1日5回の《シャコンヌ》2008年03月16日 22時07分38秒

相模大野グリーンホールのレクチャーコンサート・シリーズ「バッハの宇宙」のために企画した「シャコンヌの祭典」が、3月12日(水)、無事終わりました。バロック・ヴァイオリンによるパルティータ第2番(演奏:川原千真)の全曲のあとに、チェンバロ編曲、メンデルスゾーン編曲(ピアノ伴奏付き)、ギター編曲、4つのヴィオラ編曲と並べましたので、お客様は《シャコンヌ》を計5回聴かれたわけです。聴くにつれ作品の深さに引き込まれた、となればいいが、悪くするとステージごとにお客様が減っていったり、もう《シャコンヌ》は一生聴きたくない、という感想をいただいたりしかねません。企画の問われるコンサートでした。

私がコンサートの成果を判断したり、個々の演奏を批評したりするわけにはいきませんので、当事者としての感想を、簡単に書かせていただきます。私はリハーサルからずっと付き合っていましたから、この日だけで10回は聴きました。もちろん、理解とともに輝きが強まりこそすれ、聴き飽きることはありませんでした(きっぱり)。この作品の内蔵する世界が、途方もなく大きいからです。

大塚直哉さんがチェンバロで演奏したステージでは、《シャコンヌ》に隠された和声がすべて析出されて壮観。平澤仁さんがあえてロマンティックに熱演したメンデルスゾーン版では、原曲との差異が、いやが上にも感じられました。巨匠・福田進一さんの貫禄のギター演奏が効果的な転換となり、最後の野平一郎編曲にたどり着きました。

4つのヴィオラ(演奏者は坂口弦太郎、丸山奏、岡さおり、青木篤子)の重奏というのはどんな響きか、ご想像になれますか。中声ばかり集めてどう処理するんだろう、と思っていたのですが、この響きが、あたかも桃源郷のようにすばらしい。やわからく厚みがあり、別世界のような甘美さで、聴き手を包み込みます。しかも《シャコンヌ》のテクスチャーは4本にみごとに振り分けられ、作品の構造を、よく聴き取ることができる。野平さんの手腕は、本当にたいしたものです。野平編曲の《シャコンヌ》はこの編曲とより現代的な編曲の2つがあるのですが、やがて第3編曲が発表されて、三部作となるそうです。

若いカルテットを縦横に指導し、きりっとしたアンサンブルを作り上げる坂口さんの姿は、若き日のギドン・クレーメルを見るよう。この演奏が締めとなって、私としても会心のコンサートが完成しました。演奏者の方々、どうもありがとうございました。

ホールオペラ2008年03月13日 16時00分40秒

ホールオペラがさかんですね。いずみホールでも5月にロッシーニの《ランスへの旅》を出しますが、3月6日にサントリーホールで見たモーツァルト《フィガロの結婚》は、見事なものでした。

コンサートホールでオペラを、というのは、不自由を承知で名曲を聴きたい、というところから始まったと思います。初期にはほとんど、演奏会形式に近かった。しかし最近は著しく発展し、むしろ劇場以上に自由な創意工夫が行われている印象があります。今回の《フィガロ》がまさにそうで、スピーディーなイタリア喜劇を愉しみました。

11日の毎日新聞に賛辞を書きましたので、ここではごく簡単に。指揮者ルイゾッティの生き生きした表現と縦横無尽のフォルテピアノがすばらしく、セッコがこれほど面白く感じられた《フィガロ》は初めてです。キャスティングも、完璧。5人の主役は、上昇中の旬の歌い手を、イメージぴったりに揃えていましたし、脇役も劣らず練達で、みごとな支えになっていました。この人選とプロデュース能力は、さすがサントリー。脱帽です。(バルトロを歌ったカプアノの大ファンになりました。)

清浄な空間で2008年03月09日 22時55分30秒

2月27日(水)には、「バッハの宇宙」シリーズの番外編として、オルガン・コンサートを開催しました。もちろん、相模大野グリーンホールではできませんから、青山学院大学相模原キャンパスのウェスレー・チャペルをお借りすることになりました。

