老齢年金2011年06月08日 22時37分05秒

不肖私、老齢年金の申し込みに行ってきました。場所は、「たのくら」の会場の近くにある、立川年金事務所です。

対応は、何もそこまで、というほど、親切。面倒くさそうな書類を持ち込み、その場で書こうと思ったのですが、係の方が手取り足取り対応してくださり、ほとんど手がかかりませんでした。「お年寄りに親切」を絵に描いたような対応ですが、指導してくださる方は、私より少なくとも10歳は年上(笑)。こんなに親切な窓口って、日本ぐらいだと思います。日本、いい国ですよ。

まだ勤めていますから、老齢年金は要りません。先送りし、多めにもらうというオプションもあるようですが、「日本の財政状況を考えると今後何が起こるかわかりません。もらうものは早くもらっておいてください」という税理士さんの勧めで、面倒ながら手続きをしました。もうそんな歳になったんだなあ、という月並みな感想を抱きつつ帰宅。

テノールの話をするために古い録音や録画を確認していますが、昔のベルカント歌手のすばらしさに感嘆。とくにジーリは、鳥肌モノです。

字幕苦労話2011年05月31日 15時57分23秒

《ポッペアの戴冠》の字幕について、はらさんがコメントで提起してくださった点には、興味深い問題が含まれています。そのことをちょっとお話ししましょう。

オッターヴィアの登場でまず発せられる、"disprezzata regina"という言葉。これを私は「侮蔑された王妃」と訳したのですが、なぜ「皇妃」としないのか、というのがいただいたご質問でした。もちろんオッターヴィアは自分の境遇を語っているわけですから、全部「皇妃」と訳してしまったほうがわかりやすい、という考え方は、つねにあり得ます。ちなみに「(ローマ)皇妃」をずばりと示す言葉は、imperatriceです。

imperatrice、すなわちローマ皇妃は世界に1人ですが、regina、すなわち王妃はたくさんいます。彼女たちは、尊敬される存在です。その中で、この私は不当にも侮蔑されている、と彼女は主張するわけなので、ここは「王妃」でなくてはならない。「皇妃」では、始めから自分1人の話になってしまいますから。次の行で「ローマの君主の悩める妻よ」という表現が加わることにより、そうした王妃がオッターヴィアその人であることが定着されます。

その後もオッターヴィアは呪詛にも近い苦悩の独白を続けますが、「皇妃」という言葉は、自分からは一度も使いません。自分がすでに皇妃と呼べない扱いをされているという認識がひそんでいるのでしょうか。だからこそ、独白の終わりに呼びかける乳母の「オッターヴィア様、世の人々にとってただ1人の皇妃様unica imperatrice」という呼びかけが、温かな救いとして響くのだと思います。

ブゼネッロの台本はことほど左様に絢爛たる修辞を駆使していて、随所で、意味のある言葉の使い分けをしています。字幕のように情報量が少ない場合にもそのニュアンスを盛り込めたらと私は願うわけですが、それがかえって煩雑な混乱を招く場合があることは否定できません。大意さえあっさり示せばその方が実用的、ということも確かでしょう。そのバランスをどう取るかの判断が、つねに重要になってくるわけです。

呆然自失2011年05月30日 11時26分33秒

無理して付き合った打ち上げの二次会がいけなかったのか、達成のあとはすべからくこうしたものなのか。何をする気も起きぬまま、週末を過ごしました。

いいことばかりは続きませんから、何か、悪いことがあってほしい。今のところ、それかなと思えるのは、テレビがまったく映らなくなってしまったことです。これは、不便。テレビが生活のリズムを作っているので、つんのめってしまいますが、まあ、テレビに頼る生活を反省するのもいいかな、と思っています。

《ロ短調ミサ曲》へ向けて、気持ちを切り直します。

公演迫る2011年05月26日 09時55分24秒

月日の経つのは着実で、ずっと先だと思っていた《ポッペアの戴冠》の東京公演が、今夕になりました。これから、字幕の調整をするところです。

日曜日から横浜の渡邊邸で練習が再開され、月・火曜日は大森の「山王オーディアム」で継続。私も火曜日に行きましたが、大森は今を去る65年前に私が生まれたところで、なつかしい思いをしました(4歳まで居住)。大森駅で下車したのは、本当に久しぶり。山王オーディアムに進む分岐点のところに、極めつけのお蕎麦屋さんを発見したのがよき副産物でした。

