんお得意の即興演奏、バッハの解剖、サキソフォン奏者を招いてのオリジナル作品演奏など、盛りだくさんです。客席との交流もありますので、ふるってお出かけください。

『モーツァルト 最後の四年』ウェブサイト日本語版はこちらです。http://composed.webcrow.jp/(しばらくご案内させてください)

新年早々・・2016年01月07日 06時58分56秒

月初めに「今月のイベント」という記事を書きますが、メール等でまま、「曜日が違うぞ」「時間がずれているぞ」といったご指摘をいただきます。それはまずいので、今回はリンクを張り巡らし、正確を期しました。

ところが、やはり「違うぞ」趣旨のコメントをいただきました。具体的に言いますと、23日(土)が朝日カルチャーセンター横浜校のモーツァルト講座、30日(土)が新宿校のレクチャーコンサート(加藤昌則氏出演)と発表したところ、30日は横浜ですよ、という投稿をいただいたのです。

横浜校のモーツァルト講座は、第4土曜日。今月の当該日は23日で、私の手帳にも、23日の欄に横浜の講座が書き込まれています。あれ、もしかするとお正月を除いて数えるのかなと思い(今月は土曜日が5回ある)、横浜講座の23日をサイトで検索しました。すると私の講座が出てきたので一安心。横浜講座は23日で間違いない旨、お答えしました。

さて昨6日、新宿校に出講していると、担当者が、横浜校から電話があり、30日は横浜だとのことです、と言うではありませんか!

え~っと驚いた私は、そんな馬鹿なと思いつつ、ことの次第を探究してみました。その結果、思わぬ事態に突き当たり、愕然。つまり、23日の講座はいずみホールのコンサートとぶつかって延期した昨11月の補講であり、1月からの学期の第1回が、第5土曜日い設定されていたのです。そのことを手帳に書き忘れたわけですが、1月に2回ある、という発想はまったく浮かびませんでした。

これをダブルブッキングだと言われれば、否定しようがないですね。先日もある方から「礒山さんと同じようにダブルブッキングしてしまった」と告白され、「ほっとけ!」と思ったばかりなのですが・・。ともあれ、これに基づいて記述を訂正し、「3時に横浜で終わり4時に新宿で始まる」という綱渡りをどう実現させるか、検討します。もちろん、加藤さんとサックスの住谷さんがおられますので、お客様をただお待たせするようなことはありません。

皆様に正しい情報をお伝えするべきご案内が、私の勘違いを修正していただく場のようになっています。恐縮至極(汗)。しかしわかってよかったことは確かで、コメントをくださった野々垣さんに御礼申し上げます。

ヴォルフ『モーツァルト 最後の四年』ウェブサイト日本語版はこちらです。http://composed.webcrow.jp/

今月の「古楽の楽しみ」2016年01月07日 23時49分05秒

今月は、バッハのカンタータ特集です。カンタータはおりおりやっていますが、なにぶん傑作の森ですから、やっていない曲の方がはるかに多い。たとえばもっとも有名な第147番は、温存しているうちに今に至ってしまいました。これが、今回の切り札。第182番も初めてで、既出の作品は第1番だけです。

147、182を含むテーマとして、「マリアの祝日」を設定しました。しかしバッハ時代のマリアの祝日は、計3日しかありません。1日足りないので、ヨハネの祝日を組み合わせることにしました。演奏は曲ごとに変え、なるべく新しいものを使います。カンタータの新しい録音は結構あるのに、国内では紹介されないままになっているからです。

11日(月)は、ヨハネの祝日用カンタータ。第167番をガーディナーで聴き、そこで使われているルターのコラール《われらの主キリスト、ヨルダンの川に来たり》をオルガンと合唱で取り上げた後、このコラールに基づく第7番を、ローランド・ウィルソンの新録音で聴きます。リフキン方式(ソリスト4人が合唱も担当する)による演奏ですが、そのシェアはますます増加しています。

12日(火)は、お告げ(受胎告知)の祝日用作品。第182番、第1番は、どちらも著名作に属するものです。第182番には、スイスのザンクト・ガレン・バッハ財団の演奏を使いました。ルドルフ・ルッツの指揮のもと、急ピッチで全曲録音を行っているグループです。そのきびきびした演奏は、一聴に値すると思います。第1番には、次世代のエース、ハンス=クリストフ・ラーデマン指揮のドレスデン室内合唱団とベルリン古楽アカデミーを選びました。これは2011年のライプツィヒ・ライヴです。

