《フーガの技法》の幸福(2) ― 2010年01月16日 23時08分12秒
こういう打ち合わせにない発展が起こってしまうから、ステージのインタビューはこわいのです。まあなんとかなったのは、作品についての予備知識のたまもの。トークは、後半にもありました。こちらは、アシスタント兼〈鏡像フーガ〉演奏のフィニーさんに対してでしたが、フィニーさんがドイツ語に堪能でしたので、余裕をもってこなすことができました。フィニーさんには、アシスタントの役割や、師であるクリスティさんのお人柄などについてお尋ねし、テーマのピックアップ演奏などもしていただきました。
2つのインタビューのあとは客席に座り、クリスティ流配列による《フーガの技法》の完全全曲演奏を楽しみました。皆さんに告白しなくてはなりませんが、私は、《フーガの技法》が本当にすばらしい作品だと、この夜初めて思いました。こう書くと、なんだ礒山はバッハの専門家と称していて、《フーガの技法》についても書いているのに、と思われることでしょう。しかし事実として、私は《フーガの技法》が音楽としてよく理解できず、なかなか好きになれなかったのです。
しかしこの夜は、フーガの構造が、転回や拡大縮小のような技巧に至るまで手に取るようにわかり、「音による幾何学」が血の通った音楽として、眼前に展開するような思いにとらわれました。それはクリスティさんがポリフォニー声部のくっきりした弾き分けを重視し、鍵盤やストップの選択を通じて、構造を徹底して追求していたからです。このため、バッハが神の世界創造を模倣して繰り広げる壮大な秩序の世界が、生きた音響として、耳に響いてきました。《フーガの技法》を聴いて初めて、私は幸福になることができたのです。大きな体験です。
クリスティさんの演奏は、情熱と雄大さを兼ね備えたものでした。厳格な構成の作品だけにさぞ神経を使うだろうと思うのですが、演奏は曲ごとに盛り上がり、〈未完の四重フーガ〉は中でも圧巻。一般に演奏される初稿は、自筆譜の終わり7小節を省いています。じつはここで第1の主題が豪快にあらわれ、3つの主題が同時結合されたところで、バッハの筆が絶えている。クリスティさんはここも省かずに演奏され、一呼吸置いて、遺作のコラール〈あなたの御座の前にいま私は進む〉に入りました。この組み合わせはC.P.E.バッハによる初版の工夫であるわけですが、それがどれほどドラマティックな感動を呼び起こすかも、今回、初めて経験したことです。
終了後、すばらしいお人柄のクリスティさん、フィニーさんと、京橋の焼き鳥屋で祝杯。今回は英語のインタビューも含まれていて、私としてもプレッシャーが大きかったのですが、そういう責任の重い仕事に精一杯取り組み、それを通じて貴重な勉強をさせていただくことにこそ、人生の幸福はあるということがわかりました。ありがたいことです。
コメント
_ N市のN ― 2010年01月17日 00時33分27秒
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一昨年エマールが、オペラシティでメシアン、エリオット=カーター、フーガの技法を並べたプログラムのリサイタルをしましたけれど、メシアンやエリオット=カーターの方がはるかにわかり易く、楽しめたという印象でした。フーガの技法は難解で、私の耳は音を追うのに精一杯、とても「血のかよった音による幾何学」として捉えらることが出来ませんでした。もちろんこちらの耳の読解力不足によることも大でしょうけれど。
ちなみにオルガンの演奏会ではどのあたりの席がお勧めですか?次回は是非とも伺いたいと思っています。