快晴の日。横浜線淵野辺駅に初めて下車。南東の方面に歩き、やや町を離れたころ、眼前に忽然と、豪華な建築群があらわれます。これが相模原キャンパス。すごいですねえ。いま大学はどこも学生減で四苦八苦していますから、よくもこんな立派な校舎が建てられるものだなあ、と、素朴に感心。キャンパス中央にあるチャペルがまた優雅のきわみで、美しいステンドグラスに彩られています。

これだけ清浄な空間だと、罪深い自分がステージに上っていいのかと、まことに恐れ多い気持ちになります。聞くところでは青山学院の起点にあるメソジストという流派は、生活を律し、悔い改めの精神をもつことを尊重するとか。たしかに、そんな気持ちになりました。このちょっと浮世離れのした空間にしつらえられたデンマークのオルガンを使って、コンサートは行われました。

演奏家は、専属オルガニストの筒井淳子さん。リハーサルのときから、歴然と緊張しておられます。まじめで折り目正しい、その意味では場にふさわしい方なのです。あとでお聞きしたところでは、緊張のあまり、花粉症が治ってしまわれたとか。出演者と解説者の緊張の総量はどうやら一定であるらしく、筒井さんが緊張してくださればくださるほど、私はリラックスしてお話しできました。

《トッカータ、アダージョとフーガ》、私の好きなニ短調のトリオ・ソナタ、《パッサカリア》に2曲のコラールを加えたコンサートは、清潔感あふれる筒井さんの演奏で、気持ちのいいひとときになりました。オルガンの実演は、見てとても面白いものです。対話の中でストップの説明や比較を行っていただいたことも、いい勉強になりました。バッハのためにも、オルガンのコンサートがポピュラーになるといいと思います。

古楽100%の《ヨハネ》2008年03月05日 23時46分15秒

2月25日、紀尾井ホールで、ヨス・ファン・フェルトホーヴェン指揮、オランダ・バッハ協会合唱団・管弦楽団による《ヨハネ受難曲》を聴きました。「合唱団」とあるが、リフキン方式により、「合唱」は4人のソリスト(コンチェルティスト)と、4人の補充歌手(リピエニスト)のみ。弦も1本ずつで、考えられるかぎりの小編成です。旧知のピーター・デュルクセン(オルガンを弾いていた人)による1724年初演バージョンが使われましたが、これはしっかりした研究に基づくものでした。

リフキン方式の可能性を探る意味でも注目した公演ですが、声楽・器楽ともにこれだけレベルが高いと、貧弱な感じは受けません。冒頭合唱曲も、抜けるように透明な協和音と鋭くきしむ不協和音の対比によって、立派に大きさを出していました。しかし追求されるのはあくまでも室内楽的なコンセプトで、きめ細かさ、統一性の高さは、たいしたものです。

ずらりと並んだ合唱団による演奏にはもう戻れないなあ、などと感心しつつ聴きましたが(客席も大いに沸きました)、にもかかわらず感動できないのはなぜだろう、という疑問も、ずっと心から離れませんでした。申し分のない、古楽様式。しかし主役は、「イエスの受難」ではなかったようです。

シフ、神業の《パルティータ》2008年03月04日 22時24分34秒

いまいずみホール(大阪)で、アンドラーシュ・シフによるバッハ《パルティータ》全曲を聴き終わったところです。6曲を黙々と弾き続けて、終了9時半。満場熱狂の幕切れになりました。

9年ぶりの、シフの公演。《パルティータ》全曲ではチケットが売れないのではないか、と危惧するスタッフもいました。ところが発売即売り切れで、争奪戦の様相に。やはり皆様、よくわかっておられます。前半に第5番、第3番、第1番、第2番の4曲。後半には第4番、第6番が並べられ、わかりやすい第1番が、絶妙のタイミングで登場しました。シフの頭には全部の曲が完璧に入っており、配慮の届かない音符は1つもなかったと思います。