13日(水)は訪問の祝日特集。ここに第147番、そして第10番(ドイツ語マニフィカト)を置きました。第147番の演奏は、マグダレーナ・コンソートの最新録音です。バスのピーター・ハーヴィーが指揮を執り、エリン・マナハン・トマス、ダニエル・テイラー、ジェイムズ・ギルクリストというそうそうたる顔ぶれで、重唱(リフキン方式)が組まれています。「今」にふさわしい、いい演奏です。第10番は、ローラント・ビューヒナー指揮のレーゲンスブルク大聖堂聖歌隊で。ソプラノのリュデーンさん(←旧知なので)が、さすがの歌唱を聴かせてくれます。

14日(木)は、清めの祝日。一番有名なのは第82番ですが、それはもう取り上げましたので、第83番、第125番を選びました。演奏は第83番がBCJ、第125番がヘレヴェッヘです。これのみ1900年代の演奏です(とてもいいと思います)。両曲に出てくるシメオン・コラールを合唱とオル、ガンで聴きますが、オルガンにはヴァルヒャのモノラル録音を使ってみました。しみじみと心に迫ります。

どうぞお楽しみください。

忍び寄るもの2016年01月11日 23時55分17秒

今日、成人の日は、新宿で用足しがありました。そこへ、知人からモーツァルト本を10冊仲介してくださるという話が入り、昼食を兼ねてお渡しすることに。本すべてにサインして袋に入れ、玄関に置きました。「用足し」の方は荷物がいりませんから、袋の重さは苦にならない、と見当を付けました。

国立からJRに乗り、国分寺で特快に乗り換えます。すると、席を譲られたのですね。見ると、相当いいトシのオジサンで、この人に席を譲られる理由がわからない。私の方から譲ってもおかしくないと思われる方なのです。

固辞しましたが、「私より上でしょうから」と強くおっしゃるので、ご厚意をいただき、座らせていただきました。でもそのモチベーションに、疑問があります。しばらく前にある方から、「先生はまだ譲られないでしょう?」と言われていたからです。「まだ」という副詞がひっかかりましたが、「もちろん」と答えていました。それが譲られたという現実を、どう考えるべきか・・。

座らなくても良かったのは、今日が身軽だったからです。でも座ってまもなく、身軽で良かったのかな、と気が回りました。身軽な理由が判明。本10冊を入れた袋を、玄関に置いたまま来てしまったのです。あわてて連絡を取り、三鷹でUターン。なんとか遅刻20分で、くだんの方とお会いできました。

私のうっかりは、皆様ご存じの通り。でも今日のうっかりはかなり重いのではないかと、瞑目しました。忍び寄るものがあるのではないかと指摘されれば、反論できません。

そんな私がライプツィヒのバッハ祭をご案内するというのでは心許ないですが、例年になく豪華な今年の旅行のWEB案内ができましたので、どうぞご覧ください。

http://www2.asahiryoko.com/djweb/TourDetail.aspx?tc=S27136160000

ヴォルフ著『モーツァルト 最後の4年』日本語版のWEBサイトはこちらです。

http://composed.webcrow.jp/

やむを得ない質問2016年01月14日 22時15分34秒

年賀状シーズンが、やっと終わりましたね。

私は数年前に勝手ながら年賀状を卒業する気になり、以後、返信しか出しておりません。ですから数は減ってきていますが、それでもくださる方が、目上を含めてたくさんいらっしゃいます(汗)。もちろん、嬉しいもの、なつかしいもの、恐縮するもの等、良きものがいろいろ含まれています。くださった方、ありがとうございます。

でも、年に一度の挨拶習慣が、すっかり空洞化してしまったように思えるのは、私だけでしょうか。なぜでしょうね。季節感と不即不離に形成されていた生活の起伏が、喪失されたからに違いありません。ネットを使っている人ほど、郵便の習慣から離れ、年賀状からも離れやすいのではないでしょうか。

