小糸旋風が過ぎて2013年03月23日 23時40分30秒

3月20日(水)、バッハ・オルガン作品全曲演奏会第2回、小糸恵さんのコンサート。21日(木)、小糸さんをメイン・ゲストに迎えての、講演とシンポジウム。いずみホールにとっても私にとっても、何か重いものの残る、大きな出来事でした。

コンサートを聴き、マイクも向けることで、小糸さんのまことに独特な演奏様式に、ある程度のイメージをつかむことができました。チェンバロという楽器は、名手の手にかかると格段に情報量を増し、ニュアンス豊かな響きを作り出しますよね。その時大きな役割を演ずるのが、アゴーギクという微妙な速度法。言い換えると、多様性のある時間の扱いです。

小糸さんは、それをオルガンで行おうとしておられるようです。すなわち、古楽奏法のエッセンスを追究したオルガン。根本にあるのは、卓抜な時間感覚です。プログラムに並んだ曲目が、大局を見据えた時間感覚によって、積み上げられていく。コンサートの最後に演奏された《パッサカリア》では、蓄えられたエネルギーが大河のような流れを作り出し、「鳥肌が立つ」(オルガン製作者ケーニヒ氏)ような盛り上がりとなりました。穏やかな女性のどこに、こうした力がひそんでいるのでしょうか。

もう一つ重要な特徴は、卓越したレジストレーション。音色の扱いです。いずみホールのケーニヒ・オルガン(日本で唯一!)は多彩な音色の美しさを特徴とするのですが、小糸さんはそれをとことん引き出し、パルティータ(変奏曲)などでは、音色の多様性をすべて試そうとするかのように、変化に富んだ扱いをされます。しかし趣味でそうするのではなく、(たとえば北ドイツの演奏伝統に基づいてペダルで2フィートを響かせるというように)研究にもとづいて、そうされるのです。

何度も考えざるを得ないのは、これだけの力量をもった音楽家を、私も、スタッフも、ケーニヒ氏も、誰も知らなかったということです。音楽の世界ほど知名度がものをいう世界はありません。人を集め、お金を動かしていくのは、知名度のある音楽家です。しかし一方では、そんなことは煩わしいとばかりに自分の探究に打ち込み、他の誰にもマネのできない世界に到達している音楽家がいる。このことを、どう考えたらいいのでしょうか。

彼女の存在を知っていて、演奏者のリストに抜擢した、ヴォルフ先生という方がいます。そして、人選への信頼に基づいて満員の大盛況を作り出してくださった、お客様がいます。キツネにつままれたような現象ですが、事実。奇跡、と言ったら大げさでしょうか。

名伯楽、佐治晴夫先生の参加で深い内容を掘り下げることのできた、シンポジウム。そこで小糸さんが尊敬する2人の人物が披露されました。その2人とは、デカルトとニュートンだそうです。言葉もありません。