あらためてご挨拶2012年04月03日 23時42分19秒

すごい風でしたね。皆様、大丈夫でしたか。私はコンサートにいくのをやめてしまいました。福田進一さん、ごめんなさい。

さてさて、あらためてご挨拶申し上げます。定年を楽しみにする日々でしたが、新年度の肩書がどうなるか見当がつかず、われながら興味をもっていました。「原稿の肩書は?」という問い合わせもあって、結構困ったりもしていました。

最初にいただいた肩書は、「大阪音楽大学客員教授」というものでした。大阪はいずみホールとの関連がありますし、市の名誉市民表彰もいただいています。そこで、ありがたくお受けすることにしました。節目節目に講演をするのが仕事のようです。関西の比重が重くなりました。

それから大分経ち、かなり押し詰まった時期に、国立音楽大学から「招聘教授」として協力して欲しいという打診をいただきました。招聘教授というのは国立音大独特の制度で、スタッフとして大学に名前を残し、なにかの折にお役に立つ、というものです。著名な長老の先生方が、名を連ねておられます。

この話をいただいた時には相当嬉しい思いがあり、いいワインを開けたりしました。しかし同時に思ったのは、定年だ定年だと大騒ぎをしてしまったのに恥ずかしいなあ、ということでした。青空のもと、広々と自由な空間に(鳴り物入りで)歩みだしたところが、上を見ると、いままでと同じ天井が続いているからです。

4月2日、毎年入学式の日に行われる教員懇親会では、乾杯の音頭をとる役になりました。まあそんなわけで、肩書が2つになり、「招聘教授の談話室」という、代わり映えのしないネーミングを使わせていただくことになった次第です。どうぞよろしくお願いします。

4月のイベント2012年04月04日 22時12分01秒

恒例のご案内です。

第1週の土曜日(今月は7日)には、朝日カルチャー新宿校で、新しい講座を始めます。10:00から。「バッハの世俗カンタータを聴く」というものです。今季は、ザクセン選帝侯家のためのカンタータ以外のものを集めてみました。《狩のカンタータ》から始めます。世俗カンタータの重要性は以前よりずっと強く認識しているのですが、世間の人気はあまりないようで、担当者が危機感を募らせています。よろしければ、どうぞ。

15日(日)14:00からは、すざかバッハの会の《ロ短調ミサ曲》講座。今回から、須坂駅前のシルキーホールになるので便利です。今月は、〈グローリア〉を中心に取り上げます。終了後、私の退職と会の10周年を記念して、会員の方々とのお茶会があるようです。

21日(土)14:00からは、東京バロック・スコラーズの提供する《マタイ受難曲》講座の第4回。第2部の音楽を中心にお話しします。このシリーズは妙にハイになってしまうのですが、なぜでしょうね。場所は文京区福祉センター6階の視聴覚室。江戸川橋か護国寺からおいでになれます。

28日(土)13:00からの朝日カルチャー横浜校「魂のエヴァンゲリスト」講座も、新サイクルに入ります。今まで半期に2章ずつ進んでいたのですが、ライプツィヒ時代のⅡに入り重要作品が目白押し、ということで、半期1章にスローダウンしました。今月はコラール・カンタータ年巻を取り上げます。以上、とりあえず。

【付記】大事なものを抜かしました。「楽しいクラシックの会」(通称たのくら)が、4月から、新しいサイクルに入ります。会員からのリクエストで、ワーグナーをやることになりました。最初は21日(土)の10:00~12:00で、ワーグナー・プロジェクトI「習作から《さまよえるオランダ人》まで」と銘打っています。立川市錦町の学習館です。どうぞよろしく。

新著が出版されました2012年04月05日 22時15分42秒

3月31日付けで、共著の新刊が出版されました。来週のうちには、本屋さんに並ぶそうです。とりあえず、ご紹介を。

昨年の後期に、新しい大学教養教育のモデルケースたることを目指して、「バッハとその時代」というオムニバス授業をしました。全14回の講義を、音楽学、語学、教養、ピアノなどなど、本籍様々な9人の先生方によって分担し、たいへん盛り上がりのある授業になりました。

普通はこれで終わりです。しかしスタッフの1人、久保田慶一先生の手腕で、これがたちまち本としてまとまり、アルテスパブリッシングから出版されるに至ったのです。各章と、そのタイトルを記しておきます。