このように流されてしまっている私ですが、こうした合理化がいいことずくめだと思っているわけではありません。日本の文化はなにより鋭敏な季節感を特色としているので、守っていきたいという気持ちはあります。伝統芸能の活力を保つためにも、それは必要なことだと思う。「・・・しているのは先進国では日本だけだ」などというよくある論調の対象に、お正月がなってほしくありません。

結局300通ちょっとの返信を出すことになりました。しかしその中には、相手がわからぬまま出している、というケースが少なからずあります。とくに多いのが、連名で賀状をいただくが、自分の知人が旦那様か奥様かわからない、というケース。年々、増えつつあります(汗)。ツーショットの写真があっても同様なので、万一心当たりのある方がおられましたら、お名前に丸印をつけていただくとありがたいです。

最近あったこと。おいしそうなプレゼントが届きました。状況からすれば、送ってくださった方(男性)とは、大きな接点があったはずです。でもどうしても、そのお名前の方を思い出せないのですね。食べるに食べられませんので、失礼を重々承知で、あなたはどなたでしょうかと電話を差し上げてみました(汗)。すると高齢の方が電話を取られ、話が一進一退となって、確かめることができずに終わりました(大汗)。

これをお読みの方にも、あなたどなたでしたっけ、と質問してしまうかもしれません。でも、わからないままでいるよりお互いにいいと思うので、本当に失礼ではありますが、お尋ねしようと思います。

ヴォルフ著『モーツァルト 最後の4年』日本語版のWEBサイトはこちらです。  http://composed.webcrow.jp/

またすごい人が・・・2016年01月19日 13時13分27秒

16日(土)はいずみホールのバッハ・オルガン作品全曲演奏会。「美しきかな、コラール」と銘打った今回登場されたのは、アメリカを中心に活動されているドイツ人、ヴォルフガング・リュープザームさんでした(いろいろに発音されていますが、ご本人に伺ったところ、リューは短く伸ばし、ザーは長く伸ばすのがいい、とのことです)。

ずいぶん昔からレコードで名前を知っていましたが、これまでは接点がありませんでした。リハーサルに、蝶ネクタイの正装で登場されたのにまずびっくり。蝶ネクタイは肌身離さずのようで、本番には赤のシャツに蝶ネクタイ(!)で臨まれました。

とはいえ、奔放な方ではありません。このシリーズでは後半の始めにご本人にステージ・インタビューをする習わしになっているのですが(それを楽しみにされる方も多いようです)、リュープザームさんは、演奏に集中したいからとおっしゃって、インタビューを辞退されました。楽しみにされていたお客様、申し訳ありません。初来日で、かなり神経を使っておられたようなのです。

しかし演奏は、強靱そのものでした。聴衆からすればなじみのない曲の並んだプログラムなのに、リハーサルは楽譜を見ることなく、縦横に進められてゆきます。オルガンを歌わせることが肝要だとおっしゃる通り、ポリフォニーの諸声部が磨き上げられていて、完成度が高い。克明な造形の中から、主旋律が思わぬ響きで浮かび上がってきます。自由曲で掛留の和音がオルガノ・プレーノで連ねられてゆくところの威容は並びなく、圧倒されました。

終了後は、万雷の拍手。スタンディング・オーベーションをされたお客様がおられたのは、オルガンのシリーズでは珍しいことです。楽屋に駆けつけてみると、なんと安堵の涙を流されている。思わず抱き合ってしまいました。「当日は私にとって特別な体験となりました。楽器によって『語る』という、いつもはなかなかむずかしいことができたからです」というのは、後でいただいたメール。ちなみに私と同い年だそうです。

これほどの人が初来日とは、と思って尋ねてみると、自分はマネージャーもいないし、呼んでくれる人もいないので、と寂しそうなお返事。こういう方を推薦してくださったヴォルフ先生(←本シリーズ音楽監督)の慧眼を、あらためて感じさせられた次第です。

今月のCD2016年01月24日 08時41分43秒

今月は、久元祐子さんの「優雅なるモーツァルト」(コジマ録音)を推薦しました。いつも競演している方なので近距離から推薦するのはどうかなと思い、かなり考えましたが、本当にいいものを推薦するのを遠慮する必要はないと割り切りました。ただ新聞記事は、字数の調整のためでしょうが少し手が入っていて、私の文章と異なります。ですので本来の文章を載せておきます。