ピアノで弾くバッハの最高峰は、という問いに、現在ならシフ、と言下に答える私ですが、そのことが立証されるコンサートでした。《パルティータ》では、バッハ特有の線的ポリフォニーが、かなり複雑に絡み合います。そのすべての声部に、血の通った生命力がゆきわたっている。そして、端然と息づくポリフォニーの中から、思いがけない旋律が、音型が、花開くごとくに浮かび出てきます。さまざまな発見に満ちた、新鮮な演奏なのです。アーティキュレーションも理にかなっており、古楽の耳でも、違和感なく聴ける。構成力も卓抜で、曲尾のジーグが、《平均律》のフーガさながらに盛り上がりました。

自由度が最高に達した第6番が、当夜の白眉。こういう演奏を、ピアノの方々に、たくさん聴いていただきたいですね。ちなみにシフの足はペダルから遠く離れて置かれ、ただの一度も、そこに触れることはありませんでした。

《シャコンヌ》の祭典2008年03月03日 23時32分08秒

3月のご案内、その1です。

3月12日(水)の19:00から相模大野グリーンホールで、「バッハの宇宙」シリーズの最終回として、「シャコンヌの祭典」と題するコンサートを開催します。バッハの《シャコンヌ》を主役に、その原曲と種々の編曲を楽しもう、という趣旨のコンサートです。プログラムは以下の通り。

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調BWV1004全曲 川原千真 チェンバロのための《シャコンヌ》 大塚直哉(編曲、演奏) ヴァイオリンとピアノのための《シャコンヌ》 メンデスルゾーン編曲、平澤仁(ヴァイオリン) 竹村浄子(ピアノ) ギターのための《シャコンヌ》 福田進一(編曲、演奏) 4つのヴィオラのための《シャコンヌ》 野平一郎編曲、坂口弦太郎、岡さおり、丸山奏 他

さまざまな形態を通じて、《シャコンヌ》の名曲たるゆえんを浮き彫りにしたいと思います。いらしてくださる方は、メールをくださるようお願いします。前売り3150円です。

山田耕筰のオペラ2008年02月27日 22時58分33秒

《ワルキューレ》から1日おいた2月22日、新国立劇場で、山田耕筰のオペラ《黒船》を観ました。日本最初のグランド・オペラとされる作品で、1940(昭和15)年に初演されています。太平洋戦争の始まる前の年、ということになります。若杉弘指揮、東京交響楽団による今回の上演は、序景付きの完全版としては世界初演にあたる、とのことでした。

ワーグナーのあとだし、単調かな、とも思って、勉強のために行ったのですが、どうしてどうして、たいへん面白かった。抒情歌あり、祭り囃子あり、民謡あり、尺八ありと変化に富んでいて、相当長いのに、聴き手を飽きさせない。とりわけオーケストレーションが秀逸で、さすがに山田耕筰は一流だったのだなあ、と再認識しました。

唐人お吉が主人公。釜洞祐子さんが、いつもながら役柄の化身となった熱演でした。舞台装置も美しく、いい公演でしたが、もっと明晰で、もっと自然な日本語を歌に乗せてほしいと、何人かの方にはお願いします。

これだけの作品がほとんど演奏されないのでは、宝の持ち腐れです。日本の作品に、もっと目を向けていきましょう。

《ワルキューレ》今昔2008年02月26日 23時38分54秒

ワーグナーの作品の日本初演には、けっこう立ち会っています。《ワルキューレ》のそれは1972年ですから、私は美学の大学院生。火の玉のような勢いの演奏に驚き、日本でもこれだけのワーグナーができるのか、と舌を巻いたことを覚えています。クールな渡辺護先生(←指導教授)も、「良かった!」と興奮しておいででした。

同じ二期会による、今年の《ワルキューレ》(2月20日)。初演時にブリュンヒルデを熱演した曽我榮子さんが公演監督になられたことに、時代の推移を、そして二期会の継続性を感じます。正式の批評ではないので、気楽に感想を。