第1講 バッハの生涯 -- 礒山 雅
第2講 バッハ時代のザクセン選帝侯国 -- 佐藤真一
第3講 ルターとコラール -- 宮谷尚実
第4講 バッハと神 -- 礒山 雅
第5講 バッハのクラヴィーア音楽 --加藤一郎
第6講 音響学からみたバッハの時代 -- 森 太郎
第7講 バッハ時代の楽器 -- 中溝一恵
第8講 バッハと流行 -- 礒山 雅
第9講 バッハの家庭、生活、教育 -- 久保田慶一
第10講 18世紀ドイツの言語と文化 -- 末松淑美
第11講 バッハの音楽頭脳 -- 礒山 雅
第12講 父ゼバスティアンと次男エマーヌエル -- 久保田慶一
第13講 19世紀におけるバッハ -- 吉成順
第14講 《ロ短調ミサ曲》~宗派の対立を超えて -- 礒山 雅

定価2,200円(税別)です。最後にこんな形で同僚の先生方と仕事をすることができ、いい記念になりました。幅広い角度から書かれた入門書というイメージだと思います。どうぞよろしく。

今月の「古楽の楽しみ」2012年04月07日 23時39分33秒

一ヶ月間違え、大慌てで作りなおした、今月の「古楽の楽しみ」。本当は、ドイツ・バロックの受難曲特集を計画していました。期日を合わせられれば一番良かったのですが、今年の聖金曜日は昨日。復活祭もいいかげん過ぎたタイミングの放送になってしまいますが、待ちきれず、計画通りやらせていただだきました。

今年度から、放送が週4日になっています。23日(月)は、17世紀後半の受難曲の急速な発展を、シュッツの《ルカ》、ウプサラ筆写譜(作曲者不詳)の《マタイ》、ローテの《マタイ》、ブラウンス(伝カイザー)の《マルコ》という、4つの作品でたどりました。もちろん抜粋せざるを得ませんので、冒頭と最後は全作品を聴き比べ、他に、聖書場面から、特色のある部分を1つずつ選ぶ、という形にしました。ちなみにブラウンスの《マルコ》は、バッハが筆写譜を作成し、ライプツィヒでも演奏した作品です。ですから、バッハが影響を与えられた既存の受難曲を、代表しているわけです。

24日(火)は、ブクステフーデの7部から成る連作受難カンタータ《われらがイエスの身体》を、第2部省略で。演奏は、ヤーコプスのものを選びました。25日(水)、26日(木)は、バッハの《ヨハネ受難曲》です。第2部の前半を少しはしょったぐらいで収録することができました。それ以前の作品もそれなりに味わいがありますが、やはりバッハは桁外れですね。歴史をたどればその先に自然にバッハがある、というわけではないことがわかります。歴史を受容しながら歴史を断ち切ったのが、バッハの《ヨハネ受難曲》なのです。

演奏には、ガーディナーの2003年のライヴ録音(独ケーニヒスルッターでの録音、最近市場に出たもの)を選びました。ほとばしる勢いと熱い盛り上がりのある、すばらしい演奏です。その後、アーノンクールのDVDを見ました。これも迫力のある演奏で、テルツ少年合唱団のソリスト(ボーイ・アルト、ボーイ・ソプラノ)が大健闘しています。しかし壮年時代のアーノンクールの劇的・刺激的なスタイルが作品の宗教性を減殺しており、本当の感銘には至っていないように思われました。

《ヨハネ受難曲》の本を、というお勧めを、以前からいただいています。新バッハ全集の再校訂版をヴォルフ先生が担当されることになりましたので、先生のお仕事を拝見しながら考えてみようかな、と思っています。

自由人1週間2012年04月09日 23時53分14秒

自由人になって1週間が経ちました。旧同僚は、「基礎ゼミ」という新入生イベントで、連日多忙な時期。落差は、相当大きいです。

定年後にどんな心境になるか、いろいろに想像していました。自由を楽しみ、好きなことを目一杯やっている、というのが、一方の極。モチベーションを失い、鬱状態に陥っている、というのがもう一方の極。こればかりは、なってみないとわからない、と思っていました。

1週間もあれば結果も定まり、自分のこれからについて公表もできると思っていたのですが、案外、中途半端な状況が続いています。まだ緊張した3月への反動下にあり、第二の人生に踏み出した、という実感がないのです。

やっぱり、そう簡単にペースを変えられるものではありません。「時間を無駄にしない」ということを最大の信条としてやってきましたので、どうしても、先を急いでしまうのです。桜満開の国立・大学通りを歩いても、ゆっくりと花を愛でながらということができず、少しでも早く駅に着こうと、急いでしまう。数日はゆっくりしようと思い、まあそうしてはいるものの、なんとなく罪の意識が生まれ、余裕を楽しむことができないわけです。