昨日の水曜日は、上演地の西国分寺・いずみホールでゲネプロ。リュート金子、ガンバ平尾の両先生が徹底した細部の調整を続けられ、この姿勢こそ一流の証だなあと思うことしきりでした。だいたい合わせておいて、あとは本番、ということではないのです。貧乏公演ですがその割に立派なのは、衣装です(きっぱり)。平尾さんが集めてくださったものを中心に、みんななかなか豪華な衣装を来て出演しますので、ご注目ください。コンセプトは、「プロローグはモンテヴェルディ時代、開幕したらローマ風」(平尾さん)です。

名曲と取り組むということは、練習のプロセスに大きな喜びを得ることだとわかりました。内部的には大きく盛り上がっていますが、終わったら、いっぺんに気が抜けてしまいそうです。では夕方、ご来場の皆様にお目にかかります。

リハーサル再開2011年05月22日 11時42分12秒

連休以来中断されていた《ポッペアの戴冠》リハーサルが再開されました。そこで今日は一日を、桜木町の渡邊邸で過ごしました。

今回はとにかく、器楽が強力。ヴァイオリンの伊左治道生さん、リュートの金子浩さんの加入が大きく、表現の幅もバラエティも、格段に充実しています。声楽の若い人たちも歌いこんできていますので、渡邊順生さんも上機嫌のうちに、リハーサルが進みました。あと3日練習し、本番を迎えます。

芸術選奨2011年05月19日 23時49分48秒

18日(木)には旧文部省の一室で、芸術選奨の贈賞式がありました。私が出席したのは、「芸術振興部門」の選考委員だから。時節柄、アルコール無しの簡素なパーティでしたが、有名人にたくさんお会いしました。

司会者が、フリー(?)アナウンサーの柴山延子さん。CSでいつも拝見していましたが、最近お姿を見なかったので、実物をありがたく拝みました。「芸術振興部門」というのは、むずかしいのです。従来の芸術の仕切りを超える新しい活動を展開している人、また、有意義な活動を支援している人が、分野を越えて、候補になります。

それなら、「音楽の概念を根本から問い直す作業を通じて新しい音楽の可能性を探求する試みを、最先端のメディアを駆使して重ねてきた」(礒山)三輪眞弘さんがふさわしいのではないか、ということで、複数の方々とともに推薦しました。そうしたら、そうそうたる候補者のいた他分野の先生方が賛同されて、受賞に至ったのです。決め手となった『三輪眞弘音楽藝術--全思考1998-2010』は、真に前衛的な音楽創作論として、本当に面白いものでした。

初対面の私に、三輪さんは、ていねいに挨拶に来られました。その折に、「一番評価していただけそうもない方に評価していただいたので嬉しい」という趣旨のことをおっしゃったので、笑ってしまいました。そのとおりで、自分でも驚いているのです。いろいろな方、いろいろな機会に勉強させていただいて、それなりに視野を広げることができた結果だと思います。私にとっても、大きな出来事でした。

火曜日の喜び2011年05月18日 11時58分00秒

「決死的に早起き」などと胸を張った月曜日でしたが、もうそんな無理は利かないようです。午後になると急激に疲労して気分が悪くなってしまい、会議を休んで、早退しました。ダメですね、こんなことでは。

火曜日に元気を回復したのは、音楽のおかげです。モンテヴェルディの授業がいよいよ《ポッペアの戴冠》に到達し、プロローグと第1幕の初めを扱いました。3人の神によって演じられるプロローグの、なんと魅力的なことでしょう。観れば観るほど、聴けば聴くほどそう思うようになっています。ピーター・ホール演出のグラインドボーン音楽祭の映像も、レッパード版ではありますがとても面白いし、ルセ指揮、レ・タラン・リリックのものは抒情性豊かで、きわめて高水準。エマニュエル・アイム指揮の新しい映像も一見の価値ありですが、授業時間は限られているので、そうそうは鑑賞できません。

夜は、くにたちiBACHコレギウムの《ロ短調ミサ曲》。いよいよ最初のオーケストラ・合わせでした。4年目に入っているので声楽はすでにかなりの完成度を示しており、SPC(練習会場)に、荘厳な雰囲気が立ち込めました。グレゴリオ聖歌の勉強もはじめていて、これがまた、心を洗われるような体験なのです。モンテヴェルディもすばらしいがバッハもすばらしい、と感じるのみです。ちなみにヴォルフ先生の本では、《ロ短調ミサ曲》は《マタイ受難曲》を明確に上回る、と価値付けられています。

ペースメーカー2011年05月02日 23時48分01秒

今日バスに乗っていたら、前の席に座っていた年配の女性が私を振り返り、「ペースメーカーをしているので携帯は使わないでください」と言いました。私は驚いて「アッ、すみません」と謝り、携帯(ニュース購読中)をポケットにしまいましたが、電源は切りませんでした。なぜかというと、そこが優先席ではなかったからです。