第1幕は低調で、初演時の意気込みはもう過去のものなのかなあ、と思っていました。しかし第2幕の中程から、急激に盛り上がってきた。初演から36年を経て、飯守泰次郎さんにはいまや、大家の風格があります。作品を知悉した人が指揮を執っている、という安心感が、弾いている方にも聴いている方にもある。日本のワーグナー公演の、偉大なる中心ですね。オーケストラ(東フィル)も、重量感こそ未だしですが、正確に美しく弾けていて、安心できるレベルに来ています。8人のワルキューレたちのホールを揺るがすような声の響きにも、今昔の感を覚えました。

キャストでは、横山恵子さんの、凛とした正攻法のブリュンヒルデに、すっかり感心。小森輝彦さん(ヴォータン)には内面性がありましたし、小山由美さんの、知性と風格を備えたフリッカには、世界の水準を実感しました。

というわけで大いに楽しみましたが、6時に文化会館に転げ込み、全力で帰宅して12時過ぎ、というのはきつかった。バイロイトでは観客も1日がかりで取り組むわけで、作品の大きさが、日常生活の枠組みを超えているのです。それでも上演され、聴きに行くわけですから、さすが、超名曲。

自主企画2008年01月22日 23時43分46秒

いずみホール(大阪)の企画にかかわって、18年経ちました。そこで学んだことのひとつは、自主企画の大切さです。出来合いの公演に場を提供することもファン・サービスという観点からは必要ですが、それをいくらやっても、地域の文化作りにはつながらない。やはり、ホールが自ら企画を立て、音楽家や地域を巻き込んで公演を作っていくことが、長い目では大切になります。

そうした観点から見ますと、なるほどという良質な企画を打ち出しているホールのひとつが、東京飯田橋のトッパンホールです。ここにはトッパンホール・アンサンブルという、メンバーの固定しない室内楽グループがありますが、玄人好みの実力者がしっかりと選ばれ配置されていて、感心しました。ライヴのCDが2枚あり、お薦めです。

今年の初鑑賞として、11日に、「トッパンホール・ニューイヤーコンサート」に行ってきました。鈴木秀美さんの指揮する「チェンバー・オーケストラ」の演奏で、ハイドンの《太鼓連打》と、ベートーヴェンの《英雄》というプログラムです。その批評は毎日新聞(21日夕刊)に書きましたので繰り返しませんが、新鮮な発見と驚きに満ちた、まことにすばらしい演奏でした。

鈴木さんとオーケストラ・リベラ・クラシカのレベルの高さは、周知のこと。その鈴木さんとモダン・オケを組み合わせたらどうなるだろう、何か新しいものが生み出されるのではないか、と考えた主催者の発想が、殊勲賞です。まさに音楽文化の隙を埋める、有意義な企画。私もバッハで、このようなコンサートをやってみたいと思っているところです。

たのくらコンサート2008年01月18日 00時34分04秒

2007年度のたのくらコンサート、立川アミューに満員のお客様を集めて、無事終了しました。初期バロック・オンリーの渋いプログラムにもかかわらず、市民の方々が大勢来てくださったのは、会が21年にわたって積み重ねてきた力だと思います。おかげさまで、純正な様式による古楽の美しい響きを楽しみました。

それにしても、大塚直哉さんのファンタジーわき上がるような通奏低音には、感服あるのみです。今回はアレンジもお願いし、おんぶにだっこになってしまいましたが、共演者に温かな配慮を注ぎながら気持ちのいい音楽作りをしていくお人柄には、頭が下がりました。遠からず、日本のバッハと呼ばれる方になることでしょう。最近の古楽の高いレベルを示してくださった共演の方々にも、御礼申し上げます。(鈴木美登里さんが、古いイタリア語だの、ラテン語だのの歌詞をきれいな対訳の形で提供してくださったのには、職業柄驚嘆しました。やはり、こういう能力あっての古楽演奏だ、ということですね。)

打ち上げを中座し、オペラシティで、コンサートをはしご。音楽三昧の1日でした。

〔付記〕写真、アップしました。モンテヴェルディ《オルフェオ》のプロローグ。赤の衣装で華々しく降臨した「音楽」の鈴木美登里さん、チェンバロの大塚直哉さん、ヴァイオリンの荒木優子さん、景山裕子さんです。