もう増えない文庫本2013年05月26日 09時27分03秒

高峰秀子さんの『にんげんのおへそ』(新潮文庫)を読みました。力作揃いの13篇。『にんげん蚤の市』『にんげん住所録』はすでに読みましたので、これで高峰さんの晩年のエッセイはすべて読んだことになったようです。ちょっと残念。

巻末に、養女斎藤明美さんのあとがきが載っていました。それによると、晩年のエッセイは、もう書くことがないと固辞する高峰さんを『オール讀物』三代の編集長と斎藤さんが三顧の礼でくどき続け、「いつでも、何枚でも」と粘って、少しずつ出来上がったものなのだそうです。その重荷から最後に解放されたのが、78歳の時だということでした。

涙が出るようなお話です。こうしたプロセス自体は、高峰さんの原稿の価値をみんながいかに高く評価していたかを物語っているわけですが、ファンの気持ちからすれば、近況や世相雑感を少しずつ読めるだけで、十分であったと思う。しかしそれでは、ご本人が満足しないわけですね。書く以上は、長さも起伏もある密度高いエッセイを完成しないと自分が承知できないという現実のもとに、本数が少しずつ減っていったのでしょう。

本屋の棚になお並んでいるもう増えない文庫本を眺めるたびに、すごい方だったんだなあ、という気持ちになります。