電車の車内放送で携帯電話のマナーについて話されるとき、「優先席付近では電源をお切りください」という言葉が付きますよね。でもこれ、実践している人はいるのでしょうか。一度も見たことはありませんが・・・。

優先席でも携帯を使っている人は、たくさんいます。私は、隣にお年寄りが来たときは、使わないようにしています。使ったときの影響と、電源が入っているだけのときの影響は、どのぐらい違うのでしょうか。また、影響の及ぶ距離は、どのぐらいなのでしょうか。

今日の場合、クレームを付けた方は前輪上の高い席に座っておられ、低い席の私との間には、かなり距離がありました。席は右側で、優先席は左側です。優先席に座っている人は、誰もいませんでした。そこで、優先席はあちらですよ、という言葉が喉から出かかったのですが、よく考えてみなくてはならないことが含まれているようにも思えて、呑み込んでしまいました。どうなんでしょうね。なんとなく割りきれません。

65歳でモンテヴェルディ2011年05月01日 23時03分08秒

5月になりましたね。私は、4月と5月で年齢が違います。4月30日に誕生日を迎えるからです。年齢はよく四捨五入で扱われると思いますが、それだと、今年は代上がりになります。実年齢65歳、四捨五入でじつに70歳。戦争直後の昭和21年に生まれて、本当に長く生きてきました。

さぞ嘆きは深かろう、と期待される方、たくさんおありでしょうね。50歳のときの嘆きは比類ないものでしたが、もはや開き直りの心境で、あまり嘆いておりません。定年になる65歳の年。昔の想像ではさぞ下降線の、孤独で憂鬱を抱えた時期なのではないかと思っていましたが、そうでは全然、ないですね。体調がよくワインを楽しめますし、仕事にもまだまだ意欲があり、職場の人間関係も、良好です。なによりすばらしい学生さんに支えられていることが嬉しく、人生でいまが一番いいと、自分では思っています。もちろん、それはもうすぐ、終わるわけですけれども・・・。

その弟子たち、および周囲の方々と一緒に、今月はモンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》の東京公演を行います。5月26日18:30から、西国分寺駅前のいずみホールです。チケットは3000円(学生2500円)ですので、ぜひお出かけください。須坂公演の成果を見直し、改善を加えて上演します。新たに第1幕のパッラデ降臨(セネカへの死の予告)の場面を加え、博士1年の大武彩子さんにご出演いただくことにしました。第2幕の〈死ぬな、セネカ〉の上声部は須坂では湯川さんの兼任でしたが、これを改め、葛西賢治君にご出演いただいて、男声三重唱としました。ヴィオラを入れて器楽を4声とすること、通奏低音にチェンバロのほかオルガンを加えることも、重要なポイントです。以下に、出演者を記しておきます。

幸運の神、小姓 川辺茜/美徳の神、侍女 山崎法子/愛の神 高橋幸恵/ローマ皇帝ネローネ 内之倉勝哉/皇妃オッターヴィア 高橋織子/ポッペア 阿部雅子/将軍オットーネ、乳母アルナルタ 湯川亜也子/哲学者セネカ、親友3 狩野賢一/貴婦人ドゥルジッラ 安田祥子/女神パッラデ(ミネルヴァ) 大武彩子/詩人ルカーノ、親友2 小堀勇介/親友1 葛西健治/ヴァイオリン 伊左治道生、大西律子/ヴィオラ 渡邊慶子/ヴィオラ・ダ・ガンバ 平尾雅子/リュート 金子浩/指揮、チェンバロ、オルガン 渡邊順生

思えば初演時にモンテヴェルディ、75歳。歳をとった、などと言っていられません。

お別れメッセージ2011年04月27日 10時38分41秒

田中好子さんのお別れメッセージには、かなり感動しました。状態の悪い中でだったのでしょうが、しっかり話されて、たいしたものですね。多くの人に伝わり、長く記憶されたと思います。なかなかできない、見事な幕引きです。

自分ならどう言えるかな、と思いつつ聞いていました。田中さんには似合うが私には似合わないのが「天国」という言葉で、それは言うまでもなし。もっともっとお芝居がしたかった、というくだりはメッセージのクライマックスでしたが、私には言う勇気がないように思えます。皆様はどうでしょうか。ただ、そういう心から正直な言葉が出ることで、ひとつの救いがそこに生まれているのかな、と思いました。

平均した寿命から離れていればいるほど、死には悲劇の影がつきまといます。われわれの年齢になると、あと何年ぐらい生きられるかなといつも考えますから、少しずつ、心の備えをしている。でも平均まで到達すれば、もはや受け入れざるを得ないわけです。そういうプロセスなしでは、死を受け入れるのは容易でないに違いありません。子供の頃から何人もの友人の死に立ち会ってきて、それが結論です。