前向きの情報発信ができるまで、もう少し、時間をいただきたいと思います。

今昔の感2012年04月11日 23時58分30秒

定年後、非常勤講師としての授業が、1つだけ残っています。それは聖心女子大で火曜日の13:30から行う、キリスト教学とキリスト教音楽の合同授業。前期は《ロ短調ミサ曲》を論じ、後期は「聖と俗」というテーマで音楽史を見直すという計画にしました。気品あふれる聖心女子大キャンパスは、これまでもずいぶん通った、私の住処のひとつ。授業がやりやすいのは、学生がキリスト教に親しんでいることです。

階段教室に、学生が満杯。私は授業のレジュメを詳細にしたためたA3のプリントを配布して、ミサとミサ曲の始まりについて講義しました。それは学生がわかりやすいように、また情報の正確を期したいという気持ちからですが、配布するのは長所だけではない、ということに気づきました。学生が安心して、おしゃべりしてしまうのです。何も配らなければノートせざるを得ませんから、そうそうおしゃべりばかりはできないでしょう。満員の学生が女声音域でするおしゃべりは、すごいですよ。私がマイクを取って話し始めても、遠慮なくしゃべっています。国立音大では私語の鎮圧に成功し、水を打ったような静けさを実現していましたので、浮き足立ってしまった、というのが正直なところです(学生にとって、たいへん損なことです)。

1回目は私の責任ではないと思いますが、2回目からは私の責任だと思いますので、私語の鎮圧に、全力を挙げます。座席指定にするのが有力な対策であるそうですが、それだと、熱心な学生さんが後ろに行ってしまったりするわけですよね。いずれにせよ、静かに耳を傾けることをしないと、音楽の真価は、絶対にわかりません。大勢いる熱心な学生さんたちのためにも、あきらめずがんばります。世の中、昔と変わりました。大学では、学生が偉いのです。

号外2012年04月13日 23時49分39秒

ネット全盛の時代に号外が発行されるのだから、よほどインパクトの強い出来事だったのでしょう、北のミサイル打ち上げ失敗は。さすがの木嶋佳苗も、これでかすんでしまいました。

私のような性格の人間から見ると、不思議でならないことがあります。それは、確率的にはかならず存在している失敗に対してなぜ備えをしておかないのか、ということです。鳴り物入りで世界から報道陣を呼んでしまい、国内は祝賀ムードにあふれているというのでは、失敗したときのメンツ失墜は、深刻。指導者は傷つけられない、というのであれば、失敗に備えるのは、周囲が当然行うべき危機管理だと思うのです。

いやむしろ事前の過剰な盛り上げこそが失敗の原因だ、という説を呼んで、なるほどそういう考えもあるのか、と思いました。国威発揚が至上命題となって、現場の状況を押し切ってしまう、というのです。たしかに、歴史上、繰り返されてきたことかもしれないですね。現場の科学者たちの不安と恐怖は、想像に余ります。食うや食わずの人たちが気の毒でならないのは、言うまでもないことです。

相手のメンツをつぶさないでこそいい関係を築ける、というのは、人生で誰もが学習すること。メンツを失ってかたくなになる人はいても、優しくなる人はいません。これからどうなってしまうのか、他人ごととも思えなくなった状況です。

定期訪問は錦糸町から2012年04月14日 23時52分51秒

定年になったら心がけようと思っていたのは、コンサートを増やすことです。そろそろ始めようと思い、オーケストラの定期演奏会にひとわたり足を運ぶ、という計画を立てました。場所はさまざまですから、周囲のおいしいお店を探しながら、という楽しみを、自分にプラスしました。そのためには、余裕をもって家を出る必要があります。

今日は、錦糸町の新日フィル定期へ。でも結局、ゆっくり食べる時間がなくなってしまうのが、私のダメなところ。皆さんは、時間のないときに、何を食べられますか?思うに、一番いいのは回転寿司です。食べるものがすでに目の前にあり、時間を見ながら皿数を調節できる。駅からの通路にあるお店は行列でしたが、トリフォニーホールの向かいにあるお店は雨のせいか空いていて、味も悪くありませんでした。

いただいた席は1階の中央列、端寄り。オーケストラの響きを俯瞰するためには絶好で、とてもいい音響なのです。当日のプログラムは、スークの《おとぎ話》、ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲、ヤナーチェクの《イェヌーファ組曲》という、指揮者アルミンク好みの、筋の通ったものでした。