歴史ピアノと現代ピアノを弾き比べて「優雅」を引き出す試み。トルコ行進曲付きのソナタにシュタイン、変ロ長調ソナタにはヴァルターの同時代モデルが使われ、それぞれベーゼンドルファーと併録されている。慈しむようなタッチで綴られた演奏は潤い豊かで目配りが行き届き、エキスパートの貫禄十分だ。シュタインの繊細な響きを明晰にとらえた録音もいい。新風を吹きこんだのは、渡邊孝らのアンサンブル・リクレアツィオン・ダルカディア。野の花のようなガルッピのトリオ・ソナタを、卓抜なコンセプトで面白く聴かせる(ALM)。

付け加えますと、新発見のイ長調ソナタ自筆譜の異同も聴き比べられるようになっており、楽譜もブックレットに掲載されています。変ロ長調ソナタというのはK.333です。

17日に久元さんのモーツァルト全曲ソナタ演奏会その1が、ブルーローズで開かれました。作品理解がすみずみまで行き届いた音楽的な演奏で、潤いにはじけ感も加わり、200番台のソナタを再認識。新聞で取り上げて間違いなかったと思いました。

朝日カルチャーのレクチャーコンサート2つ、今週です。どうぞよろしく。(水曜日 小林一男+久元祐子、土曜日 加藤昌則+住谷美帆)。

ヴォルフ著『モーツァルト 最後の4年』日本語版のWEBサイトはこちらです。  http://composed.webcrow.jp/

終わる授業、続く授業2016年01月27日 09時15分00秒

学年末になり、授業が一つ一つ、終わっていきます。

21日(木)に、國學院の最終授業。後期はバッハを取り上げていましたが、《ロ短調ミサ曲》で締めくくりました。ハイテク装備の大学で、使い方さえ心得ていれば(ちょっとハードル)、スムーズに授業を進めることができました。いつも一番前で聴講してくださっている年長の方が、須坂の出身というのにはびっくりしました。

25日(月)に、聖心女子大の最終授業。今年度は「聖母マリアの音楽史」という、この大学にぴったりと思われるテーマを選んでおり、最後はメシアンとペルト。思った以上にテーマに関心を寄せる学生が多く、毎回の質問(出席票の裏に書く)が充実していました。

来年度が最後の年になるのですが、シラバスを書く(=授業内容を確定させる)のは今です。切り札を1年早く切ってしまったので、困りました。こういう時はホームグラウンドに戻るのが上策ということで、「受難音楽の歴史」に決定。各回のテーマも決めて、ネットで公表しました。いまは多くの大学が、こういうシステムをとるようになっています。

ICUは、第3学期の担当なので、まだ進行中です。昨日(26日)は、《ロ短調ミサ曲》の〈アニュス・デイ〉と昇天祭カンタータのアルト・アリアとのパロディ関係の実際を、丹念に楽譜を見比べて調べ、そこにある意図を考える授業でした。少人数だからできることです。

その後飲み会を予定していたので、好きなお店の一つ、国分寺の「ヴァン・パッション」へ。資金補充のために混雑する武蔵境駅構内のATMで、まとまったお金を下ろしました。先にホームに上がったところ、まだ全員揃っておらず、お金を下ろしている学生がいる、という知らせが。電車が来たので、下ろさなくたっていいのにと思いつつ、一台見送りました。

すると女子学生が、手に札束をもって上がってきました。これがATMに残されていたが、先生のものではないか、というのです。あっと思って調べると、財布は空っぽ。カードを取り、現金を取り忘れていたのでした。

その学生は、下ろすかどうか迷ったのだそうです。学生が下ろさなかったとしたら、また別の人が次に入り、私が気がつかないままだったら・・・、と考えると、一騒ぎになるところでした。危ない、危ない。

かつてなく優秀な学生たちと、楽しく飲食。少人数の授業は、こうして親しくなると、とてもやりやすくなります。内の一人は今日卒論提出したばかりとリラックスしていましたが、明日が卒論提出だ、という剛の者が一人(汗)。あれだけ飲んで、どうなったでしょうね。

〔付記〕こう書くと、そういう学生を飲みに連れて行くのは先生としてどうなんだ、と言われそうですね。もう完成していてあとは印刷だけ、という自己申告により、参加を受け容れました。