本当に楽しめるコンサートで、感心しきりです。新日フィルは響きがしっくりとまとまっていて、どの曲からも、ロマン的な幻想が広がってくるのです。ヴァイオリン・ソロはマティアス・ヴォロング(ドレスデン・シュターツカペレとバイロイトのコンマスだそうです)という人でしたが、実質のしっかりした、構成力のあるヴァイオリン。アンコールのバッハ《ガヴォット》も、すばらしい演奏でした。またぜひ、訪問したいと思います。

やっぱりツキの理論2012年04月17日 23時59分53秒

私としたことが、自分の理論を忘れていました。火曜日、聖心女子大の2回目の授業。1回目がうまくいかなかったのは、後がうまくいく前兆だ、と考えるべきだったのです。

学生が質問や感想を書き込む「リアクション・ペーパー」をこの上なく活用しているのが、聖心女子大です。授業の準備をしながら読んでみると、一昨年熱心に聴いてくださった方がまたたくさん受講しておられ、上滑りのように思っていた情報提供も、多くの方が深く受け止めてくださっていることがわかり、気持ちが変わりました。そこで、前向きな気持ちで授業へ。

今日も用意したレジュメの第1項目は、「本日の質問」。たくさんあった質問のうち重要なものを並べ、それに答えることで復習を兼ねながら、授業に入っていきます。「教会音楽にアカペラが多いのはなぜか」「3の数がキリスト教で重要なのはなぜか」「なぜ典礼文を唱えるだけでなく歌にしたのか」「バッハの《ロ短調ミサ曲》はなぜ演奏が困難なのか」などなど、素朴な質問(←いちばんいい質問)に答えることで、発信した情報を深めてゆくことができるのです。

リアクション・ペーパーにも、おしゃべりを取り締まってほしい、というコメントが、いくつも書かれていました。そこで「静かに、集中して学ぶことのすばらしさ」を熱を込めて説きましたが、今日は学生がじつによく対応してくれて、教室に緊張感が支配し、最低限の注意で済ませることができました。意外な進展でたいへん嬉しく、話にも二倍、三倍の力が入ります。やはり、秩序を保つことで、学生さん自身が得をするわけです。

学生におしゃべりをさせないコツは何か、私の意見は?というコメントがありました。私見では、学生に信頼を与えるだけの堂々とした仕切りをし、それに対応する結果を出すべく努める、ということだと思います。遠慮してしまうと、結局統率ができず、散漫に終わってしまうと思うのです。授業の秩序を保つことも先生の役割で、そこをあきらめて粛々と進めてはいけないのではないでしょうか。

高揚感をもってキャンパスを後にし、必要なDVDを調達しようと、新宿のタワーレコードへ。重い荷物をもってやっとたどりつくと、クラシック売り場は模様替えで閉鎖中でした。ちゃんと帳尻が合うようになっているのです(←ツキの理論)。

今月のCD選2012年04月18日 11時59分34秒

今日ちょうど、毎日新聞に出ました。いいものが多くあり、楽しかった月です。

1位にしたのは、バッハのクラヴィーア協奏曲7曲を2枚にまとめた、コンスタンチン・リフシッツ独奏のもの(オルフェオ)。シュトゥットガルト室内管弦楽団が演奏しています。

バッハのクラヴィーア協奏曲は、もちろん曲はいいのですが、チェンバロではどうしても、演奏効果が上がりません。しかしリフシッツほどの人に演奏されると、ピアノでやりましょう、と言いたくなるのですね。バッハを知り抜いていて、自由闊達、新しい発見のたくさんある演奏です。

ベートーヴェンの交響曲全集はモダンはもちろん、ピリオド楽器でも、すでにたくさん出ています。しかし、エマニュエル・クリヴィヌ指揮 ラ・シャンブル・フィルハーモニックのもの(ナイーヴ)には感心しました。古典期のピリオド楽器をしっかり揃えていることに加え、有機性に富む合奏が細やかで情感に満ち、潤いがあるのです。このためテンポはすこぶる快適ですが速いだけに陥っておらず、鮮度も抜群。3人の評者が全員2位という珍しい結果になりました。もちろん、1位でもおかしくないと思います。

DVDをひとつ、ということで、「ビクトリア~神々の作曲家」というザ・シックスティーンの映像(コーロ)を3位に入れました。「ルネサンス期スペインを代表する作曲家の光まばゆい合唱音楽を、聖地探訪の美麗な映像と共に」楽しめます。